きっちり夜明け前に、モリーおばさんが寝室の戸を叩いた。その音で起き上がったのはハーマイオニーだけだ。
「もう男の子たちは朝食を食べてますよ」
 カナとジニーがのろのろと頭を上げると、おばさんが「んもう!」としびれをきらして杖を振り上げ、ブランケットを剥ぎ取ってしまった。
 おばさんが飛ばしたんだろう、あたたかい絞ったタオルがカナの顔をやさしく拭っていった。カナはそれでも覚醒しきらずに、目をぴったりと閉じたままトランクを手探りし、パジャマからマグルの服へと着替えた。
「マグルらしくしないと」
 ブラシで三人の髪をとかすよう杖を繰りながら、おばさんがすこし心配そうに言った。カナもそれでやっと、うっすらと目が開いた。カナの格好はマグル好きのシリウスが揃えてくれたから間違いはないと思うけれど、ハーマイオニーがしっかりと審査してくれた。
「合格よ」
 カナはおおきなあくびで返事した。おばさんが「荷物を忘れないでね」と声をかけ、先に階段を降りていった。
「カナ、その鞄で行くの?」
 カナがぶら下げたのは、いつも教科書を入れている肩掛け鞄だ。
「これしか持ってないんだ。おかしい?」
「いいえ。ちゃんと荷物が入ってるのか心配で――杖は持った? はぐれちゃったりしたら、迷わず使うのよ」
「オッケー。ね、ジニー?」
 ジニーは立ったまま、赤毛を垂らした頭がこくりこくりと船を漕いでいた。

 キッチンに三人が入っていった時、朝食はほとんど終わっているみたいだった。カナがオートミールの皿を受け取ると、フレッドがオレンジのジャムを目の前に置いた。
「ありがと」
 しかし、カナが伸ばした手は空を切った。フレッドはジャムの瓶を取り上げ、こっそりと顔を近づけた。
「カナ、あれ・・、まだ持ってるか?」
あれ・・って?」
「ホラ、僕らが学期末にあげた、お菓子の詰め合わせだよ」
「――ああ、あのおもしろい・・・・・ヌガーでしょ・・・・・・」
 カナはジャムを無理やり奪い取りながら、オートミールとミルクの境目をじっと見つめた。
「リーマスにあげたよ」
なんだって?
「だから、リーマスに――」
「フレッド、騒がないのよ」モリーおばさんがピシャリと言った。
「マーリンの髭」フレッドはまるで誕生日プレゼントでももらったかのように、にっこりと笑顔になった。「そりゃ、最高にいいや――それで、ルーピン先生はどうなった?」
「どうもこうも、ぜーんぶ喜んで食べてたよ。シ――」
 カナはぎくりと全身をこわばらせて、ジャムを落としていた手を止めた。そのせいで、ジャムがひとかたまりもオートミールの上に落ちた。
 ――シリウスとふたりでおもしろがっていただなんて、うっかり口を滑らせるところだった。
「し――素人だったら騙されるところだったって、良い出来だって褒めてた」カナは声をひそめた。おばさんが聞いたら、カナにも良い顔をしないだろう。
「貴重なレビューだ」ジャムまみれのオートミールの皿からそっと目を逸らしながら、フレッドは微笑んだ。そして、ジョージとなにかこそこそと話し出した。
 カナは朝食を片付けるのに集中した――やっぱり何度食べても、オートミールは苦手だった。だって、「がれきの城」で毎日のように食べていたミルク粥に似てるから。ジャムやクリームをたっぷり入れないと、とてもじゃないけど食べられない。
「はあ――どうしてこんなに早起きしなくちゃいけないの?」
 ジニーがようやく目を覚ましたようで、スプーンを持った手が動き始めた。
「結構歩かなくちゃならないんだ」ローブじゃなく、すっかりマグルの格好に身を包んだアーサーおじさんが言った。
「歩くって――ワールドカップの会場まで?」ハリーが目を丸くした。
「いや、いや。会場はずっと遠くだ。それに比べたら、歩くのはほんの少しだよ」おじさんは微笑んだ。「マグルの注意を引かないようにしながら大勢の魔法使いが集まるのは、非常に難しい。私たちは普段でさえ、どうやって移動するかは細心の注意を払わなければならない。ましてや、クィディッチ・ワールドカップのような一大イベントではなおさらだ――」
ジョージ!
