カナは「カナリア・クリーム」をかじりながら、厨房の目の前――果物の絵画の前で壁に寄りかかっていた。あたたかな色の煉瓦が組まれたこの地下道は、スリザリン寮や魔法薬学の地下牢教室なんかの、陰気な雰囲気とはまったく違った。
なぜ、カナがこんなところで両手いっぱいにS.P.E.Wの荷物を抱えて突っ立っているのかというと――ハーマイオニーを待つほかないからだ。
先週、例の火曜日――第一の課題が終わった夜に、グリフィンドール寮はお祭り騒ぎになった。ハリーがドラゴンを出し抜いた。しかも、クラムと並んで最高得点で。これ以上、グリフィンドール生を高揚させるニュースがあるだろうか。フレッドとジョージが厨房から食べ物やジュースをたっぷり持ち込んで、みんなでそれを分け合った。双子は自分たちの商品のお菓子をこっそり仕込んで、いたずらしたりもしていたけれど――ハーマイオニーが、フレッドに聞いたのだ。
「厨房にはどうやって入ってるの?」
なんでもないような声色に、フレッドも気さくに答えた。
「簡単だよ。大広間の真下に行けばいい。玄関ホールから入るのさ。カナだってすぐ覚えたんだから、ハーマイオニー、お前さんなら難なく入れるぜ」
その言葉に、ハーマイオニーの首がきゅっと回り、カナをとらえた。
「カナ――入り方まで知ってるんじゃない!」
「えーと、あー」カナはじろりとフレッドをにらみ、視線を栗色の目に戻した。「まあ・・・・・・言っとくけど、ぼくはリーに教えてもらったんだからね。双子と一緒にしないでよ」
「同じことだろ?」ジョージが参戦した。「ハーマイオニー、厨房への入り方なんて知ってどうするんだ? 連中を率いてストライキでも起こすってのか?」
「ビラ撒きキャンペーンは終了して、魔法史の教科書に載るつもりか?『一九九四年、ハウスエルフの反乱』ってな――」
ハーマイオニーは何も言わなかった。ちょうど、ネビルが呪いのかかったクリームサンドを食べて、大きなカナリアに変身してしまい、それでひと騒ぎになったからだ。
翌日から、カナはハーマイオニーに毎日詰め寄られていた。厨房の場所と、その入り方だ。寝室でまで迫られるとなると、カナには断るすべがなかった。ロンやハリーには「めんどうなことをさせるな」と釘を刺されていたけれど、とうとう月曜日の朝に、カナはハーマイオニーに「わかった」と言うはめになった。なぜなら、今日出るはずのマグル学の課題レポートを五十インチも手伝ってくれると、あのハーマイオニーが言ったのだ――断れるはずがなかった。
そんなこんなで、カナは午後のマグル学の授業が終わったのちに、ハーマイオニーと落ち合った。両手にはたくさんの資料と、例のS.P.E.Wのボックスを抱えていた。カナはほんの少し、頭が痛かった。
午前中の魔法生物飼育学でグロッキーになっていたために、カナの体調は思わしくなかった。何故なら、「尻尾爆発スクリュート」は今や六フィート大へと成長していたし――なにより、マダム・マクシームの巨大な馬たちはシングルモルト・ウィスキーしか飲まないので、放牧場の隅に置かれた樽や桶から、たっぷりのアルコールが漂っていたせいだ。
カナは厨房への地下道を案内した。廊下では、多くのハッフルパフ生たちとすれ違う。この廊下の奥にハッフルパフ寮があるからだ。でも、ハッフルパフ生たちは、他寮の生徒がこの廊下を歩くことに異を唱えたりしない。厨房に忍び込む生徒は、そう少なくはないからだ。
「へえ、こんな廊下があったのね」
「うん――ほら、これだよ。この梨をくすぐってみて」
カナは果物が山ほど詰まれた絵画を指差した。ハーマイオニーはさっそく手を伸ばし、言われた通り緑色の梨をくすぐった。すると、クスクスと笑い声があがり、梨はドアの取手へと形を変えた。ハーマイオニーがパッとカナを見た。
「この奥が厨房だよ」
カナが取手をつかんだ。絵画がパカリと開き、そこをくぐると、ハーマイオニーもついてきた。カナは何度もここに来たことがある。大広間と同じくらい広いキッチンだ。同じように四つのテーブルが並び、いまは夕食が終わったばかりで、忙しない。洗い場に何十人ものハウスエルフが行き交い、空中を金色の皿やゴブレットがぴゅんぴゅん飛び交っている。
「まあ、なんてこと! こんなにたくさんのハウスエルフが働いていたなんて・・・・・・」
「ぼく、水をもらおうかな。また頭痛くなってきた・・・・・・」
「ちょっと、カナ! こんなに忙しそうにしてるのに、これ以上ものを頼む気なの? 水道ならあそこにあるんだから、自分で――」
「彼らの仕事場に入っておいて何も頼まないなんて、それこそ失礼だよ」
カナの声に応えるように、目の前にハウスエルフが突然現れた。ゴブレットと水差しを持っていたそのエルフは、カナが見た中で、いちばんへんてこだった――この城で働いているハウスエルフは、ホグワーツの紋章入りのタオルを体に巻き付けているのだけれど――目の前のエルフは、ものすごくたくさんの衣類を身につけていた。頭にはティーポットカバーを被り、裸の上半身にネクタイを巻き付け、短いズボンを履いていた。足元は、黒い靴下と、ピンクとオレンジの縞模様の靴下。
「お水ならここに、お嬢さま! お望みなら、ドビーめがお茶をお淹れいたします!」
「大丈夫。ちょっとすっきりしたいだけだから――」
「嘘でしょ!」
ハーマイオニーが大きな声を出した。カナが振り返りながらゴブレットを受け取ると、栗色の目が大きく見開かれて、ハウスエルフをじっと見ていた。
「あなた、いまドビーって言ったの?」
「はい、お嬢さま。ドビーはドビーでございます」
「ドビーって、それじゃ、あなたハリー・ポッターを知ってるわよね? ううん、彼に、助けられた?」
「ハリー・ポッター!」
ドビーが、緑色の大きな目を見開いて、飛び上がった。
