ハロウィーンの日がやってきた。三年生のほとんど全員がホグズミード村に行くために、朝食のあとは玄関ホールで待ち合わせていた。上級生は何度か行ったことがあるから、学校に残る生徒もいるみたいだけれど。
 ロンとハーマイオニーは、昨日までのバチバチがうそのように静まり返っていた。なんでも、ハリーはマグルの親戚のおじさんから、ホグズミード行きの許可証にサインをもらうことができなかったのだという。それで、喧嘩どころじゃなくなったということらしい。
 玄関扉の目の前で、ホグワーツの管理人のフィルチさんがながーい羊皮紙を手に生徒たちの顔を一人ひとりじろじろと見比べていた。チェックリストで、許可証のない生徒が外出しないよう監視しているんだろう。カナも厳しい監視を受け、フィルチさんが鼻を鳴らしながら「行ってよし」と無愛想に言った。
 カナはもう一度マフラーを巻き付けた。後ろからフレッドとジョージが歩いてくる。
「ったく、歩いて向かうなんて味気ないよな。箒でひとっとび、ピューっと行って帰りたいぜ」フレッドがごちた。
「ぼく、やだよ。乗れないもの」
「僕らみたいなのがコースから外れると思ってるんだろう。そんなことする奴がいるかね? ホグワーツから締め出されたら凍え死んじまうぜ」
 後ろから追いついてくる足音がする。アリシアとアンジーだ。
「ハーイ、カナ。それにウィーズリーズ」
「今日は邪魔しないであげるわ。カナ、ホグズミードを楽しんでね。いやになったら逃げてきていいからね」
 フレッドが言い返すまもなく、ふたりは駆け足で向かってしまった。生徒たちを追い抜き、校門をくぐり抜けていく。
「あー」ジョージがうかない声を出した。
「走って追いかけろっての、まったく」フレッドがあきれたように言った。
「まったくだ」目の前に双子の友だち、リー・ジョーダンが立ちはだかっていた。「俺なら、みっともなくなるくらい追いかけて、頼み込むね。足で蹴られたって諦めない」
「それはちょっと」「さすがに引くな」双子は息ぴったりに言った。
「女冥利に尽きるだろ?」リーが弁明した。
「いや、まったく」カナが言った。
「そりゃ、お前の好みだろう」とジョージが肩をすくめた。

 話しているうちに、ホグズミード村が見えてきた。背の低いカラフルな家が立ち並び、たくさんのホグワーツ生徒でごった返していた。カナが、これは迷子になるな――と思っていた時、フレッドがサッとカナの手を握った。見上げると、ウインクが飛んでくる。
「それじゃ、正午に『三本の箒』!」
 カナとフレッド、リーとジョージに分かれた。ふたりの後ろ姿が「ゾンコのいたずら専門店」の方向に消えて行くのを見て、フレッドが特大のため息をついた。
「ジョージのやつ! 好きな女の子ひとり誘えないんだ。僕たち分身だってのに、情けないぜ」
「ジョージは優しいんだよ」
「奥手なんだ」フレッドは肩を落とした。「もっと胸を張れよ、お前はイケてるし最高に良い奴だって、昨日もリーと励ましてやったさ。でも見ろよ――アンジーはアリシアと楽しいお茶会の真っ最中」
 フレッドがあごをしゃくった向こう――「ロサ・リー・ティーバッグ」の軒下のテーブルに、二人が仲良く座っているのが見えた。
「ぼく、『ハニーデュークス』が見たい」
「いいぜ。なんたってあそこはホグワーツでは一番人気なんだ」
 フレッドはカナの手をかたときも離さなかった。百通りもある魔法のお菓子を、味を試しながら回った。ロンにだまして食べさせたとか、パーシーの枕の下に隠して大変なことになったとか――そんな話をいくつも聞かせてくれた。カナはそれが楽しくて、クスクス笑いっぱなしだ。
 ハニーデュークスでカナが心惹かれたのは、不思議な魔法のかかったお菓子でなく、瓶にいっぱい詰められた琥珀糖だ。光に透かすと、きらきらと虹色に姿を変える。
 カナはそれをひとつと、紅茶の箱を買い求めた。お小遣いは、リーマスがわずかに託してくれた。はめを外したりしなければ、今日一日中たっぷり楽しめるはずだ。
 そのあとも、フレッドはたくさんの店を案内してくれた。カナは「グラドラグス魔法服」にガートが入って行くのが見えた。去年の彼とは違う、品のいい上級生と一緒だ――フレッドが「スピントウィッチズスポーツ用品店」の店先で、興味ありげに首を伸ばしていたので、店の中に引っ張った。店の中をぐるぐる三周も回ったあげく、フレッドは箒磨き粉と、今月号の「ザ・クィディッチ」を買い求めた。カナは「ペドラス・プリジオン」に並んだおしろいやリップ、化粧品の数々に見惚れたけれど、フレッドがカナを店から引き剥がした。アリシアやガートはこういったところで買い物していたんだろう。「マジック・ニープ」にも立ち寄ったけれど、やっぱりスプラウト先生のマンドラゴラより成熟したものは見つからなかった。雑貨屋で、カナは髪を結ぶためのリボンを欲しがった。白と、青で迷っていると、「どっちも捨てがたい」と、フレッドが買い与えてくれた。

「カナ、疲れたろ」フレッドが気を利かせてくれた。「ここのカフェ、アイスクリームが美味いんだ――好きだったよな?」