 おばさんの鋭い声が飛び、その場にいる全員が飛び上がった。
「どうしたの?」
 ジョージはとぼけていたけれど、おばさんは引かなかった。
「ポケットにあるものは何?」
「なんにもないよ!」
「嘘おっしゃい!」
 おばさんの杖先がジョージのポケットに向かった。
アクシオ出てこい!」
 鮮やかな色の小さな包みがいくつか飛び出てきた。ジョージが捕まえようとした手をかすめ、おばさんの手の中にきっちりと収まった。
「全部捨てなさいって言ったでしょう! ポケットの中身を全部お出し。さあ、二人とも!」
 しょんぼりとうなだれた双子の肩の向こうに、カンカンに怒ったおばさんの顔が見えていた。おばさんは双子よりも小柄なのに、ものすごい威圧感だ。双子はしぶしぶ、あらゆるポケットから包みをこぼした。
「あれ何?」
「トン・タン・トフィー」おばさんに聞かれないよう、ハリーがこそっと教えてくれた。「いとこのダドリーにひと泡吹かせてやったんだ――舌がでっかくなって」
「アクシオ! なんてことでしょう――アクシオ!」
 おばさんは鞭をうつかのように杖をふるった。いくつもいくつも飛び出してくる――ジョージのジャケットの裏地や、フレッドのジーンズの折り目からも出てきた。
「僕たち、それを開発するのに六か月もかかったんだ!」
 おばさんが飴を放り捨てるのを見て、フレッドがたまらず叫んだ。
「おやまあ、ご立派な六か月の過ごし方ですこと!」おばさんも負けじと叫んだ。「O.W.Lふくろう試験の成績の悪さも当然ですわね」

 出発の時間を迎えたけれど、「隠れ穴」はとても和やかとは言えなかった。モリーおばさんはしかめ面のままアーサーおじさんの頬にキスを贈ったけれど、双子はもっと恐ろしいほど顔をしかめていた。背中にリュックを背負い、母親に口もきかずに玄関へと歩き出した。
「それじゃ、楽しんでらっしゃい――お行儀よくね」
 離れていく双子の背中に向かっておばさんが声を張り上げたけれど、ふたりは振り向きもせず、返事もなかった。
「ふう――カナちゃん」ため息のあと、おばさんはカナを呼び止めた。「これ。ほんの少しだけど――あとで食べてちょうだいね」
 カナの手に、小さなタルトの入った袋が渡された。
「帰ってきたら、アイスクリームをつくってあげるわ」
「おばさん、ありがとう」カナの頬にキスをして、おばさんはほほえんだ。ゆうべとは違って、ちょっとさびしそうに見えた。おばさんだって、怒りたくて怒ってるんじゃない――きのうおかあさんも言っていたけれど、心配しているだけだ。
「ビル、チャーリー、パーシーはお昼ごろそっちへやりますから」
 おばさんはおじさんに向かって言った。アーサーおじさんに伴われながら、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニー、カナが玄関を出て、フレッドとジョージの後ろに続いた。
 暗い庭に、まだ月が明りを落としていた。向こうの地平線の間際が鈍い銀色で縁取られていて、夜明けが近いことを示していた。夜風がカナの肌を撫で、首すじがぷるっとふるえた。みんな、ジャケットやコートの襟をたてている。カナも手に抱えていたミルク色のコートに袖を通した――もちろん、おかあさんのお下がりの。
 歩きながら、ハリーがアーサーおじさんに近づいた。
「マグルたちに気づかれないように、みんなどうやって会場に行くの?」
「組織的な大問題だったよ」
 おじさんがため息をついた――歩きがてら、みんなが耳を傾けた。
「いちばんの問題はだね、およそ十万人もの魔法使いを収容するほど広い魔法施設がないということでね。マグルが入り込めないような場所はあるにはあるんだが――考えるまでもなく、ダイアゴン横丁や九と四分の三番線には十万人も詰め込めないだろう?
 そこで、人里離れた格好な荒地を探し出し、できるかぎりのマグル避け対策を講じなければならなかったんだ。魔法省をあげて、何か月もこれに取り組んできたよ。まず、当然のことだが、到着時間をずらした。安価な切符では二週間前に到着していないといけない。マグルの交通機関を使う魔法使いも少しはいるが、バスや汽車にあんまり大勢詰め込むわけにもいかない――なにしろ世界じゅうから魔法使いがやってくるのだから――『姿現し』をする者ももちろんいるが、現れる場所をこちらで指定した。マグルの目に触れない安全な場所だ。『姿現し』をしたくない者、またはできない者は『ポート・キー』を使う」
「ポート・キー?」ハリーが聞いた。
「あらかじめ指定された時間に、魔法使いたちをある地点から別の地点に移動させるのに使うキーだ。必要とあれば、大集団を一度に運ぶことだってできる。イギリスでは二百個のポート・キーが戦略的拠点に設置されたんだよ。そして、わが家にいちばん近いのが、ストーツヘッド・ヒルのてっぺんにある。いま、そこへ向かっている最中なんだ」
 おじさんは行き先を指差した。オッタリー・セント・キャッチポール村のかなたに、大きな丘が見えた。
「それって、マグルが拾ったりしないからしら?」ハーマイオニーがたずねた。
「そうならないよう、当然、マグルが興味を示さないような、目立たないものを使うんだ。一見、マグルにとってはガラクタにしか見えないようなものをね・・・・・・」
