「一人になったらだめって、おかあさんは言うけど」
 遅れてちびちびと朝食を摂るカナは、独り言をいった。ロンたちはパーシーに手紙を出しに行ったに違いない。ハリーは厨房で働くハウスエルフのドビーに、第二の課題で世話になったからと、プレゼントを届けにいくと言っていたし、ハウスエルフのこととなったらハーマイオニーがついていかないはずがない。
 カナはダンブルドアに、写真のことを相談しに行かなければいけないのに。
「みんないつでも暇なわけじゃないし・・・・・・みんなやることがあって・・・・・・」
 早く起きられなかったのは自分のせいなのに、トーストクランペットをフォークでつつきながら、カナはぶつぶつと呟いていた。
「ハーマイオニーを待とうかなあ」
「やあ、今日も忙しいみたいだね」
 やさしい声がして、カナは振り返った。ハッフルパフのテーブルに座っていたのはセドで、ほんのり寂しそうに微笑んでいた。
「セド、おはよう」カナはあわてて髪の後ろを撫でた。
「おはよう。カナがいつ僕に気づくかずっと待ってたんだけど、全然そんな気配がなかったからね」
「こんな時間に残ってるだなんて思わなくて・・・・・・」
「ハハ、そうだよね」
 にっこり笑うセドに、カナは急に恥ずかしくなって、顔を隠した。
「なにか、ぼく、変なこと言ってなかった?」
「いいや?」
 セドの裏表のなさそうなスマイルが返ってきても、カナは手をおろさなかった。
「セドってときどき、ぼくのことぜんぶ見透かしてるような気がするよ」
「まさか。『開心術』じゃあるまいし。そうだな、きみがそう思うってことは、僕はただきみのことを知ろうと一生懸命なだけで・・・・・・だからかもしれない」
 ぽかぽかし始めた頭に、かぼちゃジュースの冷たさがキーンと染みた。

 ダンブルドアに届け物があるのだと事情を話すと、セドは快く付き添ってくれた。二人はランチ前に校長室へと向かい、カナは無事、例の写真の入った封筒をダンブルドアへと渡すことができた。
「正直に言うと、僕は悔しくてね」
 陽気が心地よい校庭に足を伸ばして、きらめく湖面を眺めながら過ごしていたとき、セドが唐突に言った。
「昨日、僕は、きみが話してくれるまでちゃんと待つと言ったけど・・・・・・でも、あのあと、ハリーたちと一緒にいたんだろう? そう思うと・・・・・・」
 思わず、カナが身構えたまま話を聞いていると、セドが申し訳なさそうに表情をやわらげた。
「ごめんね。男の嫉妬とか、そんなのじゃないよ」
 それでも、カナの表情がこわばったままだったんだろう。「そんなに怯えないで」と、大きな手がカナの手の上に重なった。
「ただ、すこし気になっただけだよ。僕はきみのことならなんでも知りたいからね。あの友達の中でも、きみがより親しそうに話してるのはロンやハーマイオニーとだけど・・・・・・ハリーとの間には、なんだか特別な絆があるように見える。親しいっていうのとは、また違うな・・・・・・なんて言うか、きみとハリーは・・・・・・時々、なんだかとても似てるなって思う時があるんだ。雰囲気とか、まなざしがね。友達というより、きょうだいみたいだって」
「セド、するどいね」カナはまた湖面に視線を戻した。「ハリーの両親と、ぼくのおかあさんがね、ぼくたちが生まれる前、友達だったんだって。でも、そんなの全然知らないうちに、ぼくたち友達になってたから。不思議だよね」
 強い風が吹いた。乱れた髪をおさえながら、カナは少し隣に寄りかかった。
「ハリーとこんな話はしたことないよ。ぼくもハリーも、自分の家族の話をするのは苦手なんだ。たぶん、言葉にしないだけで、たくさんのつながりがある人なんだと思う。だから・・・・・・特別な縁があるのかもね」
 セドが押し黙ったように感じて、カナは顔を見上げた。不意をつかれたような横顔に、一瞬だけくちづけた。
