「まさか、フレッドとジョージの予想が当たるなんて」
 カナが言うと、双子は満足そうに笑った。
 まだ漂う熱気のさなか、紫色の絨毯を踏みしめながら、一行はゆっくりと階段を降りていく。
「賭けをしただなんて母さんには絶対に言うんじゃないぞ」
 アーサーおじさんが、弱ったように二人に言った。
「心配ご無用さ」フレッドはうきうきと言った。「このお金にはビッグな計画がかかってる。取り上げられたくはないからね」
 キャンプ場に向かう森の中では、レプラコーンが楽しそうにけたけたと笑い声を上げながら、ランタンを振るって夜道を彩った。試合でゆだった熱がまだ冷めず、騒々しい歌声があちこちから聞こえた。テントにたどりついても、すんなり眠る客は一人としていなかっただろう。
 アーサーおじさんは、眠る前にみんなでもう一杯ココアを飲むことを許してくれた。たちまち、試合の話で盛り上がる。女の子たちは、部屋の隅の小さなテーブルにクッションを持ち寄った。
「ねえ、ヴィクトール・クラムってすごく勇敢な人なのね。ほんとうに大怪我する寸前のギリギリのダイブを、二回もやったのよ」
 ハーマイオニーがすっかり感動した様子で言った。
「うん、それに、あんなに血が出てたのに、ちゃんとスニッチを掴むなんて」カナも試合を思い出しながら言った。「痛くないのかな?」
「痛いに決まってるわ」ジニーが反論した。「でも、やらなきゃいけないって思ったのよ」
「あそこで掴まなかったら、どのみち悔いが残ったと思うわ」
 ハーマイオニーが考えながら言った。
「私、自分の役割を貫き通すことができるひとって、素晴らしいと思うわ。その人がどんな人物であれ」
「ファンになった?」
 カナが、ニコニコしながら聞いた。
「少なくとも、尊敬してるわ」
 ハーマイオニーはココアを飲み干した。
 男の子たちやおじさんがテーブルで試合について熱く語り合う声が聞こえてくるかたわら、カナは体が温まっていくのを感じて、とろとろとまどろんでいた。隣でジニーがマグカップを持ったまま突っ伏して、そのはずみにココアの残りを床にこぼしてしまった。
「おや――もうこんな時間だね。女の子たちは隣のテントへ行きなさい。もう寝ないと」
 アーサーおじさんの号令で、三人はテントを出た。夜風が肌をなぞり、ぷるっと肩がふるえた。
「魔法使いって、お祭り騒ぎが好きよね」
 遠くの方で、まだ爆発音が響き、夜空に花火が打ち上がるのを見て、ハーマイオニーが言った。
「マグルはこういうとき、どんなふうにして祝うの?」
「そうね・・・・・・お酒を飲んだり、クラッカーを鳴らしたり、歌を歌ったりとか?――これじゃ、魔法使いもマグルも変わらないわね」
「そうだね」
 クスクス笑い合いながら、女の子たちはテントに入った。パジャマに着替え、それぞれベッドに入る。ジニーはいちばん早くに寝息をたてていた。カナもじきにまどろみが押し寄せてくる。
 ――こんなに素晴らしい試合を見たあとでは、ホグワーツでの試合が物足りなく感じてしまうだろうな、と思った。それに、グリフィンドールのキーパーは誰が入るだろう。キャプテンは誰だろう――そういえば、アンジーやアリシア、リーはワールドカップに来ていたのかな――

 ドンドン、と壁が叩かれた。カナはパッと身を起こした。見回すと、ハーマイオニーとジニーも同じく、目を覚ましていた。
「すまない、入るよ」アーサーおじさんの声だ。カナはベッドから足を下ろした。おじさんの頭だけが、入り口から顔を出していた。「緊急事態だ。上着だけ持って、外に出るんだ――急いで!」
 女の子たちは戸惑いながらも、ネグリジェの上からコートを着込んだ。杖だけは肌身離さず持ち歩く。もしかしたら規則を破ることになるかも知れないと思った――なにか、テントの外の喧騒が、お祝いムードとは様変わりしているように聞こえるからだ。
 アーサーおじさんはテントのすぐ外で待ってくれていた。男の子たちも、みんなパジャマの上に上着を身につけて、外に出ている。あとから、ビル、チャーリー、パーシーがきちんと服を着て、テントから出てきた。
 おじさんが「緊急事態」と言った意味がわかった――人々の悲鳴、そして走り回る足音が真っ先に聞こえてくる。振り返ると、緑色の光、そして煙が、キャンプ場の向こうに充満していた。そして、向こうから、何かが行進してくる影が見えた。
 それは、杖を空中に突き立てた、フードを被った仮面の集団だった。下品な笑い声、そして最悪なやじる声も聞こえてきた。杖の先には、マグル――キャンプ場の管理人のロバーツさんと、おそらくその家族が、まるでおもちゃみたいに空中に浮かび上がっていた。浮かぶ四つの影のうち、二つは小さな子どもに見えた。
「ひどい・・・・・・」カナはジニーと身を寄せ合った。
 集団は、テントを押しつぶしながらゆっくりとこちらに進んでいる。ロバーツ一家の悲鳴が、だんだんとはっきりと聞こえてくる――
「いかれてる」ロンが、怒りに喉を震わせてつぶやいた。「本当に――」
「私たちは魔法省を手助けする」
 おじさんが、杖を構えて腕まくりしながら言った。ビル、チャーリー、パーシーたちは、すでにあの仮面の一団に向かって駆け出していた。
「おまえたち、森へ入るんだ。絶対にバラバラになるんじゃないぞ。片がついたら迎えにいくから!」
 おじさんも飛び出した。あちこちから、魔法省の役人、そして腕の立つ魔法使いや魔女たちが、現場に向かっていた。
「行こう」
 フレッドが、カナの手を掴んだ。カナはジニーの手をしっかり握り、ハーマイオニー、ハリー、ロン、そして最後尾にジョージが続いた。
 森にたどり着いたとき、全員が振り返った。ロバーツ一家はまだ空中で弄ばれている。救援に向かった魔法使いたちは、なんとかして近づこうとしているけれど、ロバーツ一家が落下してしまうのをおそれて、攻撃できないでいるみたいだ。
 森の中はすっかりランタンの明かりが消え、暗い闇に包まれていた。あちこちで、魔法使いや子どもたちがごった返し、泣き喚く声、不安げに叫ぶ声が木々のあいだを伝わってくる。多くの人たちが森に逃げ込んできたんだろう――暗闇のなかで、ぎゅうぎゅうと押し合いになっていた。
「ジニー、大丈夫?」
「ええ・・・・・・手を離さないでね」
 フレッドが、ぐいぐいと前に進むので、カナはどんどん不安になってきた。後ろに誰もついてきていないような気がする――こんな森の中ではぐれてしまったら、探すのは困難だろう。
「ねえ、フレッド――フレッドったら!」
 何度目かカナが呼ぶ声に、フレッドがようやく立ち止まって、振り返った。
「杖を持ってる?――ぼく、両手が塞がってるから」
「え? ああ、なんだよ」フレッドはポケットから杖を出した。
「明かりをつけてくれない? その、ほら、普段は魔法を使っちゃダメだけど――いまは緊急事態でしょ?」
「それもそうだな」
 フレッドが杖明かりを灯し、後ろからジョージも明かりを差し出した。ジニーも空いた手に杖を持っている。
