「フレッドとジョージったら、『老け薬』で年齢線を突破できると思ったみたいで、いまは医務室で治療を受けてるの。ダンブルドアみたいなお髭が生えて取れなくなってたのよ――」
午後。グリフィンドールの談話室で、カナの爪をやすりでていねいに削りながら、ジニーが状況を教えてくれた。
「アンジェリーナが立候補したわ。それから、七年生のシドニー・シルバーと、マイルズ・コノリーも。ちなみにボーバトン生は全員が名前を入れてたわ。ダームストラングもそうみたい。カナ、ホグワーツからは誰が選ばれると思う?」
「アンジーだったら嬉しいなあ」
「俺もそう思うよ」
すぐそばで話を聞いていたらしいリーが話しかけてきた。
「なんであと一年開催が待てなかったのかねぇ。俺も絶対立候補したってのに」
「リーは選手より解説側が向いてるんじゃない? ルード・バグマンみたいな」
「ジニー、そりゃ褒めてるんだよな?」
「ええ、モチのロンよ」
カナの右手が解放された。片手の爪がつるつると光を反射しているのを見て、カナはため息を漏らした。
「ほら、リー、見て。すっごくキレイになったでしょ?」
カナが両方の手を差し出して見せると、リーは頷いた。
「ああ、たしかに。女の子は好きだよな、爪の先とか髪の先とか飾るのが」
「面倒くさいと思ってる?」
「男とは違う生き物だと思ってる」
カナの質問に、リーはすこし微笑みながらも肩をすくめた。
「カナ、知ってる? レイヴンクローのノエム・ワンダ」
「おっきなピアスしてる子でしょ」
「ええ、あのお洒落でカワイイ女の子よ」
ジニーはすこし含みのある言い方で、にっこりと笑った。ちらりと顔を上げると、リーもにんまりと笑っていた。
「しかし、ガードが堅いんだ。いっつも兄さんのエノスにベッタリで」
「ああ、いるね、お兄ちゃんも。その子をデートに誘うの?」
「いんや、まだそこまでこぎつけちゃいないさ。ただ、アバネシーのやつがワンダ兄妹と幼馴染なんだと。なんかいい情報がないか、探りを入れてる最中だ」
「あはは。リーも意外と慎重なんだね」
カナが笑うと、リーは神妙な表情で腕を組んだ。
「いいか、カナ。相手によってアプローチを変えるのは当然だ。ヒッポグリフにお辞儀なしで近づくやつはいないだろ? 相手の情報はあればあるほどいいんだよ。それに、俺みたいなお調子者が好きじゃないやつはレイヴンクローには多いぞ。だから工夫して話しかけないとな」
「考えることが多いね」カナが表情を曇らせた。
「そのぶん、これから楽しくなるぞ」
「リーって、高嶺の花ほど燃えるタイプよね」
カナの左手も仕上げ、ジニーが顔を上げた。
「ジニー、お前さんもだろ?」
「あたしは、機が熟すのを待ってるの」
「その歳で玄人ぶってらあ、恋愛のな――それじゃ、俺は爺さんたちを迎えに行ってくるよ。そろそろ晩餐会が始まるしな」
ひらりと手を振って、リーは談話室を出て行った。他の生徒たちも、ちらほらとマントを着込んで大広間に向かっている。
「・・・・・・カナ、ついていかなくてよかったの?」
カナが弱々しくくるみ色の目を見つめたので、ジニーはため息をついた。
「あたしたちも、そろそろ行きましょ。カナ、また髪の毛してあげようか?」
「うん。ジニーはしないの?」
「あたし、子どもっぽいアクセサリーしか持ってないの。今度ホグズミードでお買い物しようと思って・・・・・・」
大広間にはすでに多くの生徒が集まっていた。ハロウィーンの飾り付けで、ジャック・オー・ランタンと生きたコウモリが、大広間を飾っている。
カナとジニーは、アリシアとアンジーの隣に座った。
「アンジー、ドキドキするね」
「ええ・・・・・・でも、誰が選ばれても、恨みっこなしよ」
まだ空席のダンブルドアの席に、「炎のゴブレット」は置かれていた。青白い炎をゆらめかせながら、静かに時が来るのを待っているようだ。
「・・・・・・スリザリンのワリントンでさえなければね」
「そんなことになったら、アンジー、わたし、あなたを慰めるために『マダム・パディフットの店』のメニューをぜんぶ奢ってあげるわ」
アリシアが、アンジーを勇気づけるように自信たっぷりに言った。
毎年恒例のパンプキンパイにかぼちゃジュースは美味しかったけれど、今年は例年ほど生徒たちの心を掴むことはできなかった。みんな、「炎のゴブレット」がいつ代表選手の名前を吐き出すのかとソワソワして、首を伸ばしてダンブルドアの席を見てばかりだ。
「はやくダンブルドアが食べ終わらないかしら」
ジニーまでもがそう言った。
――ついに金の皿が空っぽになると、生徒たちはひときわ大きくざわめき始めた。いよいよ発表される。
ダンブルドアが立ち上がった。とたん、大広間はシーンと静まり返る。ダンブルドアの両脇に座るカルカロフ校長とマダム・マクシームも、緊張した面持ちで「ゴブレット」を見つめている。ルード・バグマンは期待に満ちた笑顔だったけれど、バーティー・クラウチは興味がなさそうに、相変わらずの仏頂面だ。
「さて、ゴブレットはほぼ結果を決めたようじゃの」ダンブルドアが言った。「わしの見込みでは、あと一分ほどじゃ。さて、代表選手の名前が呼ばれたら、その者たちは、大広間の一番前に来るがよい。そして、教員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るように」
ダンブルドアは教員席の後ろの扉を示した。
「そこで最初の指示が与えられるじゃろう」
ダンブルドアの枝のような細い手が、杖をひと振りした。すると、ジャック・オー・ランタン以外のすべての蝋燭が消え去り、大広間はほとんど暗闇に包まれた。ダンブルドアのテーブルで、「炎のゴブレット」だけがひときわ眩く青白い輝きを放っている。
みんな黙って、その炎のゆらめきを凝視していた。何分、いや何秒経っただろう――そんなに時間はかからなかったかもしれない。
