# 10 나츠, 미와


1月の東京、空気の澄み切った冬の晴れ空。人混みの体育館。
何度来ても春高の雰囲気は日向をそわそわさせる。
すうっと深呼吸をして、日向は空いている観客席を探し歩みを進めた。後ろからついてきている影山が大きく欠伸をする。
留学を終え帰国した日向と影山は、既にいつもの日常に戻っていた。
ただし、留学中に参加した例のチャリティーマッチによってバレーボール協会や複数の大学から日向と影山についての問い合わせがあったため、学校と両親はてんやわんやだったらしい。帰国するとすぐにその件についての聞き取りをされた。
特に2人の両親はあれだけバレーに反対していたにも関わらず、外部から手放しでバレーの才能を褒められた我が子に何を思ったのか、急にクラブチームへの参加を進めてきていた。どうせ深く考えてはおらず、プロ選手になると言ったら猛反対するに決まっているので、あまり取り合ってはいないのだが。恐らく日向と影山の進路としては、親元を離れて海外の大学に進み、そこでトライアウトを経てチームを探す事になるだろう。チャリティーマッチで知り合った海外チームの関係者からも誘いはある。両親は騒ぐだろうが、流石にそれは跳ね除けるつもりだった。
そんなこんなで騒ぐ外野をよそに日常に戻った2人は、まだ寒い冬の日、今年も春高の観戦に訪れたのだ。
面白い試合は沢山あるし、それについてSNSで発信するのも楽しい。
繋がることがこんなにも面白いものだと、前回の日向は知らなかったので。

「あの」

空いている席を見つけて降りようとしたその時、どこかで聞いたことのある声が、はっきりと日向を呼び止めた。女の子の声だ。
何も考えず声の方を振り向き、そして、日向はそこにいた人物を信じられない目で見つめ返す。影山がそれに気付いて顔を向け、こちらも驚愕の面持ちで硬直した。
今日試合のある選手なのだろう。バレーのユニフォームを着た少女が2人、緊張した面持ちで真っ直ぐ日向と影山を見つめている。少女たちは紅潮した頬で大きく息を吸い、意を決したように口を開いた。

「私! 宮城県立新山女子高等学校バレー部の影山美羽といいます!」
「日向夏です!」

信じられない。
オレンジの癖っ毛を揺らした日向夏も、切り揃えた前髪でポニーテールを揺らした影山美羽も、少しも前と変わったところがない。強いて言うならば、前回の年齢差通りなら日向夏はまだ高校生であるはずがなかったし、影山美羽は既に高校生ではないはずだった。けれど、それだけだ。年齢以外、驚くほどに記憶と同じ。
新山女子のユニフォームに身を包んだ日向夏が、これ以上ないくらいに緊張した様子で口を開く。

「ずっと、あの、お二人の動画、ずっと見てました……! 私の中学バレー部がなくて、ずっと1人で練習してて、でもお二人の動画見て、1人じゃないんだって、思って、あの、だから…頑張れて……!」
「私も中学時代のバレー部でちょっと揉めて練習出来なくなっちゃったことがあって、その時YouTube見て、すごく救われました。私がバレーを嫌いにならずに続けられたの、お二人のおかげなんです」 

(ああ、)

この気持ちを言葉にできない。
伝えたかったことも明確に言い表せないまま、伝わったのだと、それだけがわかった。
日向も影山も、ひとりぼっちだった過去の自分に何か伝えたかったのだ。孤独も不安も全て力に変える、それが、間違っていないのだと。1人きりは寂しいけれど、確かに今は1人きりだけど、未来の自分が保証するからそのまま進めと。例えばそんな感じのことを。

「……君たち、兄弟、いる?」
「え? いえ、いません。私たち2人とも一人っ子です」
「そっ…かぁ……」

雪ヶ丘と北川第一で踠きながらも進もうと必死だったあの日の自分たちへは、元々何も届けることができない運命だったらしい。きっとあの自分たちは、今この空の下にいない。
でも、その代わりに、この子達に届いたのだ。

「……届いて、よかった」

日向はゆっくり微笑んだ。
この気持ちを言葉にできない。
できなくてももう構わなかった。真っ赤な顔をした夏の向こうに、あの頃の自分の姿が見える。
雪ヶ丘のユニフォームを着た幼い自分が、ボールを抱えて楽しそうにニカッと笑った。