 カナは頷いた。フレッドがカナの好物を覚えていてくれたことが嬉しい。
 昼どきだからか、小さなカフェの中は満席だった。くつろぐために、中で列を作って席が空くのを待っている客もいる。
「テイクアウトできないか聞いてくる」
 フレッドはカフェの中に入っていってしまった。カナはひとりぽつんと残される。
 カナは鞄の中の、買ったばかりのお菓子を眺めた。ふだんは教科書や羽根ペン、インク壺がぎゅうぎゅうに詰まっているかわりに、今日はかわいらしいお菓子の瓶と、紅茶の箱、リボンが包まれている小さな紙袋がそこにいる。カナはこれだけでもじゅうぶんに満足だった。だって、外へ買い物に出かけるなんて、カナには一年生の時にスネイプ先生に付き添われて、ダイアゴン横丁で杖を買った、たったそれっきりしかなかったから。
 カナが鞄を閉じて、顔を上げた時だ。前を横切る上級生のグループの一人と目がかち合った。彼は友人たちに断って、こちらへ歩み寄ってくる。カナがわずかにたじろいでいると、彼は夏の風のようなさわやかな笑顔を浮かべた。
「やあ、きみ、カナだったよね?」
 やわらかな黒髪がふわりと揺れ、カナは思い出した――ハッフルパフのシーカー候補、五年生のセドリック・ディゴリーだ。それこそカナが一年生のとき、クラッブに杖を折られたときに、面倒を見てくれた。
「そういうきみは、セドリック・ディゴリー」カナが言うと、セドリックは目を細くして笑った。「ぼくのこと、覚えてたんだね」
「もちろんだよ。杖があんなだったし――きみはちょっとした有名人だし」セドリックはほほえんだ。それもそうで、カナはこの二年間で「許されざる呪文」の標的になったり、「秘密の部屋」に連行されたりしたものだから、名前だけは全校生徒に知れ渡っているだろう。
「それで、どうかしたの?」カナがたずねると、セドリックは鼻をかいた。
「きみが困っているんじゃないかと思って、声をかけただけだ。ホグズミードで一人になるなんてこと、そうそうないからね・・・・・・」
 その時だ。カナの背後でカフェのドアが開くとともに軽やかなベルの音がした。両手にアイスクリームのコーンを握ったフレッドが、カナとカナのそばにいるセドリックを見つけて、大声を出した。
またお前か!
 フレッドがあわててカナに駆け寄った。
「ディゴリー! おせっかい野郎め」
「『また』って」セドリックは困ったように鼻をかいた。「たったの二度目だ。それに、下級生の女の子が一人でぽつんと立ってたから、心配になっただけだ」
「ご心配をどうも」フレッドはいまにも歯を剥き出しそうだった。「おあいにく、一人じゃない・・・・・・
「そのようだね」セドリックは苦笑して、「良い休日を」と手をひらりとかざし、友人たちのもとへと戻っていった。
「おい、覚えてろ! クィディッチの試合で泣かせてやる」
「フレッドったら」カナはフレッドのマフラーを引っ張った。「ねえ、アイスクリームがとけちゃうよ」
 フレッドは思い出したように、コーンに乗った丸いアイスクリームの片方をカナに手渡した。カナはぺろりとひとくちかじった――あまいミルクの味が広がる。「おいしい」とカナはよろこんだ。
 ふたりはベンチに座ってしばらくアイスクリームを味わった。フレッドはあっというまに平らげてしまったけれど、カナは食べるのがずいぶん遅い。フレッドはのんびり待ってくれた。
「ねえ、フレッド」カナが話しかける。
「なんでございましょうか、ミス・ブランケット?」よぼよぼの年寄りのまねで、フレッドが聞いた。
「フレッドとジョージは双子なのに、女の子の好みはずいぶん違うね?」
 カナが言うと――フレッドは一瞬ピタリと止まって、それから笑い出した。
「ハハ――なんだ、そんなこと気にしてたのか?」フレッドの大きな手がカナの頭をぽんぽんと押さえた。
「だって――」カナがフレッドの隣に立つ時、他人から見たらやっぱり恋人というよりは、どうしても妹の面倒をみる兄のように見えるだろう、と思っていた。
「そりゃ、アンジーは見るからに魅力的な女性ですよ。男だったら、誰だって一度はデートしたいと思うだろうね」
「フレッドもそう思う?」
「まあ――今は思ってない」フレッドはカナにニコリと笑いかけた。「カナがいるからな」
 カナはその答えが気恥ずかしくて――アイスクリームのコーンの一番最後をパクリと口に放り込んだ。
「僕はお前さんを気に入ったんだ。ジョージとは違ってね」
「どうして?」
「どうして、って――」フレッドは目をぱちくりさせた。「いつのまにやら?」
 フレッドは照れ隠ししているみたいだ。白い耳の端が赤く染まっている。
「ぼくにはあるよ。フレッドのこと、好きだなあって思った瞬間が」
「聞かせてくれるか?」
「一年生のとき――ぼくが大時計の道に迷い込んだでしょ」
「ああ、歴史的なセカンド・コンタクトだな」フレッドが冗談めかして言った。
「あのとき、きみはぼくの手を引っ張ってくれたでしょう。ぼく、あれを――ずっと覚えてる」
「なんだ――」フレッドは全身の力が抜けたようだ。「たったそんだけのことをか!」