 きょとんとカナの青い目を見つめるグレーの瞳が、湖面の光を反射して綺麗だった。
「セド、ぼくのことを知りたいって言うけど、同じくらいハリーのことも知りたいみたいだね」
「あー・・・・・・」
 セドは言いにくそうに声を落としたあと、鼻先をかいた。
「こんなこと、きみに話すのは恥ずかしいけど。僕は彼のことを、ものすごく意識してる。やっぱり、トーナメントのライバルだし・・・・・・いや、それより以前から、ハリーとはライバルだった。同じシーカーだ。そのうえ、きみの友達でもあるし」
「男の子ってほんと変だね。友達は友達だよ」
「僕ときみだって、前は友達だっただろ?」
 つないだ手がきゅっと絡んだ。
「カナは、そう思うことはない? 僕がハッフルパフ寮で、他の子とどんな話をしてるのか気になったりしないかい」
「きみが嘘つきでお調子者でワルだったら、そう思ったかな」
 セドは失望していないだろうか、と不安になるのはもうやめたのだ。また彼を試すようなことをしてしまいそうだから。
「セドが素敵な男の子だって、いろんな人が思ってるのはわかってる。でも、夜にベッドの中で不安で泣いたりしなくて済んでるのは、きみがきみだからだよ」
「・・・・・・でも、僕は面白い人間じゃないだろ?」
「比べたりしないよ」
 胸の奥が重くなるような関係には、もうつかれたから。
「面白くなくたって、ずっとそばにいてくれる人がいい」
「わかった」セドの手がカナの人差し指に、念入りに触れていた。「気の利いたことは言えないけど、きみのそばにいるって、約束する」
 また恥ずかしくなって、カナは身を起こした。けど、セドの手が離れないので、何だろうと思いながらその手を見た。
「ね、くすぐったいよ。何をしてるの?」
「いや、ちょっと・・・・・・ちっちゃくて可愛いなって思ってただけだ」
「子どもみたいだって思ってるでしょ」
「思ってない」セドがはにかんだ。「きみだって、素敵な女の子だ」
 セドは安心させてくれる男の子だけど、ものすごく心臓をめちゃくちゃにしてくるな、とカナは痛いほど思っていた。

 午後になると、カナのもとにスキャントリーが舞い降りてきた。それがものすごくうれしくて、カナはその場で手紙を開けた。思った通り、おかあさんからの手紙で、カナを安心させようとしているのだと、かすれた文字から思いやりが感じられた。
 いてもたってもいられなくて、カナは寝室のベッドの上に籠って、すぐに手紙を書いた。スキャントリーもしばらくはカナの頭や肩に乗り移って甘えようとしたけれど、いずれ飽きて、開け放った窓から飛び出していった。
 おかあさんに伝えたいことがたくさんあった。初めておかあさんに手紙を出した一年生のころは、何を書けばいいのかわからなくて、ほとんど便箋を使わなかった。それが嘘みたいに、羽根ペンを握る手が止まらない。
 三枚ほど書いたなかほどに、「夏休みになってあの家に帰ったら、シオンの話をしたい」としたためたところで、部屋がずいぶん薄暗くなっていることに気がついた。ハーマイオニーの時計を見ると、もう夕食の時間が迫っていた。
 誰かに声をかけるのが億劫で、カナはこっそりとフクロウ小屋に向かった。用心のために「目眩し術」で姿を隠して、校庭まで歩いた。こんなことをするのは久しぶりだった。大広間へと行き交う生徒たちとすれ違う。誰もカナのことを気にしない。誰もカナには気づかない。
 なんだ、誰にも頼らなくても、これで十分じゃないか、とカナは思った。
 フクロウ小屋は静まり返っていた。スキャントリーの姿がないので、螺旋階段をのぼっていく。ぱきん、ぱきん、とネズミの小骨を踏み歩いていると、頭上から灰色の毛羽だった塊が落っこちてきた。
「うわっ!」
