夏が終わりかける頃、リーマスから手紙が届いた。カナが期待したような内容ではなかった。おかあさんからの返信でもなかったし、カナをなだめるような言葉が連なっているだけだった。結局、リーマスもわけを話してはくれないのだ。リーマスは優しいけれど、はっきりした態度を取るわけではないことも多かった。彼のことが大好きでも、カナはそのことにちゃんと気づいていた。人は良いところばかりではない。今のカナにとっては、リーマスの柔和な態度はじれったかった。それに、無言をつらぬくおかあさんにだって、彼が物申してくれるとは思えなかった。
カナはあきらめた。どうせ、おかあさんのことはずっと「わからない」ままなのだ。今までと同じだ――もっと有意義なことを考えよう。そう、例えば、ロックハートの本をどうやってトランクに詰め込むか、とか。
カナの新しい教科書は、数日前に隠れ穴に届いた。フクロウが何羽も連なって、重たい教科書を運んでくれた。去年のものも含めて、カナは全部トランクに押し込もうとしたけれど、あと少しのところで閉じない――おかあさんのトランクは丈夫に見えるけれど、破けたりしたらとんでもない。
そうこぼした翌日、アーサーおじさんはカナのトランクに「ある細工」を施してくれた。カナのトランクは、まるで一回り大きくなったみたいに広々としていて、なんでも入っていく。
「おじさんの得意魔法なんだ」とカナにこっそり教えてくれた。モリーおばさんには内緒なんだそうだ。おばさんは怒るとあんなに怖いのに、おじさんはいくつも「内緒」を抱えていた。カナにはよくわからなかったけれど――男の子たちはそんなおじさんのことをたいへん慕っていた。
明日はホグワーツへ出発する日だ。その日の夕食はモリーおばさんが腕をふるって、たいへん豪華になった。(カナは事前に好物を尋ねられて、ソーセージと果物をリクエストしていた。)ぶあついミートパイに、香ばしいソースの絡んだペンネ、大きなソーセージの山に、つやつや光るフルーツの大盛り、デザートはカリカリに焼けた糖蜜パイをみんなで切り分けた。
フレッドとジョージが合図すると、ダイニングのあちこちでぴゅうぴゅうと光が跳ね、花火が散った。お昼にカナも一緒になって、家のあちこちに仕掛けた「長々花火」だ。デザートを楽しむあいだ、鮮やかな光の中でみんなは笑顔を交わした。意外にもおばさんは叱りつけるどころか、ニコニコ笑って、熱々のココアを淹れてくれた。みんなでそれをたっぷり飲んで、体を温かくして眠りについた。
翌朝だ。リビングに降りた頃、カナはすっかり準備完了だったけれど、ウィーズリー家の面々はそうではないらしい。みんな朝食のトーストを咥えたまま、靴下を探したり、羊皮紙を足したり、羽根ペンを探したりと歩き回るので、あちこちでぶつかり合ったし、階段はよく詰まっていた。カナは、同じく準備完了のハリーとともにダイニングの隅っこでトーストを齧った。余った耳を、籠の中で退屈そうにしているヘドウィグに与えた。そうするとクルクルと機嫌よく鳴いた。彼女がカナのことを忘れないでいてくれてよかった。
おじさんがみんなの荷物を車の後部のトランクに詰め込んだ。ハリーのニンバス2000もだ。茶色い丸々した鶏がガレージの前をうろついていたので、おじさんはあやうく躓いていた。カナはパンくずをパラパラと蒔いて、鶏が踏んづけられないようにと気をひいた。
ハリーが車について教えてくれた。フォード・アングリアというらしい。最初にカナとハリーの二人が後ろの席に詰め込まれて、ヘドウィグとヘルメスが入った。それからロンに、フレッドとジョージ、パーシーが並んだ。運転席にアーサーおじさん、その横にモリーおばさんとジニーが座った。
大人が二人、子どもが七人、フクロウ二羽に、ロンのポケットにネズミが一匹だ。小さなおんぼろ車にはとても収まりそうにない数だったけれど、中は広々としていて、全然窮屈ではない。むしろ快適だった。
「マグルって、わたしたちが考えているよりも色んなことができるのね。そう思わないこと?」おばさんが車内を見回して言った。「だって、外から見ただけじゃ、中がこんなに広いなんてわからないもの。ねえ?」
カナはおじさんの例の「細工」が車内にされていることに気がついた。おじさんはあといくつ隠し事があるんだろう――そして、それらはいったいいつまでおばさんに隠し通せるのだろう。
車のエンジンがかかった。多少上下に揺れながら、難なく道へと滑り出していく――と思われたが、すぐに引き返すこととなった。ジョージが「花火」の箱を忘れたと言うのだ。ようやく再出発した時、また戻るはめになった。フレッドが大事な箒を忘れてきていた。やっと大通りをしばらく走っていた時に、ジニーが悲鳴を上げた。日記を忘れたのだと。四度目の出発になった時、予定していた時間よりも大幅に遅れを取っていた――車内には緊張が走る。