「うん」カナは目をキラキラさせて、にっこりとフレッドを見た。「そうだよ。それがきみだったから」
「マーリンの髭――もう、いい。よせよ。めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた」フレッドはマフラーをほどいた。顔が赤くなっている。
 それを見て、カナはくすくす笑いが止まらなくなった――

 正午をちょっと過ぎて、ふたりは「三本の箒」に行った。中はすでに、ホグワーツの生徒だけじゃない、老魔女や恰幅のいい紳士、いかつい魔法戦士など、多くの魔法使いでごった返していた。
 フレッドがジョージとリーのいるテーブルを見つけた。アンジーとアリシアも一緒だった。フレッドがカナの手を引っ張って現れたので、みんな冷やかした。
「だって、はぐれちゃうからね」カナはフレッドと繋いでる手を自由なほうの手でぽんぽんと叩いた。カナはアリシアの隣に、フレッドはジョージの隣に座った。
「マダム、バタービール六本!」
 リーがよく通る声で注文した。カウンターの奥でトルコ色のローブを身に纏った婦人が手を上げた。
「それで、親愛なるみなみなさま。このあとのご予定は?」フレッドが聞いた。
「わたしとアンジーはもう帰るところよ。ハロウィーンのごちそうのために、お腹空かせてないといけないしね」アリシアが言った。
「ぼく、まだ『ゾンコ』に行ってない」
「カナ、よく言った!」リーが拍手した。
「そうこなくっちゃな」フレッドが楽しそうに言った。「『臭い玉』も買い足さないと。それに新商品――見たか? あのスリッパを」フレッドの神妙な問いかけに、ジョージが頷いた。
「ああ、恐ろしい。あんなものを思いつくなんて、どうかしてる。表彰モンだ」
 パブの女主人、マダム・ロスメルタがジョッキを六本つかんでこちらへ歩いてくる。ローブと揃いのトルコ色のつやつやしたハイヒールで難なく歩き、歩くたびにくびれたウエストから張り出したお尻が左右に揺れるのに、カナは釘づけになった。
 マダムはテーブルにジョッキをドン――と置いた。その細腕でどうやって運んできたのだろうと思うくらいだ。
 みんなそれぞれジョッキをつかんだ。カナは両手で握った。
「それじゃ――乾杯!」
 リーの掛け声でみんなジョッキをかざして、バタービールをグイとあおいだ。しゅわしゅわはじける蜂蜜色の液体は、甘くて温かくて、カナの体をぽかぽかにさせた。
「どうだ? 美味いか?」フレッドが聞く。カナが初めてバタービールを味わうので、みんなカナを見た。
「うん――ぼく、これ大好き」カナはにっこり笑った。
 それから、みんなが話に花を咲かせている横で、カナはなんどもジョッキに口をつけて、口のまわりに泡をつけていた。
 カナがあまりにもにこにこと上機嫌なので、ジョージが顔を覗き込んだ。
「カナ、大丈夫か?」
「うん?」カナは目をぱちくりした。「なにが?」
 なにもおかしくないのに、くすくすと笑いをこぼす。みんな顔を見合わせた。
「アルコールよ」アンジーが心配そうに言った。「もう飲まないほうがいいわ」
 フレッドがカナのジョッキをとりあげた。カナが「あー!」と声を上げる。まだ底のほうに残っていたのに――フレッドがそれをぐいっと傾けて、飲み干してしまう。
 一行は店を出た。カナはふらふらしたりはしなかったけれど、気味が悪いほどずーっとにこにこ笑って、頬をピンク色にして、フレッドの手をしっかり握っていた。
「あー、今日の予定は?」フレッドが動揺して、ジョージに聞いた。
「カナ様は『ゾンコの店』をご希望です」
 カナがなんにもわかっていないように頭をかしげて、フレッドの顔を覗き込んだ。そのにこにこ顔を、フレッドはしばらくじーっと見つめた。
「あーっ、ダメ、やっぱり、駄目だ。アリシア、カナをホグワーツに連れて帰っちゃくんないか」
「えーっ!」カナは大きな声で言った。「どうして!」
「おまえ、酔っ払ってるぞ」フレッドは握っていたカナの手を、手綱を渡すようにアリシアに引き渡した。
「カナ。デートはおしまいよ」アリシアはやさしく言い聞かせた。
「ぼく、フレッドがいい」
 みんな頭を抱えた。
「すぐ帰るから――」フレッドはたじたじだ。

 アリシアに手を引かれながら、カナはホグワーツへの道を引き返していた。アンジーがカナの様子を覗き込みながら言った。
「バタービールで酔っぱらった魔女、初めて見たわ」
「カナって、アルコールに弱いのね」
 カナは不思議そうに首を傾げた。
「バタービール、ぼく好きだよ」
「はいはい。美味しかったわね」アンジーが苦笑した。「でも、彼のいないところじゃ飲んじゃダメよ」
「うん」カナが素直にうなずくので、ふたりとも肩をすくめた。



 ホグワーツ城に帰ったあともふわふわしているカナは、グリフィンドールの談話室の中でアリシアの見守りを受けた。酔いが抜けたと判断されたのは夕刻になってからで、それもフレッド達が帰ってくるまで解放してくれないというのだ。
「いい子にしてたか?」