 村を通り抜けるころ、ゆっくりと空が白みはじめた。夜闇が薄くなり、背後に見える村の家々がはっきりと見えるほどになった。カナは手足がすっかり冷えて、吐き出した吐息でなんとか指先を温めた。おじさんは何度も懐中時計を確認しては、早足で丘の上を見上げた。
 ――ストーツヘッド・ヒルを登り始めると、みんな息切れして、話をするどころではなくなった。誰かはウサギの巣穴につまづいたり、木の根に足を取られたりして、苦しくあえぎながら、坂道がいつまで続くのだろうと途方に暮れた――足が棒になったようだった。集団に置いていかれそうになったとき、ふと、カナの手が引っ張られた。フレッドだ。無言でその手を握り返しながら、カナはもうこれ以上動かない足をなんとか持ち上げた。

 ようやく、一行は平らな地面を踏んだ。みんな浅く呼吸を繰り返し、地面に汗を落とした。
「フーッ――やれやれ、ちょうどいい時間だ・・・・・・あと十分ある・・・・・・」
 おじさんは息を整えながらセーターで眼鏡を拭いた。いちばん最後に登ってきたのはフレッドに引っ張られたカナと、そしてカナに背中を支えられたハーマイオニーだ。ふたりとも脇腹をおさえ、ゼーゼーと息を吐いていた。
「さあ、あとはポート・キーがあればいい」
 アーサーおじさんは眼鏡を掛け直し、目を凝らして地面を見た。
「そんなに大きいものじゃない・・・・・・さあ、探して・・・・・・」
 みんなばらばらに散りながら探した。ほんの二、三分もたたないうちに、とびきり大きな声が響いてきた。
「ここだ、アーサー! 息子や、こっちだ。見つけたぞ!」
 丘のてっぺんの向こうに、長身の人影が二つ立っているのが見えた。
「エイモス!」
 おじさんが大声の主を見つけ、笑いかけながら大股で近づいていった。子どもたちもその後ろについていく。
 そこに立っていたのは、褐色のごわごわした顎髭をたくわえた、赤ら顔の魔法使いだった。隣にも男の子が立っていて――なんと、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーだった。
「わあ、セドリックだ」
 カナが言うと、セドリックは血色のよい頬を持ち上げて、カナに笑いかけた。カナもほほえみ返すと、フレッドがじろりと視線を寄越した。
「みんな、エイモス・ディゴリーさんだよ。魔法生物規制管理部にお勤めだ」
 ディゴリーさんはアーサーおじさんと握手を交わした反対の手に、カビだらけの古いブーツをぶら下げていた。あれがポート・キーなんだろう。
「息子さんのセドリックはもう知っているね?」
「ハーイ」セドリックがみんなを見回した。みんなも「ハーイ」と挨拶を返したけれど、フレッドとジョージは黙って首をこくりと動かしただけだった。去年あたりから、双子はなんだかセドリックを毛嫌いしている――まったく無視をできないあたりが、双子らしいところではあるけれど。
「アーサー、ずいぶん歩いたかい?」ディゴリーさんが聞いた。
「いや、まあまあだ。村のすぐ向こう側に住んでいるからね。そっちは?」
「夜中の二時起きだよ。なあ、セド? まったく、こいつがはやく『姿現し』の試験を受ければいいのにと思うよ。いや・・・・・・愚痴は言うまい。クィディッチ・ワールドカップだ。たとえガリオン金貨をいくら積まれたって、それで見逃せるものじゃない――」
 ディゴリーさんは人の良さそうな顔を、七人の子どもたちに向けた。
「全部きみの子かい、アーサー?」
「まさか、赤毛の子だけだよ」アーサーおじさんは子どもたちを指差した。「この子はカナで、こっちがハーマイオニー。こっちがハリーで、みんなロンの友だちだ――」
「マーリンの髭!」ディゴリーさんが目を丸くした。「ハリー? ハリー・ポッターかい?」
「あー、うん」ハリーはうかない声を出した。
 イギリス魔法界でたった一人、ヴォルデモートに襲われて生き残った男の子であるハリーは、ことあるごとに注目されてきた。ハリーは普通の男の子でしかないのに、いつも特別扱いだ――本人ももう慣れっこなんだろう。額の稲妻型の傷に視線が向くと、すこしぎこちなくしていたけれど。
「セドが、もちろんきみのことを話してくれたよ。きみとの対戦のこともだ――わたしは息子に言ったね、こう言った――セド、そりゃ、孫子にまで語り伝えることだ。そうだとも・・・・・・おまえはハリー・ポッターに勝ったんだ!」
 ハリーはただ居心地悪そうに黙っていた。フレッドとジョージも、また今朝みたいなしかめ面になった。
「父さん、ハリーは箒から落ちたんだよ」セドリックは困ったように口ごもった。「そう言ったでしょう・・・・・・事故だったって」
「ああ。でもおまえは落ちなかった。そうだろうが?」
 ディゴリーさんは息子の背中をバシンと一発激しく叩き、調子のよい大声で笑った。
「うちのセドはいつも謙虚なんだ。いつだってジェントルマンだ・・・・・・しかし、勝負では最高の者が勝つ。ハリーだってそう言うだろう。そうだろう、え? ハリー。一人は箒から落ち、一人は落ちなかった。天才じゃなくたって、どっちがうまい乗り手かわかるってもんだ!」
「そろそろ時間だ」
