会いたいもんは
会いたいんだ
ぴろん。
机の上でスマホが軽快な音を立てた。メッセージが来たことを告げている。動きが鈍くなっていたシャープペンシルを投げ捨て、スマホを開きながらベッドに寝転がった。勉強はもういい。伸び続ける春休みは、如何せん宿題が多すぎる。
慣れた手つきで開いたメッセージアプリには、通知がひとつ。刀也くんからだ。簡素な文面で『今何してました?』と、一言だけ。
刀也くんとはかれこれ三週間は会っていない。終業式を終えて学校がなくなって、春休みは刀也くんとどこに行こうかなあ、なんて呑気に考えていたら。世間の誰もが外出を控え、私たち学生の元には学校から山のように宿題が届く。いつこの状況が終わるかなんて分からないけど、私にとっての一番の問題は出歩けないことでも、宿題が多すぎることでもなかった。刀也くんに会えない事だった。刀也くんは真面目だから、本当の本当に不要不急の外出は避けているようで会おうなんて一言も言ってくれないし、ついこの前、メッセージアプリを通して終息まで我慢しましょうね、なんて言われたばっかりだ。もちろん私もリスクを犯してまで刀也くんに会いたいなんてことはない。ただちょっと、寂しくてわがままな気持ちになっているだけだ。
『勉強してた〜』
『もちろん家にいるんでしょうね?』
『当たり前じゃん』
『よろしい』
よろしい、という文面と共に送られてきたうさぎのスタンプ。あ、これ刀也くんの誕生日にふざけてプレゼントしたやつじゃん。使ってくれてるんだ。普段スタンプなんてそうそう使わない刀也くんが、愛らしいうさぎのスタンプを使っているのを見るとなんだか笑いが込み上げてくる。
『刀也くんは何してるの?』
……あれ?さっきまですぐに返ってきていた返信が来ない。既読はすぐに付いたからトークルームは開いたままだろうし……。返信に迷ってるとか?返信に迷うようなことしてるの、刀也くん……?
しゅぽ。
『重要な用事をこなしてます』
あ、返事きた。しかし返ってきた返信もなんだか曖昧で、具体的に何をしているかが分からない。刀也くんのことだからてっきり勉強してるもんだと思ってたんだけどな……。
『なにそれ』
『後で教えます』
『後でっていつ〜?』
『もうすぐ』
『ほんとに?』
あれ、既読つかなくなった。私が最後に送った文章の左端に表示されているのは現在の時刻だけ。もう七時か、すっかり夜だなあ。数秒眺めても画面に変化がないので、そっと電源を落とした。途中で返信が途絶えるなんて刀也くんにしては珍しいけど、まあきっと大丈夫だろう。刀也くん生命力高そうだし。
スマホを投げ出してベッドに大の字になる。あ〜あ、刀也くんに会いたいなあ。初デートの時みたいにいきなり手握って照れられたりしたいなあ〜。
ぴろん。
目を瞑ってうたた寝しかけていた私の耳に届いた、通知音。ぱっとスマホを取り上げて電源を入れる。ホーム画面に並んだ通知の一番上に、刀也くんからのメッセージ。
『玄関の前まで来れますか』
……嘘だ。きっと嘘だ。私の思ってることなんてきっと起こらない。次刀也くんに会えるのはもっと先のはずだ。予想と外れた時の予防線を必死で張りながら、自分の部屋を飛び出した。適当な靴を引っ掛けて、玄関の扉を思い切り開く、と。
「ね、もうすぐって言ったでしょう?」
……刀也くんだ。刀也くんだ!久しぶりに見た刀也くんは、どこも変わっていなかった。いつも通りの私服に身を包み、頬は少し赤い。肩も少し上下している、走ってきてくれたのだろうか。
そんな刀也くんを目前に、私はなんというか、感極まって何も言えなくなっていた。混乱と、喜びと、心配と。色々な感情が整理されることなく、好き勝手に心の中で主張してくる。
「……ちょ、ちょっと、何とか言ってくださいよ」
刀也くんが気まずそうに呟いた。会いに来てくれたのに、ごめん。でも今ちょっと泣きそうなの。もうどうすればいいか分からなかった。分からなかったから、欲に任せて刀也くんの胸元に飛び込んだ。
「うわ、」
「ごめん、ごめん、ごめんん……」
「はっ、泣いてます?!」
なんで泣いてるんだろう、私。嬉し泣きだといいんだけど。まとまらない思考は隅の方に追いやって、刀也くんの胸元に思い切り顔を押し付けて息を吸い込んだ。……刀也くんの匂いだ、柔軟剤変わってない。
「泣くほど嬉しいんですか?」
「うれしい……」
「そりゃ良かった」
ぽふぽふと私の頭をぎこちなく撫でる刀也くん。なんでもないみたいに振舞ってるけど照れてる。いつもの刀也くんだ。
「まったく……。濃厚接触はだめって言ってるのに」
「今だけ許してよ……それに刀也くんだって不要不急の外出してるじゃん」
「僕はちょっと散歩してただけですから」
じゃああのメッセージはなんだ、と言いたくなったけどやめた。折角刀也くんが私に会いに来てくれたんだもんね。
「はい終わり!」
「えぇ……」
唐突に、刀也くんから引き剥がされる。私としては全然足りないけど、文句は言えない。我慢だ我慢。
「今度は公園に散歩にでも行きましょう、運動がてらね」
「デートね」
「…………なんでわざわざ口にするんですか」
「デートね」
「あぁもう分かりましたよ!!」
そういえばニュースでやってたなあ、外での散歩はおっけー、みたいな。ちらり、と刀也くんの顔を見上げる。月明かりに照らされた刀也くんの顔はさっきより数段赤かった。デートって言われるだけで照れちゃうの、本当どこの中学生だって感じだけど、そこもまた刀也くんらしい。
「じゃあ、今日はこれで。また連絡しますね」
「うん。……あ、待って!」
「え?」
私の声に反応してぴたりと動きを止めた刀也くん。その隙に刀也くんの両手を引っ掴んで、これでもかと言うくらい握りしめた。会えない間の、充電だ。
「じゃあね、今日はありがとう!ちゃんと手洗うんだよ」
「え、ちょっとあの」
自分のした事が恥ずかしくなってきて、刀也くんの返事を待たずに扉を閉めた。何か言いかけてたけど聞かなかったことにする。
ぺたりと頬に手を当てた。顔が熱い。体の力がするすると抜けて、扉にもたれかかってしまった。
「……手、洗いたくないなあ」
次はいつ刀也くんに会えるんだろう。今お別れしたばっかりなのに、もう会いたくなっている。早く、早く。どうか早く、刀也くんを思いっきり抱きしめてもいい時がきますように。
寄り道するはなし。
2020.4.12