 ほとんど夕食のまぎわになって、やっと帰ってきた。これにはアリシアがおかんむりだった。自分たちばっかり楽しんで――とがみがみ言うのをうまく避け、フレッドはカナのもとへやってきた。
「あ、フレッド――どうかな?」
 カナはゆるく編み込まれて両肩に垂れた三つ編みのおさげを、はにかみながらフレッドに見せた。こんなふうに髪を結うのは初めてだった。アリシアの興が乗って、カナの髪をアレンジしてくれた。毛先には今日買ってもらったばかりのブルーのリボンが結われている。
「アー、えっと」みんながいる手前、フレッドは言いにくそうにした。アンジーがカナのとなりでにやにやしているのがわかる。「似合ってる、かわいいよ」
 カナは頬をピンク色にしてにっこりと笑った。
「なあ、お前さん、まだ酔ってるだろ」
「酔ってないよ」
「いいや、まだ談話室から出ちゃダメだ」
 冗談を言い合いながらも、フレッドはカナを大広間に連れて行ってくれた。毎年恒例、大広間のハロウィーンの装飾は見事だった。ハグリッドの育てた巨大なかぼちゃが何百個と並び、くりぬいた中にいくつも蝋燭が灯されて、大広間をうっすらと照らしている。座った生徒達の顔がぼんやり浮かび上がるのが、雰囲気抜群だった。時々、生きたコウモリが目の前や頭上を飛び交う。天井に映し出された空は荒れた風の日のようで、ものすごいスピードで雲が流されていく。
 食事も豪華で、かぼちゃのパイにスープ、大盛りのローストチキン、デザートもかぼちゃのケーキにプディングと、かぼちゃづくし。そういえば、今日はパッドのところに行けなかったな――とカナは思い出した。巨体でたくさん食べるのだから、きっとお腹を空かせていることだろう――今日はあんなことがあったからフレッドが離してはくれないだろうし――何か理由を作って談話室を抜け出せはしないだろうか? カナはそっと教職員のテーブルを覗いた。リーマスはとなりに座るフリットフィック先生と楽しそうに話していた。
「カナ」
 フレッドがカナの肩を叩いて、カナは自分がぼーっとしていたことに気がついた。
「考え事か?」
 フレッドも教員席を見た。カナがリーマスを見つめていたことに気がついただろうか。
 目の前ではパーシーが噛み付くティーカップの餌食になって、大騒ぎだった。顔を真っ赤にしてカンカンになって、双子のほうへと歩み寄った――
「僕らじゃない!」双子が揃って声を上げたときだ。
 大広間の壁という壁、そしてテーブルまでもから、ゴーストがスルスルと滑るように現れた。真珠色の体は透き通り、暗闇の中にぼやっと浮かび上がって、それが何十体と隊列を組んで滑空していた。ゴーストによる余興を見たのは初めてだ――グリフィンドールの寮付きゴーストである「ほとんど首なしニック」は、自分が打ち首になった場面を再現して、それが大盛り上がりを見せた。

 生徒たちはごちそうとパーティーに大満足で、それぞれの寮に帰っていく。カナたちもグリフィンドール生の流れにまざって、塔を登っていった。でも、「太った婦人レディ」の肖像画につながる廊下まで来たとき、生徒がぎゅうぎゅうに詰まっていて先に進めなくなっていた。
「何をもたもたしてるんだ」パーシーがここぞとばかりに躍り出た。「全員が合言葉を忘れたわけじゃないだろう――ちょっと通してくれ。僕は首席だ――」
「誰かあいつから『うぬぼれ屋HB』バッジを取り上げてやってくれ」フレッドが恥じ入ったように言った。
 パーシーがさわがしく前に進み出て、いちばん前までたどり着いただろうというとき、するどく叫ぶ声が聞こえた。
「誰か、ダンブルドア先生を呼んで。急いで」
「なにごと?」「どうしたの?」
 生徒たちはつま先立ちになって前を見ようとした。カナも何が起こっているのか気になったけれど――まもなくダンブルドア校長が廊下にパッと現れて、生徒が押し合いへし合いしながら道を開けた。
 カナが前を見たがったので、ダンブルドアが通ったその後ろから、フレッドがカナをかついでくれた。生徒の頭を飛び抜けて、前がよく見えた――そして、息を呑んだ。
「太った婦人レディ」の肖像画は見るも無惨に切り裂かれていた。いつも婦人がとろとろとまどろんでいる大部分は切り取られたようになって、キャンバスの切れ端が床に散らばっていた。かろうじて残っている絵画の隅にも、婦人の姿はない。声すらも――
 騒ぎをききつけて、マクゴナガル先生、リーマスに、スネイプ先生までもがやってきた。
 カナはフレッドの肩を叩いておろしてもらった。「『太った婦人レディ』が切り裂かれてる」と言うと、周りのみんなが動揺した。
婦人レディを探さねばならん」ダンブルドアの深刻そうな声が聞こえた。「マクゴナガル先生、すぐにフィルチさんのところに行って、城じゅうの絵の中をすべて探すよう言ってくださらんか」
「見つかったらお慰み!」甲高いしわがれ声がした。ポルターガイストのピーブズだ。みんなの頭上をひょこひょこと漂いながら、いつものように、大惨事や心配事がうれしくてたまらないといった様子だ。
「ピーブズ、どういうことかね?」