 アーサーおじさんが懐中時計を引っ張り出しながら言った。「エイモス、ほかに誰か来るか知ってるかい?」
「いいや、ラブグッドはもう一週間前から行ってるし、フォーセットは切符が手に入らなかった――このあたりには、ほかに誰もいないと思うが?」
「私も思いつかない。さあ・・・・・・あと一分だ。準備しないと」
 おじさんは振り返り、カナ、ハーマイオニー、ハリーを見た。
「ポート・キーに触っていればいい。それだけだよ。指一本でいい――」
 ディゴリーさんが掲げた古ブーツの周りに、十人がぎゅうぎゅうになって手を伸ばした。荷物がぶつかりあって、カナは押し出されそうになる。
 誰も何も言わず、ただ時間が来るのを待った。早朝の冷たい風が、ぴったりとくっつきながら輪になった一行の足元を吹き抜けた。
「スリー・・・・・・」
 おじさんが片目で懐中時計を見た。
「ツー・・・・・・ワン・・・・・・」
 突然、内臓が強く引っ張られるような感覚が襲った。両足が地面から浮き上がり、両隣のハーマイオニーとジニーと、肩がぶつかり合っていると思った。まるで箒に乗っている、いや、箒自身になってしまったかのように、ものすごい勢いで飛んでいるようだった――

 ――不思議と弾き飛ばされることはなく、やがて、カナの足先に地面が触れた。しかし、まるで回転をやめたビリーウィグみたいに、バランスをくずしてよろけ――カナは尻もちをついた。でも、地面じゃない。カナが座り込んだのは、ロンのお尻の上だ。
 見回すと、霧深い荒地のなかで、子どもたちが地面に転がっていた。そして、ロンの下でハリーが下敷きになっていた。あわてて、カナは揺れる頭を抱えながら、よろよろと立ち上がった。アーサーおじさん、ディゴリーさん、そしてセドリックはしっかりと立ったままだったけれど、その全身はひどい暴風に吹きさらされたようなありさまだった。
「五時七分、ストーツヘッド・ヒルから到着」
 声が響いた。子どもたちもなんとか立ち上がる。目の前に、くたびれた様子の魔法使いが二人立っていた。一人は大きな金時計を持ち、もう一人はぶあつい羊皮紙の巻き紙と羽根ペンを持っている。どちらも不機嫌を隠していなかった。二人ともマグルの格好をしていたけれど、不自然だったんだろう――ハリーとハーマイオニーが全身をじろじろと何度も見ていた。
「おはよう、バージル」
 アーサーおじさんが古ブーツを拾い上げた。それを羊皮紙を持った魔法使いに渡すと、「使用済みポート・キー」の箱に投げ入れられた。
「やあ、アーサー」ひどく疲れた声が返ってきた。「非番なのかい、え? まったく運がいいなあ・・・・・・私らは夜通しここだよ・・・・・・さ、早くそこをどいて。五時十五分に黒い森から大集団が到着する。ちょいと待ってくれよ、君のキャンプ場を探すから・・・・・・ウィーズリー、ウィーズリー・・・・・・」
 羊皮紙のリストをすーっと遡り、バージルは言った。
「ここから四百メートルほど歩いて、最初に出くわすキャンプ場だ。管理人はロバーツ氏。ディゴリーは・・・・・・二番目のキャンプ場。ペイン氏を訪ねてくれ」
「ありがとう、バージル」
 一行は霧がかった荒地を歩き出した。周りはほとんど何も見えなかったけれど、バージルの指示どおりに進むしかない。
「ねえ、キャンプってなに?」
 カナはハーマイオニーに聞いた。
「野外にテントを張って、自然の中で寝るのよ。自分たちでご飯をつくったり、焚き火したりして遊ぶの。ジニーはキャンプしたことある?」
「庭で遊んだことはあるけど、テントに寝たことはないわ。あたし、すっごく楽しみ――」
 二十分ほど歩くと、目の前に石造りの小屋が見えきた。すぐ横に門があり、その向こうの傾斜地に、ぼんやりといくつもテントが並んでいるのが見えた。
 小屋の戸口に、男が一人立っていた。テントのほうを眺めている。一行が近寄ると、足音を聞きつけて振り返った。
「おはよう!」
 アーサーおじさんが明るく挨拶した。
「おはよう」マグルも挨拶を返した。
「ロバーツさんですか?」
「ああ、そうだよ。そんで、あんたさまは?」
「ウィーズリーです。テントを二つ、二、三日前に予約しましたよね?」
「そうだったな」
 ロバーツさんはドアに貼ってあるリストを見ながら答えた。
「あんたがたの場所はあそこの森のそばだ。一泊だけかね?」
「そうです」
「そんじゃ、いますぐ払ってくれるんだろうな?」
「え――ああ――いいですとも――」
 アーサーおじさんは小屋から数歩離れ、ハリーを手招きした。マグルのお金を確かめているようだ。ひそひそと二人が話しているのを、ロバーツさんが聞き耳を立てていた。
 そうして、ようやくきちんと金額を揃えて戻ったおじさんに向かって、ロバーツさんがたずねた。
「あんたがた、外国人かね?」
「外国人?」おじさんはきょとんとしておうむ返しに言った。
「金勘定ができねえのはあんたがたが初めてじゃあねえよ」訝しげな視線が、じろじろとアーサーおじさんを見た。「十分じっぷんほどめえにも、二人ばっかり、車のホイールキャップくらいでっけえ金貨で払おうとしたな」
「ほう、そんなのがいたかね?」おじさんはどぎまぎしながら答えた。
 ロバーツさんは、四角い空き缶をごそごそと探りながら、コインを揃えるとキャンプ場のほうを見た。