「ええ、ええ! ドビーはもちろん知っております。いいえ、ハリー・ポッターさまに助けられました! ハリー・ポッターさまは、ドビーを自由にしてくださった恩人さまです!」
「ねえ、ドビー、私、ハリーをここへ連れてくるわ! きっと、彼も会いたがっていると思うから――」
「本当でございますか!」ドビーはまた飛び上がった。その大きな目にはいっぱいの涙が浮かび、ウルウルと波打っていた。「ハリー・ポッターさまが、ドビーめに会ってくださる――お会いになってくださる――ドビーに会いたいと――」
ハーマイオニーはいそいで厨房を出て行った。その手に抱えていた荷物を、テーブルに置いて――
「ふうん」カナは何度目か、ゴブレットを傾けた。「きみがドビーなんだ。去年まではいなかったよね?」
「おっしゃる通りでございます、お嬢さま。ドビーは一週間前からホグワーツで働いているのでございます」
夢見るように、ドビーは言った。カナは彼にゴブレットを返す。そして、ハーマイオニーが置いた羊皮紙の束とボックスを抱えた。
「お仕事の邪魔になったらいけないから、廊下で待ってるね」
そういえば、夕食を食べ損ねたんだった――と気づいたのは、廊下に出てしまった後だった。ポケットを探ると、昨日あらためてフレッドから渡された「カナリア・クリーム」が出てきた。双子はいつも新作が出来るとカナで試すのだ――カナを呪うことに成功したことがないのに。
そういえば、双子はどこでいたずら呪いをかける前のお菓子を集めているのだろう――呪いが効かない体質のカナにとっては、いたって普通の、美味しいお菓子でしかない。まさか、自分たちで手作りして用意しているわけではないだろう、いくら器用な双子とはいえ、全然想像がつかない。モリーおばさんが作るようなデザートとも違うし、たぶん、おばさんはわが子が自分の料理に呪いをかけたと知ったら、ものすごく怒るだろうな――厨房のハウスエルフに頼んで作ってもらっているとか? それがいちばんしっくり来る――なんて、半分になったクリームサンドを眺めながら考えていた時だ。
「あ、あの!」
上擦った高い声に、カナは顔を上げた。見ると、通路の分かれ道のところに、大鍋を抱えた下級生の男の子が立っていた。午後は魔法薬学の授業だったんだろう。茶髪の巻き毛で、カナよりも背が高いのに、声変わりしているさなかのかすれた声がアンバランスだった。ほんの少し、見覚えがあるような顔だ。
「ここで、何してるんですか?」
「友だちを待ってるよ」
カナは食べかけのクリームサンドを口に放り、荷物を抱えなおす。壁から背を離して、男の子に向き直った。
「厨房に用事があるなら、いいよ。どうぞ」
絵画のそばから退き、入り口を譲る。しかし、男の子は首を横に振った。
「いえ、その・・・・・・」
はっきりしない言い方だった。カナを咎めたいわけでも、なにか用事があるわけでもなさそうだった。何度か口をパクパクと開いては閉じ、ちらりとカナの顔を見ては、目を逸らした。それが不可解で、カナは体を逸らしつつ様子を伺った。
「あの、今年のクリスマスも、ホグワーツに残る予定ですか?」
「え?」
カナはわずかに眉根を寄せた。その、彼の血色のよい耳が、真っ赤になった頬が、どこかで見たことがあるような気がしたからだ。
「うん・・・・・・残ると思うけど」
「あの、もしも、もしも、クリスマスの日、良かったら――」
しかし、彼の言葉は途中で途切れた。地下通路に、バタバタと足音が響いたからに違いなかった。何か騒がしく話し合う声に、彼はパッと振り返り、その口が「ハリー・ポッター」と呟いたことに、カナは気がついた。
「すみません、僕はこれで!」
男の子は大鍋を抱えなおして、あわててハッフルパフ寮の方へと歩いて行った。カナはまだ考えていた――どこで会った子だっただろう、と。
まもなく、「反吐」だなんだと言い合いながら、ハーマイオニーが先頭になって、ハリーとロンを引っ張ってやってきた。
「カナ、さっきのはなんだ? もしかして、もうモテモテか?」
ロンがからかった。しかし、カナはまだ真剣に考えていた。
「いや、知ってる子なんだけど・・・・・・名前を忘れちゃった」
「彼、去年のクリスマス・パーティーにいた一年生じゃない。カナの隣に座ってた」
「ああ!」カナはやっと思い至った。「デレク・ヤングだ。ハッフルパフの」
「どっからどう見てもハッフルパフ生だこと」ロンが呟いた。
カナが覚えていないのも無理はない――去年のクリスマスは、リーマスの病気のことで、思い悩んでいた時期だったから。
「そんなことより!」ハーマイオニーが声を張り上げた。「ハリー、来てごらんなさいよ!」
ハーマイオニーは絵画へ手を伸ばし、取手が現れると迷いなくそれを引っ張って、開いた奥へとハリーを押し込んだ。カナたちもあとに続く。
「ハリー・ポッターさま! ハリー・ポッター!」
ドビーはハリーの鳩尾のあたりに勢いよく飛び込んで、ぎゅっと力強く抱きついていた。
「ドビー、どうしてここに?」
「ダンブルドア校長先生が、ドビーとウィンキーに仕事をくださったのでございます!」
「ウィンキーもいるの?」
「さようでございますとも!」
ドビーはハリーの体から飛び降りて、その手を引っ張って厨房の奥へと連れていった。今は皿洗いも終わっていて、百人ほどいるハウスエルフたちもゆったりしている。カナたちに向かって、頭を下げたり膝を曲げたりして挨拶を送った。
「ウィンキーでございます!」
暖炉の前の丸椅子に、ウィンキーは座っていた。スカートにブラウス姿で、ブルーの帽子には穴が空いていて、そこからとがった耳が飛び出している――おそらく、クラウチ氏がウィンキーに与えた最後の衣類そのままなんだろう。仕立てのよいスカートはあちこちに染みがあって、ブラウスは薄汚れていた。
「ハーイ、ウィンキー」
カナが言うと、ウィンキーは陰気な顔をパッと上げて、唇がふるえ、言葉を紡ぐことなく泣き出した。大きな茶色の目からは涙がしとどに溢れている。
