最後の夜
「そろそろ切らないとな」
彼がそう言った。ここ登別に来た時よりずっと伸びた髪とずっと綺麗になった身体で自身の前髪を指先で弄び、そう言ったのだ。私は乱れた着物を整えながら「似合っておりますのに」と少し枯れた声で薄く微笑む。
「馬鹿言え、下士官がそれじゃ規律が緩む」
「いいじゃありませんか、もったいない」
「いいもんか」
怒ったような口調で、しかし表情だけは明るく彼は笑った。その拍子に吐き出される紫煙を——私は愚かにも愛してしまったのだ。
煙草なんてものは好きではない。煙くて美味しくもないし、匂いが移れば消すのにも香を焚かなくてはならない。それでも、彼が乱れたままの服で吸い始めるその一本が、私にとっては愛おしかった。
ずっとそのままでいたら良いじゃあないですか。
小さな声だった。
ずっと……ここに居たら良いじゃあないですか。
ささやかな、願いだった。
「なんだ、お前俺に惚れたのか?」
彼は短くなったそれの火を消して、ついに身支度を始めてしまう。ああ、帰るのか。毎度のことであるのに、どうも彼が去る時ばかりはこの身体の空くような心地を拭えないままでいた。
「そうですねぇ」
彼の軽口に応えるべく言葉を探す。伝えたい言葉は、山のように、または海のようにあるけれど、今それを伝えるのは少しばかり惜しいという気がした。
——もう一晩、買ってくれたらお答えしますよ。
そう返した私に、彼は私の好きなあの笑顔で応えた。