私にとってのただ一人


 私はいわゆるイイ女≠セ。
 それはもう、私を抱いた男によく言われていることであるし、今更謙遜も疑いもしようのないことだと思っている。

「——神崎」
「あ……っ、もう、牛山さんったら……」

 たった今私を押し倒したこの大男、牛山辰馬も例に漏れずそう、私を組み敷くたびに、その夜が明けるたびに、「良い女だ」と噛み締めるように呟いた。——そして私は、そういう男に取り入って今まで生きてきた。
 何も難しいことではない、言った通り、私は魅力的な身体をしていたし……あとは、少し頭の弱い女のフリでもしておけば、大抵の男はころりと私に落ちてくれる。

 もちろん、それに騙されてくれない——土方歳三のような——男も居るには居たが、それでもこうして、私は金塊争奪戦などという面白そうな祭りごとに参加することができている。
 まぁ、参加すると言っても私は特にすることもない。彼らについて回って、ときに彼らの世話をする、だけ。戦闘で役に立つことはまずなかった。

 目的だって特に大層なものがあるわけでもない。少数民族だとか北海道の独立だとか、そんなものには心底興味はない。ただ、少しばかりの分け前があれば、こんな生き方以外の道もあるのかもしれない、と、そんな愚かな希望を抱いているだけだ。
 いざとなれば私は降りる。命あっての物種だと、よく理解している——つもりだったから。
 そのはず、だったから。
 
 ——だというのに私は何故、樺太こんなところにいるのだろう。
 
「おい、ついてきてるか」
「え、ええ……大丈夫」

 前を歩く男、尾形百之助、その隣を行く少女アシリパと、アイヌの男キロランケ、それから——隣を歩いているのが、白石由竹。
 自分でもどうかしていると思う、何故、こんな場所まで、こんな人達について来てしまったのか。

「尾形! そろそろ食えそうなものを探そう、もう何時間も歩き通しだ」
「ふひ〜! そうしようぜそうしようぜ〜! 俺ももう疲れちまった!」
「……ふん」

 感覚のなくなってきた脚を動かしながら、私はほっと胸を撫で下ろす。正直なところ私ももう限界を感じてはいたところだったのだ。
 私が足を止めるのと同時に白石がその場に座り込む。「もう一歩も動けないかもぉ」なんて泣き言を言い出した彼を、キロランケが呆れた顔で見下ろしていた。

「おい白石、少しは手伝えよ? 働かざるもの食うべからずってな」
「放っておけキロランケニシパ、どうせ白石は役に立たない」
「くぅ〜ん……」

 捨てられた子犬みたいな声をあげながらも、彼はどうやら立ち上がるつもりはないらしい。やれやれと肩をすくめながらも、キロランケは「せめて火の用意くらいはしておけよ」とだけ言いつけて、すでに先を歩いていた尾形の後を追いに行く。私も手伝えることがあるなら、とその背を追いかけようとして、座り込んだままの白石に服の裾を引っ張られた。

「まっかせといて〜! 俺と涼ちゃんでばっちり用意しとくぜ〜」
「え、あ……はい、任せてください……?」

 まだ私は残るともなんとも言ってないのに。

 しかし私も疲れていたのは事実、もし白石が自分が働かなくて済むよう私をここに残したのだとしても、狩りを手伝うよりも軽い労働で済むだろう、それは正直、ありがたい。
 それでは火を起こすための薪でも用意しに行こう、と足を踏み出そうとして白石の手が私の服を掴んだままだったことに気づく。いつ離してくれるのだろうと彼の顔を見れば、とぼけた顔の彼と目が合った。

「まーまー座ろうぜ涼ちゃん! ……あ、雪の上じゃ冷たいよなぁ、んじゃちょっと歩くけどそこの木の上にでも、っと」
「え、あ……うん」

 さっきまで一歩も動かないぞとでも言いたげだった彼は、にっ、と笑ってから立ち上がり、まだ困惑する私の手を引いて倒木の側まで小走りで駆け寄った。そうして半ば無理やり私を座らせた後、「んじゃ、燃えそうな枝でも集めてくるかぁ……寂しいかもしれないけどちょっと待っててねぇ」とニコニコ笑いながら、少し離れたあたりの小枝を拾い始める。私が「手伝うよ」と声をかけても、彼は「いいっていいって」と言って立ちあがろうとする私を止めるのだ。