突如、ゴブレットの炎が赤くなり、火花を飛び散らせた。炎は大きく燃え上がり、そのゆらめく先端から、焦げた羊皮紙が一枚、飛び出してきた。
ダンブルドアがその紙をつかんだ。青白く戻った炎の光に照らして、読み上げた。
「ダームストラングの代表選手は――」
力強いダンブルドアの声が、大広間の静寂に響く。
「――ヴィクトール・クラム!」
大きな拍手が、大広間を割るように響いた。歓声を浴びながら、スリザリンのテーブルでクラムがのっそりと立ち上がり、猫背のままダンブルドアのほうへ歩いて行く。
「ブラボー! ヴィクトール」
カルカロフ校長が、この拍手と歓声の嵐にもかかわらず、全員が聞き取れるほどの大声で言った。
「わかっていたぞ、君がこうなることを!」
クラムが奥の部屋へ姿を消すと、しだいに拍手がやみ、またひっそりと静まり返った。再び炎が赤く燃え上がり、全員がそちらに注目した。数秒もしないうちに、二枚目の紙が飛び出した。
「ボーバトンの代表選手は――フラー・デラクール!」
フラーが優雅に立ち上がった。銀髪をサッと後ろに流し、自信に満ちたりた表情で、滑るように前へ進み出た。
しかし、レイヴンクローを間借りしているボーバトン生の席では、選ばれなかった女の子が泣き出して、顔を隠しているのが見えた。
「まあ、あの子。以外とやるみたいね」
ジニーが、カナにこっそりと言った。
フラーも奥の部屋に入って行った。次はホグワーツの代表選手だ。今度の沈黙は、ピリピリした興奮と緊張感に満ちていた。
みたび、ゴブレットが赤く燃え、火花が飛び散ると、焦げた羊皮紙が高く飛び出した。
「ホグワーツの代表選手は――」
コクリ、と、あたりから唾を飲む音がした。
「――セドリック・ディゴリー!」
隣の――カナのすぐ後ろのハッフルパフのテーブルから、つんざくような大歓声があがった。みんな総立ちで、帽子を高く投げ、足を踏み鳴らして喜んでいる。その中からセドリックがニッコリと笑いながら前に出た。他の寮のテーブルからは、がっかりしたようにパラパラと拍手が送られた。カナも拍手した――アンジーが選ばれなかったのは残念だけれど、セドリックのことも祝福したかった。
セドリックが奥の部屋へ姿を消しても、拍手はとても長く続いた。ダンブルドアはそれが静まるまで数十秒待ってから、話し始めた。
「素晴らしい!」
ダンブルドアは嬉しそうに言った。
「さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれなかったボーバトン生も、ダームストラング生も含め、皆揃って、力の限り代表選手たちを応援してくれることを信じておる。選手に声援を送ることで、皆がほんとうの意味で――」
突然、ダンブルドアの言葉が途切れた。その原因は明らかだった。「炎のゴブレット」が、ふたたび赤く燃え盛りはじめた――そして、これまでと同じように、焦げついた羊皮紙を吐き出した。
大広間がざわめく中、ダンブルドアはそれを手に取った。そこに何と書かれているのか、みんなが静まり返る。両手で持った羊皮紙を、ダンブルドアは長いあいだ見つめ――そして、ようやく、ひとつ咳払いして口を開いた。
「ハリー・ポッター」
痛いほどの沈黙――そして、いっせいに、すべての視線が、グリフィンドールの、テーブルの一点に注がれた。カナの少し向こうの席に、ハリーが座っている。まるで凍りついたように、何が起こったかわからないで座ったままのハリーを、みんなが見ている。
上座では、マクゴナガル先生が立ち上がって、ダンブルドアの席に近づき、なにごとか囁いている。
カナはもう一度ハリーを見た。両脇に座るハーマイオニーとロンに向かって、なにか話している。ここからでは、声までは聞こえないけれど。
「ハリー・ポッター!」ダンブルドアがもう一度名前を呼んだ。「ハリー! ここへ、来なさい!」
よろよろと、ハリーは立ち上がった。カナのすぐ後ろを、放心したように歩いて行った。
誰も笑わず、祝福もしなかった。カナも、どういう顔をしていいかわからなかった。みんなそうに違いない。戸惑ったようにジニーを振り返る。不安そうなくるみ色の目が心許ないハリーの背中を追い、カナに気がつくと、ジニーは首を横に振った。
先生たちも、ルード・バグマンでさえ、あまりに神妙な空気に、誰一人として笑っていなかった。
ハリーが、前の三人と同じように奥の部屋へ入って行ったとたん、生徒たちがいっせいにざわめき始めた。
「皆の衆」
ダンブルドアの低い声が響いた。
「今夜はお開きじゃ。すみやかに寮、そしてそれぞれの宿舎へと戻り、明日の休日に備えるがよい――おやすみ!」
解散が告げられると、ルード・バグマンが駆け足で、奥の部屋へと入って行った。三人の校長や教師陣、クラウチ氏がなにか話し合いながら、バグマンに続いた。
「カナ、行こう」
ジニーが声をかけた。大広間の入り口では、リーや双子が中心となって「グリフィンドールから選ばれた!」「ハリーのやつ、どうやって名前を入れたんだ?」と興奮気味に話しているのが聞こえた。
「仮に名前を入れたんだとしても、選ばれるなんておかしいよ。何かの間違いだよ」
こっそりと言ったカナの言葉に、ジニーも頷いた。
「でも――実際、ハリーは選ばれたんだわ。応援しないと」
「喜んでいいのかな?」
「少なくとも、グリフィンドール以外に嬉しい人はいないみたいね」
グリフィンドール塔へ着くと、談話室ではお祭り騒ぎだった。今はフレッドたち三人が祝いの宴会のために食料品を調達しているのだと、アリシアやアンジーが嬉しそうに話していた。三年生でハリーの熱心なファンのコリン・クリービー、そしてその弟で新入生のデニス・クリービーも、「ハリーが選ばれた!」とはしゃいでいた。
