行き着く先は結局同じ


充実感で心地よく疲弊した体で、重い玄関扉を押し開ける。

「ただいま〜!」
「……おかえり」

廊下の奥からひょこ、と顔を出した黛くん。いつも通りのぱっちり二重なのに無気力そうな瞳を見て、少しだけ安心した。
今日は、小学校の頃の友人たちとの同窓会で、昼から家を空けていた。本当に本当に楽しくて、成人しているのに年甲斐もなくはしゃいでしまって、子供の頃に戻ったような気分だった。

「楽しかった?」
「楽しかった!」
「それなら良かった、お風呂沸かしといたから早く入っておいで。ほら、コートと鞄いいよ。かけとくから」

お気に入りのローヒールの靴を踵を揃えて置いた瞬間、完璧なタイミングで黛くんにコートと鞄を渡すように言われて、一も二もなく渡してしまった。なんだかいつもより世話焼きな黛くんに少し動揺しつつありがとう、と伝えると、そっけなく頭を撫でられる。一体どうしたんだろうか。



─────



「あがったよ〜……」

お風呂から出てほこほこの体でリビングに戻る。黛くんはなんと湯船に入浴剤まで入れて置いてくれたらしくて、薄い青色に染まったお湯を見てちょっとびっくりした。配慮がすごい。

「入浴剤ありがとう。びっくりしちゃった」
「どういたしまして。疲れてるかと思って入れといた」

最近新しいの買ったしね、と何やらドライヤーをセットしながら呟く黛くん。……え〜っと、そのドライヤーはなんのために準備してるの?

「……黛くん?」
「よし。ここおいで」

当然のようにドライヤーを持って、ソファに座る黛くん。自分の足の間をぽふぽふと叩いて真顔で私を呼ぶもんだから、なんとなく使命感に駆られてふらふらと足の間に収まる。すぐさま温風が吹き始めて、黛くんの手がやわやわと私の髪の毛を乾かしていく。

「……黛くん、ドライヤー上手だねぇ」
「俺も髪長めだからね、普通の男性よりかは心得てるかも」

ドライヤーの音にかき消されないようにいつもより少しだけ大きな声で喋る黛くん。ぽつぽつと会話を交わしていたら、あっという間にドライヤーは終わってしまった。ありがとう、と言って立ち上がろうとしたら。

「……普段使ってるのって、これだよね?」
「え、あ、うん。そのヘアオイルです……」
「ん、分かった」

黛くんが懐から取り出したのは、いつも私が使っていたヘアオイル。昨日切らしちゃったけど今日買いに行けなかったし、今日はいいや、と思っていたのに。黛くんが如何にもいつもやっていますよ、みたいな顔で丁寧に私の髪にヘアオイルをつけてくれて、状況がいまいちよく分からない。混乱で目の前を見つめることしか出来ずにぼーっとしていたら、「終わったよ」という黛くんの声と共に頭にぽふ、と手が乗っかって遠くに行っていた意識が戻ってくる。

「え〜っと、ありがとう」
「うん、ちゃんと出来てる?」
「あ、うん。むしろ私より丁寧にやってくれてると思う……」
「君がやってるのよく見てたから」
「そっか……」

なんだか今日は黛くんがすっごくお世話してくれる気がする。別に全然嫌じゃないけど、いつもと違うとやっぱり気になってしまうもので。でもなんとなく改めて聞くのもなあ、と思っていたら、黛くんがじいっとこちらを見つめてきて。

「……なあに?」
「……なんでもない。ちょっとこっち来て」

なんでもない、と言っている割にはあんまりなんでもなさそうな顔をした黛くんに自分の隣に座るように言われて、困惑しつつ素直に隣に座る。その瞬間、黛くんが肩口に顔を埋めて来て、驚いて思わず少し飛び跳ねた。黛くんがすんすんと匂いを吸っている気配を感じて、恥ずかしさに体が固まる。

「え、ちょっとあの、黛くん、」
「……よかった」
「え」

肩から顔を離して、ほんの少しだけ目を細めて微笑む黛くん。恐る恐る、何が良かったのか聞いてみる。

「……何が?」
「……名前が、いつもとおんなじ匂いするのが。帰ってきた時、なんかいつもと違って、嫌だったから」
「……なるほど」

確かに今日は、お酒を飲んだ。周りには香水をつけた女の子も男の子もいたし、私じゃない匂いが私からしていてもなんらおかしくない。それにしても、黛くんが素直にそういう事を口に出してくれるのは結構稀で。面と向かって言われると、結構恥ずかしい。

「……別に名前がどこか、同窓会とかね。行くのは嫌じゃないけど、帰ってきたら、……その、俺のだし」

なんだ、今日の黛くんなんだ。なんかすごい、でれでれしてる気がする。俺のだし、とか初めて言われた。黛くん、独占欲とかあったんだ。私ちゃんと愛されてるんだなあ。

「今日帰ってきてからすぐお風呂入ってもらったのも、ドライヤーしてあげたのも、名前に少しでも触れてたかったからだし」
「……うん」
「まあだから、その……どこ行ってもいいけど、最後はちゃんと、俺のところに戻ってきてね」

ぎこちなく吐き出された言葉と共に、右手に絡みつく温もり。先程まで私の髪を乾かしていた黛くんの白くて骨ばった指先が私の手を絡め取っていて、なんだかとても恥ずかしかった。

「あ〜……なんか柄でもないこと言っちゃったね。ごめん」
「いや別に、うん、嬉しかったよ」
「…照れてるね」
「照れてない!」

絶対に誰かどう見ても照れているのに無駄な抵抗を重ねる私。握る力が強くなった右手と、私の頬に添えられた左手を眺めて、さらに体温が上がってしまったのを感じた。……だめだ、でれてる黛くん、心臓に悪い。

いつもより世話を焼いてくるはなし。
2020.3.21