「ハーマイオニーたちは?」カナは絶句した。「はぐれちゃった?」
「さすがに、あいつらもひと塊でいるだろう」ジョージが落ち着いて言った。「ハーマイオニーもいるし、きっと大丈夫さ」
「でも」ジニーが涙声で言った。「あいつら、キャンプ場のやつら、マグルを襲ってたわ――ハーマイオニー、ほんとうに大丈夫かしら」
「ここでまごまごしてても、何も変わらない」フレッドが芯のある声で励ました。「行こう――僕らははぐれないように」

 四人は森の奥へ奥へと目指して歩いた。どこへ向かっているのか、いまどのあたりにいるのか、皆目見当もつかない。だんだんと人影がまばらになっていく。
「ねえ、待って」カナが立ち止まった。「誰か泣いてる」
「泣きもするさ、恐怖の夜だ」
 フレッドは愚痴ったけれど、カナは手を離し、道を逸れて歩いた。すぐさま杖を取り出して、「ルーモス」で煌々とあたりを照らす。カナの耳に、破裂したように泣き喚く子どもの声が聞こえた。だんだんと近づくと、双子やジニーもただごとじゃないと思ったらしい。後ろから追いかけてくる足音がする。
 茂みを踏み抜き、枝のあいだを何度もくぐると、低木が入り組んだ奥のすきまに、小さな子どもが入り込んで、一人で泣いているのを見つけた。
「どうしちゃったの?」
 カナが駆け寄って、手が傷つくのも構わず低木の枝を折り、子どもを助け出そうとした。ぎゃんぎゃんと泣く声は耳が痛いけれど、カナがくぐれば入れるくらいにはなった。手を伸ばすと、ふたたび枝が生い茂り、カナを腕ごと飲み込もうとうごめいた。
「待って!」
 指先が、小さな柔らかい手に触れた。すると、枝の動きが止まる。ぎゅっとその手がカナの指先を握り返すと、しだいに、溶けるように枝は萎びていった。
 幼い男の子だ。カナを見つけると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をゆがませて、必死にカナの腕にしがみついてきた。傷だらけのてのひらがチクリと痛んだけれど、カナはその子を腕に抱きかかえて、枝のあいだを引き返した。この子を、どこかで見たことがある――そうだ、今朝、ナメクジを膨らませていた――
「カナ、怖いもの知らず」
 フレッドの声がかかった。カナが、枝の間から戻ると、みんなが驚いて腕の中の男の子を見た。
「この子、自分を守ってたみたい」まだしゃくりあげている小さな熱い背中を、カナはさすった。「親を探さないと」
「でも、どうやって」ジョージが言った。
「ほっとけないわよ」ジニーが気遣わしげに言った。
「えーと、そう、ケビン」カナは男の子の服のタグを引っ張って、名前を呼んだ。「そうでしょ、ケビン?」
 男の子は顔を上げた。カナはにっこり笑いかけて、そしてみんなを見た。
「ケビンのママとパパを探そう」
「オッケー」ジニーがすぐさま、カナのとなりについた。杖で明かりを灯して、カナが木の根で転ばないように気をつけた。
「ケビンのママ、ケビンのパパ――どこなの――」
「ママー」
 カナが大声を出していると、ケビンも泣き止んで、母親を呼んだ。どっちの方向へ歩いているのか、相変わらず見当がつかない。できるだけ、人が集まっていそうな場所に向かって歩いた。
「子どもを探している人を見なかった?」
 フレッドやジョージも、手当たり次第に声をかけた。不安そうな表情で、みんな首を横に振った。
 カナが何度目か、ケビンを抱え直していると、フレッドが手を差し出した。
「疲れただろ、代わるよ」
 ケビンは素直にフレッドの腕の中に移った。見知らぬお兄ちゃんお姉ちゃんたちにも、ケビンはすっかり順応しているみたいだった。
 ふと、遠くで女性の声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、さっき双子が訊ねていた女性が、ひとりの女性を連れて走ってきた。
「ケビン!」
 今朝、テントで見た、ケビンの母親だった。顔を真っ青にして、フレッドが差し出したケビンを受け取って、しっかりと抱きしめた。
「本当に言うことを聞かないんだから――!」
 涙を流して、母親は何度も何度も、カナたちに感謝を述べた。ケビンはママに会えてうれしそうに、何度も母親の濡れた頬を触っていた。
「おねえちゃんたち、ばいばーい」
 呑気な声に、カナも微笑み返して、手を振った。フレッドが隣で、大きなため息をついた。
「鼻水まみれだ」
 カナのミルク色のコートの胸のところに大きな染みができているのを、フレッドが指差した。
「かまわないよ。ケビンはママと会えたんだ」
「まったく、お嬢さま! お人よしですこと」フレッドが甲高い声で、ハウスエルフの真似をした。
「あたしたち、これからどこへ行けばいいの?」ジニーが言った。
 あちこち歩き回ったせいで、もときた場所がすっかりわからなくなってしまった。まだキャンプ場のほうから、爆発音のような音が遠くに聞こえてくる。
「もう少し奥まで行くか」
 ジョージが先頭になって歩き出した。
「カナ、掴まれよ」フレッドが手を差し出した。「僕たちひと塊になってりゃ、おやじが見つけてくれる。だからはぐれちゃダメだ。さっきみたいに走り出したりしないでくれよ――」
「うん、ごめん」
 身を寄せ合うように、四人は歩いた。だんだんと、人の声も少なくなってくる。奥に奥に進むにつれ、キャンプ場から逃げてきた人たちとは関係なさそうな、ただ森の中で酔ってくだを巻いているような人たちも見かけるようになった。
「もうテントに戻ってもいいんじゃない?」
 ジニーが、ぽつりと言った。キャンプ場からの物音はほとんど聞こえてこなかった。暴動はもう収まったのだろうか――みんなが振り返り、暗闇に目をこらした。
「ちっとも見えないな」
「引き返してみるか?」
「それもいいけど、ちょっと休憩しない?」
 カナの提案に、みんなが頷いた。ずっと歩き回って、母親探しまでして――みんなくたくたに疲れていた。
「あの仮面のやつら、どうしてあんな、派手なことをしたのかしら」木の幹にもたれて座り込みながら、ジニーが言った。
「そんなの、決まってる」ジョージが声を低くした。「マグルが嫌いな連中だろ」
「でも、いくら純血主義者でも、あんなことをしたら罪になるって、わかってるわよね」ジニーが言った。「魔法省の役人が、たくさんいたっていうのに――」
「なんか、嫌な感じがする」カナが自分の腕を抱えながら、地面を見つめた。
「親父らがぜんぶ片付けてくれるさ」フレッドが励ました。
 そのとき、四人の背後でがさがさと茂みを掻き分ける物音がして、全員ぎくりと肩を跳ねさせた。身構えたけれど――しかし、何も現れなかった。
「なんだ?」誰もジョージに答えなかった。
「ねえ、テントに戻ってみない?」
 ジニーの提案で、一行はキャンプ場の方へすんなり引き返しはじめた。カナも立ち上がり、歩み出そうとしたその時――その時から、カナの記憶は抜け落ちている。







モースモードル!