「かわいそうに」ハーマイオニーが言った。「ウィンキー、泣かないで、お願いよ・・・・・・」
しかし、泣き声はいっそう大きくなった。ドビーは逆に、ニッコリ笑ってハリーに話しかけた。
「お茶をお飲みになりますか?」ウィンキーの泣き声に負けないように、大きなキーキー声で言った。
「ああ、うん。もらうよ」
とたんに、数人のエルフが駆け寄ってきた。テーブルと椅子のセットがその場にポンと現れ、大きな銀のトレーにティーセットと、大盛りのビスケットの皿が運ばれてきた。
「サービスが良いね!」
ロンが感心したように言った。ハーマイオニーはロンを睨んだけれど、エルフたちはうれしそうにペコリと頭を下げていった。カナはハーマイオニーの荷物をテーブルの上に置く。
ドビーが四人分のお茶を淹れティーカップを差し出しながら、自分のことを話してくれた。
「ドビーはほんの一週間前からホグワーツにいるのです。ハリー・ポッターさま。ドビーは校長先生のところへ行きました。お分かりいただけると思いますが、解雇されたハウスエルフがが新しい職を得るのはとても難しいのでございます。ほんとうに難しいので――」
ウィンキーの泣き声がいっそう激しくなった。涙が鼻水かわからないものが、ぼたぼたと垂れてスカートに新たな染みを作っている。
「ドビーは丸二年間、仕事を探して国じゅうを旅したのでございます! でも、仕事は見つからなかったのでございます。なぜなら、ドビーはお賃金が欲しかったからです!」
聞き耳を立てていたほかのエルフたちが全員、バッと顔を背けた。ドビーの言葉を恥入るような、非難するような顔つきだ。
「あなたが正しいわ、ドビー」ハーマイオニーが言った。
「ありがとうございます、お嬢さま!」
ドビーは満面の笑みを浮かべた。
「ですが、お嬢さま、ほとんどの魔法使いは、お賃金を要求するハウスエルフを欲しがりません。『それでは屋敷しもべ妖精にならない』とおっしゃるのです。そしてドビーの鼻先でドアをぴしゃりと閉めてしまいます。ドビーは働くのが好きでございます。でも、ドビーは服を着たいし、お賃金を貰いたい。ハリー・ポッターさま、ドビーは自由が好きなのです!」
エルフたちが、こわごわとドビーから離れ始めた。ウィンキーは椅子の上で背中を折り曲げて泣き続けていたけれど、さらにその泣き声が大きくなった。
「そして、ドビーはウィンキーを訪ねました。そのとき、ウィンキーも自由になったことがわかったのでございます!」
とうとう、ウィンキーは椅子から崩れ落ちて、石畳の床にうずくまって、小さなこぶしが床を叩いた。惨めさに打ちひしがれている。ハーマイオニーがウィンキーのそばに駆け寄って、慰めようとした。でも、何を言っても激しく泣き叫ぶ声は止まらなかった。
ドビーは泣き声に負けないように声を張り上げ、話を続けた。
「ドビーは思いついたのでございます。『ドビーとウィンキーと一緒の仕事を見つけたら?』と、ドビーが言いました。『ハウスエルフが二人も働けるような仕事がありますか?』と、ウィンキーが言いました。そこでドビーが考えます。そして、おもいついたのでございます。ホグワーツだと! そしてドビーとウィンキーはダンブルドア校長先生に会いに来たのでございます。そして、ダンブルドア校長先生はわたくしたちをお雇いくださいました!」
緑色の大きな目に涙をいっぱい溜めて、ドビーは続けた。
「そして、ダンブルドア校長先生は、ドビーがそう望むなら、お賃金を支払うとおっしゃいました! こうしてドビーは自由なハウスエルフとなったのでございます。ドビーは一週間に一ガリオンと、一か月に一日のお休みをいただくのです!」
「それじゃ少ないわ!」ハーマイオニーがウィンキーのそばで、その泣き声よりも大きな声で言った。
「お嬢さま、ダンブルドア校長先生はドビーめに、一週間に十ガリオンと週末を休日にするとおっしゃいました・・・・・・」ドビーがブルッとからだをふるわせた。「でも、ドビーはお賃金を値切ったのでございます、お嬢さま・・・・・・ドビーは自由が好きでございます。でもドビーはそんなにたくさんは欲しくないのでございます。ドビーは働くほうが好きなのでございます」
「エルフらしいね」カナがぼそっと言うと、ロンが何度も頷いた。
「それで、ウィンキー、校長先生はあなたにはいくら払っているの?」
ウィンキーがぴたりと泣き止んだ。しかし、ぐしゃぐしゃの顔を上げて、ハーマイオニーをキッと睨みつけ、怒ったように言った。
「ウィンキーは不名誉なハウスエルフでございます。でも、ウィンキーはまだ、お給料をいただくようなことはしておりません! ウィンキーはまだそこまで落ちぶれてはいらっしゃいません! ウィンキーは自由になったことをきちんと恥じております!」
「恥じるですって?」激しいキーキー声に、ハーマイオニーが呆気に取られた。「でも、ウィンキー、よく考えて! 恥じるのはクラウチさんのほうよ。あなたじゃないわ。あなたは何にも悪いことをしていないし、あの人はあなたに対してひどいことを――」
ウィンキーは帽子からはみ出した耳をピッタリと押さえ、ハーマイオニーの声を遮るように叫んだ。
「あたしのご主人さまを、あなたさまは侮辱なさらないのです! お嬢さま、クラウチさまはよい魔法使いでございます。クラウチさまは悪いウィンキーを解雇するのが正しいのでございます!」
「ウィンキーはなかなか適応できないのでございます、ハリー・ポッターさま」
ドビーがこっそり打ち明けた。
「ウィンキーは、もうクラウチさんに縛られていないということを、しばしば忘れるのでございます。なんでも言いたいことを言っていいのに、ウィンキーはそうしないのでございます」
「それじゃあ、ハウスエルフは雇い主のことで言いたいことが言えないんだ?」
ハリーの問いに、ドビーは突然真剣な顔になった。