アーサーおじさんは腕時計をちらりと見て、それからおばさんに目配せした。
「母さんや――」「アーサー、ダメ!」「誰にも見えないから。この小さなボタンは私が取り付けた『透明ブースター』なんだが――空高く上がるまで、車は透明で見えなくなる――そうしたら、雲の上を飛ぶ。十分もあれば到着だし、誰にもわかりゃしないから・・・・・・」
「ダメって言ったでしょ。アーサー、昼日中はダメ」
一行がキングス・クロス駅に到着したのは、ホグワーツ特急が出発する十五分前だった。おじさんは矢のように飛び出してカートを引っ張ってきた。そこに荷物をあっというまに載せてしまい、みんな大急ぎで駅に入って行った。
カナは迷子にならないように早足でみんなについて行った。足がもつれそうになったのでロンの腕をがっしと掴んで、置いていかれないように必死になった。
「君、やったことないんだろ? 九と四分の三番線を通り抜けなくちゃ」ロンが説明した。
目的のプラットフォームに辿り着いた。「パーシー、先に」とおばさんが時計を気にしながら促した。出発まであと五分だった。
パーシーは難なく柵の中へと入っていく。アーサーおじさんがそれに続き、フレッドとジョージも消えた。
「マグルに見つからないようにしないと」ロンが汗をたらしながら言った。
「母さんがジニーを連れて行きますからね。三人とも、すぐにいらっしゃいよ」おばさんはジニーの手を引きながらそう言って、いなくなった。
「まとめて行こう、時間がないよ」時計は残り一分を示していた。二人は並んでカートを掴み、カナはヘドウィグの籠を抱えた。ハリーとロンは勢いをつけて駆け出した。カナもそれに続く。しかし――
ひどい騒音を立てて、カートがはじけ飛んだ。積まれた三人分の荷物――旅行鞄に、箒だ――それらが転がり落ちた。ロンとハリーも跳ね返ったカートにぶつかり、走り出して止まれるはずのないカナも巻き込まれた。床に放り出されたヘドウィグが、籠の中でギャーギャー鳴いたので、カナは膝を擦りむいたのも構わず、拾いに行ってなだめた。
騒ぎに、あたりの人がじろじろと見物した。駅員が寄ってきて、「君たち、一体全体何をやっているんだね?」と叫んだ。ハリーが脇腹をおさえながら、「カートが言うことをきかなくて」とあえぎあえぎ言った。カートをまともに食らった二人はずいぶんとしんどそうだ。やっとロンが立ち上がり、みんなで荷物をかき集めた。
「通れなかったの?」カナがどぎまぎしながらたずねた。
「うん・・・・・・ただの柵でしかないよ。一体どうして?」ハリーは「九と四分の三番線」の入り口があるはずの柵に触れながら、ひそひそと言った。
「さあ・・・・・・」ロンは周りを見回した。マグルが何人か、まだこちらを見ていた。カナが抱えた大きな鳥籠が珍しいのか、ハリーが抱えた箒が珍しいのか――「僕たち汽車に乗り遅れるよ」ロンが嘆いた。
三人はパッと大時計を見た。カナは心臓が縮むような気がした――もう数秒で、十一時になってしまう。
もう一度、慎重に柵に押し進んでみた。だけど何も起こらなかった。相変わらずの鉄柵が、侵入を拒み続けていた。
「ああ・・・・・・」カナはもう一度時計を見た。「行っちゃった」
「パパもママもこっち側に戻ってこれなかったらどうしよう。マグルのお金、少しは持ってる?」ロンが聞いたけれど、ハリーは肩を落とした。
「ダーズリーからは、かれこれ六年間、お小遣いなんかもらったことがないよ」
ロンは柵に耳を押し当てた。「なーんにも聞こえない」
「ねえ、ここから出た方が良いんじゃない」カナはまだジロジロと見られていることが気になった。さっきの駅員も、風変わりな子どもたちがまたおかしなことをし始めないかと監視している。
「そうだな、車のそばで待とう。おじさんたちもいつ戻るかわからないし――」歩き出そうとしたハリーの肩を、ロンが叩いた。
「そうだ、車だよ!」
「車がどうかした?」
「ホグワーツまで車で飛んでいけばいいんだ」
「ええ?」カナもハリーも戸惑った。「でも、それは――」
「僕たち今困ってる。そうだろ? それに、学校に行かなくちゃならない。そうだろ? それなら、半人前の魔法使いでも、ほんとうに緊急事態だから、魔法を使ってもいいんだよ。なんとかの制限に関する第十九条とかなんとか・・・・・・」
「運転はできるの?」カナがそわそわと聞いた。実は――ハリーの救出劇を聞いてから、カナも空の旅がしたいと思っていた。
