Deuce / name change



※もしものお話
※デュースとアイスちゃんがお付き合いしてます
※ちょっとデュースが女々しいかも…?



「うーん……何から説明をすれば良いか……」

「……すみません」



 オンボロ寮の談話室でテーブルを挟みデュースと向かい合ったアイスは、目の前に広げた見た事も無い点数の答案用紙達に深い溜息を吐いた。全ての発端は数日前、期末対策として各教科毎に行われた小テストに於いて、デュースの結果が芳しくなかった事に始まる。元々勉強の苦手だったデュースがテストの結果が振るわない事は珍しく無かったが、不運にも談話室でエースが彼のからかい文句としてこの事を題材にしたのがいけなかった。たまたま談話室を訪れたリドルはこの事が耳に入るなり顔を真っ赤にしてデュースに言い放ったのだ。



「ボクの治めるハーツラビュル寮生がこんな点数を取るだなんて許されるわけがない!いいかい?来週のこの時間にボクが監修の下で再試験を行う。そこで平均点を取れなかった時は………お分かりだね?」



 あまりの剣幕に思わず二つ返事をしたものの、いざ机に向かってみると何から手を付ければ良いのかデュースに全くは判断が付かなかった。おまけに点数の悪かった教科は1科目だけでなく数科目ある。あちらからやればいいか、こちらからやればいいか……悩んでいるうちに1日、2日と日にちばかり経ってしまい、気付けばリドルと約束した再試験の日まであと4日を切ってしまっていた。
 困り果てたデュースは、意を決してアイスに相談する事に決めた。本来であれば使いたくなかった手ではあったが、こうなってしまった以上なりふりは構っていられない。アイス・ルーレッドという女生徒はデュースと違って非常に頭が良く、定期試験ではリドルと競って常に学年上位に名前が挙がる才女である。入学時からアイスという優等生は常にデュースの憧れの存在だったが、それが好意に変わったのはいつからだっただろうか。想いを告げた時、驚きながらも頬を赤らめて首を縦に振ってもらったのはつい最近の出来事だ。



「まぁ、真面目な君の事だから、この結果は不本意なものだったんだろうね。じゃなかったら協力なんてしないよ……はぁ…」



 アイスはおもむろに手にした動物言語学の答案に目を通し、「ふぅむ」と考え込む素振りを見せる。普段であればその美しい所作にただただ見惚れて目が離せないでいるのだが、今日はそうもいかない。恥ずかしさと情けなさで視線は意図せず自身の太ももに向いてしまう。



「……他の教科は知らないけど、動物言語学については複数の種族の言葉を混同してしまっているようだね。基本的な使い方を押さえれば再試験は何とかなると思うよ」

「ほ、本当ですか!?」

「まぁ、それでも今日半日くらいは費やしそうなレベルではあるけれど。教科書は持ってきたのかい?」

「あ、はい」



 デュースは床に置いた自身のカバンをひょいと持ち上げ、ガサゴソと中身を漁りお目当ての教科書を取り出した。



「どうぞ」

「ありがとう。うーん……まずはイヌ科から復習していくとしよう。とりあえず、ここからここまで目を通しておいてくれるかい?僕はその間に確認問題でも作るとするよ」



 教科書の該当ページに印を付けたアイスは、それを返すなりデュースのテストの答案用紙の裏にペンを走らせ始める。休日の為か髪を降ろしている姿は至極新鮮で、煩わしそうに髪をかき上げる様にデュースは頬が急激に熱くなるのを感じた。グラスに注がれたアイスティーの氷がカラン、と音を立てたので、デュースはハッと我に返り慌てて教科書に視線を移す。しかし、意識しないようにしようと思えば思う程、アイスがカリカリと問題を書き進める音や、カチコチと一定間隔で鳴る秒針、風で建付けの悪い窓がキィキィと軋む音が妙に気になってしまい、先程から全くと言って良い程に教科書のページが進まない。
 そうこうしている間に問題を書き終えてしまったアイスは、目の前で延々と教科書と睨めっこをしているデュースに気付き、思わず噴き出しそうになった笑いを奥歯を噛んで何とか堪えた。行儀が悪いとは承知の上で帆を杖を付くと、空いた左手を伸ばして黒く少し硬い髪を何度か撫でてやる。



「っ!!!」

「今日は付き合ってあげるから、焦らずゆっくり読むと良い。どこか分からないところでも?」

「い、いや……その…」



 しどろもどろに答えるデュースにアイスは「ん?」と優しく聞き返してやる。すると、彼は頭からぷすぷすと湯気を出してガタンッと机に伏せってしまった。



「え、そんなに難しかったかい?」



 予期せぬ反応に、今度はアイスが若干狼狽え始める。思わず腰を上げて様子を伺おうと身を乗り出すと、グッと左手を掴まれた。



「デュース?」

「……ルーレッド先輩は…」



 アイスは首をひねりつつも、ぽつりぽつりと話し始めたデュースの言葉に耳を傾ける。



「…どうして、俺の告白に頷いてくれたんですか?」

「どうして、って……」

「ルーレッド先輩は綺麗だし、成績も優秀だし……俺なんかが親しくしてもらってるのは、ユウやグリムが居たからだって分かってるんです。だって、俺は不器用で、成績はイマイチで、何度も先輩に迷惑をかけてる。ルーレッド先輩の周りには、ローズハート寮長やアズール先輩みたいに優秀な人が多いのに、何で俺なんかと付き合ってくれてるのかなって……」