 誰か・・の声が轟いて、空中に緑色の閃光が解き放たれた。それは梢のあいだを突き抜けて、上空で爆発したかのように広がった。
 これは何なんだろう。ここは何処なんだろう。どうしてこんな森のさなかで、寝転がっているんだろう――と、カナは呆然と思った。
 全身が鉛のように重かった。手も足も、飾りになったみたいに動かせなかった。目だけをぐるりと動かして、上空を見上げた。広がったおおきな光の集まりは、巨大な髑髏を描いた。髑髏の開いた口からは、舌のように蛇がのたうっている。煌々といつまでも輝くそれは、不吉なサインに思えた。とたん、あたりからいくつも悲鳴が上がるのが、どこか遠くで聞こえた――そのとき、カラン、とカナの顔の真横に何かが落ちた。
 杖だ。そして、カナが横目で見たすぐ先に、誰かが立っているのが見えた。はだしで、人間じゃない。
 ――ウィンキー。
 何故か、カナの言葉は、声にならなかった。カナの喉は音を発さなかった。ウィンキーは大粒の涙を音もなく流しながら、口元を手で押さえつけていた。そばに近寄って、落ちた杖を拾い上げた。その手は、いや、全身は、がたがたと震えていた。
 なににおびえているの、と、カナは訊ねたかった。しかし、こわばった喉はふるえもしない――
ステューピファイ麻痺せよ
 すこし離れたところから、数人の声が、同時に轟いた。赤い閃光が、あちこちからまっすぐ飛んできて――そして、目の前のウィンキーの後頭部に激突した。
 ウィンキーは目を閉じ、カナの真横に無抵抗に倒れた。浅くも息をしている。生きている――気絶しているだけだ。
 今の攻撃は、どこから――と、カナが視線を巡らせた時だ。ドスドスと、隠しもしない足音が、カナたちのいるところに向かっているのが聞こえてきた。
「誰かいるぞ!」
 張りのある、聞き覚えのある声だった。それが、カナたちのすぐそばまでやってきたとき、引き攣ったような息を飲む音がした。
アーサー!
 顔が見えた。顎髭の男――ディゴリーさんだ。カナを見つけると、轟くような大声で、ディゴリーさんは叫んだ。とたん、もうひとつ足音が駆け寄ってくる。
「――嘘だと言ってくれ」
 アーサーおじさんの声だ。カナのすぐそばに膝をつき、肩を揺さぶり、体を抱き起こした。そして、すがるようにカナの頬を、弱々しく叩く。その手の熱さといったら――カナの体が、石のように冷たくなっているせいだ。
「カナ。死んではだめだ――嘘だ――そんな――」
 ぼく、死んじゃったの?
 カナがきょろりと目を動かすと、涙を溜めていたアーサーおじさんの目がこれ以上ないほど大きく見開かれた。
「カナ? まさか――生きている? そうなのか?――クロイ!
