記憶は全部残るタイプ
「ねえ、らしくないこと言っていい?」
ソファに二人並んで座り、ちょうどやっていたドラマを眺めて余暇を潰す。そんな夜の十時ちょっと過ぎ。黛くんがテレビの画面を見つめたままそんな事を言うものだから、私も画面内で俳優が迫真の演技を披露しているのを眺めながら、軽くそれを了承した。
「ね、あいしてるよ」
「……………ぁ?」
「どういう感情の声なの、それ」
肩が触れるか触れないかの距離で座っていたのに、黛くんがずいとこちらに寄ってくる。私の耳元に手をかざして、小さな子どもの内緒話みたいにした彼が囁いた言葉は、小さな子どものそれとは到底似ても似つかない、どろどろで濃度の高い愛の言葉だった。思わず、少し飛び退く。囁かれた方の耳を抑えて真っ赤になっている私を見て、黛くんは長い袖を口元にあてて優雅にくふくふと笑っていた。
「ごめんね、びっくりするかなって思って」
「びっくりどころじゃないよ救急車呼ぶとこだったよ!」
叫ぶ私を見て、また笑う黛くん。なんだか様子がおかしい。だって黛くんは普段こんなことしないし、こんな、こんな簡単に愛してるとか言える性格じゃない、はず。
「ねえ、なんか変なもの食べた?」
「拾い食いは趣味じゃないかな」
澄まし顔でそんな事を言う黛くんの頬は、ほんの少しだけ紅色に染まっていた。肌が白いからよく目立つ。やっぱりなんか変だ。少しだけ考えて、思い当たる節を一つ見つけた。ほろほろと笑う黛くんが私の手をからめとってくるの優しくほどき、冷蔵庫を開けて、一番上の段を確認する。茶色い箱が閉まってあった。中身は結構アルコール度数の強いお酒が入った、チョコレートボンボン。蓋を取ると、半分ほど減っていた。
「黛くんこれ食べたでしょ!」
「名前がいいって言ったんじゃん」
いや確かに言ったけど!ご飯を食べ終えて満足気な顔をしていた黛くんに折角だからと貰い物のこれを勧めたのは私だ。しかし、私がお風呂に入っている間に半分食べちゃうとは思ってもなかった。黛くんが甘党なのをすっかり忘れていた私の落ち度だ。
軽くなった箱を抱えてソファに戻る。すすす、と寄ってくる黛くんを好きなようにさせて、箱を開けた。試しに一つ口に含んでみる。かり、と歯でチョコレートの壁を破ると、流れ出たアルコールの強い風味が鼻を通り抜け思わず少し顔を顰めてしまった。
「黛くん、これ好き?」
「すき」
これ、とチョコレートを指差して尋ねるとこくりと頷いた黛くん。ちょうどいい、これは全部彼にプレゼントする事にしよう。チョコレートも美味しく頂いてくれる人のお腹に収まった方がきっと本望だ。
「あ」
「ほんとに珍しいね……」
薄いくちびるを開いて、黛くんが動きを止める。いわゆる、あーんを催促しているのだろう。普段こんなことはされたがらないし、したがらない黛くんにしては大変珍しい行動と言える。とはいえ可愛いものは可愛いので、素直に一つ、ころんと口の中に放りこんでやった。もぐもぐと咀嚼して、喉仏が上下する様を見届ける。
「これ、僕が全部食べちゃっていいの?」
「うん、私の口には合わなかったから」
そう言いながら、またひとつ、もうひとつと黛くんの口にチョコレートを放っていく。あっという間に箱の中は空っぽになって、満足そうにする黛くんは、口の端についた溶けたチョコレートをちろりと舐めた。
「おいしかった?」
「うん、すごく」
「それなら良かった」
普段の数倍雰囲気がふわふわしている黛くんは、笑い方もふわふわだ。珍しいこともあるもんだなあ、そもそも黛くんはそこそこお酒強いはずなのに。最近は全然呑んでなかったみたいだし、久しぶりで耐性薄れちゃってたのかな。そんな事が起こるのかも分からないが、肩口にぐいぐい頭を押し付けてくる黛くんを見て、思わず笑みが零れた。だって明日になったら、恥ずかしそうに顔を見せる黛くんが見れるはずだから。
つまみ食いするはなし。
2020.6.15