 ダンブルドアが静かに聞いた。ピーブズもさすがにダンブルドアのことをからかう勇気はないらしい。ねっとりした作り声で、ピーブズは語り始めた。
「校長閣下、恥ずかしかったのですよ。見られたくなかったのですよ。あの女はずたずたでしたよ。五階の風景画の中を走ってゆくのを見ました。木にぶつからないようにしながら走ってゆきました。ひどく泣き叫びながらね」その声にはうれしさが隠しきれていない。そして「おかわいそうに」と白々しく付け加えた。
婦人レディは誰がやったか話したかね?」ダンブルドアはあくまで冷静に聞いた。
「ええ、ええ、たしかに。校長閣下」ピーブズはたまらないようすでもったいぶっている。「そいつは婦人レディが入れてやらないんでひどく怒っていましたねえ」ピーブズはくるりと宙返りして、自分の足のあいだからニヤニヤ顔を覗かせた。
「あいつはかんしゃく持ちだねえ。あのシリウス・ブラックは」

 すぐさま、ダンブルドア校長はグリフィンドール生全員に大広間へ戻るよう言い渡した。十分ほどして、ハッフルパフ、レイヴンクロー、スリザリンの寮生も、みんな困惑した表情で、全員大広間に集まった。
「先生がた全員で、城の中をくまなく捜索せねばならん」
 ダンブルドアは神妙に言い渡した。マクゴナガル先生とフリットウィック先生が、大広間の戸という戸を閉め切っていく。
「ということは、気の毒じゃが、皆、今日はここに泊まることになろうの。皆の安全のためじゃ。監督生は大広間の入口に見張りに立ってもらおう。首席の二人に、ここの指揮を任せようぞ。何か不審なことがあれば、ただちにわしに知らせるように――おお、そうじゃ、必要なものがあったのう・・・・・・」
 ダンブルドアがはらりと杖を振ると、四つの長テーブルがあっというまに大広間の片隅に飛んでいき、壁にもたれたのが暗がりの中でも見えた。もう一振りすると、何百個ものふかふかの寝袋が現れて、床いっぱいに敷き詰められた。
「ぐっすりおやすみ」
 先生がたとダンブルドアが出ていくと、大広間じゅうががやがやし始めた。グリフィンドール生がほかの寮生に「太った婦人レディ」の事件を話し始めたからだ。
「みんな寝袋に入りなさい!」パーシーが大声で言った。「さあ、さあ、おしゃべりはやめたまえ! 消灯まであと十分!」
 カナは寝袋をつかんで、グリフィンドールの女子が集まる一角へと近づいた。
「アンジーは眠れないみたいね」アリシアが気の毒そうに言った。アンジーは新任の監督生なのだ。入り口の見張りに駆り出されてしまった。
 カナは手で三つ編みを片方ずつほどきながら、リボンを大事に折りたたんでポケットに入れた。周りの生徒は、「どうやってシリウス・ブラックがホグワーツに入り込んだか?」という話題でもちきりだ。
 たしかに、ホグワーツの入り口という入り口は吸魂鬼ディメンターが固めていて近づけるはずがない。それに、ホグワーツには結界が施されていて、「姿現し」での出入りはできないはずだ。スネイプ先生がそう言っていた――
「灯りを消すぞ!」パーシーの怒鳴り声がして、蝋燭の灯がいっせいに消えた。真っ暗闇の大広間では、ゴーストが監督生たちを手伝うためにふわふわと漂う銀色の体がときどききらめいて見えるのと、天井の夜空の星が遠くで輝くのが見えるだけだ。
 パーシーがいくら怒鳴ったって、好奇心を刺激された生徒のお喋りが止むはずがない――ひそひそ声が、風に揺れる森の木立のざわめきのように、いつまでも続いた。カナだって、ふかふかの寝袋にくるまりながら眠れないでいた。
 ――いったい何時になったのだろう。一時間ごとに先生が立ち入り、何ごともないかどうか首席や監督生に確認して回っていた。ひそひそ声はしだいになりをひそめ、みんな眠りに落ちていったようだ。そのとき、ごそごそとカナの足元でみじろぎする音がした。
「フレッド!」
 カナはかなり小さな声で言った。フレッドは「シー」とカナをおさめ、真横に並んだ。寝袋ごと芋虫みたいに移動してきたらしい。
「多少混ざってたって、かまわないだろ。ロンのやつだっていつもの三人組で寝てるし・・・・・・」
「フレッドも眠れないんだね」カナは寝袋の紐をゆるめ、手を伸ばした。その手が、かさついた熱いものに触れる。フレッドの手だ。
「非日常ってワクワクするだろ――まあ、ブラックの件は笑えないけどな」
 カナは、シリウス・ブラックの脱獄をどこか他人事のように考えていた。まさか、ホグワーツ城内に現れるなんて――いったい、なにが狙いなんだろう? どうやってホグワーツに侵入したかというよりも、カナは、アズカバンを脱獄してまで、彼が何をしにここへやってきたのか、ということが気になっていた。シリウスはヴォルデモートの腹心だったのだと、ガートが言っていた。だとしたら、もしや――カナにも関係があるのかもしれない。
 カナがきゅっとフレッドの手首に絡めたように握ると、フレッドも包み返してくれた。トクトクとフレッドの脈打つ感触が伝わってくる。こうやって、家族ではない男の子とくっついて眠るのは初めてではないけれど――あまりいい思い出もない。けれど、今はすこしだけ安心できていた。相手がフレッドだからだ――カナはしだいに目を閉じて、寝息をたてはじめた。



