したごころ


「血が出ていますね」

 私の脚を見て、彼女……彼はそう言った。私は痛む脚を少し後ろに引いて、なんでもないですよと強がって見せる。

「手当てしますから見せてください」
「えっ…!?」

 そんな大した傷ではない……と、言っておきたい気持ちはあるが、残念なことにそれは通らない。作業の間だけ、と履いていた山袴を割き赤が滲んでいる様は、どう見たって軽傷とは偽れない。

「い、いやでも、家永さん、お綺麗ですけど男の人ですよね!? だ、男性に肌を、見せるのはちょっと……その……」
「安心してください、私は医者ですから」
「でも」

 恥ずかしさを訴えるも彼は引くつもりはないらしい。それが医者のプライドからか、あるいは別の理由からかはわからないが。
 ……このような邪推すら、もしかしたら失礼なのかもしれないけれど。

「化膿しても良くないですから、ほら、これを……」

 大きめのタオルを手渡し、「見られたくないところはこれで隠して下さい」と彼は後ろを向いた。一瞬の戸惑いのあと、そういえば、着物と違いこれは完全に脱がねば傷の位置を見せられないのだと気づき、であれば今の彼は私の羞恥を知ってこそよかれと思ってそうしているのだとわかり、今度は己の浅はかさに頬が熱くなる。

「その……すいません」
「何がです? 良いですから、ほら、振り向いても良くなったら教えてください」
「は、はい……もう、大丈夫です」

 脱いだ山袴を脇に置き、私は診察台に腰掛ける。怪我をしているふくらはぎの部分以外は見えないよう布で隠しながら、私は怪我をしている方の足を彼に差し出すように持ち上げた。

「それでは失礼しますね。……ああ、なるほど、出血はありますがそこまでひどくはありませんね」
「そうですか」
「ええ、消毒と……後は、服の方も繕っておきましょうか」

 全ての処置を終え、私の傷をなぞった彼の指が今度は私の脱ぎ捨てた衣服へと伸びる。男性にしては細身のそれがいとも簡単に裂けたそれを塞いでいくのを、私はただぼうっと眺めていた。

「……はい、できましたよ」
「あ、ありがとうございます……」

 綺麗に縫われたもんぺを受け取り、私は気まずさに目を伏せる。

「その、すいません、家永さんは善意でやってくれたのに」

 私は小さく謝罪を口にした。

「……それに、よく考えたら私じゃ家永さんにそういう目で見られる対象じゃないですよね」

 気恥ずかしさに苦笑しながら顔を上げる、良くて「そんなことないですよ」悪くても「まぁそうですね」という返しを期待して……それなのに、返ってきたのは意外そうな彼の声。

「あら、私にだって下心はありますよ」
「え?」

 一歩。離れていたはずの距離が近づく。この距離で見てもやはり整っている彼の顔が、妖艶な笑みを浮かべ私の瞳の奥を覗き込んでいる。
 不意に、その手が私の脚へと伸ばされた。

「……柔らかな肌……欲しい、ですわね……」

 タオルの下、肌の上をするりと彼の指が撫でる。その感覚にびくりと肌が震えたのを見て、彼はまた、笑った。

「——ふふ……冗談ですよ」

 揶揄われたのだろう、彼はそうとだけ言って、私から顔を離した。……離れていく彼の熱を、惜しい、と感じるのは、きっと……なにか、この場限りの勘違いであれ、と、私は私に言い聞かせるほかなかった。