愛しい毛玉が一人と一匹


真っ白な意識の底で、ふゆふゆと揺蕩う。なにかの夢を見ていた。毛糸玉みたいにちいさな子猫が、ころころと走り回るのを眺める夢。私の周りは全部真っ白なのに、何故か空間自体はきらきらと光り輝いていた。まるで、幼い頃に夢見た魔法の国みたいだ。可愛いしかない空間で、自然と持ち上がっていく口角。猫の他には、にやついている私だけ。
そのまま眺めていられるものと思っていたら、突然首元にこそばゆい感触があった。たまらず目を瞑る。それからほんの少し経って、そろそろと瞼を開いた。

「あ、起こしちゃった」

目覚めたばかりの不明瞭な視界が開けていくにつれて、目の前の景色がだんだんと理解出来るようになる。窓から差し込む午後二時過ぎのやわらかな日差しを背負って、叶くんが私の顔を覗き込んでいた。密やかな陽光に照らされた叶くんは、なんだかいつもと少しだけ違って見える。光のせいか本人の雰囲気か分かんないけど、ちょっと神々しかった。

「気持ちよさそうに寝てるから眺めてたんだけど、興味本位でくすぐったら起こしちゃったね」

ごめんね、なんて続けながら可愛らしく小首を傾げる叶くん。謝る気があるのかないのかは別にして、叶くんが楽しそうで嬉しそうだからなんかもうどうでも良くなった。私も、起きて叶くんとお喋りしているのが何より楽しいし幸せだ。

「硬いと思ったからクッション引いてみたんだけど、どうだった?よく眠れたかな」

叶くんに聞くところによると、私はお昼ご飯を食べ終わってしばらくした後、叶くんに昼寝がしたいと抱きついて、そのまま寝落ちてしまったらしい。親切な叶くんは、そのまま膝枕で私を寝かせておいてくれた。確かに言われてみれば、そんな記憶があったようななかったような。煮え切らない表情をする私を見て、叶くんは全部分かっているみたいな顔で微笑んだ。きっと叶くんにはお見通しなんだろう。私がそれをあんまり覚えていないことも、よく眠れたことだって。

「もう三時だね、おやつの時間だ。なんか食べたい?」

叶くんが私に尋ねるけど、私はまもなく限界を迎えようとしていた。叶くんのあったかい体温と、ぽかぽかとした陽気。その他もろもろ色んなものに負けて、私の瞼は再び下がり始めていた。叶くんにまともに返事も返せず、もにょもにょと口元だけを動かす。そんな私を見て、叶くんはちょっと笑って優しく頭を撫でてくれた。

「何の夢見てたの?ずっと笑ってたから気になっちゃった」

きっと叶くんは、私からの返答を期待していない。自分が聞きたいから聞いて、それで終わり。多分私に話しかけただけで満足してる。それでも私は、ほとんど動いていない自分の脳みそに働きかけて、夢の内容を必死に思い出そうとしていた。ほわほわとした感覚、真っ白な空間、きらきら。覚えているものと言ったら、そのくらいなものだった。
そのままふと、叶くんの顔を見上げる。目が合った叶くんはどうかしたのか、という風に私に向かって首を傾げて、頭を撫でた。窓から入り込んだ風がカーテンを揺らして、それから叶くんのふわふわの髪の毛を揺らす。差し込む光は叶くんの灰色に反射して、眩しいくらいだ。ちか、と視界が一瞬眩んだように思えた。

「忘れちゃったの?そっか」

忘れちゃった、と。寝起きだから掠れてしまう声で叶くんに告げる。叶くんはそれにも優しく相槌を返して、私の髪の毛に指先を絡めた。忘れちゃったって言ったのは、半分嘘だし半分本当。もうちょっと頑張れば思い出せそうではあったけど、叶くんの顔見てたら考えてたこと全部吹っ飛んだ。叶くんも笑ってるし、これでいいや。

「なんか、僕も眠くなってきちゃったなあ」

ふわ、と叶くんが欠伸を零す。その眠気に誘われるように、私の口からも幾分かの空気が出ていった。叶くんと目を合わせて笑い合う。ふわふわとした空気がちょっと漂って、それから弾けて消えていった。
夢の内容は忘れちゃったけど、今の叶くんの表情は忘れられない。私も、そう、曖昧だけど、夢の中で同じ表情を浮かべていた気がする。愛おしい毛糸玉を見るみたいな、そんな物言いたげな瞳。

お昼すぎのはなし。
2020.7.7