「言えませんとも。とんでもございません――それが、ハウスエルフの制約のひとつでございます。わたくしどもはご主人さまの秘密を守り、沈黙を守るのでございます。主君の名誉を支え、けっしてその悪口を言わないのでございます――でも、ダンブルドア校長先生はドビーに、そんなことにこだわらないとおっしゃいました。ダンブルドア校長先生は、わたくしどもに、その――」
ドビーは急にそわそわして、もっと近づくように誘った。みんな顔を近づけた。ドビーは囁くように言った。
「ダンブルドアさまは、わたくしどもがそう呼びたければ、『老いぼれ偏屈じじい』と呼んでもいいとおっしゃったのでございます!」
ドビーはクスッと笑った。
「でも、ドビーはそんなことはしたくないのでございます。ドビーはダンブルドアさまがとても好きでございます。校長先生のために秘密を守るのは誇りでございます」
「でも、マルフォイ一家については、もう何を言ってもいいんだね?」ハリーがニヤッと笑って言った――しかし、ドビーはわずかにおびえた様子だった。
「ドビーは、ドビーはそうだと思っています」自信のない言い方だったけれど、やがて、肩を怒らせて、まっすぐにハリーを見た。「ドビーは、ハリー・ポッターにこのことをお話できます。ドビーの昔のご主人さまたちは――ご主人さまは――悪い闇の魔法使いでした!」
ドビーは一瞬立ちすくんで――それから壁に走り寄り、何度も頭を打ちつけ、キーキー声で叫んだ。
「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」
ハリーはドビーのネクタイを引っ張って、引き戻した。
「ありがとうございます。ハリー・ポッターさま、ありがとうございます」ドビーは自分の頭を撫でた。
「ちょっと練習する必要があるね」
「練習ですって?」
ハリーの言葉に、ウィンキーはまた怒った。
「ご主人さまのことをあんなふうに言うなんて、ドビー、あなたは恥をお知りにならなければなりません!」
「ウィンキー、あの人たちは、もうわたくしのご主人さまではありません! ドビーはもう、あの人たちがどう思うかを気にしないのです!」
「まあ、ドビー! あなたは悪いハウスエルフでいらっしゃいます」
ウィンキーがまた目にいっぱい涙を溜めた。
「あたしのおかわいそうなクラウチさま。ウィンキーがいなくて、どうしていらっしゃるのでしょう。クラウチさまにはウィンキーが必要です。あたしの助けが必要です! あたしはずっとクラウチ家のお世話をしていらっしゃいました。あたしの母はあたしの前に、あたしのおばあさんはその前に、お世話しています・・・・・・ああ、あの二人はウィンキーが解雇されたことを知ったらどうおっしゃるでしょう。ああ、恥ずかしい、情けない!」
ウィンキーはスカートに顔を埋めてまた泣いた。
「ウィンキー、クラウチさんはあなたがいなくたって、ちゃんとやっているわよ。私たち、最近お会いしたけれど――」
「あなたさまはあたしのご主人さまにお会いに?」ウィンキーが息を呑んで、顔を上げた。「あなたさまは、あたしのご主人さまにホグワーツでお目にかかったのですか?」
「ええ、クラウチさんとバグマンさんは、トーナメントの審査員なの」
「バグマンさまもいらっしゃる?」ウィンキーがまた、怒ったようにキーキー叫んだ。「バグマンさまは悪い魔法使い! とても悪い魔法使い! あたしのご主人さまはあの人がお好きではありません。ええ、そうですとも。お好きではありません!」
「バグマンが、悪いって?」ハリーが聞き返した。
「ええ、そうでございます」ウィンキーは頭を激しく振りながら答えた。「あたしのご主人さまがウィンキーにお話になったことがあります。でも、でもウィンキーは言わないのです・・・・・・ウィンキーは、ウィンキーはご主人さまの秘密を守ります・・・・・・」
ウィンキーはまた泣き暮れた。
「かわいそうなご主人さま・・・・・・ご主人様を助けるウィンキーがもういない!」
ウィンキーのうわ言や泣き声が響く厨房で、みんな紅茶をすすった。ドビーはもう慣れっこみたいに、ホグワーツでの自由な生活や、お給料をどうするつもりかの計画を楽しそうに話した――しかし、カナはだんだん頭が重くなってきた。ドビーやハリーたちが話すことが、頭からぽろぽろ溢れていくようだった。
「きみ、大丈夫?」
厨房から出たところで、ハリーが声をかけた。前方を歩くロンは帰りに持たされたケーキやパイを頬張り、ハーマイオニーはウィンキーやホグワーツのエルフたちを憐れんでいた。
「ううん――ぼく、医務室に泊まらないといけないかも」
S.P.E.Wのボックスをハリーに押し付けながら、カナはうめいた。
しかし、カナの頭痛はマダム・ポンフリーでも、例の特効薬でも治らなかった――木曜日の変身術の授業で、終業の鐘が今にも鳴ろうとしている時、マクゴナガル先生がみんなに注目させた。
「皆さんにお話があります」
カナは羽根ペンを動かしていた手を止めた。異種間取り替え――ガートに散々仕込まれた変身術の注意点を、熱心に書き取っていたところだった。なぜなら、カナは杖を握ればそれを証明できるのだけれど、レポートとなるとてんでダメダメだったからだ。
「ユールボールが近づきました――このダンスパーティーは、三大魔法学校対抗試合の伝統でもあり、外国からのお客様と交流する機会でもあります。さて、ユールボールには四年生以上が参加を許されます。下級生を招待することは可能ですが――」
「うわ・・・・・・」