「任せとけって」ロンはカートを押して駅の出口まで進み出した。「急げばホグワーツ特急に間に合うかもしれない!」
錆びたフォード・アングリアは相変わらず脇道に停車していた。ロンは後部のトランクを杖でいろいろ叩いて開け、そこに荷物を押し入れた。カナとヘドウィグは後部座席に座る。ロンは運転席だ。ハリーも助手席へとついた。
「誰も見ていないかどうか、確かめて」ロンが杖でエンジンをかけた。ハリーとカナは、左右の窓から顔を出して確認した。ひとつ向こうの道路は車が行き交っていたけれど、こちらの路地には誰もいなかった。
「オッケー」ハリーの合図があって、ロンは計器盤にある小さなボタンを押した。すると、車が消えた――車どころじゃない、カナもヘドウィグもハリーもロンも消えた。カナはその手にしっかりヘドウィグの籠を抱えている感触があるけれど、目には何も見えなかった。
「ロン、ハリー、そこにいる?」「ああ、いるよ」ハリーの返事が聞こえて、カナはほっとした。
「行こうぜ」ロンの声だ。
視界が上昇した。エンジンの音も聞こえるし――カナは奇妙な感覚だった。だんだんと地面からはなれていき、前進しながら、ロンドンの上空へと滑っていく。見下ろすと――カナは足が震えた。落ちないで、落ちないで、お願い――
カナの不安に応えるように――ポン、と音がして、車が再び視界に戻った。「うわ!」ロンがうめいて、透明ブースターを叩いた。「いかれてる――」
ロンとハリーは必死でボタンを叩いた。車はまた消えた――と思ったらまた現れた。
「つかまってろ!」ロンが思い切りアクセルを踏んだ。車は急上昇して、雲の中へとまっすぐ突っ込んだ。あたりは白く、濃い霧の中にいるようだった。
「マグルに見られてたかも」カナは心配そうだ。
「そんなのわかってる」ロンがイライラと言った。「さて、汽車はどこだろう――」
「もう一度、ちょっとだけ降りよう――ちょっとだけでいいから――」
眼下に街並みが戻ってきた。みんなしてきょろきょろと探した――「見つけた!」ハリーが叫んだ。真紅の車体はホグワーツ特急だ。蛇のようにくねくねと波打って、街中を進んでいた。
「進路は北だ」ロンが計器盤のコンパスで確認した。「オーケー。また三十分後に確認しよう」
車はさらに上昇した。ついに雲の上に躍り出た。青い空のど真ん中で、夏の真っ白な太陽が窓から容赦なく照りつけて、三人と一羽と一匹を焼いた。
「あとは飛行機だけ気にしてりゃいいな」とロンがため息をついた。
「飛行機って?」カナが聞いた。ハリーが「マグルが空を飛ぶためのがらくただよ」と説明した。
誰かが陽気に誘われて、笑い出した。するとなんだか楽しくなって――みんなしばらく笑いが止まらなかった。
「フレッドやジョージが聞いたら、嫉妬で気を失うかもな」
カナは嘘みたいだと思った――ホグワーツ特急に乗り遅れたことも、法律違反の車で友達と空の旅をしていることも、今こうして息をしていることすら――ていの良いまぼろしか何かかと錯覚してしまいそうだった。
三人とも夢見心地だったに違いない。そうじゃなければ、箱いっぱいのヌガーがあっというまに空になるのも、鉄の車体が陽光をぎらぎらと反射してまぶしいのも、警戒したはずだ。
上空の旅は順調に続き、数時間が経過した。しだいにみんな、口数が減り、何も話さなくなっていた。それに、ずっと太陽に当たっているせいで車内は大鍋の中みたいに茹っていた。カナは汗をかいてローブを脱いでいたし、顔は真っ赤になっていた。ロンもハリーもセーターを脱いだ。それに、ずっとヌガーを舐めていたせいで喉がからからに乾いていた。カナは隠していた昨晩のオレンジを、皮をむいてみんなで分けた。それでなんとか渇きを満たした。ヘドウィグもぐったり気味だ、かわいそうに。
「どうして九と四分の三番線に入れなかったんだろう」
ハリー疑問には誰も答えられなかった。考えてもわからないし――あまり深く考え事ができるような状態でもなかった。
それから数時間が経った。陽が傾き、空は茜色に変わっていった。やがて夜になろうという時間だ。
「そろそろだよな?」ロンが車の高度を下げた。夜闇の中でホグワーツ特急は明かりを漏らしながら走っていた。雪の残った山あいを抜け、もうすぐホグズミード駅に辿り着こうとしていた。
ロンがアクセルを踏んだ時だ。車が甲高い音で、空回るようにカン、カン、と鳴いた。
「きっと疲れただけだ」ロンが不安げに言った。「こんなに遠くまで来たのは初めてだろうし・・・・・・」
もう夜がそこまで来ていた。小さな暗い星だってはっきり見える。車はカーン、カーンと高く響いていたけれど、誰も気づいていないふりをした。カナはローブを着込んだ。