 翌朝、カナが目覚めた時にはフレッドはパーシーにひどく叱られていたけれど、一人だけ叱られるわけにはいかないとカナがフレッドの隣に座ると、口をつぐんだ(な? パーシーってカナに甘いんだ。とロンが言う)。
 グリフィンドールの新しい番人は、あのひどくうるさい「カドガン卿」となった。「太った婦人レディ」が襲われたということで、誰も代わりをやりたがらなかったそうだ。その点、「カドガン卿」は誰彼かまわず決闘を挑もうとする勇猛果敢な剣士だ。名乗り出てくれたことはありがたいけれど、寮に入ろうとする生徒まで焚き付けて決闘を仕掛けようとするのにはみんなうんざりしていた。それに、頻繁に合言葉を変えるのも困った点だったし、それがひどく覚えづらいので、みんな必死になって合言葉を共有した。

 カナはひとつ気になっていることがあった。リーマスの顔色がここ数日、ひどく悪かった。さいしょ、シリウス・ブラックの侵入事件で夜通し見回りをして、体調を崩しているものだと思ったけれど――それが落ち着いてきてもなお、リーマスが元気そうに食事をしている姿を見ることはできなかった。
 カナがちらちらと教員席を眺めると、フレッドはすこし機嫌を悪くした。アンジーが、「もうすぐスリザリン戦なんだから、なんとか彼の機嫌をなおしてよ」とこっそり耳打ちしてきたが、そんなの、カナがコントロールできるものじゃない――フレッドがどうして機嫌を損ねるのか、カナにはわかっていなかったからだ。
 週末が近づくにつれて、天候が荒れてきていた。レイヴンクローの監督生の「アバネシー予報」によると、試合当日の土曜日はひどい嵐に見舞われるそうだ。それを聞いて、双子はブーブーもんくを言ったけれど、彼の予報が外れたことはないし、彼のせいでもないのだから――とにかく、グリフィンドールの選手たちは雨に濡れ風に煽られながらも練習を続けた。早朝練習と放課後の練習には、変わらずカナも付き合った。ジニーも様子を見にきて、ハリーと二人の兄を見守った。通い詰めていると、とある日、ジニーとカナの応援はたいへん品がよいとオリバーが褒めてくれた。キャーキャー騒いだり、写真を撮ったりしないので、練習に集中できるそうだ(「オリバーは練習の邪魔をされるのが大嫌いなんだ、珍しいな」とジョージが教えてくれた)。
 早朝、これが試合前の最後の練習だとグラウンドに入ったとき、オリバーがいやな知らせを持ってきた。
「対戦相手はスリザリンではない!」オリバーの顔は怒りで真っ赤だ。「フリントが今しがた会いにきた。我々はハッフルパフと対戦することになった!」
「どうして?」その場にいる全員が聞き返した。
「フリントのやつ、シーカーの腕がまだ治っていないからとぬかした」オリバーはぎりぎりと歯軋りした。「理由は知れたこと。こんな天気じゃプレーしたくないってわけだ。これじゃ自分たちの勝ち目が薄いと読んだんだ・・・・・・」
 ひどい雷鳴が、オリバーの話している合間にも鳴り響いた。
「そんな言い訳が許されるの?」アリシアが憤ってハリーを見た。一昨年だって、シーカーが不在の中、グリフィンドールは奮闘したのだ。もちろん、こてんぱんに負けたけれど。
「マルフォイの腕はどこも悪くない。悪いふりをしているんだ!」ハリーが怒鳴った。
「わかってるさ。しかし、証明はできない」オリバーが吐き捨てるように言った。「我々がこれまで練習してきた戦略は、スリザリンを対戦相手に想定していた。それが、ハッフルパフときた。あいつらのスタイルはまた全然違う。あそこはキャプテンが新しくなった。シーカーのセドリック・ディゴリーだ――」
「ああ、あの」カナは思わず声を漏らした。
 三年生の頃補欠だったセドリックは、いまやキャプテンにまでなっていたのか――カナがそう思っていると、アンジー、アリシア、ケイティの三人が顔を見合わせて笑顔になった。
「なんだ?」この一大事に不謹慎だと言わんばかりに、オリバーは顔をしかめた。
「あの背の高いハンサムな人でしょう」アンジーが言った。
「無口で強そうな」ケイティが言うと、三人でまた笑い出した。セドリックって、無口な人なんだ――カナを助けてくれた時は、全然そんな感じはしなかったけど。そう思っていると、不貞腐れた顔のフレッドと目が合った。
「無口だろうさ。二つの言葉を繋げる頭もないからな」フレッドがやけにイライラしながら言った。「オリバー、何も心配する必要はないだろう? ハッフルパフなんて、ひとひねりだ。前回の試合じゃ、ハリーが五分かそこらでスニッチをっただろう?」
「今度の試合はまるっきり状況が違うのだ!」オリバーが目を剥いて叫んだので、みんなびっくりして飛び上がった。「ディゴリーは強力なチームを編成した! 優秀なシーカーだ! 諸君がそんなふうに甘く考えることを俺は恐れていた! 我々は気を抜いてはならない! あくまで神経を集中せよ! スリザリンは我々に揺さぶりをかけようとしているのだ! 我々は勝たねばならん!