カナはハーマイオニーを見つけた。寮に続く階段の下で、立ち尽くしていた。
「ハーマイオニー。ロンは?」
「それが・・・・・・」男子寮のほうを見つめ、ハーマイオニーはあわくため息をついた。「ひと言も喋らなかったわ。寝るって言って、もう寝室に行ったの」
ハーマイオニーは宴会に参加するつもりはないみたいだ。カナはハーマイオニーに続いて、女子寮への階段をいっしょにのぼった。
「カナ、その様子だと、あなたもおかしいって思ってるのよね?」
「ハリーがいちばん戸惑ってた」
「ええ・・・・・・それに、名前を入れていないって。私もハリーを信じてるけど・・・・・・」
寝室に入り、ハーマイオニーはくたびれたようにベッドに腰掛けた。
「あの『炎のゴブレット』って、おそらく『組分け帽子』や『受け入れ羽根ペンと入学名簿』みたいな、確かな魔法道具だと思うのよ」
「それ、なに?『受け入れ羽根ペンと入学名簿』?」
「あら、カナったら『ホグワーツの歴史』を読んでいないの? 入学資格のある子どもたちの名前を、魔法の羽根ペンが名簿に書くのよ。そうやって、私たちは十一歳になると入学案内をもらうの」
ハーマイオニーは一度、咳払いを挟んだ。
「話を戻すけど――つまり、簡単に出し抜けるような代物じゃないはず」
「だから、誰かが細工したって言いたいんでしょ」
カナの言葉に、ハーマイオニーは頷いた。
「ええ・・・・・・誰かが、ハリーが選ばれるように仕向けたうえで、名前を入れたのだと思うわ・・・・・・」
ハーマイオニーは浮かない様子で、そわそわと目線を足元へ滑らせた。
「それに、新たな問題があるわ・・・・・・ロンよ」
「ロン?」
「彼、なにか・・・・・・いえ、おそらく・・・・・・打ちのめされている感じだった」
「打ちのめされて?」
「カナもロンに会ったらわかるわ。何か変なの。面倒なことにならないといいけど・・・・・・」
ハーマイオニーは、珍しくマントを脱ぎもせず、そのままベッドに背中を預けた。カナはそんなハーマイオニーの鼻先を見つめながら、落ち着かない気持ちでつぶやいた。
「ダンブルドアはトーナメントを続行するかな」
「とっても危険だわ、それって。ホグワーツには大人の魔法使いがたくさんいるとはいえ、課題はおそらくハリー一人で立ち向かうことになるはずだもの。誰にも頼れない・・・・・・先生たちは調査をしてくださるのかしら・・・・・・」
「――シリウスだよ」
カナの声に、ハーマイオニーががばっと起き上がった。
「シリウスに知らせないと。ハリーのために動いてくれる大人は、シリウスとか、リーマスとか――とにかく、ぼくもリーマスに相談してみる。ハリーは、わるい運命に巻き込まれてるんだ」
「ええ、もちろん、そうしたほうがいいわね。でも、カナ、その言い方、まるで『占い術』みたいよ」
ハーマイオニーはすこし嫌そうに眉を顰めた。しかし、カナは弱々しく微笑んだ。
「同じなんだ、ぼくとハリーって。でも、誰のせいでもない」
「だから、運命のせいってわけね」
ハーマイオニーが大きな大きな、ため息をついた。
「リーマスへ。
そこにエリアさんもいる? ハリーが危険かもしれないから、知らせます。
ホグワーツで 三大魔法学校対抗試合が開催されることは知ってるよね。代表選手は三校から、十七歳以上の生徒が一人ずつ選ばれる予定だった。選手になりたい人が『炎のゴブレット』の中に名前を入れて、そこから三人が選ばれた。それなのに、四人目の選手としてハリーが選ばれたんだ。ハリーは自分で名前を入れたりしてない。
どうしてこんなことが起こってると思う? なにか仕組まれてるのかもしれないって、ぼくらも思ってる。だけど、どうすればいいのかわからない。グリフィンドールのみんなは喜んでる・・・・・・本来のホグワーツの代表選手はハッフルパフの生徒だったから。でも、これって祝福するべきことじゃないよね? ハリーは困ってる。
ハリーのことを助けてあげたいよ。半人前のぼくらになにかできることがあるのかな。リーマスはハリーを助けてあげられる? そこにシリウスはいないかもしれないけれど、きっとハリーにはシリウスの助けが必要だよ。彼にもこのことを知って欲しいんだ。
先月の手紙にも書いたけれど、ぼくはいたって元気です。自分のことはなんとかできるよ。心配しないで。
それじゃあ、リーマスもお元気で。カナより」
昨晩仕上げたリーマスへの手紙をポケットに入れて、カナはハーマイオニーとともに女子寮を出た。談話室に残っている生徒たちは、チラチラと男子寮へ目を配り、誰かが降りてくるのを待っているようだった。
肖像画を押しやって廊下へ出ると、ハーマイオニーが言った。
「私、シリウスに知らせるよう、ハリーへ言うわ。きっと嫌がるでしょうけど・・・・・・」
「でも、ぼくからリーマスへ知らせるから、いずれは伝わることだよ。それに、ハリーには誰か頼れる人がいないといけない」
カナがたしかな口調で言った。
「ハリーは、自分の困難を隠すでしょ・・・・・・ぼくたちには言えないことでも、シリウスには話すかもしれない」
「ええ、カナ。あなたの言う通りね」
ハーマイオニーはあまり気のない返事をした。
朝食の席でも、誰かが大広間の扉をくぐるたび、あちこちから視線が寄越された。きっと、代表選手の誰かがくるのを待っているのだと思う。カナはちらりとハッフルパフの席を見た。セドリックはすでに席についていて、いつもと変わらず仲間たちに囲まれている。
カナとハーマイオニーがグリフィンドールのテーブルの端についたとたん、勢いよくカナの隣に誰かが座り、思いっきり抱きつかれた。その細い腕と薄っぺらい体の感触で、声を聞くまでもなくすぐに誰だかわかった。
「おはようでーす、シャ・ノアール。あなーたがこんどはきてといいましたーので、まってまーした」