 おじさんがお腹の底から叫ぶのが、びりびりと伝わってくる。がさがさと茂みを揺らしながら、毛皮を着た一人の魔女が走り寄ってきた。
「まだ生きている――頼む、この子を――」
「わかってるったら、アーサー!」
 クロイと呼ばれた魔女はカナに杖を向け、歌うようになにか呪文を唱えた。カナはしだいに、喉が開き、胸が膨らみ、瞼をゆっくりと閉じた。それを繰り返す。まるでやわらかな、カナだけを支える空気に包まれているかのようだ。
 しばらくして――土のように白く冷たかったカナの頬に、唇に、血の気が戻ってくる。
「カナ、カナ! ああ、しっかりするんだ――」
 眼鏡がゆがむのもかまわず、おじさんは安堵したようにカナをかかえ直した。カナは何度かまばたきしながら、ゆっくりした呼吸を繰り返した。
「『衰弱呪い』のたぐいか?」ディゴリーさんが言った。
「ええ、それに『人形呪い』も――けれど、なぜわざわざそんなことを? 素直に手を下さなかったのは何故なのかしら?」
 クロイとディゴリーさんをよそに、おじさんは懸命にカナに話しかけた。
「カナ――私がわかるかね?」
 カナはゆっくりと息を吸いながら、こわばった首をわずかに動かして、ゆらゆら揺れるおじさんの薄茶色の目を見た。
 うん、わかるよ。と、カナは言いたかった。まだ声は出なかった。こくりと首を縦に振ると、それでも、おじさんは深い安堵のため息をついた。
「見ろ。ハウスエルフだ」
「このエルフって――まさか、クラウチさんの?」
「ああ――」
 ディゴリーさんがウィンキーを見つけた。ぐったりと気を失ったままのウィンキーを、ディゴリーさんが抱え上げて、二人はもときた方へと引き返していった。
「立てるかい?」
 おじさんに促されて、カナはようやく手足が動かせるようになったことに気がついた。こわばった手足を少しずつ動かして、ほとんど支えられながら、カナはなんとか立ち上がった。
「大丈夫だ。さあ、ゆっくり――」
 行き着いた先は、森が開けた空き地になっていた。そこに、ディゴリーさんとクロイ、そしてバーティー・クラウチ、背後に数人の魔法使いたちがぞろぞろと並ぶ。加えてハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が、その一団の真ん中で身を寄せ合っていた。
 空き地へ出てきたカナたちと入れ違うように、怒りに顔をゆがめたクラウチ氏が早足で通り抜けていった。
「無駄ですよ、他に誰もいなかった」
 ディゴリーさんが声をかけたけれど、クラウチは振り向きもせずに茂みの向こうへ行ってしまった。
「バーティー・クラウチ氏のエルフとは――なんとも恥さらしな」
「やめなさいよ、エイモス」
 ハーマイオニーたちの近くの木のそばまで来ると、そこへもたれるようにとおじさんが促した。三人も近寄ってきてカナを囲み、ひどく心配そうに見つめていた。
「カナ。何があったか話せるかい?」
 おじさんが、カナの顔を覗き込みながらやさしく言った。カナは、口をぱくぱくと開いては閉じ――やっぱり、声は出なかった。
「こりゃ、沈黙呪文だ――ヴォカリターテム声出よ!」
 おじさんはすぐに気がついて、カナに向かって反対呪文をかけた。
「カナ、話せるかい?」
「――あ、あー。うん、おじさん、話せるよ」カナはきょろきょろとみんなを見回した。「何が起きてるの? ぼく、どうしちゃったの? フレッドたちとはぐれちゃった?」
「何も覚えていないのかい?」
「何も、って――」いまだ空に輝いている髑髏を見上げた。「あれのこと?」
「カナ、あなた、一人でここまで来たの?」
 ハーマイオニーがこわごわと聞いた。カナは目を瞬いて、思い出す――いいや、カナは途中まで、フレッドたちと一緒にいたはずだ。
「ハーマイオニーたちとはぐれたでしょ・・・・・・ぼくらは四人で一緒にいたよ。キャンプ場に戻ろうって、そう言ってた・・・・・・それから・・・・・・それから、気がついたらあそこにいた」
「他に誰か見かけなかったかい?」おじさんが険しい表情で聞いた。
「ぼく、体が動かせなくて・・・・・・ウィンキーがそばに立ってた。それに――」カナは顔を上げた。「そうだ。誰かが呪文を――ぼく、それで気がついたんだ」
「僕たちが聞いたのと同じ声だと思う」ハリーが言った。「カナ、そいつを見なかった?」
「ええと――姿は見てない」カナは顔をしかめた。「でも、あそこに誰かがいたんだと思う」
「だったら、このエルフは何故あの場にいたんだ?」
 向こう側で話を聞いていたディゴリーさんが言った。
「何のために?」
「エイモス、まさかハウスエルフがやったと思ってるんじゃないだろうね?『闇の印』は闇の魔法使い同士の合図だ。杖がなければ作り出すことができない」
「そうとも。そして、このエルフは杖を持っていた」
「なんだって?」
 みんなが、地面にぐったりと横たわっているウィンキーを見た。ディゴリーさんが、ウィンキーの手の中から杖を持ち上げて見せた。
「これを持っていた――『杖の使用規則』第三条の違反だ。ヒトにあらざる生物は、杖を携帯し、またはこれを使用することを禁ず」
 ちょうどその時、パン! と音がして、ルード・バグマンがアーサーおじさんのすぐ横に「姿現し」した。息を切らして、あたりを見回してクルクルと回りながら、頭上に輝く髑髏をようやく認識した。
「『闇の印』!」
 バグマンがあえいだ。うっかりウィンキーを踏みつけそうになりながら、同僚の役人たちに顔を向けた。
「いったい誰のしわざだ? 捕まえたのか? バーティー! いったい何をしてるんだ?」
 そのとき、バーティー・クラウチが、ひどく苛立たしげに、手ぶらで帰ってきた。その顔はひどく青白く、力を込めすぎた両手はぶるぶると震えている。
「バーティー、どうして試合に来なかったんだ? 君のハウスエルフが席を取っていたのに――おっと!」
 バグマンはようやく、足元に横たわるウィンキーに気がついた。
「このエルフはいったいどうしたんだ?」
「ルード、私は忙しかったのでね」
 クラウチ氏は砂利を噛み潰すように話した。
「それと、私のエルフは『失神呪文』を受けた」
「『失神呪文』? なぜだ? 魔法省がやったのかね? しかし、どうしてまた――」
 バグマンは「闇の印」を見上げ、ウィンキーを見下ろして、それからクラウチ氏を見た。
「まさか! ウィンキーが?『闇の印』を作ったって? やり方も知らないだろうに! そもそも杖が要るだろうが!」
