ふわりはなびら、
かんちがい


そうだ、お花見に行こう。
日曜日の昼下がり、私が突然どこかのテレビのコマーシャルみたいなことを思い立ったのは、確実に春の陽気のせいだと思う。窓の向こうでふわりふわりと舞い落ちる桜の花びらが、あんまりにも優雅で美しかったからだ、きっと。
思い立ったが吉日。早速お出かけの準備をしよう。ゆるゆるのださいスウェットを脱ぎ捨て、折角なので最近買った春物のワンピースに身を包む。何でもない日だけど、何となくおめかししたい気分だった。あんな綺麗な桜を見に行くんだもん、私もおしゃれしなくちゃね。軽く化粧を施して、髪の毛を整えて、小さな鞄に荷物を詰めて。玄関でお気に入りの靴を履いたら、完成。姿見の前で身なりを再確認して、ひとつ頷いた。よし、いってきま〜す!



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辿り着いた公園には、まあまあ人がいた。小学生くらいの子達があちこちで元気いっぱいに遊んでいる。あそこではブランコで、あそこでは滑り台で。大人の人も何人かいて、子供たちの遊び相手になってあげているようだ。学童かなんかかな。自分にもそんな時期があったなあ、と感慨深くなりながら、隅の方に置かれていたベンチに腰掛けた。ふう、と一息ついて頭上で揺れる桜を見上げる。綺麗だなあ、写真撮りたいな……。スマホスマホ……。

「…………え?」

鞄を漁っていた私の耳に突然届いた、なんだかすごく聞き覚えのある声。思わずぴたりと動きを止めてしまった。まさかね、外にいる訳ないもんね、と思いながらゆっくり顔をあげると……ほんとに?

「ま、まま、黛くん……?!」
「そんな驚くことないでしょ」

小さな女の子二人に両手を取られながら、こちらにじとっとした目線をよこす黛くん。嘘じゃない、本物だ、本物の黛くんだ。外にいる。

「な、なんで外にいるの……?」
「施設の人が体調崩しちゃって。人手が足りなくて、どうしてもって言うから俺も引率役で連れてこられた。……なにその顔」
「ご、ごめん。ちょっと頭の整理に時間が……」

私が外に連れ出そうとしてもやんわり断ったり、上手く誤魔化してきたりしたのに……!これは黛くんの成長を喜ぶべきか、彼女のお願いより施設の方のお願いを聞き入れたことを悲しむべきか。なんとなく複雑である。

「名前はなんでここ来たの、やっぱりお花見?」
「あ、うん。なんとなく桜見たくなっちゃって……」
「ふぅん、そっか。ここの桜、この辺りで一番綺麗らしいしね」
「かいく〜〜ん!!」
「っと……。ごめん、ちょっと待ってて」

私と黛くんが話し始めて退屈したのか、黛くんの両サイドにいた女の子たちは散っていってしまった。それと入れ替わるようにやってきた、複数人の別の女の子たち。みんな手には草花で作った冠を持っている。上手くできたことを報告しに来たのだろうか。ぐるりと周りを取り囲まれて、四方八方からかいくんかいくん、と呼びかけられているのを見ていると、なんだか微笑ましい気持ちになってくる。

「ねえねえかいくん、これみて!あのね、あのね、」
「うん、落ち着きなね。どうしたの?」

一人一人にきちんと返事を返している黛くん。小さい子に慣れてるって言ってたのは本当だったんだなあ。それに、なんだかいつもより声音が優しい。別に普段が尖ってる訳じゃないけど、数段まろくなってる。ほんの少し目尻を垂らして優しげな表情を浮かべる黛くんを観察していたら、色々通り越してお母さんに見えてきた。

「かいくん、わたしもつくった!いちばんじょうずにできたの!」
「そっか、前も見せてくれたっけ?上手になったね」
「これかいくんにあげる!」
「いいの?じゃあもらうね、ありがとう」

一人の女の子が黛くんに花かんむりを手渡すと、用は済んだという風に他の子と共に走り去っていってしまった。黛くんはその子たちを見送ってこちらに背を向けているけれど、息をついた様子が見て取れる。……ちょっといたずらしたくなってきた。

「灰く〜ん」
「なあに。…………あっ」

思った通りになりすぎて、ちょっと、いやかなり笑ってしまった。あれだけかいくんかいくん呼ばれていたら、私が灰くんって言ってもあのまろい声で対応しちゃうんじゃないかと思ったのだ。そしたらやっぱり、大成功。いつもの数倍優しい声音で返事が返ってきて、にやけが止まらない。こちらに振り返った黛くんも、口元の緩んだ私と目が合って自分のした事に気がついたようだ。

「……いじわるだなあ」
「ごめんって、ちょっといたずらしたくなっちゃって」

非難するように少し目を細めながらこちらを見る黛くんのほっぺたは、薄桃色に染まっていた。なんだか可愛くて可愛くて仕方がない。
わざとらしくため息をつきながら、不服そうな顔で私の座っていたベンチの隣に腰掛けた黛くん。見上げると、眉間のしわが深くなっている。

「ねえ黛くん」
「なに」
「頭にね、桜の花びらついてる」
「……取って」

機嫌悪そうにしていたのに、素直にこちら側に頭をもたげてきた黛くん。頭を一撫ですると、黛くんの頭の上に陣取っていた桜の花びらが、ひらりと地面に落ちていった。

「ありがと」
「どういたしまして〜」
「……なんでまた笑ってるの」
「笑ってないよ!」

言えないなあ、桜の花びら見てたら、さっきの恥ずかしがってた黛くん思い出しちゃったなんて。ちょうど同じくらいの色だったなあ。くすくす笑いながら黛くんの方を見ると、顰めていた眉を緩めて、ふっと息を吐くように笑った。しかたないなあって顔してる、私がいたずらしたときに黛くんが許してくれる時の顔だ。

「君も頭に花びらついてるよ」
「……ほんとに?」
「うそ」
「やっぱり」

ばれちゃった、なんて言いながらくすくす笑った黛くん。わ、珍しい。いつもよりなんだか表情豊かだ、これも春の陽気のお陰かなあ。黛くんの背後でふわりふわりと舞い落ちる桃色の宝石を眺めて、黛くんと目を合わせて、また二人で笑った。

間違えちゃうはなし。
2020.4.11