カナがようやく顔を上げると、銀髪をさらりと流し、にこりと微笑む美しい少女がそこにいた。
「あー、フラー。おはよう。そうだね、そんなことを言ったかも・・・・・・」
どうにか腕の中から抜け出しているカナを尻目に、ハーマイオニーが無言でトーストの皿を引き寄せていた。
垂れた黒髪に、冷たい細い指先が触れる。滑らかなしぐさで丁寧に髪を耳へと流すので、カナはぴくりと肩を跳ねさせた。そんなカナを見て、フラーは微笑んで言った。
「カーナ。うれしーいでーすか?」
「まあ、あたらしい友だちができるのは、いつでもうれしいね」
反対隣から「お上品なごあいさつだわ」と呟く声が、かろうじて聞こえた。
「フラー、でも、スキンシップが過剰だよ。まだ友だちになったばかりだし・・・・・・」
フラーは山積みになったオレンジの山から、ひとつ手に取った。杖で難なく切り分けると、ひと房を手にとってかじりついていた。カナも、ミルクで満たされたゴブレットを手に取る。
「そのようなこーと、いわれーたの、はじめてでーす。みなさん、わたしが愛情、ひょうげーんすると、よろこびまーす」
カナはグリフィンドール生の好奇の視線をじろじろと感じながらも、ため息を吐き、平静を装って朝食を続けた。
「そういえば、フラー、代表選手おめでとう」
「オー、メルシ。カーナ。みんなえらばれるために、オグワーツまで、きましたから、はるばる。わたし、かならーずかちまーす」
そう言って強気に微笑むフラーが、その深いブルーの瞳が、カナは初めて、ほんとうにキラキラして見えた。カナも、フラーに向けて微笑んだ。
「うん、きみがどんなふうに活躍するか楽しみだよ」
「オグワーツのふたりよりもでーすか?」
フラーが笑顔を潜めて言った。
「わたし、まだなっとくできませーん。オグワーツはふたり、ボーバトンとダームストンはひとりずーつでーす」
「ぼくだって納得してないよ。でも、誰がいちばんなんてない」
カナは一番不利であろうハリーを手助けすることは心に決めていた。しかし、だからといって他の選手に負けて欲しいなんて思っていない。ましてや、ハリーに勝って欲しいと思っているわけでもないのだから。
「ぼくの友だちも応援するし、きみのことも応援する」
フラーが手に取ろうとしたオレンジのふた切れを、パッと横取りした。カナはにやりと笑って、それをハーマイオニーにも渡した。ハーマイオニーはチラリと、カナとフラーに視線を寄越した。
「・・・・・・ええ、いただくわ」
ハーマイオニーはナプキンにトーストを数枚包んでいるところだった。パクリとオレンジを齧ると、さっと席を立った。
「私、ハリーに朝食を届けてくるわ。きっと部屋から出て来れないでしょうから。それじゃ、ごきげんよう」
ハーマイオニーが席を立ったそのすこし向こうで、ロンがこちらをじっと見つめていた。一瞬目が合って、なんでもなかったようにディーンやシェーマスとのおしゃべりに戻ったようだけれど。
「ここ、空いてるか?」
カナに声がかけられた。振り返ると、グリフィンドールの七年生が二人、カナとフラーの両脇をそれぞれ指し示した。
「うん、空いてるけど」カナが言うなり、二人はカナとフラーを挟むようにして座った。
「エリオットはもう知ってると思うけど。俺はシドニー、こいつはマイルズだ。ミス・デラクール」
カナの隣に座ったシドニー・シルバーが、テーブルに乗り出すようにして言った。
「あんたのこと応援するよ。『かわいこちゃん』のディゴリーやチビのポッターよりはやれそうだ」
「オー、とうぜんでーす」
フラーが勝気に言った。間に挟まれているカナが見えていないのか、シルバーがぐいぐいと身を乗り出すので、黙って窮屈にしながらトーストをかじった。
「僕らも立候補したんだが、ゴブレットには選ばれなかった。君と競うことにならなくてよかったよ」
「そうでーすか? わたし、わたしより弱いまほうつかいには興味ありませーんが」
「君のきれいな顔に傷がつくかもしれないだろ?」
「ハハ! もしも、そーうなったら、あなたは傷じゃ、すまないでーす。わたし、ボーバトンの決闘では、負けたことありませーん」
二人の男子がフラーに熱中しているのをよそに、カナは口の中のトーストをミルクで流し込んで、立ち上がった。
「フラー。ぼく、フクロウ小屋に行かなきゃ。またね」
「カーナ、わたしもいきまーす」
「えっ」
フラーが立ち上がり、テーブルに残された二人の視線が、いっぺんにカナに向いた。きっと二人はフラーと話したくて、この席を選んだのだろう。
「わたしを、オグワーツ、案内してくださーい」
「案内なら、俺らがやるよ。どうだい?」
負けじと、シルバーが手を伸ばしてフラーを誘った。
「わたし、カーナともっと話したいのでーす。では、さよなーら」
フラーがカナの腕に自分の腕を絡ませた。「それで、フクロウごーやはどこですかー?」と話しながら、大広間の入り口までカナを引っ張るようにして歩いた。
「ぼく、そんなにホグワーツに詳しくないよ。この城はとっても広くて謎めいてるんだ」
「カーナ」フラーがくすりと笑った。「あのヒトたち、あしらうたーめに、いいまーした。でも、ほんとーうに案内、してくれてもいいでーすよ?」
カナは一瞬ぽかんとして、「ああ」と息を漏らした。フラーにとっては、あんなふうに言い寄られることは日常茶飯事なんだろう。
「きみみたいに魅力的だと、大変なんだね」
「しかたありませーん。わたしが、うつくしすぎるからでーす」
カナとフラーのコンビは目立った。コンビが、というよりも、フラーが目を引きすぎた。フクロウ小屋に行くまでの短い時間に、カナは通り過ぎる人々の視線をいやというほど浴びて、すでに疲れていた。対してフラーは受け流すことも慣れているのか、終始楽しそうに、つたない英語でカナに話しかけてくる。