「ああ、まさに持っていた」ディゴリーさんが言った。「このエルフは杖を持っていた。わたしが見つけたよ。そして、そこの黒髪の娘が『闇の印』の下で倒れていた」
 ゴーストでも通り過ぎていったかのような、こわごわとした数人の視線がカナに向いた。
「さて、クラウチさん。あなたにご異議がなければ、エルフの言い分を聞いてみたいのだがね」ディゴリーさんの言葉に、クラウチ氏は答えなかった。
「・・・・・・ウィンキーじゃない」カナが声を絞り出した。こんどは、皆がいっせいにカナを振り向いた。「ウィンキーは『闇の印』を出してない。あれが出たあとに、杖が落ちて――その子は杖を拾ってた」
「ならば、誰が行使したというんだ? きみか?」
 ディゴリーさんがカナを睨め付けた。
「この娘の証言に信憑性があるのか? どうなんだ? アーサー」
「エイモス、なんてことを! この子は被害者だ」おじさんが言った。
「拾っただけで、使ってない!」カナは主張を覆さなかった。
「その子は犯人を庇っているかもしれないじゃないの」ガウンを着た魔女が言った。
「『真実薬』でなにか情報が出るんじゃないか?」若い魔法使いが、それに頷いて言った。
「まだ子どもだ!」アーサーおじさんが辛抱強く言った。「その類の尋問には、保護者の同意を得なければ。エイモス、わかっているだろう」
 沈黙が落ちる――ディゴリーさんも、今度は口を挟まなかった。
「カナ」アーサーおじさんが、ささやくように言った。「きみの証言は、きちんと休養を挟んで慎重に調査すると、私が約束しよう」
 カナは、おじさんの真摯な目に対して頷いた。
「――それじゃ、クラウチさん、いいですね?」
 気を取り直して、ディゴリーさんが杖を掲げて言った。クラウチ氏は沈黙を貫いたまま、しかし、それを肯定と受け取ったのか、ディゴリーさんは杖先をウィンキーに向けた。
リベナイト蘇生せよ!」
 ウィンキーの体が、ピクリとかすかに動いた。大きな茶色の目が開き、何度かまばたきを繰り返すと、ぼーっとしたままよろよろと身を起こした。ウィンキーはまず、目の前に立つディゴリーさんに気がついて、ぼんやりと顔を上げた。そして、上空に浮かぶものに気がついたのか、目を見開きながら真上を見上げた。硝子玉のようなウィンキーの両目に、まだ明るく輝く髑髏のマークが一つずつ映る。ようやく、ウィンキーはハッと息をのみ、狂ったようにあたりを見回した――そして、自分を取り囲む大勢の魔法使いを見て、怯えてすすり泣きし始めた。
「エルフ!」ディゴリーさんが厳しい声を出した。「わたしが誰だか知っているか?『魔法生物規制管理部』の者だ」
 見るからに、ウィンキーは取り乱していた――体はぶるぶる震え、息遣いは激しい。
「見ての通り、エルフよ、今しがた『闇の印』が打ち上げられた」ディゴリーさんが言った。「そして、おまえはその直後に印の真下で発見されたのだ! 申し開きがあるか!」
「あ――あ――あたしはなさっていませんです!」ウィンキーはあえぎあえぎ言った。「あたしはやり方をご存知ないでございます!」
「おまえが見つかったとき、杖を手に持っていた!」
「あれっ――」
 ディゴリーさんが杖を振りかざしたとき、ハリーが声を上げた。
「それ、僕の杖だ」
「なんだと?」
 全員がハリーに注目した。
「それ、僕の杖です。落としたんです!」
「落としたんです?」
 ディゴリーさんは信じられないといった顔で、ハリーを見つめた。
「自白しているのか?『闇の印』を作り出したあとで投げ捨てたとでも?」
「エイモス、いったい誰に向かって言ってるんだ!」アーサーおじさんが声を荒げた。「ハリー・ポッターが『闇の印』を作り出すなんてことが、ありえるか?」
「ああ、いや、その通り――」ディゴリーさんは口ごもった。「すまなかった・・・・・・どうかしていた・・・・・・」
「それに、僕が落としたのはあそこじゃありません」ハリーが現場を指差して言った。「森に入ったすぐに、なくなっていることに気づいたんです」
「なら、エルフよ」ディゴリーさんの声が再び厳しく尖る。「おまえがこの杖を見つけたのか、え? そして、ちょっと遊んでみようと、そう思ったのか?」
「あたしはそれで魔法をお使いになりませんです!」ウィンキーが、かわいそうなほど涙を流しながら叫び、訴えた。「あたしは・・・・・・あたしは・・・・・・ただそれをお拾いになっただけです! あたしは『闇の印』をお作りにはなりません! やり方をご存知ありません!」
「ウィンキーじゃないわ!」ハーマイオニーが、緊張しながらも毅然とした態度で、きっぱりと言った。「カナの証言とつじつまが合うし――それに、ウィンキーの声は甲高くて小さいけれど、私たちが聞いた呪文は、もっと低い声だったわ」
 ハーマイオニーは同意を求めて、友人たちを振り返った。
「ウィンキーの声とは全然違ってたわよね?」
「ああ、エルフの声とは、はっきり違ってた」ハリーが同意する。
「うん、あれはヒトの声だった」ロンも言った。
「ぼく――よく思いだせないけど」
 カナがうめくと、ウィンキーが息をのみ、まるで暗闇の中でひと筋の光を見たかのように、小さくつぶやいた。
「お、お嬢さま――生きて――」
「まあ、すぐにわかることだ」ディゴリーさんが声を張り上げて、ウィンキーの声はかき消えてしまった。「杖が最後にどんな呪文を使ったのか、簡単にわかる方法がある。エルフ、そのことは知っていたか?」
 ウィンキーは震えながら、首を横に振った。ディゴリーさんはハリーの杖を掲げて、自分の杖先を突き合わせた。
プライオア・インカンタート直前呪文!」
 杖の合わさった先から、蛇を舌のようにくねらせた巨大な髑髏が飛び出した。ハーマイオニーが息を呑んだ。それは、煙のようにかすかではあったけれど、上空に浮かぶ「闇の印」とそっくり同じで、ゴーストのようだった。
デリトリウス消えよ
 ディゴリーさんが杖をふるうと、「闇の印」のゴーストはサッと消えた。
「さて」ディゴリーさんは、勝ち誇ったような目で、体を震わせ続けているウィンキーを見下ろした。
「あたしはなさって・・・・いません!」
 恐怖のあまり、ウィンキーの目ががくがくと揺れ動いていた。
「あたしは、けっして、けっして、やり方をご存知・・・ありません! あたしはよいハウスエルフさん・・です。杖はお使い・・・になりません。杖の使い方をご存知・・・ありません!」
