01



 声にならない声で、呼ばれた。
 それはまるで引力だった。

 不思議な感覚に足を止めたアレンが後ろを振り返ると、視線の先に横たわる青年が丁度目を覚ましたところだった。
 つい先程まで眠っていた彼の額の手拭いを交換して部屋を出るところだったアレンは、再び枕元まで歩み寄る。

「――起きた?」

 この傷でよくもまあ永らえたもんだ。内心で感嘆する。

 上半身を包帯でぐるぐる巻きにされたその青年は、しばらく瞬きを繰り返し、ゆっくりと首を動かしてアレンをひたと見据えてきた。
 大怪我をして昏睡状態にあった人間にしては冷静な覚醒だ。目が覚めるや否や飛び起きるうちの船員たちとは大違いだと、なんだか新鮮な気分になる。
 まだぼんやりしている漆黒の双眸が、無感情にアレンの姿を反射していた。
 もしかしたらまたすぐに意識を失うかもしれない。それでも「おーい」と声をかけながら顔を覗きこんでやると、彼は瞼を閉じて、また押し上げたのち、案外しっかりした視線をこちらに寄越した。

 鏡のように静かな空気を纏うひとだった。
 端麗で彫刻のような顔立ちをしている。潮と太陽に焼かれたアレンの黄色い肌とは違い、不健康なほど透き通る白いその頬の右側には、痛々しい一本の傷跡が引き攣っていた。
 首筋に巻かれた包帯、そして上半身を覆い隠すほどのさらしを何となしに眺める。包帯では間に合わないほどの怪我だった。ちまちま巻くのが面倒になった船医が「さらしでいいだろ」と匙を投げたのだ。

 ――面倒な奴を拾ってしまった。

 一瞬脳裡に過ぎった考えを瞬きの奥へ押し込む。

「おまえ、一週間寝てたんだよ、まだゆっくりしてな。船医を呼んでくるから」
「ここは……」
「無理に喋らない方がいい。水も持ってこないとな。ここはうちの船の医務室で、少なくともあんたにとっての敵はいないから安心していい。ついでにおれはアレン。おまえの名前は?」

 ゆっくりとアレンの与えた情報を噛み砕いたらしい青年は、「名前」と小さく呟いた。喋らない方がいいって言ったのに質問しちゃったな、とアレンが頭を掻いていると、横になったまま宙を見つめていた青年は乾いた唇を開く。

「……好きに呼んでくれ」

 その一言に、青年の抱える何かの厄介さを悟ってしまった。
 すこぶる面倒な奴を拾ってしまったようだ。
 先程目を背けた考えを再び引きずり出して、自分の責任を見つめ直す。一週間前、この青年を拾ったのは紛れもないアレンだった。

「じゃあ、メアリって呼ぶな。お前、気を失う前にその名前を呟いたから」
「…………」
「めちゃくちゃ嫌そうな顔だなオイ」