連れてって


 

さらさらと流れる艶のある髪。
骨張った細い手。
筋肉のついた足。

いつも見ていた。
手が届く日は、きっと。



「双葉さん、またですか」

呆れて物も言えないと彼、岸神小鞠くんが溜息を吐いた。
私はへらへらと笑って、

「あは、ごめんねー」
「気持ちが篭ってませんが」
「ちゃんと感謝してるよー」

よっこいせ、とベッドの上で上半身を起こし小鞠くんを見上げる。

「いつもありがとね」
「何ですか急に。気持ち悪いですよ」
「失礼な。私だって感謝くらいちょっとはするよ」
「少しですか」

肩を落とす小鞠くん。
けらけらと笑い飛ばして、私は立ち上がるもふらりと体が倒れそうになる。

「すぐに立ち上がると危ないですよ」
「おぉー…」

ふらついた身体を支えてくれたのは小鞠くんの腕だった。

「こまりん力あるね」
「男ですから」
「女の子によく間違われる癖に」
「一体いつの話をしているんですか…」
「6年くらい前かなぁ」
「いい加減忘れてください。もう倒れないでくださいね」
「約束は出来ないなぁ」
「努力してくださいよ」
「まぁ気が向いたら」
「全く…」

頭を押さえる小鞠くんがかわいくて、ふふっと笑ってしまう。

「ほら、帰りますよ」
「はーい」

CARRERAに跨りペダルを踏み込む小鞠くん。
私はそれに合わせて走り出した。

「走って倒れても知りませんよ」
「だーいじょうぶっ!」

へらりと笑って私は一定のリズムで足を動かす。
20分程走った先に広がるのは、私と小鞠くんがいつも別れる場所。

「ではまた明日、学校で」

私に背を向けた小鞠くんのサイクルジャージをぐいっと引っ張った。

「…何ですか?」
「連れてって」
「はい?」

ぎゅっと小鞠くんの腕を握って私は言葉を続ける。

「誰も知らない、小鞠くんしか知らない場所へ私を、連れてって」

風が髪を掬う。
我ながら突拍子もないことを言ったものだと思う。
小鞠くんは少し考え込み、私に近付き耳元で、

「ボクに双葉さんの全てをくれるなら、いいですよ」

そう囁いた。
低く囁かれたその声に、私の身体がびくりと震える。

「すべ、て…?」
「ええ」

にこりと笑う小鞠くんの笑顔が少し怖くなる。
全身に鳥肌が立ち、背中に悪寒が走った。

「ふふ、冗談です」
「私は本気だよ」
「おや」

数秒考え、小鞠くんの手が私の手をそっと包み込む。

「後悔しても知りませんよ」
「うん。後悔なんてする筈ない」
「そうですか」

小鞠くんが私の額に軽く口付ける。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ」



こうして私は攫われた。
心も身体も、全てを捧げて。
小鞠くんの存在が私を動かす。
もう、離れたくない、離したくない、離すつもりも。

「こまりん。好きだよ」

その言葉に小鞠くんは何も答えず、ただ一度私の頭を優しく撫でた。
酷く温かく、優しかった。



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