「いままでこんなに混んだこたぁねえ。何百ってぇ予約だ。客はだいたいふらっと現れるモンだが・・・・・・」
「そうかね?」おじさんはお釣りを貰おうと手を差し出したけれど、ロバーツさんは寄越さなかった。
「そうよ」考え込むようにロバーツさんが言った。「あっちこっちからだ。外国人だらけだ。それもただの外国人じゃねえ。変わりモンよ。なあ? キルトにポンチョ着て歩き回ってるやつもいる」
「いけないのかね?」おじさんが心配そうに聞いた。
「なんていうか・・・・・・その・・・・・・集会か何かみてえだな」みんな、ロバーツさんの言葉にぎくりとしたに違いない。「お互いに知り合いみてえだし、大がかりなパーティーかなんか――」
オブリビエイト忘れよ
 どこからともなく魔法使いが現れて、ロバーツさんの背後から杖を突きつけた。とたん、ロバーツさんは目がうつろになり、眉間の皺もさっぱり消え、とろんと眠りに落ちるような表情になった。
「キャンプ場の地図だ」
 ロバーツさんはさっきとうってかわって、穏やかに言った。
「それと、釣りだ」
「どうもありがとう」おじさんはていねいにお礼を言った。
 さっきの魔法使いが、キャンプ場の入り口まで付き添った。疲れ切った様子で、無精髭を生やし目の下に濃いくま・・がこびりついていた。ロバーツさんが聞こえないところまで来ると、その魔法使いはぼそぼそと言った。
「あの男はなかなか厄介でね。『忘却術』を日に何回もかけないと機嫌が保てないんだ。しかもルード・バグマンがまた困り者で――あちこち飛び回ってはブラッジャーがどうの、クァッフルがどうのと大声で喋ってる。マグル安全対策なんてどこ吹く風だ。まったく、これが終わったら、どんなにほっとするか――それじゃあ、アーサー、またな」
 魔法使いは「姿くらまし」でどこかに消えていった。
「バグマンさんって、魔法ゲーム及びスポーツ部の部長さんでしょ?」ジニーが驚いて言った。「マグルがいるところで言っちゃいけないことくらい、わかってるはずじゃないの?」
「そのはずだよ」
 おじさんは微笑みながらそう言い、キャンプ場の門をくぐった。
「しかし、ルードは安全対策にはいつも、少し・・・・・・なんというか、甘いんでね。スポーツ部の部長としては、こんなに熱心な者はいないがね。なにしろ、自分がクィディッチのイングランド代表選手だったし。それに、プロ時代は最高のビーターだったんだ」
「パーシーが聞いたら、怒りそうだよ」カナがぼそっと言った。
 キャンプ場を歩きながら、ずらりとならんだテントたちを眺めるのはおもしろかった。ほとんどのテントは簡素なものだったけれど、煙突がつき出ていたり、風見鶏がクルクルと回っていたりと、派手好きな魔法使いが堪えきれずに「マグルらしく」を忘れているらしい。そして、ときたま明らかに魔法がかかっているだろうテントが見え、ロバーツさんはそれを見つけて不思議がっていたんだろう。ピカピカ光るシルクのテントや、入り口に孔雀を数匹つないだテント、いくつも積み上がった「隠れ穴」みたいなテント――水場に噴水まで作っているテントもあった。
「毎度のことだ」
 カナがくすくす笑っていると、おじさんもあちこちのテントを見回して微笑んだ。
「大勢集まると、どうしても見栄を張りたくなるらしい――ああ、ここだ。ごらん、この場所が私たちのだ」
 その場所は、キャンプ場のいちばん奥で、森の間際にあった。空き地に小さな立札が打ち込まれていて、「ウィーヅリー」と書いてあった。
「最高のスポットだ!」おじさんはうれしそうに言った。「競技場はちょうどこの森の反対側だから、こんなに近いところはないよ」
 おじさんは肩に掛けていたリュックサックをおろした。
「よし、と――」おじさんは興奮気味に言った。「魔法は、厳密に言うと、許されない。これだけの数の魔法使いがマグルの土地に集まっているのだから。テントは手作りだ! そんなに難しくないはずだ・・・・・・マグルがいつもやっていることだし・・・・・・」
「ハリー、テントを設営したことがある?」ハーマイオニーが浮かない顔で聞いた。
「生まれてこのかた、キャンプなんて連れてってもらったことないよ」
「私も自分でやったことないわ・・・・・・パパがやってるのを見たことがあるだけ・・・・・・」
 先が思いやられながらも、なんとか全員で協力して柱や杭がどこに打たれるべきか試行錯誤した。木槌を使うタイミングでは、おじさんは興奮状態で、うまく打ち込めないどころかしたたかに指を打っていた。
 そんなこんなで、小さなテントを二つ張ることができた。みんなすこし後ろにさがって、がんばって設営したテントの出来をながめた。すこし不恰好ではあったけれど、じゅうぶんだろう。それに、誰が見たって魔法使いのテントとは思わないはずだ。
 おじさんがまっさきに、四つん這いになってテントへと入っていった。
「これ・・・・・・大丈夫かしら?」
「何が?」
 ハーマイオニーの問いに、カナがきょとんと首をかしげた。
「私たち、全員で十一人よ。こんな小さなテントに大勢入るわけないわ――」
「そう?」
 カナはそんなことを思いつきもしなかった。アーサーおじさんの得意魔法の「検知不可能拡大呪文」で、テントなんていくらでも広くできるからだ。