ラベンダーやパーバティがクスクス笑いあう裏で、カナは机に崩れ落ち、うめいた。頭痛の種とは、まさにこれだった。おそらくは、一昨日、二年生のデレク・ヤングが厨房の前で話しかけてきた件もこれだ。カナが自惚れているわけではない。今、このホグワーツで「クリスマスの日」といえば、すなわち「ユールボール」のことなのだ。カナはもう、すでに片手で数えるのがいっぱいになるほどの誘いを断ったあとだった――ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの男の子たちはみんな、手当たり次第に誘いを持ちかけているに違いない。そうでなければ、ちんちくりんのカナがやたらめったらダンスのパートナーに誘われるはずがないのだ。
「そんなにダンスに行きたいわけ?」
マクゴナガル先生の手前、カナは口の中でぶつくさ言った。
「パーティー用のドレスローブを着用するのです。ユールボールは、大広間で、クリスマスの夜八時から始まり、夜中の十二時に終わります。ところで――」
マクゴナガル先生は、なおのこと声を深くしてクラス全員を見渡した。
「この舞踏会はわたくしたち全員にとって、もちろん――コホン!・・・・・・髪を解き放ち、羽目を外すチャンスです」
先生は、しぶしぶ、といった声色だった。ラベンダーの笑いが一瞬大きくなった。マクゴナガル先生のきっちりまとめられた髪は、どんなときでも解き放たれたことなど一度もないように見えたからだ。
「しかし、だからと言って、決してホグワーツの生徒に期待される行動基準を緩めるわけではありません。グリフィンドール生が、どんな形にせよ、我が校に屈辱を与えるようなことがあれば、わたくしとしては大変遺憾に思います」
それ、他校の生徒にも同じことを言ってください、と、カナは思った――今朝なんて、ボーバトンの男子が大広間から変身術の教室の目の前までついてきて、カナにしつこく迫ってきたのだから――
終業の鐘が鳴った。みんな、とたんに鞄に道具を詰め込んで、慌ただしく教室を出ていく――マクゴナガル先生が、そのがやがやの中でもはっきり聞こえるように言った。
「ポッター、残りなさい。話があります」
カナは後ろ髪を引かれながらも、ハーマイオニーと一緒に教室をあとにした。
「たぶん、代表選手の話よ」ハーマイオニーがこそっと言った。「今朝のボーバトン生はいないわよ。カナ、行きましょう」
柱の影に隠れながら歩くカナを見て、ハーマイオニーがじれったく言った。
「伝統によると、代表選手とそのパートナーが、ユールボールの最初に踊るみたいよ」
カナは怒ったクルックシャンクスみたいに「ウーッ」と唸った。舞踏会の話は聞きたくない気分だ。
それに、カナはこう思っていた――どうせユールボールへ出席しなければいけないのなら、その時は、フレッドと行きたい――でも、多分、双子は「伝統的」とか、かしこまった会場は好きではないと思う。だから、舞踏会には出席せず、談話室に残ったメンバーでめちゃくちゃなクリスマス・パーティーをしたらどうだろう、と。ハリーには悪いのだけれど。
「フレッド!」
ランチの席を隣に陣取りながら、カナはぶすくれて言った。
「言っとくけど、ぼく、舞踏会に出るつもりないよ」
「なんで?」
フレッドは驚いたように聞いた。
「なんでって・・・・・・つまらなさそうだから。談話室でお菓子とかおもちゃとか持ち込んで、いつも通り遊んだほうが楽しそうだなって」
「お前さんも言うようになったな」ニヤリと、フレッドは頬を持ち上げた。「あれ見ろよ」
フレッドが顎をしゃくった先には、数人の女子生徒の塊があった。その中心から、セドリックの頭が突き出ていて、眉を下げて微笑んでいるけれど、明らかに動けなくて困っている姿が見えた。
「馬鹿みてえだろ?」
カナもそっとほくそ笑んだ――フレッドもカナと同じ気持ちだったのだと思って、胸が温かくなりながら。
クリスマス休暇に学校に残る生徒のリストが、百インチにもわたって長々と連なっているのを、カナは初めて見た。
十二月のホグワーツは明らかに浮かれ切っていた。反面、カナは疲れ切っていた。この一週間だけで、カナは何度「ごめんなさい」と言っただろう。はじめはきちんと相手の話を聞いてから断っていたカナも、「ダンス」とか「舞踏会」とか聞こえたとたんにため息を吐いて、言葉の続きをシャットアウトするようになってしまった。今では、カナはフラーの気持ちがすこしわかる気がした。そのせいで、カナは自由時間はほとんどを談話室で過ごすようになった。グリフィンドールの生徒たちは、カナにはフレッドがいることをみんな知っているので、声をかけてこない――おかげで、カナは作業に没頭できた。この前のホグズミードで買った布と裁縫道具で、カナはクッションを縫っていた。これが完成したら、床を舐め回す魔法をかけるつもりだ――自ら進んでごみを食べてくれるようになるだろう。クリスマスまでに仕上げて、フレッドをびっくりさせてやろうと意気込んだ。
フリットウィック先生は優しいので、呪文学の授業中、ちっとも集中できない生徒たちにとうとう「遊んでいてよろしい」と言い渡した。逆に、ビンズ先生はいつも通りでしかなかった――自分が死んでも授業を続けるビンズ先生なのだから、生徒たちが色めきだって授業中に騒いでいたとしても、「ゴブリンの反乱」の項を淡々と、ひたすらにつまらなく読み上げていた。
マクゴナガル先生やムーディ先生はいつも通り、鐘が鳴る最後の一秒まできっちりと授業を続けたし、スネイプ先生なんかは、今学期最後の授業で魔法薬のテストをすると突然言い渡した。
「あいつさあ、悪魔だな」
その夜の談話室で、ロンが顔をにがーくして言った。
「急に最後の授業にテストを持ち出すなんて。山ほど勉強させて、生徒たちの楽しい学期末を台無しにするつもりだ」
「でも、あなた、あんまり山ほど勉強しているようには見えないけど?」
ハーマイオニーが魔法薬学のノートからそっと顔を上げた。ロンは通販カタログで買ったばかりの「爆発スナップ」のカードパックを広げて、それを積み上げるのに夢中になっていた。いつ爆発するかわからないので、カナも距離をとって、クッションのなり損ないに針をちくちく刺していた。