「ディゴリーさん」カナが立ち上がった。「話を聞いてください・・・・・・彼女の言うとおり、ウィンキーは杖を使ってない。拾っただけです。ぼくが見たんです。信じてくれないんですか?」
このエルフは現行犯だった!」ディゴリーさんが吼えた。「凶器の杖を手にして捕まったのだ!」
「エイモス」アーサーおじさんが声を大きくした。「考えてもみたまえ・・・・・・あの呪文が使える魔法使いはわずかひと握りだ。ウィンキーがいったいどこでそれを習ったというんだ?」
「おそらく、エイモスが言いたいのは」静かだったクラウチ氏が、ひと言に冷たい怒りを押し込めて言った。「私が常日頃から『闇の印』の作り出し方を召使いに教えていたと、そういうことだろう?」
 気まずい沈黙が、一瞬漂った。
「クラウチさん・・・・・・そ、そんなつもりはまったく・・・・・・」ディゴリーさんは蒼白になりながら言った。
「いま、君はこの場で最もあの印を作り出しそうにない者に嫌疑をかけようとしている」クラウチ氏は噛み付くように言った。「被害者の娘に、ハリー・ポッター、そしてこの私だ! ハリーの身の上は君も重々承知なのだろうな? エイモス」
「もちろんだとも――みんなが知っている――」ディゴリーさんはうろたえた。
「その上、『闇の魔術』も、それを行う者をも、私がどんなに侮蔑し、嫌悪してきたか、長いキャリアの中で私の残してきた証を、君はまさか忘れたわけではあるまい?」
 ディゴリーさんは目を剥いた。
「クラウチさん――わ、わたしはあなたがこれに関わりがあるなどとはひと言も言ってはいない!」
 褐色の顎髭をモゴモゴさせるディゴリーさんを見て、クラウチ氏が叫んだ。
「ディゴリー! 私のエルフを咎めるというのは、私を咎めることだ。他にどこで、このエルフが印を作る手段を得られるというのだ?」
「ど――どこででも得られただろうと――」
「エイモス、そのとおりだ」アーサーおじさんが口を挟んだ。「どこででも得られた・・・・だろう。ウィンキー?」
 おじさんは、ごく優しい声でウィンキーに話しかけた。しかし、ウィンキーはまるで怒鳴られたみたいに大きな耳をへたらせ、ぎくりと身を引いた。
「ハリーの杖をどこで手に入れたのか、君の口から説明してくれないか?」
「あ・・・・・・あたしがお拾い・・・になったのは・・・・・・そこでございます・・・・・・」
 小さな声で言ったウィンキーは、カナたちが発見された現場をこわごわと指差した。
「その・・・・・・お嬢さまのすぐそばに、杖が落ちておりました・・・・・・」
「ほら、エイモス。わかるだろう?」おじさんが言った。「カナを襲い、『闇の印』を作り出した者がいる。そのすぐあとに、ハリーの杖を残して『姿晦まし』したんだろう。あとで足がつかないようにと、狡猾にも自分の杖を使わなかった。ウィンキーは間の悪いことに、現場に居合わせて杖を拾った」
「ならば、こいつも真犯人のそばにいたはずだろう!」ディゴリーさんは急かすように言った。「エルフ、どうだ? 誰か見たか?」
 ウィンキーの震えはいっそう激しくなった。大きな目玉が、ディゴリーさんから、ルード・バグマン、そしてクラウチ氏へと移った。
 ごくりと唾をのみ、ウィンキーは小さな声で言った。
「あたしは誰もご覧・・になっておりません・・・・・・誰も・・・・・・」
「エイモス」クラウチ氏が無表情に言った。「通常なら君は、ウィンキーを役所に連行して尋問したいだろう。しかしながら、この件は私に処理を任せてほしい」
 ディゴリーさんはその提案が気に入らない様子だったけれど、立場上、クラウチ氏には反論できないのだろう。
「心配は無用。必ず罰する」クラウチ氏はひどく冷たい声で言いきった。
「ご、ご、ご主人さま・・・・・・」
 ウィンキーはクラウチ氏を見上げ、涙をいっぱいに浮かべて、足元にひざまづいた。
「ご、ご主人さま・・・・・・ど、ど、どうか・・・・・・」
 クラウチ氏は、眉間に刻まれた皺の一本一本を深くして、険しい表情で冷たくウィンキーを見下ろしていた。その顔からは、情なんてものはひとかけらもありはしないように見えた。
「ウィンキーは今夜、私がとうてい起こり得ないと思っていた行動をとった」
 ゆっくりと、クラウチ氏は言葉のひとつひとつに重りを乗せるように言った。
「私はウィンキーに、テントにいるようにと言いつけた。トラブルの処理に出かけるあいだ、その場にいるようにと。ところが、このエルフは私に従わなかった。この仕打ちは、衣類を与えるに相応する
「おやめください!」
 ウィンキーはクラウチ氏に縋り付くように身を投げ出した。
「どうか、ご主人さま! それだけは、衣類だけはおやめください!」
 わけがわからず、カナがポカンと見回していると、ハリーが教えてくれた。
「ハウスエルフにちゃんとした衣類を与えるってことは、解雇するってことなんだ」
 絶望して、クラウチ氏の足元でさめざめと泣きながら、ウィンキーは身につけたタオルに――それがいっとう大切なものなのだと言わんばかりに、しがみついている。
「でも、ウィンキーは怖がっていたわ!」
 ハーマイオニーが抗議した。ウィンキーの哀れな姿を見て、怒っている。
「あなたのハウスエルフは高所恐怖症だわ。仮面をつけた魔法使いたちが、誰かを空中高く浮かせていたのよ! ウィンキーがそんな集団から逃れたいって思うのは当然だわ!」
 クラウチ氏は、ウィンキーから一歩下がった。まるで、汚らしいものに磨きたての靴を汚されてたくはないといった感じで。
「私の命令に逆らうハウスエルフは必要ない」
 ハーマイオニーを見ながら、クラウチ氏は冷たく言った。
「主人や主人の名誉への忠誠を忘れるような召使いは、必要ない」
 沈黙する森のなかで、ウィンキーの激しい泣き声だけがあたりに響いていた。しばらく、誰も言葉を発することができなかった――やがて、居心地の悪い沈黙を破り、アーサーおじさんが静かな口調で言った。
「さて、差し支えなければ、私はみんなを連れてテントに戻るとしよう。エイモス、その杖は語るべきことを語り尽くした――よかったらハリーに返してはくれないか――」
 ハリーの手に杖が戻ってくると、おじさんは続けた。
「それから、この子に――被害者に事情聴取が必要なら、私を通してもらえるとありがたい」
「被害者の名は」
 クラウチ氏が、温度のない目でカナを見た。カナはぎこちなくも、口を開いた。
「・・・・・・カナ・エリオットです」
 恐ろしいと思った――クラウチ氏の無表情な黒い瞳には、深い憎悪や怒りが渦巻いているように見える。それを押し殺して、冷たく、カナに向かって話しかけている。
