ちょっとのいたずら


十四時と三十分を、少しばかり通り越した昼下がり。隙間が作られている窓からはぬるい風が吹き込んで、薄いレースカーテンをふわふわと揺らしている。はっきりとした青空に浮かんでいる雲の数は少なくて、外の日差しは大層厳しそうだ。
お昼ご飯を二人で食べた後、のんびりとソファに腰掛けた黛くんを追って、なんとなくその足元に座った。つけっぱなしのテレビではお昼のワイドショーが流れていて、司会の男性が訳知り顔で眉間を顰めている。

「ねえ黛くん」
「なあに」
「ひま!」
「俺は暇じゃないかな」

足元から見上げる私を見て、いたずらに口角を緩める黛くん。たまにこういう言動してくるからずるい。ツイッター見るだけなのは暇じゃないって言わないから、と言い返しながら黛くんの太ももに顎を乗せた。頭上から控えめな笑い声が聞こえて、くしゃくしゃと頭を撫でられる。絡まってしまった髪の毛はそのまま真っ直ぐに戻されて、黛くんは再びスマートフォンに視線を向けた。
体感で、構ってもらえた時間はわずか一分程度だ。足りない。圧倒的に足りない!本当に構えない時はちゃんと言ってくれるから、これもまた黛くんの戯れなんだろう。絶対、私が我慢できなくなって騒ぎ出すのを待ってる。黛くんを見てもいつもの無表情を貼り付けているだけで、特にアクションはなかった。
いつもみたいにめげずに話しかけ続ければ相手してくれるだろうけど、それじゃあ面白くない。もっとなんか……黛くんが自ら構ってくれる感じがいい。黛くんもちゃんと私の事好きなのに、私ばっかり好きみたいでなんか癪だし。なにかいい案ないかな、と思いながら肉付きの悪い太ももにぺたっと頬をつけた。
スマートフォンの画面に指を滑らせて、上に下にとくるくる動く黛くんの瞳。ただただぼーっとその動きを追っていたが、ふと思い立った。黛くんがタイムラインを遡るように、私も先日ツイッターを見ていたのだ。そこで目にした一枚の画像。……ちょっと恥ずかしいけど、やってみる価値はあるな。あと普通に好奇心。
思い立ったが吉日ということで、体を起こす。黛くんの名前を呼ぶと、こちらを向いた。膝立ちになってほんのちょっと体を乗り出す。

「ね、黛くん」
「どうしたの」
「隙あり!」
「……は」

もう一度名前を呼ぶとスマートフォンを置いてくれたので、すかさず腕を引く。少し前のめりになった黛くんの顎のところに、ちょうど唇が触れた。作戦成功だ。
恥ずかしくなって茶化しちゃったけどこれで黛くんの気も引けただろう。というか、構って欲しくて仕掛けたのにちょっとそれどころじゃなくなってきた。ぽかぽかとしてきたほっぺたに気づかないふりをしながら立ち上がる。そのまま足早に立ち去ろうとした瞬間、くっと手を引かれた。

「……するなら、ちゃんとしなよ」

勢いのままに引き寄せられて、黛くんの膝の間に収まる。腰の辺りにくるりと腕が巻きついて、肩の上に顔が乗っけられた。耳元で聞こえるくぐもった黛くんの声はどことなく不満げだ。

「黛くん、暑い」
「構って欲しかったんじゃないの」
「……もういい」
「嘘つきはどろぼうの始まりだよ」

子供を言い含めるみたいにやわらかな口調で話す黛くん。頬をくすぐる髪の毛が柔らかくて、回された両腕が暑くって、どぎまぎした。湿った手のひらは気温のせいなのか、この状況のせいなのか。多分両方だ。私が俯いたせいで垂れ下がった髪の毛を、黛くんの手によって耳にかけられる。そのまま私の頬に黛くんが手を当てた。

「ほっぺあっついね」
「黛くんの手が熱いんだよ」
「そうかなあ」

ふふ、と背後から聞こえる笑い声は随分余裕そうだ。完全に弄ばれている。離してよ、と軽く抵抗してもほんのちょっと強くなる腕の力が返事の代わり。どうすればいいってんだ。悪戯心であんなことするんじゃなかった!

「離して欲しい?」
「うん」
「じゃ、こっち向いて」

いつもより弾んだ声音の黛くんに言われるがままに、体を捩る。至近距離に綺麗な顔が見えて、思わずちょっと仰け反ってしまったけど、腰に回った腕が私を引き寄せた。そのまま顔が近づいてきたので、反射的にぎゅっと目を瞑る。遅れてやってきた暖かな温もりは私の唇に二、三度触れた。気配が遠ざかったので恐る恐る瞼を開くと、黛くんは満足気に目を細めていた。

「なんかソースの味するね」
「……今日のお昼ご飯焼きそばだったからじゃないですか」
「そっか」

渋い顔で俯きながら言う私に微笑みながら返事を返す黛くん。結局今日もしてやられた感が否めなくて、もうどうにでもなれと体の力を抜いて黛くんに背を預けた。両腕の拘束は外れていて、悠長な黛くんは私の髪の毛を三つ編みにして遊んでいる。

「離したけど逃げなくていいの?」
「なんかもういいや……」
「じゃあもう一回、」

黛くんの手が私の後頭部に回った気配を感じた瞬間、膝の間から勢いよく抜け出した。じりじりと距離をとる私を見て黛くんが笑っている。今日の黛くんはなんだか楽しそうだ。よく笑う。
意地悪してごめんね、アイスでも食べようか、と言いながら立ち上がった黛くん。目の前を通り過ぎて冷蔵庫の中からカップアイスを二つ取り出して、私に差し出してくる。お礼を言って受け取ると、黛くんはまた笑った。
時計の針はいつの間にかだいぶ傾いていた。ちょうど三時、おやつの時間だ。

顎ちゅーするはなし。
2020.6.10