「フランスでーも、フクロウ、つかいまーす。フクロウのせわがかり、わたしの家にもいまーす」
「へえ、フラーはお金持ちなんだね?」
しかし、カナが小屋の扉を開けたとき、ネズミの小骨やフクロウの糞、抜け落ちた羽根の絨毯を見て、フラーの笑顔が消えた。
「ウアー・・・・・・カーナ、ここに、はいりまーすか?」
その時のフラーの顔といったら――勝気な笑みや自信満々な姿とはかけ離れた、ひどく渋い表情で嫌そうに距離を取る姿は、年相応の、ただの十七歳の少女だった。カナは思わず声を漏らして、笑った。
「いいよ、フラー。ここで待っていて。すぐに済むから」
カナはフラーを入り口に置いて、フクロウ小屋に踏み入る。階段を登り、ひしめくフクロウたちを品定めし――さっきからカナをじっと見つめている一羽に、リーマス宛の手紙を託した。
そのとき、階下から、フラーの声がした。誰かと話しているようで、くぐもった声が扉越しに漏れ聞こえる。
「――ええ、きっと許してくださいますわ。たった一枚だけ、ですもの。アナタは次の『杖調べ』のときにね、ええ」
そっと小屋の扉を開ける。芝生のにおいを乗せた風がわずかに吹き込み、カナの髪をあおった。
小屋の前に待っていたのはフラーと、そして見覚えのない二人組の大人だった。
一人はずんぐりした男性で、コリン・クリービーが持っていたような、しかしさらに大きなカメラを手にしていた。もう一人は、派手な赤紫色のローブを身につけた女性で、大きな眼鏡の縁にはいくつも宝石が嵌っていて、それがキラキラと陽光を反射してまぶしかった。
「あらぁ、こんにちは。カナ・エリオットさん」
甲高いのにしゃがれた声が、カナの名を呼んだ。カナはパチパチと瞬きをしながら、その女性と、フラーを見比べた。フラーはシルバーブロンドを揺らし、肩をすくめた。
「はじめまして。あたくし、リータ・スキーターですわ。『日刊予言者新聞』の記者をやっておりますの」
赤く彩られたスキーターの長い爪が、踊りながらハンドバッグを滑らかに叩いた。
「・・・・・・えーと、はじめまして。新聞記者さんが、ぼくになにか?」
カナが言うと、真っ赤な唇が三日月のように弧を描いた。
「いいえ、ね。あたくしどもはトーナメントの取材予定でホグワーツに入らせていただいていますの。そこで、ちょーっとアナタの話を小耳に挟んだのですわ。キャンプ場に浮かんだ『闇の印』――その下で眠れる少女」
ぞわ、と背中の産毛が逆立った。カナの表情がこわばるのを見ると、スキーターは目を細めた。
そうだ――リータ・スキーター。キャンプ場での騒ぎを大げさに表現して、まるで不安を煽るような記事を書いた魔女だ。チャーリーとビルが言っていたじゃないか、「気をつけろ」って。
「それがね、魔法省は被害者はいないの一点張りで、ちーっとも正直にお話をしていただけませんでしたの。あたくしどもは真実を皆様にお届けするのが役目・・・・・・実際には呪いを受けた子がいて、とーっても怖い思いをしているというのに、魔法省はその事実を隠しているのですわ。ですからね、ほんとうにあった出来事を、当事者から話していただけないかしら、とね――」
「いえ、その」カナは必死に考えながら、声を絞り出した。「ぼく、呪いを受けた記憶はありません。ですから、何も話せません」
「アナタが『闇の印』の下で倒れていたのはほんとうなんですの?」
「その・・・・・・」カナが言い淀んでいると、スキーターが一歩、カナに詰め寄った。
「ンー、こんなにかわいらしい子がねえ。誰か守ってくれる人はいなかったの? パパやママは? ボーイフレンドはいる?」
「や、やめてください。話したくありません」
カナは耐え切れず、そっぽを向いた。しかし、スキーターの長い爪で彩られた指先が、カナの髪を撫で、横顔を隠していた黒髪を耳にかけた。
「とってもつらかったわねえ。どんな闇の魔法使いだった? 何の呪いを受けたの? どうしてあなたが狙われたのだと思う?」
カナは答えなかった。黙り続ければ、スキーターは諦めるだろうか。カメラを抱えた男が何も言わないのも怖かった。ふと、カナは気がついたように顔を上げた。
「これ、新聞に書くんですか?」
「アナタが詳しく話してくださったら、一面を飾るほどの特ダネでしてよ」
カナが不安そうにカメラを見ると、スキーターがにっこり笑った。
「なーんにも悪いことはいたしませんことよ。ほーら、笑って――」
「いや――」
カナがジリ、と後退りしたとき、背中を丸めてカメラを構えた男の肩の向こうに、赤い何かがちらついた。カナはそちらに目を奪われた――それは二人組だった。二人組の、赤毛の、カナのよく知っている――
カナがフラーの手を掴んだのと同時に、カシャ、とカメラが音を立て、同時にまばゆい閃光があたりに広がった。しかし、カナはその光の中にはいなかった。
フラーの手を引っ張って、カナはフクロウ小屋の前から走り出していた。なぜそうしたかわからない――あれがフレッドとジョージだとわかったとたん、カナは猛烈にこの場にいたくなくなってしまった。走りながら、芝生を乱暴に蹴りながら、カナは泣きそうな気持ちになっていった。
「・・・・・・カーナ、だいじょーぶでーすか?」
玄関にたどり着く頃、肩を激しく上下させたカナが歩調をゆるめ、フラーがその背をやさしく撫でた。
「いき、できてまーすか?」
垂れた黒髪の隙間から見えたその深いブルーの目は、引き攣ったように息を切らすカナを、あわれむように見つめていた。
顔を上げ、ツンと痛む鼻を啜り、カナは髪をはらった。
「しゃしん、泣くほーど、いやでーしたか?」
まるで、幼い年下の子にそうするように、フラーがカナの髪を撫でた。
ハ、と、震えるのどで息を吐き出し、くちびるをきゅっと結んで、こらえた。
「・・・・・・泣いてない」
「カーナ。泣いてまーす」
フラーはすこし微笑み、カナの頭をそっと腕の中に包んだ。