「もうクリスマスだよ、ハーマイオニー」
ハリーが気だるげに言った。肘掛け椅子を陣取って「キャノンズと飛ぼう」を繰り返し読んでいた。
「あら、そうかしら。あなたたちと違って、カナはいいわよ、魔法薬の試験勉強なんかしなくったって。心配する必要ないんだから」
ハーマイオニーはハリーに向かって厳しく言った。
「解毒剤のほうは勉強したくないにしても、ハリー、あなたは何か建設的なことをするべきじゃないの?」
「たとえば?」ハリーは顔も上げずに聞いた。
「あの卵よ!」
「嘘だろう、ハーマイオニー。二月二十四日なんてまだまだ先だよ」
カナは覚えている――第一の課題祝勝パーティーで、ハリーがその卵の表面に溝が入っていることに気がついた。そして、それはぱっくりと開くことができた――しかし、すぐ閉じる羽目になった。中身は空っぽで、開けた途端に、耳をつんざくものすごい悲鳴、咽び泣きが談話室に響き渡ったのだ――そのせいで、ハリーは金の卵から第二の課題のヒントを探る方法に難儀していた。
「でも、解明するのに何週間もかかるかもしれないじゃない」ハーマイオニーが言った。「ほかの選手が次の課題のことを知っているのに、あなただけ知らなかったら、おまぬけさんもいいところだわ」
「ほっといてやれよ、ハーマイオニー。ハリーは休息してもいいだけのものを勝ち取ったんだ」
ロンがそう言いながら、最後の二枚のカードを城のてっぺんに置いた――とたん、全部が爆発した。被害としては、ロンの眉毛が真っ黒に焦げただけだ。
「男前になったな、ロン」
「お前のドレスローブにぴったりだ、きっと」
フレッドとジョージがやってきて、自身の眉毛に触れているロンをからかい、そのままテーブルの向かいに座った。
「ロン、ピッグウィジョンを貸してくれよ」ジョージが聞いた。
「無理。いま手紙の配達に出てるから。で、なんで必要なんだい?」
「ジョージが舞踏会に誘いたいからさ。誰って、ピッグのやつを」フレッドはカナをちらりと見やりながら言った。
「僕らが手紙を出すからだよ、この大馬鹿野郎」ジョージがフレッドの皮肉をばっさり切り捨てた。
「そんなにつぎつぎと手紙を出して、今度は何をしようって言うんだい?」ロンがにやにやと言ったけれど、フレッドが杖を出した。
「嘴を突っ込まないほうがいいぞ。今度は頭が丸焦げになる――誰かさんみたいに」
フレッドは杖を仕舞った。
「で・・・・・・お前さんたちはダンスの相手は見つけたか?」フレッドが言うと、ジョージがちらりと視線をよこした。
「まーだ」ロンが言った。
「だったら急ぐんだな、兄弟。さもなきゃ、イイのはぜーんぶ取られっちまうぞ」
カナは布と針を持つ手を置いて、顔を上げた。
「そりゃ、兄貴はイイのと行くんだろうさ。ガールフレンドとね」ロンがわざとらしく言った。
「いや」
フレッドがカナをじっと見つめた。
「アンジーと行くさ」
口を閉ざしたまま、カナは息すら吐くのを忘れた。ようやく乾いた唇を開こうとしていると、フレッドが呆れたように言った。
「カナ、お前さん、行かないんだろ?」
「だって、フレッドは」カナはうろたえながら言葉を探した。「ぼくがそう言ったとき、何も――」
「行きたくないんだろ、誰に誘われたって断ってるみたいだし――なんだよ、そんなに慌てふためいて」フレッドは口角を持ち上げた。でも、その目は笑っていなかった。
「フレッド、きみがひと言、『舞踏会に行きたい』って言ってくれたら、ぼく、そうしたのに――」
「でも、フレッドくんはそうしなかった」亜麻色の目は、見定めるようにカナを見ていた。「どういうことかわかるか?」
フレッドが言っていることはよくわからなかった。でも、カナはただ、ただ――今までカナがフレッドにしてきたことの、その再演なのではないかと、そう思った。
「それでぼくに仕返ししてるつもり?」
「滅相もない」フレッドは負けなかった。
「アンジーは、なに、それで、オッケーだって?」
苛立って言うと、フレッドは眉を跳ね上げて、にんまりとほくそ笑んだ。このテーブルを囲う者たちは、誰も口を挟めなかった。カナは助けを求めるようにジョージを見た――なんとも言えない表情で、うんともすんとも言わずに片割れとカナを交互に見ていた。
「そんなにぼくと歩くのが恥ずかしいんだったら、最初からそう言ったらいいのに。最初からね」
杖を握りたくなる衝動を抑えつけながら、カナはゆっくり息を吐き、そう言った。中途半端なクッションのなり損ないを、針もそのままに裁縫セットに押し込んだ。
「わかった。カナ、お前さんに状況を説明してやるよ、ちょっと来い――」
「いらない」
「あっ、おい!」
カナが立ち上がると、フレッドが追いかけて来ようとした。杖を向け、首元に突きつけると、フレッドの足が止まった。
「二度と話しかけないで」
「カナ、聞けって――」
しかし、カナは耳を貸さなかった。ドスドスと足音を立てながら階段を駆け上がる。女子寮の階段を登ってしまえば、男子は入って来られないのだ。
「まーた喧嘩だ」
ロンのあきれた声が、遠くでうっすら聞こえた。それを断ち切るように、寝室のドアを思いっきり閉じた。
「ほんっとに、信じられない」
ガートが唾でも吐くように言った。彼女が持ってくる高級な紅茶の味も、ちっともしなかった。
「冗談だとしても、最悪」
カナも額にきつく皺を寄せて言った。砂糖をふたつ、ティーカップに落としたけれど、溶け切らずにジャリジャリと口の中を荒らすだけだ。
「あいつ、あたしに嫌がらせなんかして――そこまでして、あたしが舞踏会に行くのを邪魔したいわけ? あたしがホグワーツの恥さらしで、みっともない女だから?」
「マルフォイはガートが好きなんだよ」
ガートがティーカップを落とした。カナはそれを、杖を振って「レパロ」で直してあげた。
「いい? マルフォイはガートが好きなの」
