見えなくてもわかるもの


 彼は目が見えない。

 それは先天的なものではなく後天的なもので、彼が以前「昔は……」と自分の容姿について口にしたのを聞いたことがある。
 けれど私が彼にあった時にはすでに暗闇に慣れた後のことで、つまり彼は、私の顔などは知らないままなのだ。

「嬢ちゃん一人で外出か? 危ねぇだろ」
「大丈夫ですよ、遠出はしませんし……野盗なんかが出るような、暗い時間までには帰りますから」

 野盗、という言葉に少し苦い顔をして、彼は「それもあるが、」と言葉を続ける。

「あんたみたいな別嬪さんが一人で歩いてたんじゃ、何に声かけられるかわかったもんじゃねぇ」
「! ……別嬪さんだなんて、お世辞が上手ですね」

 愛想笑いと苦笑の後に、そんなこというの都丹さんくらいですよ、と小さく本音を付け足した。実際、そんな褒め言葉をかけられることは今までの人生でそうなかったことだから。
 ……別に、自分のことを不細工だとは思ってもいないけど、別段美人なわけでもないとは自負している。人は良くも悪くもないものには特に感想もなく左から右へ流していくものだし、そんな言葉をかけられなかったことを負い目に感じたことはない。
 ただ、この人は……事あるごとに私を褒めるものだから、ほのかな嬉しさとむず痒さと共に、本当に少しだけ、疑うようなそんな気持ちがあるのも事実だった。

「世辞じゃねぇよ」
「そうですか? ……あぁ、あれですかね、土方さんや永倉さんが小さい子に言うみたいな……都丹さんも私のこと子供だと思ってます?」
「そういうわけでもねぇ」

 なら何故そんな言葉を私にかけるのか、それが不思議で黙って彼の言葉を待っていると、彼は見えていない目を薄く細めながら、「綺麗なもんを綺麗だと言ってるだけさ」と言いながら微笑んだ。

「……わかるんですか?」
「わかるさ」

 ——見えてないくせに。なんて、底意地の悪い言葉が頭を回る。言葉にしないまでもそう思ってしまったことには気づいているだろうに、彼はそんな私に手を伸ばした。

「触っていいか」
「……どうぞ」

 私の返事を待ってから、彼の右手が私の左頬に添えられる。その手は優しく頬を撫でた後、私の顔の形を確かめるみたいにゆっくりと輪郭をなぞった。

「……ああ、ほらな、あんたやっぱり肌が綺麗だ。若いってのもあるがそれだけじゃねぇだろうなぁ」
「ど、どうも」
「目の形も良い、まつ毛も長いなあんた……くすぐったかねぇか?」
「そ、その、えっと……は、はい……」

 彼は親指を優しく私の目元に滑らせる。決して眼球には触れないよう気をつけながら。
 そして次は耳を触りながら「小さくて可愛いな」と言い、そのまま鼻に触れ、また「かわいい」を繰り返した。
 そのまま下へ彼の手が動いて——私の唇に触れた時、おもむろに彼の顔が私に近づいて——

「——ほら、やっぱり、めんこい顔してんじゃねぇか」

 数秒の間をおいて、私から手を離した彼がそう言って微笑んだ。

「……………………やっぱり、都丹さんは、物好きだと思います…………」

 その場でうずくまる私に、彼は笑いながら「嫌だったなら謝る」と声をかける。わかってるくせに、と、私は自身の頬の熱を確かめながらぼやくことしかできなかった。