白石由竹の第二ボタン


 ——先輩の第二ボタン、貰えませんか。

「え」

 そんなこと、言われると思ってなかった。っていうか、言われてみたいな〜とは思ってたけど、そんなイベントマジであるのかよ、とすら思ってた。俺には縁がなさすぎて。

「お、俺ぇ……?」

 杉元とか、房太郎の貰ってきてくれ、とかではなく? 念の為モテる(ムカつく〜)友人たちの名前も出してはみたがそうではないらしい。真っ赤な顔を俯かせたまま「あなたのが欲しいんです」と小さな声を漏らしていた。

 ——正直、俺は今めちゃめちゃ嬉しい。

(えっ、えぇ〜!? 俺? マジ? じゃあこの子俺のこと好きってこと!?)

 ついにきたのかこの白石由竹人生一度目のモテ期が……! そんな浮かれた気持ちを胸に、俺はなんて返事をしたものかなんて気楽に考えていた。

(ボタンも良いけど……俺と付き合っちゃう? なーんて! この子結構かわいいし俺としてはそれもあり……——)
 
 ふと、彼女の握りしめた両手に気がついた。
 
 ……震えている。きっと、彼女はここに来るために、俺にこれを伝えるために、ありったけの勇気を振り絞っているのだろう。そうして、断られるかもしれないという不安と戦いながら、俺の返事を待っている。

(…………すごいな)

 俺に同じことができるかな。もし、この子と同じだったとして……そう考えると、先ほどまでの浮ついた自分の思考が少し恥ずかしくなった。きちんと俺を見てくれているこの子には、俺もきちんと向き合わなくちゃあいけないよな。

 多分、いや、絶対、そうするべきだって俺は思うよ。

「……いいぜ、ほら、俺のボタン、君が持っていってくれよ」

 俺は「念の為!」なんて言ってポケットに入れていた糸切り鋏を取り出して、制服のボタンの糸を切る。驚いた顔で目をぱちくりとさせている彼女に手を出すようお願いして、その小さな手のひらに小さな金のボタンを乗せた。
 これが真面目に君に向き合う俺の精一杯。いやぁ、予約とか入ってなくて良かった〜! なんて、結局少しだけふざけてしまったけど。
 泣きそうな顔でありがとう、と礼を口にした彼女がぺこぺこと頭を下げて走り去る。その背中に、「俺の方こそ」なんて聴こえもしない独り言を投げかけた。

「……俺の方こそ、俺のこと、好きになってくれてありがとな」

 応えるどころか、理由も聞けない俺だけど。

 そして叶うなら——次はもっと、いい男のこと好きになって欲しいよ。俺なんかじゃなくて。

(……なんてな)