「オリバー、落ち着けよ!」フレッドとジョージが同時に言った。「僕ら、ハッフルパフのことを真面目に考えてるさ。大真面目に!
「一番動揺してるのはオリバーだわ」
 ジニーがぼそっと言ったことが、真実だとカナも思った。



 試合を明日に控え、みんながソワソワしている中――事件が起きた。グリフィンドール生にとってはかなり重大な事件だ。
 金曜日の午後は、「闇の魔術に対する防衛術」が待っている。生徒たちは、次はどんな体験をさせてくれるのだろうとワクワクして教室で待っていた。カナも、もちろんリーマスの授業を受けるのが楽しみだった――けれど、教室に入ってきたのはリーマスじゃなかった。みんな愕然とした。
 漆黒のマントをたなびかせながら、石膏のような顔を歪めて、意地悪そうに笑いながら――スネイプ先生がさっそうと入ってきた。
「先生、ここは『防衛術』の教室です――」パーバティが声をかけた。しかしスネイプ先生はふんぞり返って、リーマスがいつも使っている教壇に自分の鞄を置いた。
「ルーピン先生は気分が優れないようでしてな。代理として私が、今日の授業を担当する」
 カナは開いた口が塞がらなかった。
「先生、いま、なんて――」
「エリオット」スネイプ先生がカナをいまいましそうに睨め付けた。「同じことを何度も言わねば理解できないのかね」
 カナは静かにした。教室の前方を歩き回りながら、スネイプ先生は話し始めた。
「ルーピン先生の代理を務めるにあたって、彼の授業内容の記録を確認していたところ、まったくもって『記録らしい記録』が残っていなかった。であるからして――」
 その時、また教室の扉がガラリと開いた。
「遅れてすみません。ルーピン先生、僕――」
 くしゃくしゃの頭を揺らして入ってきたのは、ハリーだった。そして、教壇に立っているのがリーマスじゃなくスネイプ先生だと知ると、表情を険しくした。
「授業は十分前に始まっている、ポッター。グリフィンドールは十点減点。座れ」
 しかしハリーは動かなかった。
「ルーピン先生は?」
「体調不良だ」スネイプ先生は意地悪そうに笑う。それがまるで嬉しいことみたいに――「座れと言ったはずだが?」
「どうなさったのですか?」ハリーはてこでも動かなかった。スネイプ先生が落ち窪んだ暗い目をギラリと光らせた。
「命に別状はない」退屈そうに言った。「グリフィンドール、さらに五点減点。もう一度私に『座れ』と言わせたら、五〇点減点する」
 ハリーはようやく、のろのろと空いている席に座った。
 スネイプ先生はねっとりと生徒を見回した。
「ポッターが邪魔する前に話していたことだが、ルーピン先生はこれまでどのような内容を教えたのか、まったく記録に残していないことから――」
「先生。これまでやったのは、まね妖怪ボガート赤帽鬼レッドキャップ、河童、水魔グリンデローです」ハーマイオニーがひと息に答えた。「これからやる予定だったのは――」
「黙れ」スネイプ先生が冷たく言った。「教えてくれと言ったわけではない。私はただ、ルーピン先生のだらしなさを指摘しただけである」
 カナは、スネイプ先生を睨め付けた。机の下で、拳をぎゅっと握りしめる。ふつふつと、腹の奥で大釜が煮え立つみたいに、怒りが湧いてくる。
「ルーピン先生はこれまでの『闇の魔術に対する防衛術』の先生のなかで、いちばんよい先生です」
 ディーンが勇敢にも発言した。ほかのみんなががやがやとそれに賛同する。カナは顔を上げて――それを後悔した。スネイプ先生の意地悪くゆがんだ顔が、いっそう皺を深くして威嚇的になった。
「点の甘いことよ。ルーピンは諸君に対して著しく厳しさに欠ける――赤帽鬼レッドキャップ水魔グリンデローなど、一年坊主でもできることだろう。我々が今日学ぶのは――」
 スネイプ先生は教科書をいちばん後ろの――確実に習っているはずがないであろうページまで勢いよくめくった。
「――人狼ウェアウルフである」
「でも、先生」ハーマイオニーがうずうずと発言した。「まだ人狼までやる予定ではありません。これからやる予定なのは、ヒンキーパンクで――」
「ミス・グレンジャー」恐ろしく静かな声だった。「この授業は私が教えているのであり、君ではないはずだが。その私が、諸君に三九四ページをめくるようにと言っているのだ」
 先生はもう一度、首を突き出して生徒を見回した。
全員! 今すぐだ!
