一瞬の宇宙


夜も深まった午前三時。ふかふかの布団に埋もれて、ふわふわの腕に抱かれて、最高に幸せな状態で眠りこけていたはずの私は、何故か今は小刻みに震えていた。なんだか、良くない夢を見た気がするのだ。 内容はよく覚えていないけれど、じわりじわりと恐怖が身を包むような、気づいたら音もなく後ろにいるような、そんな夢。忘れてしまっているのは、ある種の防衛本能なのかもしれない。
夢の鱗片が張り付いて冷えてしまった足先を擦り合わせる。冷たいものと冷たいものを合わせたって温かさは生まれやしないのに、細い息を吐きながら必死に温度を求める私はさぞ滑稽だっただろう。

「どうしたの」

不意に、背後から声がした。寝ていたはずの黛くんが目を覚ましてしまったみたいだ。これだけ身動きをしていたら起こしてしまうに決まっているのに、恐怖に駆られてすっかりそれを失念していた私は、大袈裟に肩を跳ねさせてしまった。そのせいで、黛くんのとろりとした瞳が心配そうな色を帯びる。美しいトルマリンを歪めてしまったことに、少しの罪悪感を感じた。
向かい合った黛くんに、悪い夢を見てしまったこと、でも覚えていないから心配しないで欲しいことを伝えた。前者は本当だけど、後者は嘘だ。こんな夜中にわざわざ黛くんを心配させるようなことは言いたくなかった。

「ふーん、そっか。……怖かったでしょ、大丈夫だよ」

起きたばかりで平常時より何倍も覇気がない、柔らかで舌足らずな黛くんの声音で鼓膜が震えた。布団の中で動いた手が私の背中を包んで、そのまま胸元に引き寄せられる。ろうそくみたいな命の温かさと、瞬間を生きる血の流れの奏でる音に酷く安心して、子供のように縋ってしまいそうになった。
それと同時に頭を占める、まとまらない思考の濁流。なんで、わたし大丈夫って言ったのに、あったかい、わかってくれて嬉しい、申し訳ない。感じたことがぐちゃぐちゃに、好き勝手に流れていくようで、自分の頭じゃないみたいで少し怖かった。
黛くんの腕の力が、控えめに主張する。どうやら無意識に彼の服を握りしめてしまっていたようで、それを見た黛くんが私をさらに引き寄せたようだった。すう、すう、と息を吸って、吐いて、黛くんが生きている音が耳のすぐ側で聞こえる。

「強がったって、俺はわかってるからね」
「どうせばれるんだから、観念していつでも、好きな時に頼ればいいよ」

随分と近くで囁くように空気を震わせたその言葉は、なんでもない響きだったのに、やけに鼻先につんときた。 誤魔化すようにすん、と鼻を鳴らすと、黛くんが微笑みを零す。口元から漏れた息が、耳にかかってくすぐったかった。

「今はもうぼーっとして、寝ちゃおうよ」

背中に回った黛くんの手が、規則正しいリズムで柔らかく振動を伝えてくる。冷えていた足先にはいつの間に私のじゃない足が絡みついていて、もらった体温でぽかぽかとしていた。
背中を揺らす心地よいリズム、全身をすっぽりと包み込む人肌、吐息、心音。冷たい悪夢は遠ざかり、優しいものだけがこの空間を包み込んでいた。

「おやすみ。また明日ね」

とびきりの愛おしさが込められた呪文のような響きが、じわりじわりと染み込むように遠ざかっていく。感覚は鈍く、まろく、暖かく。思考はとろけて、 最後はすっかり、沈んでしまった。

寝かしつけられるはなし。
2020.7.15