「怖かったでーすか? わたし、わたしのしゃしんなーら、いくつも撮っていいと言いまーした。わたしを、撮ってもらうよう、言いまーした。でも、あのヒトたち、カーナをさがしてまーした」
「・・・・・・ううん。フラー、そうじゃなくて」
カナが顔を上げ、弱々しく口を開く。
「ぼく、ほんとうに弱虫で、逃げてばっかりだなって、そう思っただけ」
「ロン」
談話室で、シェーマスやディーンと今月号の「ザ・クィディッチ――ワールドカップ特集・ブルガリア編」を熱心に読み回していたロンに、カナは話しかけた。
「なんだよ?」ロンはすこし不機嫌そうに、口もとをひん曲げて振り向いた。
「ちょっと、来て」
「ハリーに謝れって言うつもりか?」
椅子から立ち上がりながら、ロンは小さな声で言った。その言葉に、カナはきょとんとして、何度か目を瞬いた――そういえば、ロンの様子がおかしいのだと、ハーマイオニーは言っていた。
「いや、違うけど――やっぱり喧嘩したの?」
「喧嘩じゃない」ロンが、明らかに苛立ちをこめた声色で言った。
ふたりは談話室を出て、階段の踊り場の、植木鉢の後ろへと隠れるように立った。階段からは死角になるから、こっそり話すにはちょうどいい。
「その――フレッドって、ぼくのこと、どう言ってる?」
「はあ?」ロンが顔をしかめた。「そんなこと、僕に聞いたってわかるもんか――僕だって、自分の兄弟に恋愛相談なんてしないだろうし。そういうのはジョージとかリーに聞きなよ」
「そうだよね・・・・・・」
カナは力なく壁にもたれた。ジニーがきれいに磨いてくれた爪先を撫でていると、ロンがあきれたように息を吐いた。
「・・・・・・話したくない時だってあるだろ。君だって、このあいだそう言ってた」
ひとつ息を吐いて、ロンは続けた。
「その、無理して解決しようとしなくていいんじゃないのかな、ウン。何か別のことでもして、忘れなよ。そのうち、気分も良くなるんじゃないかな」
「ロンはいつもそうしてる?」
カナが見上げると、フレッドよりもわずかに高い位置にある碧い目が、ぎこちなくこちらを見ているのと、かちあった。
「きみみたいに、楽しいことを探すのは得意じゃないんだ。クィディッチみたいな趣味も持ってないし、おしゃべりも上手じゃないし・・・・・・」
「ハグリッドも、今じゃ尻尾爆発スクリュートとマダム・マクシームにお熱だしな」
「えっ、そうなの?」
口をあんぐり開けたカナがパチパチと目を瞬くと、ロンがプッと吹き出した。
「おっと、カナには教えてなかったか。ハグリッドのやつ――昨日の晩餐会のとき、香水なんかつけちゃってさ! 誤魔化してたけど、ぜーったいにそうだと思うぜ、ウン、多分ね」
たしかに、マダム・マクシームはハグリッドくらい大きな女性だ。そんな人は滅多にいない。それに美しい魔女だし、ハグリッドが夢中になってもおかしくはない。
「へえ――うまくいくのかなあ。マダム・マクシームって、すごく厳しそうな魔女だよ。フラーだって、あの人の前じゃ――」
「フラー・デラクール!」
ロンが突然大きな声を出した。そして、カナの両肩をがっしりつかんで、興奮したように言った。
「そうだよ、カナ! あの人と仲良いだろ? 教えてくれよ。何が好きって言ってた? お菓子とか、おもちゃとかさ――」
「知らないよ!」カナはロンの手を剥がした。「自分で聞いてよ――それに、仲良くもない。ぼく、あの人苦手だよ。いっつもベタベタくっついて・・・・・・そりゃ、悪い人じゃないけど・・・・・・」
今朝、フラーと話そうとしたグリフィンドールの上級生に席を挟まれたことを思い出した。
「その見境なくなる感じ、たぶんフラーは好きじゃないよ。慣れっこみたいだから。それに、自分より弱い魔法使いには興味ないとも言ってた。これでわかった?」
「ウン、そんな感じがするなあ。カナ、またなんかわかったら教えてくれよ。それから、今度グリフィンドールのテーブルに呼ぶ時は、僕の近くに座ってもらうようにしてよ」
「だから、ぼくに言わないで、直接フラーと話したらいいじゃない」
ロンのそばかすだらけの頬がポッと赤く染まる。
「話す、話すかあ、へへ・・・・・・いったいなんて話しかけたらいいんだろうな。ハロー? ボンジュー? ご機嫌麗しゅう?」
カナはあきれてため息を吐いた。話しかけたときは、ハリーとのことでピリッとしてたくせに、呑気なものだなと思った。
そういえば、ロンとハリーのあいだに何があったのか、カナは聞きそびれてしまった。それに、直接聞いてもロンは素直には話してくれないだろうなとも思った。
「ああ、なんだ。ここにいたのね!」
突然の声に、二人はびっくりして踊り場を振り返った。ハーマイオニーがそこに立っていて、後ろにハッフルパフの上級生を連れている。
「カナ、探したのよ。それにしても――こそこそして、二人でなんの話?」
「たいしたことじゃないよ」カナはロンとちらりと視線を合わせて、言った。「ぼくに用事?」
「ええ。私じゃなくて、こちらの方がね」
ハーマイオニーの後ろに立っていた男子生徒が、一歩前に出た。ハリネズミみたいな黒髪に、黒い目をした彼は、日焼けした頬を持ち上げて快活そうな笑みを浮かべていた。
「やあ、君がカナ・エリオット? 俺はハッフルパフのオニールだ――ちょっとこの子を借りてもいいか?」
オニールはロンを見て、そう聞いた。ロンははじめキョトンとしていたけれど、自分に話しかけられているのだと気がついて、「ああ、いくらでもどうぞ」と言った。
「じゃ、エリオットさん。行きながら話そう」
カナは戸惑いながらも、オニールについていった。グリフィンドール塔の階段を半分も降りたところで、彼が話し出した。
「悪いね。ボーイフレンドと過ごしてる時に」
「違います」
カナがピシャリと言うと、オニールは振り返って、また快活に笑った。
