春のうららかな日差しの中で
その日はとても、あたたかな日でした。
訳あって滞在している街の宿で、私は昼間からうとうとと船を漕ぎ、ついには畳の上で丸くなって眠ってしまうような、そんな日なのでした。
「…………ん……」
少しだけ意識がはっきりして、けれど瞼は開かないまま。横たわる身体をよじって寝返りを打つと、すぐそばに誰かが座っていることに気がつきました。
(……だれ?)
本当は警戒すべきかとも思ったけれど、あまりに敵意のない居住まいに私はそのまま寝たふりを続けてみます。そうして、すぅ、すぅ、と規則的に呼吸を繰り返せば、突然ほほを撫でる感触がするのです。
(これは、指?)
ふに、ふに。形を確かめるみたいに力が込められて、少し横にずれたと思えばまたそこでもむにむにと。なんだか少しくすぐったいです。
私よりも大きな手、少し硬い指先が、皮膚を撫でるたびに笑いそうになるのを必死に堪えます。なんだか、狸寝入りに気づかれるのは恥ずかしいような気もしたので。
「ん……」
漏れた声は寝言というふりをして、私は寝たふりを続けます。そうしていたらそれに応えるように相手も笑うように息を漏らし、それが大好きな人のものだと気づいた私は余計に恥ずかしいような嬉しいような心地でにやけそうになる頬に少し力を入れました。
だってほら、そうしないと気づかれてしまうから。
「……——、」
彼は何も言いません。そのまま彼の指は私の顔を撫で……不意に、私の唇に触れました。
そのことにドキリとしながらもやっぱり寝たふりを続ける私を、彼がじっと見ている……ような、そんな気がしました。彼の指は、右から左へ、優しく、ゆっくりと、私の唇をなぞっています。
(…………あれ)
それが唇の端に辿り着いた後、さらりと何か彼の手とは違うものが私の頬に触れました。これは……髪? 彼の長い髪が頬にかかったのだと気がついてから、じゃあそんなことが起こる状態とは——? と考えた時、私は思わず目をいっぱいいっぱいに開きました。
——想像した通り、目の前には彼の顔があったのです。
「ひゃ、ひゃあ……!」
「なんだ、やはり起きていたか」
楽しそうに笑いながら、彼が私から身体を離します。私はまだドキドキしたままの心臓を抑え、「気づいてたんですか?」と彼に聞きました。
「当然——まさかここまで寝たふりを続けるとは思わなかったがな」
何もかもお見通しと言わんばかりの彼の言葉に、私は俯くことしかできません。頬が熱いのだって春の陽気のせいだけではないのだとよくよく理解した上で、「だって暖かかったんです」と、消え入りそうな声を絞り出すのが精一杯でした。