 みんな苦々しげに目配せし、ぶつぶつ文句を言いながら教科書を開いた。
「人狼と真の狼をどうやって見分けるか、わかるものはいるか?」
 みんなシーンと静まり返って、身動きもせず、座り込んだままだった。ハーマイオニーだけが、いつものように高々と手を上げていた。
「誰もおらんのか?」
 先生はハーマイオニーを無視した。
「エリオット」カナは突然名指しされ、肩をピク、と動かした。「ほんとうに知らないのかね?」
 カナをためすような、意地悪な笑顔を浮かべていた。
「わかりません。まだ範囲ではないので。ぼくらがさっきからそう言っていたのが聞こえなかったんですか?」
 カナがイライラと言い返すと、スネイプ先生の髪がバッと膨らむのが見えた。後ろの席で、プッと吹き出す小さな声も聞こえた。
「口の利き方がなっとらん! 五点減点だ。ルーピンは貴様たちにそのような態度を許しているのかね、え?」
 カナは言い返さなかった。スネイプ先生は、カナがリーマスと縁があることを知っていて、このような発言で煽るのだろうか――
「さて、さて、さて、三年生にもなって、人狼に出会っても見分けもつかない生徒にお目にかかろうとは、私は考えてもみなかった。諸君の学習がどんなに遅れているか、ダンブルドア校長にしっかりお伝えしておこう」
「先生」ハーマイオニーはまだ手をあげたままだった。「人狼はいくつか細かいところでほんとうの狼と違っています。人狼の鼻面は――」
「勝手にしゃしゃり出てきたのはこれで二度目だ。ミス・グレンジャー」先生は冷ややかに言った。「貴様の知ったかぶりは実に鼻持ちならん。グリフィンドールからさらに五点減点する」
 ハーマイオニーは真っ赤になってうつむいてしまった。その目に涙が光っているのが見えた――クラスの誰もが、ハーマイオニーが「知ったかぶりで出しゃばり」だなんて知っているし、思っているだろう。それでも、今の先生の仕打ちにはみんなが嫌悪感をつのらせた。この教室にいる全員が、スネイプ先生をにらんだ。ロンなんて、少なくとも週に二回はハーマイオニーに対して「知ったかぶり」と言うくせに、大声でこう言った。
「先生はみんなに質問を出したじゃないですか。ハーマイオニーが答えを知ってたんだ! 答えて欲しくないんなら、なぜ質問したんですか?」
 みんなが、ロンが言った通りのことを思っている。ロンは勇敢にも、ハーマイオニーのために言い返した――自分がどんな仕打ちを受けるのか、わかっていて。
 スネイプ先生はかつかつと靴を鳴らして歩み寄り、ロンに鼻をくっつけるようにして、言った。
「処罰だ、ウィーズリー。さらに、私の教え方を君が批判するのが再び耳に入ったあかつきには、君は非常に後悔することになるだろう」
 どうして、こんなふうに生徒を必要以上に威圧して、脅すようなことをするひとが、先生をしているんだろう。どうして、おかあさんはこの人を頼りなさいなんて言ったの? カナは、腹の底でゆだった大鍋が、いつ溢れかえってしまうかわからないくらい、冷静でいられなくなってしまった。
 先生は人狼についての項目の書き写しを言い渡した。こんなの、リーマスの授業では絶対にありえない――スネイプ先生は、机のあいだを行ったり来たりして、リーマスが授業で何を教えていたのかを調べて回った。
「実にへたな説明だ・・・・・・これはまちがいだ。河童はむしろモンゴルによく見られる・・・・・・ルーピン先生はこれで十点中、八点も? 私なら三点もやれん・・・・・・」
 そして、カナの目の前で聞こえよがしにこう言った。
「やはり、奴はろくでなしの浮浪者だ」
 突如、椅子がガタン! と倒れた。カナが立ち上がったのだ。みんながカナに注目する。
「エリオット、座りなさい」
「先生――ぼく、我慢なりません」
「座れと言ったはずだ。グリフィンドールは十点減点。授業の妨害を行うならば貴様も処罰を言い渡す」
「勝手にしたらいい。そうやってみんなのこともリーマスのこともばかにして・・・・・・ひとを侮辱することしか知らないんですか」
最後通告だ」スネイプ先生の地響きのような声が、教室に響き渡った。「座れ、エリオット! さもなくば――」
「あなたのほうこそ、ろくでなしだ」
 カナは荷物をつかんで、教室を出ていった。出て行く間際、「グリフィンドールから五〇点減点」と怒りに満ちた震え声が聞こえてきたが、減点――減点――減点ばっかり。カナにはどうでもいいことだった。



20240611


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