「もうすぐだ」ロンはみんなにというよりは、車に向かって言い聞かせているようだった。「もう、そう遠くはないから」と計器盤を軽く叩いた。
車は雲の下に降りた。暗闇の中で目を凝らすと、見えた。
「ホグワーツだ! 真正面だ!」ハリーが興奮して言った。
黒い湖に浮かぶ城を目の前にして――車はがたがた震え、失速し始めた。
「がんばれ!」ロンがなだめるようにハンドルを揺すった。「もうすぐだから、がんばれよ――」
エンジンがうなり声を上げ、前方のボンネットからはいくつも煙が噴き出している。車体は真っ直ぐ飛ぶこともできず、湖の方へと傾いていった。何度も揺れる――カナも、ハリーも、ロンも、目の前のものにしがみついていた。傾いた瞬間に、窓から放り出されそうなほどにグラグラと揺れていた。
「がんばれったら――」ロンが歯を食いしばった。城はもうステンドグラスの模様がはっきり見えるほどの距離だ。カナはもう一度、落ちないで――と願った。すぐ下は真っ黒な湖面だ。隠れ穴のチャーリーの部屋から見る庭と、同じくらいの高さだ。
ロンは必死になってエンジンをふかした――しかし――ガタン、ブス、ブスッと特大の黒い煙を吐き出して、エンジンが完全に死んでしまった――静寂が訪れた――「うわ・・・・・・」ロンの呟きだけが落ちた。
車は前に傾いて、重力のまま、そのままスピードを上げ――城壁に向かって突っ込んでいった。
「駄目だ!」ロンが叫んだ。カナもハリーも死を覚悟して叫んだ――ロンはあきらめていなかった。半狂乱になってハンドルを左右に揺すった。車は弧を描いて、ほとんどぶつかりかけた手前で石壁から逸れ、温室の上を舞い、暗い芝生の上に踊り出した。そのまま落ちていく――
「止まれ! 止まれ!」
ロンは計器盤や窓を杖でバンバン叩き、叫んだけれど、車は猛スピードで落ちていく。カナもロンの座席とヘドウィグを握りしめて、誰か助けて――とあてのない祈りに目を瞑った。
「木にぶつかる!」
ハリーの叫びとほぼ同時に、車は激突した――巨大な木の幹が車を受け止め、そのまま地面に落ちた。その衝撃でしたたかに頭とお尻を打ったけれど――みんな生きている。怖かっただろう、ヘドウィグはギャーギャーと暴れた。車は――ボンネットはひしゃげ、フロントガラスはひび割れている。ロンが低い声でうめいた。
「大丈夫?」カナはロンを覗き込んだ。息をのんだ。
「杖が――僕の杖、見て・・・・・・」
ロンの杖は去年のカナの杖みたいに――いや、それ以上に酷く、真っ二つに折れていた。グリフィンドール寮の「ほとんど首無しニック」みたいに、ほとんど皮一枚でだらんと繋がっていた。
カナとハリーが言葉を紡ごうとした時だ。バン!と打撃音がして、ひどい衝撃が車内を打った。ハリーはロンの方につき飛ばされた。同時に、天井を同じくらいの衝撃がおそい、べコリとへこんだ。
「なにごとだ?」ロンが外を覗き、息をのんだ。カナも細々にひび割れた窓を覗き込んだ――カナよりもうんと太い、巨大な木の枝が、カナめがけて飛んできた。甲高い音とともに、ついに窓が割れた。枝はひとつじゃない――いくつもの枝がうねり、しなり、何度も車を殴った。まるでハンマーで殴られているようだった。
「逃げろ!」ロンが叫んでドアに体当たりしたけれど、枝にぶつかっていた。「もう駄目だ!」
カナは杖を出した。身を乗り出して、握りしめた杖の尾で――計器盤をドン!とたたいた。車がわずかに、揺れ始めた――「エンジンが生き返った!」「バックだ!」
ハリーの叫びとともに、車は後ろへ飛び出した。大木は車を逃がさないとばかりに、根をうごめかせ、追い討ちをかけてきたけれど、逃げ出す方が早かった。
「マーリンの髭」ロンがあえぎあえぎ言った。「やばかったぜ。カナ、よくこいつの扱いがわかったな」
車は急停止した。ガチャ、と短い音を立て、ドアがパカッと開いた。カナたちはペッと吐き出された――そんな感じだった。みんな湿った地面の上に転がり出た。鳥籠が地面に打ちつけられ、ゆるんだ扉が開いた。ヘドウィグはギーギーと怒って鳴きながら、城の方へと、こちらを振り返りもせず飛んでいった。車の後部がパカッと開き、ドサドサッと荷物を吐き出して――フォード・アングリアはゴロンゴロンとひとりでに転がり出した。
「戻ってくれ! パパに殺されちゃうよ!」ロンの叫びもむなしく、でこぼこの車は煙を吐き出しながら、暗闇の中へと消えて行った。
三人は、しばらく呆然とそれを見つめていた――最初に立ち上がったのはロンだ。地面に転がり落ちたネズミのスキャバーズを拾って、「僕たちって信じられないくらいついてないぜ」と弱々しく言った。「よりによって、大当たりだよ。当たり返しをする木にぶち当たるなんてさ」