「隠さなくていいさ! 君がウィーズリーと付き合ってるのはみーんな知ってるよ」
「それはそうだけど、ウィーズリー違いだよ」
「ああ、兄弟がたくさんいるんだっけか。そりゃ失礼した」
「それに今は・・・・・・」
付き合ってるって言えないかもしれない、と言おうとした口をつぐんで、カナは息を吐いた。
「オニールさんは、ぼくになんの用事ですか?」
「ヴィヴでいいよ。それに、堅苦しいのもナシでいい」
「うん――ぼくも、カナでいい」
「はい、よろしく、カナ。じつは、マダム・ポンフリーのご指名でね。今から医務室に行くんだ」
「指名?」
小柄なのに早足なヴィヴの歩調についていくのがやっとで、カナは息を吐きざまに短く聞いた。
「・・・・・・ぼく、今週はマダムに叱られるようなことはしてないと思うけど」
「君はよっぽど、マダム・ポンフリーの世話になってるみたいだな」
階段手すりのカーブで振り返りながら、ヴィヴはカナを振り返った。
「きっと良いニュースだと思うよ――俺の勘がそう言ってる」
医務室に入ると、暖炉のそばのベンチに先客がいた。両足を投げ出してぷらぷら揺らしているのは細身の女の子で、そのぴったり隣に鷲鼻の神経質そうな男の子が座っている。二人とも、褐色の巻き毛がそっくりで、ひと目できょうだいだろうとカナは思った。
「マダムは?」
「いま、お茶の準備をなさってる」
女の子が髪をかきあげて、その耳に石がきらめいたのが見えたとき、カナは彼女がレイヴンクローのノエム・ワンダだということに気がついた。カナのひとつ年上の五年生で、大きなピアスが特徴的な子だ。いつもメイクを欠かさずしていて、独特の雰囲気をまとっている。
「あたし、ミルクがたっぷり入っていないと、嫌よ」
ノエムは兄に頭を傾けながら、唇を突き出した。そういえば、リーが言っていたっけ――いつもノエムは兄にべったりくっついているって。
兄のほうは、妹のそういうしぐさには慣れているのか、微動だにしない。落ち着きはらった榛色の目が、ヴィヴとカナを順番に見た。
「マダムがどういうつもりで僕達を呼んだのか、察しがついたよ」
低いぼそぼそした声が、そう言った。ノエムは兄を見上げ、にっこり笑って口を開いた。
「エノス。あたしもだいたい予想がついてる。だから言わないで。答え合わせはマダムが来てからよ――」
検討もつかないのはカナだけなんだろうか――首をかしげていると、ヴィヴが意味ありげに微笑んだ。
バタン、と扉が閉まる音がした。奥の事務所から、マダム・ポンフリーが出てきた。手にはトレーを持ち、その上に人数分のティーセットが並んでいる。
「ミスター・オニールにミス・エリオット。よくぞ来てくださいましたね。あなたがたもお座りなさいな」
マダムが杖でベンチをもうひとつ引き寄せて、ノエムたちの斜め前に配置した。カナとヴィヴは促されるままそこへ座る。マダムも自分の事務机の椅子を引き寄せて、座った。
ふわりとティーカップが浮かび、それぞれの手の中に収まった。ミルクの混ざった熱いお茶が、泡を立てて未だ渦巻いている。
「いただきます、マダム」
そう言ったのはヴィヴだけで、みんな黙ってカップに口をつけた。
「ええ、肩の力を抜いて。もう自己紹介は済んだのですか?」
「おっと、そうですね」ヴィヴがニコリと微笑んだ。「俺はヴィヴィアン・オニール。呼ぶときはヴィヴでいい。ハッフルパフの七年生だ。よろしく」
みんなの視線が、隣のカナへと移った。
「グリフィンドールの、カナ・エリオットです。四年生です」
「ノエム・ワンダ。レイヴンクローの五年生。こちらは兄のエノス。六年生」
カナが言い終えると同時に、ノエムがてきぱきと言った。エノスはわずかに会釈を落とすだけで、ひと言も発さなかった。
「では、お互いの素性もわかったところで、聞いていただきたいのですが――今日あなたがたを集めたのは、他でもなく、わたくしがあなたがたを評価し、信頼に値すると考えたからですの」
マダムが、四人の生徒を見回しながら言った。
「能力は、ある程度のことができれば構いませんわ。真面目で、誠実。あるいは熱心な努力家。あるいは責任感を持っている。あるいは、きちんとノーを言える。あなたがたがそういう生徒だとわたくしは知っているからこそ、今ここにいるのですわ」
「マダム、そのあたりのお話は、招いていただいた時点でじゅうぶん理解していますが」ヴィヴが、やんわりと手のひらをかざしながら言った。「いったい、俺たちに何をやらせるおつもりなんでしょうか?」
「まあ、まあ。そうでしたわね、そのお話がまだでしたわ・・・・・・なにせ、わたくしも初めての試みですから。生徒を寄り集めて救護チームを組織するというのは」
「救護チーム?」
カナがぽろりとこぼした横で、ノエムが大きく頷いていた。
「マダム・ポンフリー? それって、三大魔法学校対抗試合に関係のあることですよね?」
「ええ、ミス・ワンダ。その通りです」ノエムがティーカップを差し出したので、マダムは角砂糖をひとつ、カップの中に入れてやった。「トーナメントの課題では、代表選手に治療が必要な結果をもたらすことは間違いありません」
「でも、代表選手の治療だけなら、マダム・ポンフリーだけでじゅうぶんなんじゃ?」
カナの言葉に、みんなの視線がパッとマダムに集まった。そして、深い頷きが返ってきた。
「もちろん、ミス・エリオットの言う通りですわ。今回の医療責任者であるわたくしはもう課題の内容は聞き及んでおりますから、代表選手がどのような症状を訴えるかは想定済みです。たった四人を順番に治療するだけなら、誰かの手を借りるよりも、わたくしひとりで片付けたほうが手間が省けますわね」
マダムが、空中に浮かんだままのトレーにカップを置きながら、話を続けた。