「ちょっと窮屈かもしれないが」
 おじさんの声が、中から聞こえてきた。
「でも、みんななんとか入れるだろう。入って、中を見てごらん」
 みんな、四つん這いになりながら順番にテントをくぐった。そして、驚いた。中はまるで――造りは違うけれど、いつか滞在した、ロンドンのアパートに似ていた。寝室にキッチン、そしてバスルームまでついている。まるで誰かが住んでいる家に入り込んだようだった。不揃いな椅子に、手作りの編み物が掛けられていた。
 おじさんはハンカチで広い額を拭きながら、寝室に四つ置かれた二段ベッドを覗き込んだ。
「短いあいだだし、同僚のパーキンズから借りたんだ。やっこさん、気の毒にもうキャンプはやらないんだ。腰痛で」
 カナはキッチンに置きっぱなしの、埃を被った薬缶を覗き込んだ。
「水道は出ないの?」
「ああ。汲んでこないと」おじさんが言った。
「マグルがくれた地図に、水道の印があるよ」ロンが言った。「キャンプ場の向こう端だ」
「よし、それじゃ、ロン。おまえは水を汲みに行ってくれないか――」おじさんは大きな鍋をふたつ、そして薬缶をそれぞれロン、ハリー、ハーマイオニーに手渡した。そして、カナが手に持っていた薬缶を持ち上げた。
「ちょうど四人だ。頼んだよ。ほかの者は薪を集めに行こう」
「でも、オーブンがあるのに」ロンが言った。「ちゃちゃっとやっちゃえば?」
「ロン、マグル安全対策だ!」おじさんは楽しそうに言った。「本物のマグルがキャンプする時は、外で火を起こして料理するんだ。そうやっているのを見たことがある!」

 四人はテントを出て、もうひとつのほうも覗いていった。女の子たちが使うテントだ。さっきのよりは小さかったけれど、きちんと片付けられていた。
 薬缶とソース鍋を手にぶらさげて、四人はテントのあいだを通り抜けていった。霧はすっかり晴れ、昇ったばかりの朝日がキャンプ場を照らしていた。周りを見回すのがおもしろくて、のんびりと歩いた。
「こんなにいっぱいいるんだね」
 カナの言葉に、ハーマイオニーもハリーも頷いた。
「パパも言ってたけど、あちこちから魔法使いが集まってる。こんな機会、滅多にないよな? あそこのテントなんて、砂漠のピラミッドだ――」
 ロンが顎でしゃくった先のテントでは、歩きだしたばかりだろう幼い男の子が大人用の杖でナメクジを突いて遊んでいた。ナメクジがゆっくりと膨れ上がり――テントから起き抜けの母親が飛び出してきて、「ケビン、パパの杖を勝手に触っちゃダメ! 何度言ったらわかるの!」と息子を叱っていた。
 少し歩くと、さっきの男の子よりほんの少し年上の魔女が二人、おもちゃの箒に乗って遊んでいた。のろのろと低空飛行するだけなのだけれど、それでも楽しくてしかたがないみたいだ。見回りの魔法省の役人らしきひとがそれを見つけて、「親は朝寝坊してるに違いない――」と困惑していた。
「うわー、かわいいね」
 カナはすこし、なつかしいような気持ちになって言った。
「カナって、子どもが好きだったかしら?」
「うーん、あんまり接したことがないけど」カナはにこにこと言った。「ぼく、お母さんって憧れちゃうなあ」
 三人はパチパチと目を瞬いていた。カナはすこし気恥ずかしくなって、薬缶を両手で抱えた。
「――なんてね。でも、ほんとに。ぼく、モリーおばさんみたいになりたいよ」
「カナが?」ハリーが素っ頓狂に聞いた。そして、吹き出すように笑いがこぼれた。「想像つかないよ!」
「ええ? そうかなあ」
「ママはむかし、いいとこのお嬢様だったらしいよ」ロンがにやにやしながら言った。「あんがい、学生時代はぽやぽやしてたかも――」
「ねえ、ぽやぽやって、ぼくのこと?」
「はい、はい、喧嘩はやめてね――」
 あちこちのテントで、みんな朝食の準備に取り掛かっていた。こそこそと杖で火を起こしたり、マグル式の火起こしに苦戦している者もいた。あるテントでは、アフリカの魔法使いが三人、白いローブに身を包んで、ウサギを鮮やかな紫色の炎で炙りながら、真面目くさった顔で話し合っていた。キラキラ光るアメリカ国旗を天幕に、中年の魔女たちが集まって楽しそうに話に耽っていた。そのすぐ横の横断幕には「魔女裁判の町セイレムの魔女協会」と書かれていて、ぷくぷくと文字が浮かび上がっていた。異国のテントを通りがかると、聞いたことのない言葉が飛び交っているのも、理解はできなかったものの興味をそそられた。
「あれっ――僕の目がおかしいのかな。それともぜんぶ緑になっちゃったのかな?」ロンが目を擦りながら言った。
 カナも同じことを思った――けれど、おかしくなったのではなかった。三つ葉のシャムロックがびっしりと覆ったテントの群れに、四人は足を踏み入れていた。まるで、小さな山がたくさんあるようだった。
 そのとき、背後から誰かが四人を呼んだ。
「おぉーい! ハリー! ロン! ハーマイオニー! カナ!」
 振り返ると、砂色の髪に血色のよい頬――同じグリフィンドールのシェーマス・フィニガンが、シャムロックで覆われたテントの前に座っていた。そばにいる同じ色の髪の女性は母親だろう。それに、親友のディーン・トーマスも一緒だった。
 四人はシャムロック・テントに近づいて、それぞれに挨拶をした。
