白衣の天使


 

「ちびチャン先生ー」

ガラリと保健室の扉を開け、中を覗く。
デスクの前にちょこんと座り、書類の山を必死に片付けているのは幼い少女…、ではなく。

「荒北くん!ちびチャンって呼ばないでくださーい!」
「ゴメンネェ」

頬を膨らませ、ぷんすかと怒る女性は外見こそ小学生にしか見えないが、これでも成人しており箱根学園の立派な養護教諭である。

「それに私にはきちんとした名前があるんですよ。知ってます?私のほんみょ、」
「ちびチャン先生、消毒液借りるヨォ」
「どうぞー、…って荒北くん!話を聞いて!?」
「聞いてるヨォ」

棚から救急箱を取り出し、消毒液とガーゼを掴んで荒北が自ら消毒を行い始める。

「消毒なら私に任せてくださいよー!自分でやらないでー!」
「ちびチャン先生、忙しいじゃナァイ」
「うっ…でも消毒も私のお仕事ですし…!」
「ハイハイ、さっさと先にその山片付けましょうネェ」
「むむむ…」

荒北を説得することを諦めたちびチャン先生こと双葉は膨れっ面で書類にペンを走らせていく。
その様子をじっと見つめ、言葉を発する荒北。

「ナァ、先生」
「なんですかー?」
「天使って居ると思う?」
「…藪から棒に何の話です?」
「別にィ。何となく訊いただけェ」
「天使ですかー。真波くんが居るじゃないですか」
「アイツは物理的じゃねェか」
「物理って…」

うーん、と唸り考え、双葉は書類にサインをしながら言葉を紡ぐ。

「やはりナイチンゲールですかねぇ」
「アァ、看護師の母だっけェ?」
「近代医療教育の母と言った方が適切でしょうか。専門教育を施した看護婦の養成の必要性を説いて看護学校を創設したり、看護に初めて統計学を持ち込んだり…私達にとっては天使というより神様のような存在ですねぇ」
「フーン…」

神など信じていない荒北にも、とても凄い世界なのだということは理解することが出来た。

「先生さァ」
「なんですー?」
「看護師免許持ってンのォ?」
「ありますよ」
「えっ」
「なんですか、その意外そうな顔は…!」
「その身長でどうやったら受かるんだヨ」
「身長関係なくないですか!?」

双葉が鋭く荒北を睨む。
しかし荒北に効果は全くない。

「白衣の天使、生で見てェんだけどォ」
「安いイメクラみたいだからイヤですー」
「自覚あったのかヨ」
「うぐぅ…」

双葉は荒北の背をぐいぐいと押して保健室から力一杯追い出そうと必死になる。

「もう遊びに来ないでくださーい!」

ピシャリと扉が閉められてしまい、荒北は頭を乱暴にがしがしと掻いた。

「ハッ、意味もなく通っちまいそーだなァ」

ぽつりと溢した言葉は、誰も居ない廊下に溶けて消えていった。



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