「しかし、代表選手だけならまだしも、最悪の場合、会場に集まった他の生徒たちへの被害をも想定しなくてはいけませんわ。そんなことがまず起きないように、万全の対策がなされておりますが――それに、なにかと『人手』が必要な事態へ陥った時、どなたか手を貸してくださる存在がそばにあれば、わたくしの憂いもひとつ解消されると言うわけなのです」
「そこで、俺たちが抜擢されたというわけですか」ヴィヴが納得したように、朗らかな笑みを浮かべた。「教員の先生がたはトーナメントの運営や他の生徒たちの監督でお忙しいわけですから、ある程度信用のおける生徒数人に、助手を務めさせるということですね」
「ええ」
ヴィヴが立ち上がり、黒い瞳にキラキラと光を宿しながら言った。
「そういうことでしたら、俺にとってはまたとない機会です。マダムもご存知の通り、俺は癒者を目指してる。医療の現場に関わることなら、断る理由がありません」
「あなたならそう言ってくださると思っていましたわ。ありがとう、ミスター・オニール。このたびの経験は、きっとあなたの将来の足がかりになってくれますわ」
二人は笑顔で握手を交わし、残りの三人を見回した。
「ミスター・ワンダとミス・ワンダは、どうかしら?」
「あたしは、エノスがやるならやるわ」
ノエムが、兄に視線を送りながら言った。エノスは気だるそうに、顔を上げて、まっすぐにマダム・ポンフリーを見た。
「参加します。おそらく僕達以上に適切な人材は、少なくともレイヴンクローにはいません。何より、妹がやりたがっているので」
「やりたがってるわけじゃないったら!」
「二人とも、ありがとう。聖マンゴにいらっしゃるあなたがたのご両親にも、のちほどお礼を申し上げますわ」
ついに、マダムの、そして三人の視線が、カナに注がれた。
「ミス・エリオット、どのように考えていますか?」
「えっと――」半分ほどになったカップを包む両手に、わずかに力が入る。「正直、断る理由はないですけど、参加する理由もないというか」
「その通りですわ、ミス・エリオット」マダムが頷いた。「もちろん良いことばかりではありません。このチームに参加するからには、救護テントに待機していただかなければなりませんから、純粋にトーナメントを観戦することはできなくなってしまいます。あなたがたも――気の毒ですが、そこはご理解いただきたいのです」
「承知の上です」エノスが言った。ノエムもヴィヴも頷いている。
「その――すこし、考える時間をください」
「――それって、とっても光栄なことじゃない!」
濡れた栗色の髪先をタオルで包みながら、ハーマイオニーが言った。カナも杖を振って暖かい風を起こし、髪を乾かす。
「断る理由なんてないじゃない。何を迷っているの?」
「だって、ぼく以外の生徒はみんな上級生で、魔法医療の知識がある人たちだよ。癒者を目指してたり、癒者の家系だったりね。ぼくとは違う人たちだよ」
四年生の中からカナが選ばれるくらいなら、ハーマイオニーのほうがよっぽど知識に長けているし、観察力だって優れているのに、とカナは思っていた。
「あなたがそう思っていたとしても、マダム・ポンフリーは何か考えがあって、カナを選んだのだと思うわ」
ハーマイオニーもカナと同じように杖先から温風を出して、髪を乾かしていく。これはハーマイオニーに教えてもらった魔法なので、カナよりもずっと手速くて上手だ。
「わかってる。たぶんマダムは、ダンブルドアに頼まれたんだよ。トーナメントのあいだ、ぼくを監視しておくように」
「まあ――それも一理あるのかも。それに、あなたはよく医務室に世話になってるし、マダムも心配してくださってるんだわ」
カナは黙って杖を机の上に置き、ニフラーのブラシを手に取って、毛先から髪をといた。ハーマイオニーが続けた。
「私、これって良い機会だと思うわ。カナ、自分の将来について考えたことはある?」
「将来?」
「そうよ。どんな仕事がしたいとか、どんな大人になりたいかとか・・・・・・」
「ハーマイオニーは?」
「私は、今はとにかく知識をたくさん身につけて、意味のある、あらゆる分野に精通したいわ。そうね、魔法省のお役人にでもなれば、ウィンキーちゃんのような可哀想なハウスエルフの待遇を変えることも、多少は現実的になるんじゃないかしら」
「魔法省かあ――ハーマイオニーにぴったりだよ」
魔法省役人のローブを着た、大人になったハーマイオニーの姿はずいぶんと想像にたやすかった。
「ありがとう。でも、私のことはよくて――カナは自分が将来、ホグワーツで学んだ知識を生かして、どんな仕事をしていると思う?」
「さあ・・・・・・そんなの、一度も考えたことなかった」
「だから、良い機会なのよ」
ハーマイオニーはタオルを放り、立ち上がって、ナイトガウンを着込んだ。
「自分に合うことも合わないこともあるじゃない? もしかしたら、癒者や看護婦の仕事がカナに合うかもしれないわ。そうしたら、自分が何を勉強すべきかわかるわ。そういうのは、早ければ早いほど良いし」
とうとう、ハーマイオニーは図書館から借りたぶあつい本を手に取って、自分のベッドに腰掛けた。
「それに――あなたが救護テントで待ってるってわかったら、ハリーもちょっとはリラックスできると思うわ」
「うん、そうだといいけど・・・・・・」
カナは机にブラシを置いて、なでつけたばかりの髪に触れた。
「その、誘いを断るつもりはないんだ。ただ、納得できる理由が欲しいというか・・・・・・身の丈に合ってないんじゃないかって・・・・・・」
「カナ、それなら、簡単よ」
ハーマイオニーが、まっすぐこちらを見ていた。
「これも『運命』ってことで、納得できないのかしら?」
すこしいたずらっぽく微笑む表情がめずらしくて、カナも頬がゆるむ。
「うん・・・・・・そうだね。そういうことにしておこう」
20250107