巨木は、まだ枝を振り回して威嚇していた。
「それで、景品は、青あざに土埃ってわけ」カナもよろよろと立ち上がりながら言った。まるだしの膝や腕はぼろぼろで傷だらけだ。割れたガラスで切り傷もできていた。三人ともそうだった。
「行こう、学校にたどり着かなくちゃ・・・・・・」ハリーが疲れ果てた声で言った。
それぞれトランクや鞄を手にして、湿った芝生を踏み締めて歩いた。擦り切れた膝が、足を踏み出すたびにずきずきと痛んだ。ロンは瞼を切って血を流していたし、ハリーは眼鏡が割れてゆがんでいた。ハリーは箒を持たなくていけなかったので、カナが空っぽの鳥籠を引き受けた。痛む体を引きずって、寒くて震えながら、三人は斜面を登った。
「もう新学期の歓迎会は始まっていると思うな」
大扉の前にようやく辿り着いた時、ロンが荷物を投げ捨てながら言った。三人はこっそり窓の下に行き、大広間を覗き込んだ。
「見てごらんよ――組分け帽子だ!」
四つの長テーブルには生徒が座り、真ん中のスツールを囲むように一年生がわらわらと集められていた。カナたちの世代の倍はいるように見えた。その中にジニーがいるのがすぐにわかった。燃えるような赤毛を垂らしているのは彼女だけだ。組分けを担当するのは、去年に引き続きマクゴナガル先生だ。
もう組分けの儀式は始まっているようだ――小柄な男の子が前に出て、帽子をかぶっているのが見えた。
教員席には淡い水色の派手なローブを身に纏った、ロックハート――ロックハート先生が見えた。その端っこで髭もじゃ大男のハグリッドが、特大のゴブレットを傾けているのが見えた。その反対側の席が空席だった――いないのは――黒ずくめの魔法薬学の教師。
「スネイプ先生がいないね?」カナが言うと、両脇でハリーとロンがパッと顔を輝かせた。
「もしかして病気じゃないのか!」
「もしかしたら辞めたかもしれない。だって、またしても『闇の魔術に対する防衛術』の教授の座を逃したから!」スネイプ先生がDADAの教師の席を熱望していると言うのは有名なうわさだ。
「もしかしたらクビになったかも!」ロンが熱っぽく言った。「つまりだ、みんなあの人をいやがってるし――」
「もしかしたら」ねっとりと絡みつくような声がした。「その人は、君たちが学校の汽車に乗っていなかった理由をお伺いしようと、待ち侘びているかもしれんな」
カナは怖くてすぐに振り返ることができなかった――ロンのローブの袖を握り、ゆっくりと振り向いた。果たして――話題のスネイプ先生がそこに立っていた。相変わらず漆黒のローブに身を包み、石膏像のような白い顔は冷たい笑みを浮かべている。
「ついてきなさい」と先生が言う。三人は顔を見合わせる余裕もなく、黙って従った。冷たい風に吹かれながら、やっと玄関ホールに入り――大広間から漂う、あたたかく美味しそうな料理の匂いを無視し――魔法薬学で使う教室のある、暗く、冷たく、湿った、地下牢へのらせん階段を降りていった。
「入りたまえ」
スネイプ先生が扉を開けて待っていた。そこは魔法薬学の職員室で、スネイプ先生の研究室でもあった。おかあさんの工房にそっくりだ――緑色の液体で満ちた瓶が並べられ、魔法薬の材料がずらりと壁に掛かっていた。カナはあまりじろじろ見ないようにした。部屋は暗く、スネイプ先生がやっと灯した机の上の蝋燭だけが、うっすらと冷たい室内を照らした。
「なるほど」また、あの猫撫で声だ。「あの有名なハリー・ポッターと、忠実なご学友のウィーズリー、それに問題児のエリオットか」カナはその言い方にむかっとして、俯いていた顔を上げて先生を見据えた。
「君たちはあの汽車で登校するのはご不満だった。ドーンと思い切り到着したい。それがお望みだったというわけか?」
「違います、先生。キングス・クロス駅の柵のせいで、あれが――」
「黙れ」ハリーの説明を遮るように、先生が冷たく突き放した。「あの車はどうした?」
ロンが絶句した。スネイプ先生は車のことを知っている――カナは、スネイプ先生が人の考えが読めるのではないかと思うことが、これまでにも何度かあったことを思い出した。けれど、そのわけはすぐにわかった。先生は「夕刊予言者新聞」を広げて見せた。
「貴様たちは見られていた」先生は見出しを突きつけた――「空飛ぶフォード・アングリア、いぶかるマグル」
先生はそのまま読み上げた。
