# 08 자선대회
カナダバレー界をざわめかせたチャリティーマッチの発表から時遡ること半年ほど前。カナダ、オンタリオ州。州都のトロントという地名は、先住民ヒューロンの言葉で「人集う場所」という意味らしい。
その名の通りカナダの中でも随一の多文化地域であるトロントで、高校2年生の日向と影山は約1年にわたる留学中だった。
日向がホストファミリーに与えられた自室で机に向かい、明日の予習をしていると、軽いノック音がしてネイサンが顔を覗かせる。
『ショーヨー! 今平気?』
『ネイサン! 何?』
『明日の夕飯、ジャックとトビオがうちに食べに来るってさ』
『え、今日スクールであいつ何も言ってなかったけど』
『俺もさっき聞いた! パパが思いついて誘ったみたい』
留学先は自校のツテで決める事になったけれど、バレーボールアカデミーの充実した所に決める事ができたし、ステイ先のホストファミリーとしてネイサンとジャックの家族が是非にと言ってくれたのも大変よかった。
バレーボール一家であるホストファミリーのおかげで現地クラブチームのトライアウトを受ける事だってできたし、何よりネイサンの父親はつい最近までスペインチームの指揮を取っていた押しも押されもせぬ大監督であるからして、その家族や友人達が熱心なバレーボールファンであるのも当然の帰結だったので、正直なところ日本にいるよりもバレーボール漬けの、要は、数倍呼吸がしやすい環境だったのだ。
日向と影山は今までの鬱憤を晴らすかのように練習に打ち込んだし、メキメキ昔の動きを取り戻していくその様は傍目には異様な成長速度としか映らず周囲の度肝を抜いた。ネイサンの父、名将ニコラスもその例に漏れず手を叩いて称賛を示してくれたのは、素直に嬉しい事だった。その後日本での活動経歴を尋ねられ、それが全くの空白であると聞いた時のニコラスの表情は酷く言い表し難いものだったが。
そして、あのお祭り騒ぎは、このニコラスの一言から始まったのだ。
『実は半年後、ちょっとしたチャリティーマッチを計画してる。今参加選手にも声をかけていて、とりあえずガルシアとパトリックからはOKを貰ってるんだ。現役選手からも何人か出てもらうつもりで声をかけているが、まあこっちはチームの許可の都合もあるし、あまり大人数は無理だろうな。しかしものすごく楽しいゲームになるぞ。そう思うだろう?』
夕食の席で楽しそうな表情を隠しもせずそう語り出したニコラスに、食卓からどよめきと感性があがる。
日向は大興奮で何度も頷き、ネイサンは雄叫びを上げ、影山はギラギラした瞳を大きく見張り、ジャックは『素晴らしいです!』と叫んだ。
『ガルシア選手のゲームがまた観れるってこと!? チケットいつ!? 半年後ならショーヨーもトビオもまだこっちにいるよね!?』
『ふふん、ネイサン。それでいいのか?』
『パパ?』
『引退した古強者に、今が盛りの現役選手。と来たら、若い新芽も入れてやらなきゃならんだろ。ユースあたりの若者にも声をかけようと思ってるよ』
『……!! パパ! 出る! 出たい!』
『サンダースさん俺も出たいです!』
椅子を蹴倒してネイサンとジャックが立ち上がる。
それをゲラゲラ笑っていなした名監督は、それから日向と影山に目を向けた。
『最近の練習を見てる感じだと、こいつらの方がバレーボールってもんをわかってるんじゃないか? えぇ? ネイサン、ジャック』
『な…』
『どうだ? ショーヨー、トビオ? 出たくないか? お前たちは間違いなくカナダの下手なユース候補より上手いし、心配ないだろ。現役プロ選手に混じってやれるまたとないチャンスだぞ』
俺のドリームオーダーにひと口乗る気はないか? と笑うニコラス・サンダースに、頷く以外の選択肢なんて日向と影山には存在しない。
興奮に荒くなる呼吸で力一杯首肯した。
それが、半年前の話だ。
バレーボールはチーム競技。
たった1人が上手くても、それで勝てるわけじゃない。
6人で強い方が勝つ。前回の影山が痛いほど学習した事だ。
けれど、と思う。
けれど、6人の強さはやはり1人の強さの積み重ねなのだ。
6人で強くなるために、まずは自身が強くならなくてはならないし、自分自身を敵として、ひたむきな研鑽を積まなければその強さは得られない。
全ては、己とバレーボールの孤独な戦いだ。
バレーボーラーは等しく孤独な1人の打ち手であり、6人での強さとは、必ずその上に成るのである。
『さあ間もなく試合開始の笛が鳴る! サンダースプレゼンツチャリティーマッチ。注目は何と言っても昨年引退したばかりのガルシアだろう。城壁のようなブロックで幾度となく敵を阻んだ、カナダが誇る素晴らしいミドルブロッカーだったね』
『ええ。そしてガルシアの隣に並ぶのは15歳のダニエル・バート。先日のカナダジュニアリーグで優勝、既に名門ノースエッジ大学下部クラブのトライアウトを通過しています。今日はスターティングのセッターとして登場です』
日向も影山も『前』でチャリティーマッチには何度か出場したことがある。
チャリティーマッチとは、誰かのための試合だ。悲しいこと、助けてあげたいこと、そう言ったもののために行われるバレー。けれど、だからこそ目一杯の楽しさを選手は届けたいと思うのだし、観客も心底全てを満喫する。
サービスは相手チームから。笛が鳴り、歓声の中、アリーナの天井に向かって放られたボールが弧を描く。
カナダのプロ選手渾身のジャンプフローターサーブは、味方チームのリベロであるネイサンが呻きながらも何とか上げた。少し短く勢いも殺しきれていないけれど、影山にとってそれは大きな問題ではない。高さがある、充分だ。
不思議だ、と影山は思う。
烏野でバレーが出来なかった。ずっと2人で練習していた。部活すらできず、家族と折り合いが悪く、日本を飛び出して、全部が前と違うのに、今こんなにも同じところにいる。
「来い!」
日向の声が響く。もう踏み切って、そこに。
これを大観衆の中で披露するのは100年ぶりのような気がしたが、100年ずっと繰り返してきた心地もする。全て孤独とは程遠い。
瞬きより速く繰り出された速攻は、往年の名ブロッカーガルシアから1メートルほど左を剛速でブチ抜き、轟音を立てて床を穿つ。
一拍ののち、カナダのアリーナが爆発のようなどよめきに埋まった。