「そうか――アーサー、約束は守ろう」
 おじさんはひとつ、頷いた。
「さあ、みんな、おいで」
 アーサーおじさんが、カナを抱えるようにして言った。しかし、ハーマイオニーがついてこない。ここから動きたくないようで、泣きじゃくるウィンキーをじっと見つめていた。
「ハーマイオニー!」
 急かすようにおじさんが言うと、やっとハーマイオニーが振り向いて、ハリーとロンの後ろへと走り寄ってきた。
「ウィンキーはどうなるの?」ハーマイオニーが聞いた。
「わからない」おじさんは率直に言った。
「みんなのひどい扱いったら!」髪を逆立てて、ハーマイオニーは言った。「ディゴリーさんははじめっからあの子を『エルフ』だなんて呼び捨てるし・・・・・・それに、クラウチさんたら! 犯人はウィンキーじゃないってわかってるくせに、それでも解雇するなんて! あの子がどんなに怖がっていたかなんて、どんなに気が動転してたかなんて、クラウチさんはどうでもいいんだわ――まるで、ウィンキーがヒトじゃないみたいに!」
「そりゃ、ヒトじゃないもの」
 カナとロンの声が重なった。ハーマイオニーはムッとして、二人を交互に見た。
「だからと言って、ウィンキーがなんの感情も持ってないことにはならないでしょ。あのやり方には、ムカムカするわ――」
「ハーマイオニー、私もそう思うよ」おじさんが、ハーマイオニーに急いで歩くよう促しながら言った。「しかし、今はハウスエルフの権利を論じている時じゃない。なるべく早くテントに戻りたいんだ――」
「パパ、どうしてみんな、あんな髑髏なんかでピリピリしてるんだ?」
「テントに戻ってからぜんぶ話してやろう」
 おじさんは緊張したように言った。カナの肩を抱く手が、熱くじっとりしているのがわかった。
 全員で早足で歩き、森のはずれまで来たとき――五人は足止めを食った。怯えた顔の魔女や魔法使いたちが、大勢そこに集まっていた。アーサーおじさんを見つけるなり、みんながいっせいに近寄ってきた。
「あっちで何があったんだ?」
「誰があれを作り出した?」
「アーサー、もしや――『あの人』?」
「いいや、『あの人』じゃないとも」アーサーおじさんは食い入るように言った。「誰なのかわからない。どうも『姿晦まし』したようだ。さあ、道を開けてくれないか。ベッドで休みたいのでね」
 おじさんはカナを隠すようにして群衆をかき分け、子どもたちを引き連れてキャンプ場へと戻ってきた。もうすっかり静まり返っていた。ただ、壊されたテントがいくつか燻っているのが、あの騒ぎが現実に起こったことなのだと示していた。
 テントに近づくと、入り口から赤毛の頭が顔を出しているのが見えた。
「父さん、何が起こってるんだい?」チャーリーだ。まだ険しい表情で、父親を見上げている。「フレッド、ジョージ、ジニーは戻ってるけど、ほかの子が――それに、カナが――」
「みんな私と一緒にいるよ」
 言いながら、おじさんはカナをいちばん先にテントに押し込んだ。中では、ビルが腕にシーツを巻き付けてテーブルに座っていた。シーツの真ん中には血が染みている。チャーリーのシャツは大きく裂けていたし、パーシーは鼻血が流れていた。
「カナ!」フレッドが駆け寄ってきた。ふたりはきつく抱き合って、カナはジニーの隣に座った。
「よかった――カナ――」ジニーは涙を流していた。「あたしが戻ろうなんて言うから――はぐれたと思ったの――あたしのせいよ――」
「ジニー、大丈夫だ」ジョージがジニーを慰めた。「それを言うなら、僕らみんなのせいだ――それに、カナはちゃんと戻ってきた」
 フレッドは静かだったけれど、ぎゅっとカナの手を握っていた。
「捕まえたのかい、父さん」ビルが鋭い口調で聞いた。「あの印を作った奴を?」
「いや。バーティー・クラウチのハウスエルフがハリーの杖を持っているのを見つけたが、あの印を実際に作り出したのが誰かは、わからない。それに、カナを襲った人物も――」
なんだって?」みんなが息をのみ、口々に言った。
「カナが?」フレッドが驚愕した。
「ハリーの杖?」ジニーが言った。
「クラウチさんのエルフ?」パーシーがショックを受けたように言った。
「カナに何があったんだ?」ビルが、アーサーおじさんのほうへ身を乗り出して聞いた。
「『闇の印』が打ち上げられたその真下に、カナが倒れていた」おじさんは、顔色を悪くして言った。
「ねえ、おじさん、ずっと気になっていたんだけど――」
 カナが声を出すと、みんなが振り向いて見つめた。
「その『闇の印』を作り出すことが、なにか罪に問われるの?」
「カナ。あれは『例のあの人』の印よ」ハーマイオニーが言った。「私、『闇の魔術の興亡』で読んだわ」
「そのとおり。そして、この十三年間、一度も現れなかった」アーサーおじさんが静かに言った。「みんなが恐怖に駆られるのは当然だ・・・・・・戻ってきた『例のあの人』を見たも同然だからね」
「わかんないな」ロンが眉をしかめた。「だって・・・・・・あれはただ、空に浮かんだ形にすぎないのに」
「ロン、私があの下で倒れていたカナを見つけた時の気持ちがわかるかね」疲れ果てたような声だったけれど、みんな押し黙った。「『例のあの人』も、その家来も、誰かを殺すときに、決まってあの『闇の印』を空に打ち上げたのだ。それがどんなに恐怖を掻き立てたか・・・・・・おまえたちはまだ小さかったから、わからないだろう・・・・・・」
 フレッドの手が、カナの手をぎゅっと強くつかんだ。
「想像してごらん・・・・・・帰宅して、自分の家の上に『闇の印』が浮かんでいるのを見つけたら、家の中で何が起きているか・・・・・・」
 おじさんは身震いした。
「だから、カナ、きみが無事でよかったと、心の底から安堵したのだ・・・・・・エリアになんと顔向けしたらいいか・・・・・・ああ、そうだ。エリアに連絡しておかねば・・・・・・」
 おじさんはぶつぶつと言いながら、テントを出て行った。
 子どもたちはざわざわと話し出す。
「それで、クラウチさんのエルフは何をしていたんだ?」
 パーシーがうずうずと聞いた。ハリー、ロン、ハーマイオニー、カナで、森の中で起こったことをみんなに話した。「闇の印」が打ち上げられたとき、ウィンキーがカナのそばに立っていて、ハリーの杖を拾ったこと。ハリーの杖が「闇の印」を打ち上げるのに使われたこと。ウィンキーはクラウチ氏の言いつけを破り、森の中へと逃げてきていたこと――