「『ロンドンで、二人のマグルが、郵便局のタワーの上を中古のアングリアが飛んでいるのを見たと断言した――本日昼ごろ、ノーフォークのヘティ・ベイリス夫人は、洗濯物を干しているとき――ピーブルズのアンガス・フリート氏は警察に通報した――全部で六、七人のマグルが――』
たしか、ミスター・ウィーズリーのお父上はマグル製品不正使用取締局に、お勤めでしたな?」スネイプ先生はロンに向かって意地悪そうにほくそ笑んだ。「なんと、なんと・・・・・・捕らえてみれば我が子なり・・・・・・」
三人は何も言えなかった。カナはショックを受けた――アーサーおじさんがあの車に「細工」をしたことが見つかって、それが何を意味するか――考えてもみなかった。
「私が校庭を調査したところによれば、非常に貴重な『暴れ柳』が、相当な被害を受けたようである」
カナはロンの切れた瞼を見た。ハリーだって身を打たれた――セーターの下はあざだらけのはずだ。カナだって膝から血が垂れている、見るも無惨な有様だ。
「ぼくらが無傷に見えますか?」カナが口をきいた。
「だまらんか」スネイプ先生が言い伏せた。「まことに残念至極だが、貴様たちは私の寮の生徒ではないからして、三人の退校処分を決定することはできない。これから、その決定権を持つ幸運な人物を連れてくる。三人とも、ここで待て」
三人は顔を見合わせて、何も言えずに静かに待った。カナは身を打ったあざがずきずきと痛んだ。怪我した膝も熱を持っている。退校になったら、おかあさんはなんと言うだろう――家に入れてくれるだろうか――リーマスはどんな顔をするだろう――あきれて、ほんとうにもう二度と会ってくれないかもしれない――無言で、寒くて暗い部屋で、三人が震えて待っているあいだ、カナはそんなことばかりグルグルと考えた。
十分ほどして、スネイプ先生は戻ってきた。一緒に入ってきたのはグリフィンドールの寮監督、マクゴナガル先生だった。
マクゴナガル先生は厳格な魔女で、これまで何度も生徒に厳罰を課してきた。カナだって叱られたことがある――だけど今回は、これまで見たなかでも最も恐ろしい。唇を真一文字にきつく結び、黒い瞳が立ち尽くす三人の全身を順に見た。先生は部屋に入るなり、杖を振り上げた。カナは雷が落ちると思って目を瞑った――しかし何も起こらなかった。目を開けると、暖炉に火がついているのが見えた。先生は火を灯しただけだった。
「お掛けなさい」三人は手探りで椅子を引き寄せ、それぞれ腰掛けた。「ご説明なさい」マクゴナガル先生の色眼鏡が、暖炉の火を反射して光っていた。
ロンがキングス・クロス駅の柵に跳ねつけられた話から始めた。カナもハリーも、ウンウンと頷いて、ロンの話に同意した。
「――ですから、僕たち、他に方法がありませんでした。先生、僕たち、汽車に乗れなかったんです」
「何故ふくろう便を送らなかったのですか? あなたはフクロウをお持ちでしょう?」マクゴナガル先生はハリーに向かって冷静に言った。
ハリーは呆然と口を開けた――言われてみれば、ヘドウィグで助けを呼べばよかったのだ。
「ぼ――僕、思いつきもしなくて――」
「考えることもしなかったでしょうとも」
ドアが再び開いた。ますます笑みを深くしたスネイプ先生が入ってきて、その背後にはダンブルドア校長を連れていた。校長先生はいつものお茶目な様子はなく――深刻そうに椅子に腰掛けた。
「どうしてこんなことをしたのか、説明してくれるかの?」
今度はハリーが、うつむいたまま説明した。車の持ち主のことは伏せて――たまたま駅の外に駐車してあった空飛ぶ車を見つけたような言い方をした。それはそれで、車を盗んで走らせたと言うことになるけれど、アーサーおじさんを巻き込むよりはましだった。ダンブルドア校長にとっては、そんな嘘もお見通しだっただろうけれど――不思議なことに、車についての言及はされなかった。
ハリーが話し終わっても、ダンブルドア先生はしばらく三人を見つめていた。ハリーとロンはうつむき、カナは不安そうにダンブルドア校長を見ていた。
「ぼくたちはいつ出ていけば良いでしょうか」カナの言葉に、マクゴナガル先生が「どういうつもりですか?」と眉をはねあげた。
「だって、退校処分になると――」
「ミス・エリオット。今日というわけではない」ダンブルドア先生がカナをたしなめた。「しかし、きみたちがやったことの重大さについては、はっきり言っておかねばのう。今晩、三人のご家族に、わしから連絡をしよう。手紙か――その他の方法で」校長先生はカナをしっかりと見据えて言った。「それに、きみたちに警告をしておかねばならん。今後またこのようなことがあれば、わしとしても、退学にせざるをえんのでな」
スネイプ先生が後ろで咳払いをした。
