深夜の真心クッキング


ふと見上げたガラス越しのベランダの向こうでは、こぼれ落ちそうな星空が広がっていた。時刻は午前の三時。草木も眠る丑三つ時、ってやつだ。多分。そんな時間に私は何故か、キッチンに立っている。いやそんな全然別に、お腹空いたからお夜食食べちゃおうかな〜なんて思ってないです。微塵も思ってないです!……さすがに嘘。
頭の中で謎の言い訳を展開しつつ、コンロの下の戸棚を漁った。買いためてた美味しいカップラーメンでも食べてやろう。この際だから思いっきりカロリーを摂取してやる。
ふんふんと意気込みながら何種類かあるものを手に取って、吟味する。ん〜、どれにしようかな……。こんな時間なので電気も付けていない。暗いキッチンでよく見えないパッケージに目を凝らした。

「な〜にやってんの」
「うわ!」
「わはは、わりぃわりぃ」

両方の肩に突然、ぽんと手が置かれた。驚いて大きな声を上げて後ろを振り返る。と、しゃがみこんでいた私と同じように膝を折って、楽しそうに笑う社さんの姿があった。完璧に寝起きらしく、短い髪の毛が所々逆立っている。

「お、起きてたんですか……」
「んや、お前がベッド抜ける音で起きた。そしたらなんかガサガサやってるから」
「……バレましたね」
「はは!そうだな」

また笑って、立ち上がった社さん。差し出してくれた手に甘えて、立ち上がる。社さんは私が手に持っていたカップラーメンを認めると、ケトルを手に取って水を入れ始めた。

「……ありがとうございます」
「いーよ。俺も食っていいか?」
「もちろん!はんぶんこします?」
「はんぶんこしようか」

ケトルの中の水がぐつぐつと音を立てる前に、爪先で外のプラスチックを剥がす。社さんは二人分のお椀とお皿を用意してくれていた。
しばらく経って、ケトルがぽんと音を立てた。零さないように気をつけながらお湯を注ぐ。三分待ったら、完成だ。

「おなかすいた……」
「今取り分けるから」

食欲をそそるシーフードのカップラーメンの匂いに思わず頼りない声が漏れる。社さんは少し笑って、出来上がったカップラーメンを半分ずつお皿に入れてくれた。リビングの方まで移動するのも面倒臭いので、このままキッチンで頂くことにする。ちょっと行儀が悪いけど今なら許されるはずだ。

「いただきま〜す!」
「あ゙〜……深夜のラーメン染みる……」

ずるずると啜ったラーメンは本当に美味しかった。いつもの十倍ぐらい美味しく感じるのは、空腹と背徳感という最高のスパイスのせいだろう。美味しければなんの問題もない。

「美味しい……」
「あ、ちょっとスープ飲むの待て!」
「え?」

麺を全て食べ終わって、さて残ったスープも飲んでしまおうと思ったら突然社さんから待ったをかけられる。

「まだ腹減ってんだろ〜?……楽しいこと、しようぜ」

にやあ、と口角を上げた社さんは完全に悪い大人の顔をしていた。何をするのか分からない私はただ首を傾げるばかり。美味いぞ、と言いながら社さんは私の手から残ったスープを持ち去った。ああ、スープ……。

「これが更に美味しくなる」
「まじですか?」
「まじ」

社さんは冷蔵庫から卵を二つ取り出すと、綺麗に割って溶き始めた。かちゃかちゃと擦れる菜箸の音を聞きながら、社さんの言うたのしいこと、について思いを馳せる。今のところ全然分からない。
卵を溶き終わったらしい社さんは、その溶き卵を半分ずつ、社さんのスープと私のスープに注いだ。くるくると少し混ぜて、シーフードスープと卵が渦を巻く。

「何が出来るか分かったか?」
「いや……分かんないです」
「はは!じゃあお楽しみだな」

楽しそうに肩を揺らした社さん。今度はそのスープと溶き卵が混ざったものにラップをして電子レンジに入れた。二つなら五分くらいか、と呟いた後にぴっ、と電子音。低い音を立てて電子レンジが稼働し始める。

「社さんヒントください!」
「ヒント〜?美味い卵料理」
「ヒントになってない……」

なかなかヒントをくれない社さんに文句を言ったり、正解を導き出そうと頭を悩ませる。そんなことをしていたら 、いつの間にかとっくに五分経っていたようだ。短く完成を告げる高い音。社さんが電子レンジを開けるとふわりといい匂いが漂った。なんとなく嗅いだことがあるような、ないような。あちい!と騒ぎながら取り出したお椀の中を覗き込む。

「あっ、すごい!」
「はい、正解は茶碗蒸し〜」
「ちゃんと茶碗蒸しだ……」

お椀の中を満たしていたものは、間違いなく茶碗蒸しだった。淡い黄色の卵からじゅわじゅわと汁が染み出している様は見るからに美味しそうだ。目を輝かせていた私に社さんがスプーンを手渡す。

「熱いから気をつけろよ〜」
「いただきます!……あっつ!うま!」
「だろ?」

得意げに笑う社さんに向かってこくこくと頷いた。これ本当に美味しい!
口に含んだ途端溢れ出した少し濃いめのまろやかな海鮮のスープ。ほろほろととろける柔らかい卵の塊。たまにあるえびも美味しい。食べないでおいて良かったと切に思った。カップラーメンのスープでこんなお手軽に茶碗蒸し作れるなんて知らなかったなあ。今度私も作ってみよう。
そんな感じで美味い美味いと言いながらスプーンを進めていたら、あっという間になくなってしまった。お腹を満たすのは心地よい満腹感。鼻腔をくすぐるシーフードの残り香が何となく名残惜しかった。

「社さん、ご馳走様でした!」
「はい、お粗末さま。美味かった?」
「まじで美味しかったです」
「そりゃ良かった」

充実した気持ちで二人分の食器を水につける。洗い物は朝でいいか。もう寝たい。

「また夜食食う時は俺も誘ってくれよ?」
「そうします。こんな美味しいものが食べられるとは……」

二人で寝室に戻りながら、次のお夜食に思いを馳せた。第二回目の開催は、そう遅くはないだろうな。

夜食を食べるはなし。
2020.5.29