「そりゃ、そんなエルフをお払い箱にしたのは、クラウチさんがまったく正しい!」ふんぞり返って、パーシーが言った。「逃げるなとはっきり命令されたのに逃げ出すなんて――魔法省の皆さんの前でクラウチさんに恥をかかせるなんて――ウィンキーが『魔法生物規制管理部』に引っ張られたら、どんなに体裁が悪いか――」
「ウィンキーは何もしてないわ。間の悪いときに間の悪い場所に居合わせただけよ!」
 ハーマイオニーがパーシーに噛みついた。パーシーは思っても見なかったようで、驚いていた――ホグワーツにいたころ、ハーマイオニーはパーシーとは似たもの同士で、うまくいっていたからだ。
「ハーマイオニー。クラウチさんのような立場にある方は、杖を持って暴走するようなハウスエルフを置いておくことはできないんだ!」
「暴走なんかしてないわ!」ハーマイオニーが叫んだ。「あの子は落ちていた杖を拾っただけなの――」
 その時、アーサーおじさんがテントに戻ってきた。
「――フクロウを連れてきている仲間がいて助かったよ。エリアに手紙を頼んだ。カナのことがどこから漏れるかわからないからね。日刊予言者新聞の一面で知るよりはいいだろう――」
「そういえば・・・・・・」ジニーが言った。「あの仮面の集団はなんだったの?」
「知りたいことは何一つ得られなかったさ」ビルが腕のシーツを剥ぎ取り、傷の具合を確かめながら言った。「死喰い人デス・イーターたちは、空に打ち上がった印を見るなり、怖がって逃げて行ってしまったよ。誰かの仮面をひっぺがしてやろうとしても、そこまで近づけば皆『姿晦まし』してしまった。ただ、ロバーツ家の人たちが地面にぶつかる前に受け止めることはできたけどね。あの人たちは今、記憶修正を受けているところだ」
「『死喰い人デス・イーター』って?」ハリーが聞いた。
「『例のあの人』の支持者が、自分たちをそう呼んだんだ」ビルが答えた。「今夜僕たちが見たのは、その残党だと思うね――少なくとも、十三年前にアズカバン行きをなんとか逃れた連中さ」
「そうだという証拠はない、ビル」アーサーおじさんがカップを杖で叩きながら言った。薬缶がふわりと飛んできて、カップに水を注ぎ始めた。「その可能性は高いがね」
「うん、絶対そうだ!」急にロンが口を挟んだ。「パパ、僕たち、森の中でドラコ・マルフォイに出会ったんだ。そしたら、あいつ、父親があの狂った仮面の群れの中にいるって認めたも同然の言い方をしたんだ。それに、マルフォイ一家が『例のあの人』の腹心だったって、僕たちみんなが知ってる!」
「でも、ヴォルデモートの支持者って――」ハリーが言いかけたとき、みんながぎょっとして肩を跳ねさせた。魔法界では、その名前を直接呼ぶことは避けられている――普通は。
「ごめんなさい」ハリーは急いで謝った。「『例のあの人』の支持者は、何が目的でマグルを宙に浮かせてたんだろう。そんなことをして何になるの?」
「何になるかだって?」アーサーおじさんが乾いた笑いをもらした。「ハリー、連中にとってはそれが面白いんだよ。『例のあの人』が支配していたあの時期には、マグル殺しの半分はお楽しみのためだった。今夜は酒の勢いで、まだこんなにたくさん捕まっていないのがいるんだぞと、誇示したくてたまらなくなったんじゃないか。連中にとっては、ちょっとした同窓会気分だ」
 おじさんは水を一杯飲んだ――その言葉には嫌悪感が込められていた。
「でも、連中がほんとうに死喰い人デス・イーターだったら、『闇の印』を見たとき、どうして『姿晦まし』しちゃったんだい?」ロンが不思議がってたずねた。「印を見て喜ぶはずじゃない? 違う?」
「頭を使えよ、ロン」ビルが言った。「連中がほんとうの死喰い人デス・イーターだったら、『例のあの人』が力を失った時、アズカバン行きを逃れるのに必死で工作したはずの連中なんだ。殺しや拷問は『あの人』に無理やりやらされたと、ありとあらゆる嘘をついたわけだ。それが、『あの人』が戻ってくるとなったら、連中は僕たちよりもずっとその状況を恐れるだろうね。『あの人』が凋落したとき、自分たちは『あの人』との関係を否定して、日常生活に戻ったんだから・・・・・・『あの人』が連中に対して、お褒めの言葉をくださるとは思えないよ。だろう?」
 カナは、ピーター・ペティグリューのことを思い出していた。ハリーの家族を裏切った死喰い人デス・イーターで、ヴォルデモートのことも、その残党のこともひどく恐れていた――
「なら、『闇の印』を打ち上げた人と、キャンプ場の集団は、別の存在だってことね」
 ハーマイオニーが考え込んで言った。
「あの『闇の印』――死喰い人デス・イーターを支持するためにやったのかしら。それとも、怖がらせるために?」
「カナが襲われた理由もわかんないよ」ロンが、ちらりとハーマイオニーを見遣りながら言った。「カナはマグル生まれじゃないだろ、少なくとも・・・・・・」
「そこについては、調べる必要がありそうだが、今のところはわからない」アーサーおじさんが、息を詰めて言った。「でも、これだけは言える・・・・・・あの印の作り方を知っているのは、死喰い人デス・イーターだけだ。たとえ今はそうでないとしても・・・・・・そうでなければ、辻褄が合わない・・・・・・」
 おじさんは立ち上がり、子どもたちを安心させるように見回した。
「さあ、もうだいぶ遅い。何が起こったか母さんが聞いたら、死ぬほど心配するだろうね。さいわいなことに、みんな無事でここにいる――あと数時間眠って、早朝に出発する『ポート・キー』に乗って、ここを離れることにしよう」
 みんな立ち上がった。女の子たちはカナを真ん中にして、隣のテントに移動した。
「カナ、眠れそう?」
 ジニーが気遣わしげに言った。カナは汚れたコートを脱いで畳みながら、あわくため息をついた。
「あんまり」
「私も・・・・・・でも、無理やりにでも眠らないとね」
 ハーマイオニーが腕時計を覗き込んだ。朝の三時だ――ぐったりと倒れ込むようにベッドにもぐり、それぞれ黙って目を閉じた。
 なんだか嫌な胸騒ぎがずっとつきまとっているのを、カナは感じていた。夏休みのはじめに、シリウスたちと話した死喰い人デス・イーターのこと――今夜の騒ぎのこと――カナが襲われた理由も――すべて、まったく無関係ではないような気がして。



20241027


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