「ダンブルドア校長、この者たちは『未成年魔法使いの制限事項令』を愚弄し、貴重な古木に甚大なる被害を与えております・・・・・・このような行為はまさしく・・・・・・」
「セブルス」ダンブルドア校長が静かに言った。「この子たちの処罰を決めるのはマクゴナガル先生じゃろう。三人は彼女の寮の生徒じゃから、彼女の責任じゃ」
校長先生はマクゴナガル先生に向き直った。
「ミネルバ。わしは歓迎会の方に戻らんと。二言、三言、話さねばならんのでな。さあ行こうかの、セブルス」校長先生は立ち上がりながら、スネイプ先生を引き連れた。「うまそうなカスタード・タルトがあるんじゃ。わしは、あれを一口食べてみたい」
スネイプ先生はしぶしぶと言った感じで、子どもたち――とくにハリーを睨め付けながら出ていった。
マクゴナガル先生は、残った子どもたちを相変わらず厳しい目つきで見据えた。
「ウィーズリー、あなたは医務室に行った方が良いでしょう。出血しています」
「たいしたことありません」ロンはあわてて、セーターの袖で瞼を拭った。カナもそっと膝を隠した。「先生、僕の妹が組分けされるところを見たいと思っていたのですが――」
「組分けの儀式は終わりました。あなたの妹もグリフィンドールです」
「あぁ、よかった」ロンは胸を撫でた。
「グリフィンドールといえば――」マクゴナガル先生がまた声を尖らせた。ハリーはあわてて先生を遮った。
「先生、僕たちが車に乗ったときは、まだ新学期は始まっていなかったのですから、ですから――あの、グリフィンドールは減点されないはずですよね。違いますか?」三人は、揃って心配そうにマクゴナガル先生の顔を見上げた。先生はわずかに口もとを緩めた。
「グリフィンドールの減点はいたしません」三人はほっと力を抜いた。「ただし、罰則を受けることになります」
カナは退校になるよりも、グリフィンドールの点数がマイナスで新学期が始まるよりも、それはうーんと良いことだと思えた。どうせおかあさんも、カナが生きている限り手出しも口出しもしないのだから、警告の手紙なんてどうだっていい――
マクゴナガル先生が再び杖を振り上げた。スネイプ先生の焦げ跡のついた机の上に、大きなサンドイッチののった金の皿と、空のゴブレット、冷たい魔女かぼちゃジュースの瓶が、ポンと気の抜ける音と共に現れた。
「ここでお食べなさい。終わったらまっすぐ寮へ帰ること。わたくしも歓迎会の方へ戻らなければなりません」
マクゴナガル先生も出ていった。カナはため息をつき、ロンはヒューっと低く長く口笛を吹いた。
「もうダメかと思った」ロンはサンドイッチをがばっと掴みながら言った。
「僕もだよ」ハリーはかぼちゃジュースを注ぎながら、ゴブレットをカナへと手渡してくれた。カナはようやく喉を潤すことができた。
「だけど、本当に僕たちって信じられないぐらいついてないぜ」ロンが、チキンとハムをいっぱい詰め込んだ口をもごもご動かした。「フレッドとジョージなんか、あの車を五回も六回も飛ばしてるのに、あの二人は一度だってマグルに見られていないんだ」
ロンが膝を抱えたカナに向かってサンドイッチの皿を差し出しながら言った。
「カナ、なんか食べなよ。あんな大冒険をしたのにお腹が空いてないのか?」
「うん・・・・・・」カナはちびちびと冷たいかぼちゃジュースを口に含むだけだ。
「僕たちこれからは慎重に行動しなくちゃ」ハリーもゴブレットをあおった。「歓迎会に行きたかったなあ」
「マクゴナガル先生は僕たちが目立っちゃいけないと考えたんだ。車を飛ばして到着したのがかっこいいなんて、みんながそう思ったらいけないって」ロンはサンドイッチをおかわりした。
カナは結局サンドイッチを食べなかった。心配したロンがひときれだけ、ハンカチにくるんでカナに持たせた。二人は食べたいだけ食べた――不思議なことに、大皿が空になるとひとりでにサンドイッチが現れた。
三人は地下牢をあとにし、通い慣れた廊下を歩き、グリフィンドール塔へとトボトボ歩いた。城の中は静まり返っていた。肖像画たちもすっかり、夜に備えてなりをひそめていた。三人はやっとグリフィンドール寮の隠された廊下へとたどり着いた。巨大な油絵の前に立つ。ピンクのドレスを身に纏った、とろけるようにふくよかな「太った婦人」の肖像画だ。
三人に気づくと、婦人は「合言葉は?」とたずねてきた。
「えーと――」
その場にいる全員が、まだ合言葉を知らなかった。パーシーがひょっこり顔を出してくれたらいいのに、怒りながらでもいいから――カナがそう思っていると、後ろの方からパタパタと足音がした。いっせいにふりかえった。
「やっと見つけた!」
ふわふわの栗色の毛を膨らませて走ってくるのは、ハーマイオニーだ。