 カナはあわてて受け止める。褐色の瞳をくりくりと輝かせているのは、他でもないスキャントリーだった。半日好きにさせていたのに、まだ遊び足りないんだろう。ジタバタしながらカナの肩に飛び乗うつり、脚をそわそわさせていた。
「もう、びっくりした」
 くすくす笑うと、ガタン、と、上の階から物音がして、カナは見上げた。その先にいたのは、ハリーだった。
「カナ、君、まさか一人で来たの?」
「えっと・・・・・・」
 スキャントリーの脚に手紙をくくりつけながら、カナはハリーを追い越して、開け放たれた窓際に近づいた。
「・・・・・・ハリーだって、一人でここにいるじゃない」
「僕は君ほど危険な状況じゃないよ。もしここにいるのが僕じゃなくて、マルフォイのやつだったらどうするつもりだったんだ?」
 カナは笑い飛ばした。
「マルフォイがぼくに何かできるとは思わないけど。もしそんなことになったら、返り討ちにしてやるけどね」
 スキャントリーのピンク色の頭を撫で、カナは彼を窓の向こうに放った。羽ばたいて遠くなっていくその姿をぼうっと見つめていると、隣にハリーが並ぶ。
「エリアおばさんへの手紙?」
「うん、そうだよ。ハリーは?」
「僕は、スナッフルに食べ物を贈ろうと思って」
「それはいいね」
 紫色の空に、スキャントリーのシルエットが小さくなって、溶けていったのを見送った。心地よい風が吹いていた。そのまま森のほうを見下ろすと、ハグリッドが丸太小屋から少し離れたところに、畑を新しく耕しているのが見えた。
「カナ、これはロンやハーマイオニーとも話してたことなんだけど・・・・・・エイブリーと関わるのは、もうやめた方がいいと思う」
 突風がカナの黒髪を煽る。床に落ちたフクロウの羽が舞い上がり、階下へといくつか落ちていった。
「スナッフルが言うなら本当のことだ。エイブリーは死喰い人デス・イーターと関わりがある」
 カナが押し黙っていると、ハリーはさらにカナに近づいて、言った。
「もし次にエイブリーと二人きりになった時に、襲われたりでもしたら・・・・・・」
「ハリー、考えすぎだよ」
「考えすぎもするさ」
 カナはようやくハリーの方を見た。鮮やかな緑色が、カナの青色をまっすぐに見つめていて、その真剣なまなざしに、わずかに気圧される。
「ガートは、他のスリザリンのやつらとは違うよ」
「そうだとしても、エイブリーが嘘を演じてる可能性がないわけじゃない。君が騙されてないとは言えないだろ。エリアおばさんが、そうだったんだから」
 ハリーが、本当は言いたくなさそうな口ぶりで、苦々しく視線をそらした。カナは石造りの窓枠に肘をつき、寄りかかった。
「・・・・・・悲しいね」
 丸太小屋の大きな影のそばに、同じくらいの大きさの影が近づいた。マダム・マクシームが、ハグリッドに何か話しかけたがっているように見えた。
「どんなに好きでも、仲良くしたいと思っても、しがらみがそれを壊すんだ」
 カナのつぶやきに、ハリーは言葉が返せないみたいだった。
 向こうでは、ハグリッドはほんの少し言葉を交わしただけで、また畑の仕事に戻ってしまった。マダム・マクシームはしばらくそこにいたけれど、やがて諦めて立ち去っていった。
「考えないわけじゃないよ。友達が自分を裏切っていなくなったとき、おかあさんやリーマスはどんな気持ちだっただろうって」
 また風が吹いた。髪が強く頬を叩いたので、カナは身を起こして窓際に背中をつけた。
「でも、ちっとも想像できない」
 カナがへらりと微笑むと、ハリーは肩をすくめた。
「僕は、ちょっとだけ想像できる。ロンと喧嘩した時はそういう気持ちだった」
「そうかなあ。もっとひどいと思うけどな。『信じ続けることは、苦しくてたまらない』って、おかあさんが言ってた。きっと、その頃はそういう時代だったんだと思う」
 寄りかかっていた背中をはがし、カナは歩き出した。
