1




私が小学生の頃、やたらと女子に人気の男の子がいた。奴の名前は降谷零。色素の薄い髪に少し焼けた肌、くりくりのまぁるい瞳に整った顔立ち。見た目で落ちる女子がとにかく多った。おまけにスポーツも出来て勉強も出来て、もうひとつおまけに女子に優しい。これで落ちない女子はいないだろう。まるで王子さまだ。
しかしこの男、他の女子には優しいくせに私にはやたらとちょっかいを出してきた。私のお気に入りの鉛筆を取ったり、大嫌いな虫を目の前で見せてきたり、スカートを捲ってきたり(これでスカートの下はよくスパッツを履くようになった)。一番覚えているのは、誰もいない暗がりの教室に閉じ込められたことだろうか。私は小さい頃から暗いところが大の苦手で、寝るときはいつもお母さんと一緒か、もしくは部屋を少し明るくしないと寝られなかった。だから当時暗い教室に閉じ込められたときは、それはもう大泣きした。奴も大泣きする私に慌てたようで、いつもの意地悪な顔が、そのときだけおろおろとどうしたらいいかわからないというような表情だった。思い出すと笑えてくる。
その一件以来ちょっかいをかけてくることは減ったが、やたらと奴に見られることが多くなったように思う。中学に上がってからもそれは続き、しかも中学3年間同じクラスだったものだから、やたらと気持ち悪くて仕方なかった。女子に人気の降谷零を気持ち悪いなんて他の女子に言ったりしたら、漫画みたいに校舎裏に連れて行かれるかもしれなかったので(マジで)誰にも言えるはずもなく、高校に上がれば奴とは離れることができたので、奴のことは徐々に記憶から消えていった。
なぜ私が突如忌まわしき降谷零を思い出しているのかというと、今しがた足を踏み入れた喫茶店のせいなのだ。久しぶりにモーニングでも食べようかと思い少し歩いて目に入った喫茶店に入店したときのことだ。入店に出迎えてくれた若い男。色素の薄い髪に少し焼けた肌、丸い瞳に整った顔立ち。降谷零にそっくりな男が、私の目の前に立っていたのだ。私は目を丸くして彼を見つめた。あの頃と比べると身長も伸び(ムカツクくらいに)、イケメンにさらに磨きがかかり(ムカツクくらいに)、さらに白いタートルネックと黒いエプロンがムカツクくらいによく似合う。このムカツクイケメンを降谷零以外の何と言うのだろう。絶対に降谷零だ!

「ふ…」
「安室さーん!お客様ですか〜?」

私が奴の名前を呟きそうになったとき、店の奥から女性の声がしてきた。降谷零の後ろから顔を出したのは黒髪の可愛らしい女性だった。エプロンをしているので、おそらくここの従業員だと思われる。彼女はニコニコしながら、私に話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
「あ、はい」
「かしこまりました!ご案内しますね。もう安室さん、ちゃんと案内しなきゃだめですよ〜疲れてるんですか?」
「すみません、寝不足気味でボーッとしてしまいました」

安室…だと…?
私は案内されるがまま男の後ろ姿を見つめる。安室なんて名前絶対に嘘だ。奴の名前は降谷零、小学生の頃私に散々ちょっかいかけてはスカートめくりをしてきた悪ガキなのだ。確かに中学の時よりだいぶ姿形が変わったが、私が奴を見間違うはずがない。だから言った。

「降谷」

その名を。
安室と呼ばれた男は私の声にピクリと反応し、こちらをゆっくりと振り向く。その間がスローモーションのように感じ、心臓がどくんどくんと早まる。口を結び手を握りしめ、振り向く奴の瞳と私の瞳が重なりあうと、奴は見たこともないような笑顔で言った。

「僕の名前は安室透ですよ、お客様」



は?????????



ALICE+