呉服屋の話


 変装用の服を買おうと言い出したのは多分永倉さんだった。特に私はまともな服なんて土方さんたちが買ってくれたこの一枚だけだったから、どうせなら別のものもと言ったのは……さて、誰だっただろうか。
 呉服屋で目ぼしい服を見繕っている中、私はぼんやりそんなことを考えていた。

「……聞いているのか、涼」
「は、はい! えっと……すいません……」

 不注意を素直に謝ればそれ以上は詰めず、彼は「本当に和服で良いのか」と私に再度の確認をする。その問いに肯定の頷きを返せば、彼も「そうか」とそれ以上は深く聞いてはこなかった。

「店主、この子のサイズに合う男物・・をひとつ見繕ってくれ」
「はぁ」

 見るからに少女である私と土方さんを見比べて、店主は訝し気な顔で言う。

「お嬢さんは女の子のようにみえますけども」
「いや、なに、同じくらいの背丈の男子がいる、その子のための服だ」

 言い訳は少し苦しかっただろうか。しかし有無を言わさない土方さんの眼光に押し負けたのか、店主の男は「しばしお待ちください」とだけ言って奥の部屋へと引っ込んだ。……まぁ、そんな事を言う客も少ないだろうし、その困惑の気持ちはわからないでもない。
 ――どうせ変装するのなら、性別まで変えてしまいましょう。ほら、私の背丈と顔なら幼顔の少年でも通ると思いますし。
 そう言い出したのは自分自身。もしこの先一人で行動する必要が出た時に、きっとその方がうまくいくと自分で考えての言葉だった。

(まぁ、元から袴を履いてはいたから……変わるのは色味くらいなもので、多分着てる側からは何も変わりはしないと思うんだけど)

 そうこうしているうちに店主が戻り、何やら持ってきた商品の説明を始めたようだ。素材が……どこぞから仕入れた……などの話をしていることはわかるが、そんなことにはさほど興味もなく私はただ横並びの服に視線を滑らせている。
 紺……山鳩色……生壁色……とにもかくにも、可愛くはない。当たり前といえば当たり前なのだがやはり心惹かれるようなものではなく、私はもう着られるのであればなんでも良いか、という心地でただ話を右から左へと流していた。

「……あとはですね、もしよろしければ、こちらを……」

 ふと、店主がそんなことを言ってまた新しく反物を取り出した。それは、今まで目の前にあったものとは違い、色鮮やかな――紅色。

「……わぁ」

 描かれている花は梅の花のようだった。白を基調とした布に、真っ赤な梅が散りばめられている。
 なんてことはないよくある花の柄の反物だ。しかし飾り気のない服の後に見せられてしまったものだから……そう、つい、反動で目を奪われてしまったのだ。

「あれが気に入ったのか」
「! ち、ちがいます」

 土方さんに問いかけられ、ハッとする。いけない、本来の目的は男装用の服の調達であり、私の欲しい服を探しにきたわけではないのだと自戒する。
 そんな私の答えをどう取ったのか、彼は店主とまた話を続けた。

「随分と上等なものだな」
「お目が高い、こちらも中々に腕の良い職人が織ったものでして」
「ああ……お前に似合いそうだ」
「!」

 お前、というのは誰のことか。いや、私のことか。混乱した頭でそんなことを考え、勢いよく顔を跳ね上げる。彼はそんな私のことなど意にも解さずに店主にこう告げた。

「店主、一つ仕立ててくれ」
「な……い、いや、そんな、私はそんなの……!」

 要らない、とは言えず、私はそこで言葉を切る。反動かもしれないとは言えこの梅の花を素敵だと思ってしまったのは事実なのだ。そうして何も言えずまごつく私を見下ろして、彼はなんてことない顔で言う。

「私がお前に着てほしいんだ、それではダメか」
「だっ……!? だめ……じゃ……ない、です……」

 そんな、ずるい、完全敗北です。
 私は茹で蛸のようになっている顔を両手で覆い隠し蚊の鳴くような声を絞り出す。そんな私の様子がおかしかったのか、「それに似合うかんざしも必要だな」なんて小さな笑い声を漏らしていた。