「ちゃんと聞こえてるっての」
粟だった首筋をさすりながら、ガートはふるえた。
「マルフォイは、ガート、次にきみにこう言うだろうね。『誰も君を誘わないなら、僕が舞踏会に連れて行ってやろうか?』ってね」
「そんなわけない。ドラコはパンジーと行くんだから。あいつはあたしが嫌いなだけ。ホグワーツに入る何年か前、あたしのパパが、あいつのパパに縁談を持ちかけたの。でもみごとに御破談。だってあたし、その頃はマグル育ち丸出しだったんだもん」
ガートは得意そうに言った。カナは横目でちらっと見ただけで、表情を変えなかった。
「自分の父親に恥かかせたやつを、好きになるわけないじゃん」
「さあね。マルフォイも変なやつだし、わかんないよ」
「そんなの、誰だってわかんないじゃん。顔で笑ってても、心は憎んでる。そんなやつばっかだよ」
フィナンシェを高く放り投げて口でキャッチしながら、ガートはため息を吐いた。
「あいつがスリザリンの男子たちを買収したんだよ。おかげさまで、あたし、誰とも舞踏会に出席できません」
「ボーイフレンドは?」
「ドンは――いや。あのバカ、タコ、マヌケ、金魚の糞野郎」ガートは息巻いた。「あたしをかばってくれない時点で、こっちから願い下げ」
「他校の子と行けば? ほら、国際交流」カナもフィナンシェをつまんだ。スポンジでも齧ってるみたいな気分だった。
「まあ、ダームストラング?」ガートは肩をすくめた。「お誘いがないわけじゃないけど――考えとく。あんたは?」
矛先がカナに向いた。ガートがにやりとほくそ笑んでいる。
「あんたもウィーズリーのやつを見返してやんなよ。ボーバトンの金髪の彼――まだアタックされてるんでしょ?」
「あの人、いろんな女の子に声かけてるんだよ。下級生にも。知ってた?」
「げえっ、ロリコン?」ガートは口の前で手を振った。「いや、あんたが幼いとか、そういうことじゃなくてね」
「いいよ、べつに」カナはふてくされたように、ジャリジャリの紅茶を啜った。「大人っぽくて美人な女の子には、逆立ちしたってかなわないもん」
カナは大きく息を吐いた。
「ぼく、魔法薬じゃなくて、箒が得意だったらよかったな。背も、もう少し伸びたらなあ。監督生になれるくらい頭がよかったら――」
「アンジェリーナ・ジョンソンみたいに?」
青い目とヘーゼル色の目が、ぱちっと見つめ合った。
「ガート、ぼく、きみみたいになりたかったなあ」
「ばかだね、ウィーズリーも。カナみたいな女の子は、リボンかけて、硝子のケースに大事に仕舞っておかないと」
「プレゼントは『カエル卵石鹸』じゃなくて、砂糖菓子とピンク色のお紅茶でね」
可笑しくて、ふたりはクスクスと笑い合った。
「あたしかあんたがさ、どっちか男の子だったら良かったと思わない?」
「ぜーったい、こんなに仲良くなってない」
笑い声が、ひときわ大きくなった。ふと、ガートが真面目な顔をして、カナをじっと見た。
「ねえ、なんで今更、ふっきれたわけ? あんなに諦め悪かったのに」
「フレッドのこと?」
カナは染みだらけの天井からぶら下がるペンダントライトを見上げた。
「さあ――なんか、心残りがなくなったっていうか」
「あんたたち、さてはやったんだ?」
「だからなのかなあ」
カナは杖先をフーッと吹きつけた。虹色のシャボン玉がふわふわと飛び立って、ライトにぶつかっては消えていく。
「一歩進んだら、なにか変わるかもって、勝手に期待してたんだろうね」
「わかるよ」
ガートが気のない返事をくれた。
「大人の真似事したって、あたしたちは所詮子どもなの。とくに、男の子は」
「なんか――結局おんなじだなって思っちゃって。脱いでる間は夢中でも、下着を履いたら興味ないみたい」
「プフッ!」
ガートが笑ったので、シャボン玉ができる前にあたりで弾けた。
「そりゃ、そうだよ! 男の子なんてね、みーんなお猿さんなの。あんた、ダンスパーティーに行くんだったら、気をつけなよ。紳士のふりしててもね、白イタチが埋もれたふわふわに、みんな興味津々なんだから――」
「バカ、ガート!」
大量の泡が、ガートの頭上に降った。笑いながら、ガートが逃げ、カナが追いかけた。新しく敷いたばかりの絨毯の上に埃が舞い踊り、シャボン玉が落ちて染みになっていく。
「ねえ、ほんとに行く気ないの?」
ガートが突然立ち止まって、カナの両手を掴んだ。
「ユールボールだよ? 人脈づくりにうってつけ」
「ぼく、ガートみたいにいろんなことを考えるのは苦手」
掴まれた両手を、カナはゆらゆらと動かした。
「それに、ダンスなんて、できないよ。したことない」
「何言ってんの。こんなの適当でいいんだよ。あたし、教えてあげる――」
手を離して、ガートはカナの右手を自分の手のひらにそっと握り込んだ。カナの反対の手を自分の肩に乗せ、ガートの右手はそのままカナの腰に回った。そして、ガートの鼻歌で、埃とシャボン玉が舞うさなか、ダンスの練習が始まった――ガートのリードで、カナは身を任せるままでよかった。
「足さえ踏まなけりゃ、それでいいの」
カナは足元に集中しながら、自然と笑顔を浮かべた。
明け透けになんでも話してくれるガートの存在が、カナにとっては心地よかった。腹の探り合いとか、駆け引きとか――しなくて済むから。
十二月も後半になると、生徒たちのダンスパートナー探しがさらに過熱した。カナの元にも相変わらず何人かから誘いが舞い込んだけれど、すべて蹴った――まだ舞踏会に行く気にならなかった。大広間で、リーがレイヴンクローのテーブルに近づいて、ノエムに話しかけているのを見かけた――彼女の反応は悪くなさそうだった。カナは少しニンマリした。なぜって、ノエムは相変わらずエノスにべったりではあったのだけれど、リーがとても嬉しそうにしていたからだ。
「うまくいった?」