 彼女に認めて欲しい。彼女に幻滅されたくない。彼女と肩を並べられるようになりたい。そう思うからこそ、出来る事ならアイスに教えを乞いたくなかったのに。結局は情けないところを見せてしまっている事実に、デュースは項垂れて肩を落としたまま一向に頭を上げる気配を見せない。呆れた面持ちで大袈裟に本日何度目かの溜息を吐いたアイスに、デュースはビクッと肩を震わせる。



「君が自分をどう評価しようが僕の知ったところでは無いけど……そうだなぁ、不器用なところが君の長所でもあると思うけどね」

「……不器用なのに、ですか?」

「ミドルスクールに通っていた時に、『分数の割り算がすんなり出来る人は、その後の人生もすんなりいく』って逸話を聞いた事があったんだ。まぁ、迷信だろうけど。要は、深く考えないで教わった通りに脇道せず突き進んだ人が成功するって事なんだろうけど……僕はそうは思わないね。だってそうだろう?人並みの努力しかしてない人間が、人並み以上の幸せに有り付こうだなんて烏滸がましいにも程がある。どうして分母と分子をひっくり返す必要があるのか、疑問を疑問で終わらせない人こそ、常人には成し得なかった事をやり遂げるんだよ」



 ようやく頭を上げたデュースの額は、勢いよく机に打ち付けた事で赤くなっていた。アイスは再び噴き出しそうになるのを堪え、指の腹で軽く額を小突いてやる。



「それに、君も知っての通り僕はかなりの面倒臭がり屋でね。カリムみたいに興味の無い人間に自分の時間を割いてやるようなお人好しでは無いんだ。この答えで満足かい?」

「じゅ、十分ッス…」

「機嫌が直ったのなら勉強を再開するよ。まったく……君がこのままじゃ、いつまで経ってもデートになんか行けやしない」

「デッ!!!で、で、デート……」

「なんだよ、その驚き方……せっかく僕が誘ってやっているのに、断るつもりかい?」

「とんでもない!!!」

「だったらさっさと教科書に集中する。分からなくなったら遠慮なく声を掛けてくれて構わないから」

「押忍!」



 その返事だけは頂けないと思いつつ、手持無沙汰になったアイスは他の教科の対策を練ろうと散在する答案を拾い上げる。どれもこれも点数は酷いが、動物言語学同様に基礎が成っていないわけでは無いらしい。あれこれと黙考する中で、答案越しに盗み見たデュースはぶつぶつと呟きながらもなんとか教科書を読み進めているようだった。しかし、付き合い始めてからも彼がどこか自分に遠慮している節があるとは思っていたが……アイスは少しだけ反省をしていた。元々何かと自分に尽くしたがるデュースの事はかなり気に入ってはいたし、不本意ながらもユウやグリムの面倒事に巻き込まれる中で彼の言葉や着眼点に感心した事も少なくない。だが、それなりに慕われているのだろうとは自負していたものの、告白された時は感情をはき違えているのではないかと勘ぐったものだ。この学園に女生徒はアイスただ一人だし、彼はエースと違って女性経験も少なそうだから余計にそう思ってしまったのかもしれない。まあ、そんな考えは真っ赤になってがくがく震えながら頭を下げる姿を前に、すぐに改めたのだが。とどのつまり、アイスは彼女ながらに十分デュースに好意を抱いているのだが、如何せんそれが上手く伝わっていないらしい。恐らく原因は、彼が年下であるが故に暫し弟のように接してしまう事にあるのだろう。



「あ、あの…」



 アイスが今後の接し方を思案していると、デュースが控えめに声を上げた。どうやら分からない事があったらしく、教科書をアイスに差し出してある一文を指差している。どれどれ、とアイスが覗き込んだ時であった。



「ここの発音が分からなくて……アイス、さん」



 最初は特に気にしていなかったが、やがてじわじわと感じる違和感に小首を傾げる。その正体が何なのか確かめようとデュースに視線を移すと、彼はまたもやふるふると震えながら俯いていた。その表情は読めないながらも、一目でわかるまでに耳まで真っ赤に染まっている。



「(……あ)」



 違和感が一体何だったのか、その瞬間に理解したアイスは、彼の熱が移ったのか悔しくも自身の頬が熱い事に気付く。それと同時に、目の前の可愛らしい年下の彼氏に対して、もう少しだけ年上ぶりたい気もしてきた。赤らんだ顔を見られていない事に安堵しつつ、アイスは平常心を装ってクチを開いた。



「ユウと呼び方が被ってる。紛らわしいから……早く呼び方変えられるように努力してね」


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