「涼ちゃん、疲れたでしょ? 俺はまだまだ大丈夫だからさー、ま、任せといてよ!」

 得意げに力こぶを作るような真似をする白石がおかしくて、私はくすりと笑いをこぼす。それを肯定ととったのか、彼は満足げに鼻を鳴らしてまた薪になりそうな木を拾い集め始めた。

「……さっき、疲れたって自分で言ってたくせに」
「えー?」

 考えていたことが口に出ていたらしい。相変わらずへらへらした様子のまま、白石は両手に木を抱えて私の方へと歩いてくる。なにが? というように首を傾げる彼に、私も首を傾げて質問を投げる。

「大丈夫、って言ったけど、さっきは疲れちゃったっていってたのに……それとも、そっちが嘘だったの?」
「俺はそんなに器用じゃねぇよぉ」

 焚き火をするように木を組んで、小枝を片手に「マッチある?」と彼が言うので、私は自分の服のポケットから箱ごと取り出して彼に手渡した。
 さんきゅ、と短く返してそれを受け取った彼は、片手で器用に火をつける。その際に少し炎が手に触れたのだろう、あちち、と慌ててマッチを雪の上に落とし、消えてしまった火を見てしょんぼりと落ち込む彼の様子を、私はただ黙ってじっと見ていた。

「んもぉ〜……なにぃ? そんなにじっと見られたら……俺……照れちゃうっ!」
「ふふ」

 彼の隣にしゃがみ込み、きゃあ〜! とおどけてみせた彼の手からマッチを取って「私がやるね」と伝え枯れ木に火を点ける。
 風で消えないように手で少し隠して、雪で作ったかまどの中にそっと枯れ木を焚べてやると、小さな火はゆっくりと大きくなっていった。

「お〜! 涼ちゃん器用〜! ありがとねぇ」
「白石」
「ん?」
「私の方こそ、ありがと……気を遣ってくれたんでしょう?」
「え〜? ウフフ」

 仲の良い兄弟のように隣に並んで火にあたりながら、私は彼の横顔を見つめる。炎の色を頬に映しながら、彼は私の目を見て笑いかけた。

「そりゃあさ、可愛い女の子には笑顔でいて欲しいからね、俺」
「!」

 ——かわいい。……そう言われるのはあまり慣れてはいなくて、私は思わず顔を熱くする。相変わらずのにこにこ笑顔の白石は、私の気持ちを知ってか知らずか、「みんな、何とってきてくれるのかなぁ」と能天気なことを言っていた。

「……ねぇ白石」
「うん〜?」
「…………白石もさぁ、私のこと、抱きたいって思う?」
「えッ!?!?!?」

 大きな声、流石に私の方も驚いて身を引くと、目の前では顔を真っ赤にした白石が「いいんですかぁ!?」と興奮した様子で鼻息を荒くさせていた。

「シたい?」
「したいですッ!!!」
「ふふ、素直〜」

 可愛い人だと思う。こういう素振りをみせれば面白いくらいに食いついてくるところなんか、他の人と同じで——
 ——……でも、他の人と彼が違うのは、私が身体を使わなくたって、優しくしてくれたところ。

「…………やっぱだめ、白石とはそういうことしない」
「え〜〜〜ッ!?」
 本当に残念そうな声をあげて膝から落ちる白石を横目に、私は悪戯っぽく笑った。
「ぐすん……涼ちゃん、もしかして俺のこと嫌い?」
「ううん、大好き」
「じゃあなんで……」
「ふふふ、大好きだから、白石とはそういうことしない」
「そんなぁ」

 ごめんね、と笑う私と、唇を尖らせながら「の」の字を書く白石。こういう時間は悪くないなと考えていると、大きな獲物を背負ったキロランケがこちらに手を振っているのが見えた。どうやら、今日のご飯も豪勢になりそうだ。
 
 ——白石のことは、大切だから、そんなふうには繋がらない。
 だけど、だけどもし、全部終わって、それでもこんな私を隣にいさせてくれるのなら、
(……その時は——)