「いったいどこに行ってたの? ばかばかしいうわさが流れて――誰かが言ってたけど、あなたたち三人が空飛ぶ車で墜落して退校処分になったって」
「ウン、退校処分にはならなかった」ハリーがほほえんだ。
「まさか、ほんとに空を飛んでここまで来たの?」ハーマイオニーはまるでマクゴナガル先生のように声を尖らせた。
「お説教はやめてくれよ」ロンが疲れた声で言った。「カナを見てくれよ、こんなに憔悴しきって、かわいそうだろ」
「早く中へ入ろう」カナが言った。
「新しい合言葉は?」
「『ミミダレミツスイ』よ。でも、話をそらさないで――」
ハーマイオニーは諦めなかったけれど、言葉の続きはかき消えた。肖像画がパッと開いた瞬間に、割れるような拍手が降ってきた。談話室いっぱいにグリフィンドール生が溢れていた。テーブルの上にすら乗り上げて、三人が到着するのを待っていた。中から何本も手が伸びてきて、まず小さなカナをさらった。カナは引っ張られるままに談話室に入り、ハリーとロンも引っ張り入れられた。最後にハーマイオニーが穴をよじ登る。
お調子者のリー・ジョーダンが興奮して叫んだ。
「やるなぁ! 感動的だぜ! なんてご登場だ! 車を飛ばして『暴れ柳』に突っ込むなんて、何年も語り種になるぜ!」
みんなはやし立てたり、口笛を吹いたり、背中を叩いたりして、三人を称賛した。
フレッドとジョージが生徒たちをかき分けて、目の前に飛び出して、口を揃えて言った。
「「オイ、なんで、僕たちを呼び戻してくれなかったんだよ?」」
カナはとうとう涙を落とした。目の前にいた生徒たちはぎょっとした――緊張がほぐれて――心がどっと緩んだのだ。アリシアが飛び出して、カナを抱きとめた。
「もう、カナ! 我慢してたんだわ、怖かったわね」
カナの頭を小さな手が温めた。カナはぎゅっとアリシアのローブをつかみ、抱きついて顔を隠した。
「なんだよ、僕らが悪者みたいだな」ロンは喜びを隠しきれない声で言った。カナはぱっと顔を上げた。ちょうどその向こうに、唯一不機嫌そうにしている生徒――パーシーがこちらに歩いてきているのが見えた。ロンとハリーは叱られてはたまらないと、「ベッドに行かなくちゃ、ちょっと疲れた」と言い、寝室の方へと駆けて行った。
「逃げたな」ジョージが言った。
パーシーは一人取り残されたカナの方へとずんずん歩き、目の前で止まった。
「ストップ!」アンジーの声だ。「パーシー、カナは怖がってるわ。それにあの二人と違って、じゅうぶん反省してるみたいよ。怒鳴るのはよして」仁王立ちで、果敢に言った。
「違う」パーシーは見た通りの不機嫌な声を出した。「カナ、膝を見せて」
カナはローブをまくり、膝を出した。大きな擦り傷が血を滲ませていた。パーシーは杖を振って、傷を癒してくれた。消毒し、砂粒を取り除き、最後に大きな絆創膏をペタリと貼って、「もういいよ」と言った。
「パーフェクト・パース、まぎらわしい」フレッドが言った。
「パーシー、ありがとう」カナが弱々しく言うと、パーシーは頷いた。そして周りを見て、苦々しく言った。
「心外だよ、僕が怒鳴りつけるだけの上級生みたいじゃないか。心配だってするんだ」とこぼした。双子はパーシーの背中をバシバシと叩いた――パーシーはやっと表情をほぐした。
カナはラベンダー、パーバティ、ハーマイオニーに連れられて、女子寮へと入って行った。前と同じ、一番てっぺんの部屋で、ドアには「二年生」と刻印してあった。カナの泥だらけのトランクと鞄は、すっかりベッドのわきに積んである。
「カナ、あなた、あの二人に乗せられたんでしょう、面白がって――」
「ううん、それ以外の方法が思いつかなかったんだ、ぼくら慌ててたから・・・・・・」
ハーマイオニーはまだぷりぷりと怒っていた。カナは寝室に入った途端、お腹が空いて、ロンが持たせてくれたサンドイッチを涙をぽとぽとこぼしながら食べた。なんだかもう涙を出すところがおかしくなってしまったようだった。悲しくもないのに涙が出る。
「『空飛ぶ車』は面白かったかしら?」パステルカラーのパジャマ姿のラベンダーが、カナの目を拭いながら聞いた。ハーマイオニーが栗毛を膨らませているのが見えた。
「最初はね。でも怖かったよ・・・・・・死ぬかと思った」
「カナって不運なのね。去年から引き続きよ」パーバティがあきれていた。「開運のおまじないを試してみた方がいいんじゃない?」
パーバティがエキゾチックな呪物のカタログを広げて見せた。どうせお金がないから買えない――とは言わずに、カナは気を紛らわすためにそれを眺めた。
20230316-20240515