なんて素敵なプロポーズ

「ひとつ訊きたいのだけれど」

樹の道を抜けた先にあるいくつもの赤い鳥居をくぐりながら、詩子は一歩前を歩くカゲロウの着物の裾を軽く引いた。
カゲロウはほんの少し歩く速度を落とし、そのまま話を続ける。

「なんでしょう」

詩子はカゲロウの返事を聞いてすぐに言葉を紡ぐ。

「私の姿は此処の人たちに見えているのよね?」
「ええ」
「それならいいの」

裾から手を離し、小さく頷いた。
そんな詩子を見て、カゲロウは微笑む。

「ホームシックにでもなりましたか?」
「違うわ。ただ、不思議だっただけ」

立ち止まり、振り返る。

お面を斜めに掛けて走りまわる子供たち、着物を着て話し込む美しい女性たちや、遠くに見えるやぐらの上で太鼓を叩く力強い男性たち。
絶えず聴こえる祭囃子に笑い声。
皆、楽しそうで幸せな笑顔を浮かべている。

「こんなにも皆 楽しそうにしているのに、誰ひとりとして私を見ていない」

詩子は改めて周りを見渡す。

明るい世界にぽっかりと真っ暗な穴が開いたかのように。
此処に居るはずの自分を誰も見ていなかった。

「まるで、存在していないみたい」

冷たい風が、髪を掬う。
木の葉の欠片が舞い上がり、いくつもの風鈴がひとつ涼しげな音を立てた。

カゲロウは思わず、その手を引いた。
詩子は抵抗することもなく体重を預ける形になり、カゲロウを見上げて疑問符を浮かべる。

「何?」
「…いえ。詩子にも人間らしい感情があったんですね」
「こんなにも感情豊かな人間を捕まえておいてよく言うわね」
「はは、ご冗談を」

わざとらしくカゲロウは渇いた笑みを浮かべ、丁寧に優しく言葉を紡いでいく。

「詩子には私が居ます」

一音、一音、はっきりと。

「たとえ、世界中の誰も詩子を見ていなくても、私はあなたのことを見ていて、知っていて」

カゲロウはそう言いながら、詩子の髪に触れてゆっくりと頭を撫でた。

「こうして触れていられる。それではいけませんか?」

詩子はそれを拒否することなく受け入れ、真っ直ぐな瞳でカゲロウを見つめる。

「まるで遠回しのプロポーズね」

でも、と言葉を続ける詩子。

「私、結婚願望はないの。ごめんなさい」
「おや。振られてしまいました」

およよ、と泣き真似をするカゲロウを横目で見て、詩子は表情を変えぬまま口を開く。

「いき過ぎた発言はただの変質者だから気をつけた方がいいわ。ただでさえ、危険なんだから」
「そうですね。早く不審者より良いポジションにつきたいものです」

その言葉に詩子は反応し、無言でカゲロウを見上げる。

「詩子?」

きょとんとするカゲロウに、詩子は

「なんでもないわ。ありがとう」

と簡潔に返事をし礼を述べた。


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