「この飾り付け、どーだい?」シェーマスがニッコリして、すこし間延びしたおなじみの口調で言った。「魔法省は気に入らないみたいなんだ」
「あぁーら! 国の紋章を出して何が悪いっていうのかしら!」
 フィニガン夫人が口を挟んだ。
「ブルガリアなんか、あっちのテントに何をぶら下げているか見てごらん! あなたたちはもちろん、アイルランドを応援するわよね?」
 夫人は切れ長の目で四人をきらりと見回しながら言った。四人はなすすべなくうなずき、アイルランドを応援するからと約束して、また歩き始めた。
「あんな取り囲まれてちゃ、ほかになんとも言えないよな?」と、ロンがコソッと言った。
「ブルガリア側のテントに何がぶら下がっているのかしら?」ハーマイオニーが言った。
「見に行こう。あっちのほうだ」ハリーが指差したほうには、赤、緑、白のブルガリア国旗が翻っていた。
 近づいて、カナは唖然とした。植物こそ飾られていなかったけれど、どのテントにもまったく同じポスターがべたべた貼られていた。彫りの深い顔立ちに、真っ黒な濃い眉毛で、無愛想な男のポスターだ。瞬きしてわずかに顔をしかめるだけで、それ以外はほとんど動いていなかった。
「クラムだ」ロンがつぶやいた。
「なあに?」ハーマイオニーが聞いた。
「クラムだよ。ヴィクトール・クラム。ブルガリアのシーカー!」
「とっても気難しそうね」
とっても気難しそう・・・・・・・・・だって?」ロンは目を剥き出した。「顔がどうだって関係ないだろ? スッゴイんだから。それにまだほんとに若いんだ。十八かそこらだよ。天才なんだから――まあ、今晩、見たらわかるよ」
 キャンプ場の隅にある水場には、すでに何人か並んでいた。四人も列に加わった。四人の前で、男が二人、言い合いをしていた。一人は高齢の魔法使いで、花模様のネグリジェを着ていた。もう一人は魔法省の役人みたいだ。役人は細縞のパンツを差し出し、困り果てて泣きそうになっていた。
「アーチー、とにかくこれを履いてくれ。聞き分けてくれよ。そんな格好で歩いたらダメだ。管理人のマグルが疑いはじめてる――」
「わしゃ、マグルの店でこれを買ったんだ」おじいさんは頑固に言い張った。「マグルが着るものには違いないじゃろ」
「それはマグルの女性が着るものだよ、アーチー。男のじゃない。男はこっち!」
 役人は手にしたパンツをひらひらさせた。でも、おじいさんは余計に腹立たしげにした。
「わしゃそんなもの着らんぞ。わしゃ、大事なところに爽やかな風が通るのがいいんじゃ。ほっとけ!」
 アーチーおじいさんの言い分にはみんな笑ったけれど、なかでもハーマイオニーのくすくす笑いはひときわ尾を引いた。ハーマイオニーはおじいさんに悪いと思ったのか、途中で列を抜けていった。おじいさんはとうとうネグリジェのまま、水を汲み終わって自分のテントに帰っていった。ハーマイオニーが帰ってきたのはそのあとで、ほっと胸を撫で下ろしていたようだった。

 四人も水をたっぷり手に入れた。その重みもあって、来た時よりもさらにゆっくりと歩いて引き返した。
 あちこちでまた顔見知りと出会った。去年度までグリフィンドールのクィディッチ・チームのキャプテンで、ホグワーツを卒業したばかりのオリバー・ウッドは、ハリーに出会って歓喜した。自分のテントにハリーを引っ張っていって両親に紹介したあと、プロチームのパドルミア・ユナイテッドと二軍入りの契約を交わしたばかりだと、興奮して告げた。みんなオリバーの活躍を期待して、声援を送った。
 ハッフルパフのアーニー・マクミランもいた。それからひとつ向こうのテントに、レイヴンクローのシーカー、チョウ・チャンがいた。チョウは四人ににこやかに手を振った。ハリー以外とは面識がないと思うけれど、明るくて社交的なひとなんだろう。ハリーが手を振り返したとき、鍋の水がどっさり撥ねてシャツを水浸しにしていた。
 ロンはにやにやしてハリーをからかおうとしていた。カナとハーマイオニーが苦笑して前を向くと、目の前で男女が手を振って、別れを告げていた。その男を、カナはどこかで見たことがある気がして、目をこらした――ふと、女のほうが振り返って、カナは口をぽかんと開けた。
「ガート!」
「ハーイ、カナ! それにグリフィンドールの皆さん」
 カナのスリザリンの友だち、ガートルードだった。チョコレート色のつやつやした髪を高い位置でポニーテールにし、キャップを被った姿は見慣れなくて、後ろ姿では気が付かなかった。ピッタリしたジーンズに包まれた脚がすらりと長く、長身でもともと大人っぽい雰囲気なのもあいまって、とてもカナと同い年には見えない。
「驚いた。あんたも来てたんだ」
「ガートはお父さんと来たの?」
「うん。でも、試合が始まってからしか来れないみたい。だから、今はひとりぼっち」
 ガートは、そんなのすこしも苦じゃないみたいににこやかに言った。
「そんなことより、あんた、マグルの服なんて持ってたんだ? それに、イケてる。その帽子もカワイイし」
「これは、シ――」カナはあわてて口をつぐんだ。シリウスに選んでもらっただなんて言ったら、すべてだいなしになってしまう。「ショップの店員さんが選んでくれたんだ」
「マグルの店に買い物に行ったんだ?」
