ぐちゃぐちゃに
好きなんだよ
窓から入った暖かい風に押されて、薄いカーテンがふわりと揺れた。ゆっくりとゆっくりと沈んでいく太陽はすごく綺麗で、黛くんの瞳みたいだった。ソファに埋もれる黛くんの足の間に座り込んで、背中をぴったりくっつけて、二人の体温を共有する。この時間が一番幸せで、一番大好きなんだ。
「ねえ、黛くん」
「なに?」
低い声で返答が返ってくる。黛くんは大きな声は出さないから耳に優しい。聞いていて穏やかな気持ちになれるから、好き。
「黛くんのさあ、好きなところ言ってってもいい?」
「……急に何?」
「う〜ん、なんかね、確認したくなって」
忘れちゃいそうって訳じゃなくてね、なんか、自信なくなってきたっていうか。まとまらない思考を丸ごと口に出しているせいで、私が紡ぐ言葉は酷く頼りない。それでも黛くんはひとつひとつそれを丁寧に拾い上げて、私の頭を一回だけ撫でた。
「わかった。俺は聞いてるだけでいいの?」
「うん、うん、聞いてて」
目を瞑る。息を吸う。とくん、とくん、と黛くんのゆったりとした心音が鼓膜に響いて、とても安心した。良かった、黛くんはちゃんとここにいる。一秒一秒、生きてる。睫毛を震わせて、瞼を開いた。
一つめ。
「あのねえ、私黛くんの目が好きなんだよねえ。夕焼けみたいな桃色もあるのに、海みたいな青色もあるし、色んな色がちょうどよく黛くんの目に沢山住んでるの、すごい好き」
「そっか、ありがとう」
黛くんが私を抱きしめていた腕の力が、ほんのちょっぴり強まった。聞いててくれてる。言葉では少なくても、黛くんの全部を見てると、なんて思ってくれてるかなんて、簡単に分かっちゃう。
二つめ。
「黛くんの話し方が好きなんだあ。ゆっくり喋ってる時も言葉を選んでくれてるんだなあって思うし、間が空いちゃうって言ってたけど、そのくらい無言の時間が多くても私は好きだよ」
「……うん」
カーテンがまた揺れた。部屋に入ってきた暖かい風は、私と黛くんの周りをくるりと一周して、暖かさを残してもう一度窓から出ていってしまった。触れ合っている部分が暖かい。全身で幸せを感じているって思う。
三つめ。
「あとねえ、黛くんの頭の回転の速さが好き。私が馬鹿だからかもしんないけど、色んなことすぐ思いついて、色んなところ見てて、沢山楽しいことできるの、すごいなって思う」
黛くんからの返事はなかった。その代わり、黛くんの手とひとつずつ絡められていた私の手を、ゆるゆると黛くんの細い指先が撫ぜた。最近爪切ったのかな、角がなくて丸っこい爪先。すらりと伸びたちょっと白すぎるくらいの指先が、うろうろと所在なさげに、恥ずかしそうに、もう一回私の手の甲に触れた。
四つめ。
「あと黛くんのさ、面白いところも好き。独特なセンスしてるけど、私はねえ、すごい好きだよ。悲しい時もねえ、笑わせてくれるから楽しくなっちゃう」
「改めて言われるとちょっと恥ずかしいね」
黛くんの暖かい手が私の頬を撫でた。二度、三度、と擦り寄せられる指先は、ほんのちょっぴりくすぐったい。ふふ、と笑いを零した私に黛くんが、先を促した。
五つめ。
「黛くんのね、言葉のセンスが好き。何か喋る時も普通の人とちょっと違う例えしたりするでしょ。そういうの見るとすごいなあ、物知りだなあ、ってなる」
「そうかな」
「そうだよ」
上を見上げると、首を傾げている黛くん。疑問に思わないでよ。黛くんが持ってる語彙力って、黛くんだけの素敵でかっこいい大事なものなのに。なんて、私が言うのも変かもな。
ふう、と息を吐いて窓の外を見る。さっきまできらきら輝いていた太陽はすっかり沈んでしまったみたいだ。空は一面濃い紺色で染まっている。黛くんの髪の毛みたい。浮かんだ感想はそのまま口からするりと飛び出していき、黛くんの耳に行き着いたらしい。確かにね、と柔らかい声が降ってきた。そのうち紺色を通り越して真っ黒になるであろう夜空に少しだけ、不安になった。だって、暗闇って怖いもの。先が見えないって、すごく嫌だ。
「ねえねえ、黛くん」
「なあに」
あやすみたいな優しい声音。黛くんは私に優しくするのがすっごく上手。たまには私も黛くんに優しくしたいのに、黛くんは隙を見せてくれない。
「あのさあ、私さあ、黛くんのこと誰よりも大好きなの」
「……うん」
「でもさ、黛くんがだめなことしたらだめって言ってあげたいし、辛いことがあったら一緒にどうすればいいか考えて、力になりたいの」
「うん」
沢山喋ったらよく分からなくなってしまった。でも焦らなくていい。黛くんみたいに、何を言えばいいか考えて、どうしたら伝わるか考えて、ゆっくりゆっくり声に乗せればいいんだ。
「だからさ、私、黛くんのこと、これからもずうっと好きでいたいし、好きでいるつもりなの」
「……うん」
「嫌いになんてなりたくないし、なれない、から……」
なんでか分からないけど、目元がふと熱くなった。間髪入れずに頬を雫が伝って、あれ、わたし、なんで泣いてるんだろう。
「俺も、」
「……ん」
「俺も、名前と同じくらいの気持ちを返せるように、頑張る。だめなことしちゃう時も絶対くるけど、遠慮なく言って」
「うん」
「だから、だからさ……」
紺色の夜空にはだんだんと黒い絵の具が垂れてきていて、その中にきらきらと金色の粒が散りばめられた様子は何よりも綺麗だった。欠けたお月様が降らせる月明かりは、私と黛くんを一緒に照らしていた。
「ずっと、隣にいて」
黛くんの手のひらが私の手のひらを強く握った。私も離れないように、握り返した。月明かりが薄く私達を包み込んで、白く輝いていた。このままずっと一緒にいるんだ。健やかなる時も、病める時も。
先を見るはなし。
2020.5.11