入り口で通りすがり、カナはリーに声をかけた。実はエノスから、「ノエムのパートナーを紹介してくれないか」と相談を受けていたので、「グリフィンドールのリー・ジョーダン」を推薦しておいたのだ。
「『考えておいてあげるから、帰って』、だってさ」
「じゃ、ほぼオッケーだ。彼女、断るなら、ハッキリ言うだろうからね」
「カナ、お前さん、もしかして背中に羽が生えてるんじゃないか? 恋のキューピッドのさ」
笑顔を交わして、リーが大広間を出て行った。カナはハーマイオニーとジニーが並んでいる席に近づいた。
「カナ! ねえ、あなたに教えなきゃいけないことがあるの・・・・・・!」
ジニーが興奮して、カナを引き込みながら言った。ハーマイオニーが「ジニー!」と釘を刺した。
「カナにはあとで教えるわ。あんまり大きな声で言わないでちょうだい・・・・・・」
「だって、すごいのよ」
そわそわと足を揺らしながら、ジニーはカナにスープの皿を寄せてくれた。
「ねえ、カナ、ほんとにフレッドと行かないの?」
「行ーかない」
「フレッドはからかってたのよ。あなたがそう言うから、拗ねてたの。それに、ジョージがなかなかアンジェリーナを誘わないから、じれったかったんですって。おかげさまで、アンジェリーナはジョージと行くことにしたみたい」
「そう」
カナはかぼちゃジュースに口をつけた。離れた席にフレッドとジョージが座っているのはわかっていたけれど、絶対にそちら側を見なかった。
「ねえ、フレッドを許してあげてよ」ジニーが懇願した。
「ジニーが言うことじゃないよ」ゴブレットを置きながら、カナはそっけなく言った。その態度に、ジニーが頬を膨らませて、息を吐いた。
「カナって、そんなに冷たい人だったの?」非難するような声に、カナも息を吐いた。
「きみも男の子と付き合ってみたらわかるよ」
「なによ、それ」
つまらなそうにスープの豆と野菜をかき混ぜているカナを見て、ジニーが苛立ったように言った。
「あたし、あなたたちのこと心配してるだけなの」
「だったら、もう心配ご無用」
カナはスプーンを置いた。呆然とカナを見つめているくるみ色の瞳を、見つめ返し――黙って席を立った。
離れぎわ、カナの目の前にネビルが立っていた。淡い色の目をキョロキョロと動かして、おずおずと口を開いた。
「カナ、ボクと、ぶ、舞踏会に行ってくれない?」
浅く息を吐いて、カナはネビルを見つめた。
「ごめんね。行く気がないから」
「あ・・・・・・そうだよね、ウン、大丈夫」
「それで、ジニーはネビルと行くんだ?」
寝室で、カナは途中放棄したクッションの糸を引っ張っている最中だった。針をそのままにしてしまっていたので、あちこちに無茶苦茶に刺さりまくっていた。
ハーマイオニーは息を吐き、落ち着かない様子で言った。
「あのあと、ネビルは私を誘ったの。でも、私、もう他の人と約束していたから、断ったのよ。そしたらその場で、ネビルが今度はジニーを誘ったの。ジニーったら・・・・・・これを逃したら、舞踏会に行けないと思ったんでしょうね。オーケーしたのよ。あの子・・・・・・ハリーに誘われるのを、待ってたのに」
「ふぅーん・・・・・・」
カナもため息をついた。ジニーも、勇気を出してハリーに声をかけてみたらよかったのに――二年生のデレク・ヤングみたいに。
「ハーマイオニーは誰と行くの?」
「・・・・・・カナ、お願いだから、あの人たちにはないしょにしてよ。ロンとハリーには」
「わかってる」
ハーマイオニーが近づいて、こっそりと言った。
「クラムよ」
カナは目をまんまるにした――ハーマイオニーも、頬を赤らめてうつむいた。
「彼、いっつも図書館にいたでしょう・・・・・・船に帰ればいいのに、わざわざホグワーツに残ってたのは、私に声をかけたかったからなんですって、ずっと・・・・・・それで、今日、昼休みに、そう言われたの。パートナーになってくれないかって」
「へえー!」
カナはにっこりと笑った。
「意外とかわいいところあるんだねー、あの人」
「カナ、外野で楽しんでないで、あなたも出席してよ」めずらしく、ハーマイオニーが弱気な声を出した。「ハリー、チョウ・チャンを誘ったみたいよ。でも、チョウはセドリックと行くみたい。断られたって」
「ふーん」
「ロンは・・・・・・フラーを誘ったって」
「えっ?」
「無視されてたわ」
ハーマイオニーはまた俯いた。
「彼女、ヴィーラの血が混ざってるんですって。私・・・・・・」
わずかに潤んだ栗色の目が、まっすぐにカナを見つめた。
「私、もっと早く――友達からダンスパートナーに誘われていたら、断ったりしなかったわ。ねえ、そうでしょう?」
「ああ、うん。そうだね」
なんだかなあ、とカナは複雑な気持ちになった。自分の身に起きたいざこざがどうでもよく思えるくらいには、カナの周りでもいろいろ渦巻いているのだと悟ったからだ――
談話室に降りると、ハリーとロンが、暖炉の前で力尽きたようにソファーに溶けているのが見えた。カナはそこに近づき、顔を出した。
「あっ!」
ロンが声をあげた。パッと立ち上がって、カナの手をつかんだ。
「いたよ、まだ、女の子が余ってた。ハリー!」
「たしかに女の子ですけど、なにかご用事?」カナはむっつりしながら言った。
「カナ、わかってるだろ。例のあれだよ、ユールボール!」
ロンが自分の言葉に何度も頷き、にこやかに言った。
「どうせ誰とも約束してないだろ? あ、フレッドのやつには黙っとくからさ――頼むよ、僕らを助けると思って、一緒に行ってくれよ」
カナは品定めするように、ロンの全身を見下ろした。そして、隣で唇を引き結んでいるハリーのことも見た。
「いいよ」
「マジかよ――」
はしゃぎかけたロンの口元に、カナは杖をそっと押し当てた。
「ただし、明日、朝食が終わったら、二人ともぼくに着いてきて」
二人とも、カナの真意がつかめずきょとんとしたまま、顔を見合わせていた。
20250531