「うん。おかあさんとね・・・・・・」
 ガートはカナの後ろにいる三人に視線を向けた。
「ポッター。誰がスニッチを捕るか、あたしと賭けない?」
 ハリーはガートに話しかけられてびっくりしたようで、「なんだって?」と声をあげた。ガートはかまわず話し続けた。
「あたしはアイルランドのエイダン・リンチが捕ると思う。クラムと悩ましいけど、決断の正確さは折り紙つき――外したら、みんなに七ガリオン払うよ」
「賭けだなんて」ハーマイオニーが非難した。
「そ。グレンジャーはナシね。ウィーズリーは?」
「ああ――絶対にヴィクトール・クラムだ! 十ガリオン賭けたっていい」
「ロン――!」ハーマイオニーは、きっぱり言い切ったロンが十ガリオンも握っているのかと心配そうだった。
「わかった、エイブリー。僕もクラムに十ガリオンだ」
 ハリーも乗った。ガートは頷いて、「で、カナは?」と振り向いた。
「ぼく――じゃあ、アイルランドのシーカーに一ガリオン」
 ガートは満足そうに舌を舐め、「絶対だかんね」とメモ帳に今のを書き起こし、ちぎってハリーに押し付けた。
「しまった。僕ら、アイルランドを応援するって、さっき約束したのに」
 ガートに別れを告げ、歩き出しながらロンが青ざめてつぶやいた。
「スニッチが勝敗を決めるわけじゃない」
 ハリーはロンをフォローした。ふたりとも、勢いで十ガリオンも差し出してしまったことを、すこし後悔しているようだった。
「それに、きみがそんなに言うなら、彼のスニッチングをこの目で見てみたい」
「うん、ぼくも」カナがにこやかに言った。
「カナはアイルランドに賭けただろ」ロンが上からカナを睨め付けた。
「まあね。でも、楽しくなってきた――それに、ガートは本気でお金を巻き上げようなんて思ってないと思うよ。だからそんなに落ち込まないで」
 カナの励ましに、二人ともようやく顔を上げた。

「何年振りにお会いしますかね?」
 四人がようやくテントに戻ると、ジョージがくたびれたように言った。
「いろんな人に会ったんだよ」ロンが鍋を置きながら言う。「まだ火を起こしていないの?」
「おやじがマッチと楽しくやってるのさ」フレッドが言った。
 遊んでいたわけじゃないんだろう。アーサーおじさんの周りには、失敗して折れたマッチ棒がたくさん散らばっていた。それなのに、おじさんは人生を最高に楽しんでいるかのように顔を輝かせていた。
「うわっ!」おじさんは擦ったマッチ棒に火がついて、驚いて落としてしまった。
「おじさん、本物のマッチを見せて。どうやって火がついているの?」カナが興味しんしんで近づいた。
「おじさま、ちょっと貸してくださいな」
 ハーマイオニーがやさしく言い、おじさんの手から箱を取り上げた。正しいマッチの使い方を教えていると、「おおー」とおじさんとカナの感嘆が重なった。
「杖がなくても火がつくなんて、便利だね」
「まったく、カナ。あなた去年のマグル学の授業、全部忘れちゃったの?」
 焚き火にやっと火がついたけれど、料理ができるようになるには火が育つのを待たなければならなかった。カナたちはのんびりと話しながら、薪になる小枝を投げ入れた。
「二度目の朝飯か、昼飯かってところだな」お腹をさすりながら、フレッドが言った。
「ね、フレッド」みんなに見つからないように、カナは鞄からタルトの袋を取り出した。「おばさんが今朝くれたんだ。半分こしよ」
「おふくろのやつ、どういう風の吹き回しだ?」カナが手で割ったブルーベリージャムの小さなタルトを、フレッドは受け取ってパクリと口に放った。「誕生日が年に二回あるのか?」
「違うよ、でも、ぼくね・・・・・・へへ、ちゃんと大人になってるってさ」
 フレッドは首をかしげた。カナがにこにこしているのが不思議でたまらないらしい――おばさんのタルトはとっても甘くて、空きっ腹にじわっと染み渡った。
 ここのテントは競技場へ向かう大通りに面しているらしい。魔法省の役人が、忙しなく行き交った。通りがかりに、みんながアーサーおじさんに丁寧に挨拶した。おじさんは、今のは誰だったのかと毎回説明した――ウィーズリーの子どもたちは魔法省のことなんてすでに知っていたから、おもにカナやハリー、ハーマイオニーのための解説だった。
「いまのはカスバート・モックリッジ。小鬼ゴブリン連絡室の室長だ。今やってくるのがギルバート・ウィンプル。実験呪文委員会のメンバーだ。あの角が生えてからずいぶん経つな・・・・・・やあ、アーニー!・・・・・・アーノルド・ピースグッドだ。忘却術士といって、ほら、魔法事故リセット部隊の隊員だ。そして、あれがボートとクローカー・・・・・・無言者だ」
「無言者?」みんなが聞いた。
「神秘部に属している。極秘事項だ。いったいあの部門は何をやっているのやら・・・・・・」
 ついに火の準備が整った。鍋で卵とソーセージが音を立て始めたとき、ビル、チャーリー、パーシーの三人が森のほうから歩いてきた。
「父さん、『姿現し』が完了しました」パーシーが大きな声でいった。「ああ、ちょうどよかった。昼食だ!」



20241006


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