「そういう気持ちは、わからないままで、いたいな」
「・・・・・・そう、だね」
 ハリーもカナのあとに続いた。
「僕もそうであって欲しいと、思うよ」
「うん」クスッと、カナは息を漏らした。「ハリーがいてくれて、よかった。こんな話、ハーマイオニーやロンとはできないと思うから」
 扉に手をかけたとき、パッとその腕を掴まれた。カナは顔を上げた。暗くて、うつむいたハリーの顔はよく見えなかった。
「カナ、僕がこんな話をするのは・・・・・・」
 ハリーの手に力が込もった。しかし、その手つきは妙に優しいように感じた。掴まれた腕の袖越しに、ハリーの手が熱く燃えていた。
「僕は・・・・・・」
 エメラルド色を探した。いつもカナをまっすぐに見つめるあの瞳を。真摯で、優しくて、不器用な。
 ハリーがうつむいたまま、カナは手を引かれたまま、数十秒が過ぎた。カナが腕の力を抜くと、はじかれたように、掴んでいた手がパッと離れる。
「ごめん、痛かったよね。その、なんでもない――」
「ハリー」
 カナが腕を広げた。ハリーが、おそるおそるといったふうに、同じように腕を開くと、カナは一歩前に出て、ハリーの背中に手を回した。薄い肩に額を預けて、信頼を示した。
「心配させたね。これからは、じゅうぶん気をつけるよ。ガートと二人きりになるのもやめる。目眩し術で城を抜け出すのも、今日でやめる。もう、きみやみんなを心配させるようなことはしない」
 ハリーの手が、すこし彷徨ったように浮いて、でも最後にはカナの背中に垂れた髪の上に乗った。その手に、さっきのような熱は巡っていなかった。わずかに髪の上を滑る動きに、カナは胸が温かくなった。
 顔を上げると、今度こそエメラルド色が見つかった。大きな目が、眼鏡の向こうでカナの瞳を探るように見つめている。リーマスの、見透かすような鳶色の瞳とは違う。セドのグレーの瞳のように、カナをうわつかせるものでもない。おかあさんの焦点の合わないスカイブルーの瞳とも違う。誰とも違うハリーの瞳をカナは特別に感じていた。セドの言っていたことが、今この瞬間少しだけわかったような気がする。
 カナは背中から手を離しながら、ニコッと笑った。
「それに、ハリーのことをもっと頼るようにする」
 バッとハリーがカナの肩を掴み、体を離すと、カナは吹き出した。
「あははっ、ハリー、そう言って欲しかったんでしょ?」
「ちが――」
 ハリーの手に再び熱が集まるのを感じた。
「からかうのはやめてくれ! 僕が今何て――」
 コンコンと、扉が強く叩かれた。カナもハリーもビクッと肩を揺らし、閉じたままの扉を見つめた。
「そろそろフクロウを使わせていただいてもいいですかね? 中で何をしてらっしゃるのか知りませんが――」
 ねちっこい声は、マルフォイのものだった。二人はイヤーな顔を見合わせて、ハリーがそっと扉を開けた。
「おや? おや、おや、おや。これは驚いたな。ポッター、エリオット」
 思った通り、青白いいやみな顔が、これ以上ないほど面白そうに唇を吊り上げていた。カナたちの話を、少なからず聞いていたに違いない。
「こんな小汚い小屋で逢引きとはね。常人には真似できないセンスをお持ちだ」
 ハリーがカナの腕をぐっと引いて、無視して通り過ぎようとした。しかし、その瞬間、カナは口を開いていた。
「想像力だけは一人前だね。今夜のネタが収穫できてよかったね」
 去り際、べーっと舌を出すと、マルフォイが顔を真っ赤にした。杖を出すのが見えたので、カナはハリーの手首を握り返して、走り出した。
 全速力で玄関扉に飛びついて、大きな扉を引っ張り開け、中に滑り込むと、二人してそこにもたれかかり、肩で息をした。
 どちらからともなく笑いが起こる。食事を終えて寮へ戻る生徒たちが、不思議そうにカナたちを見て通り過ぎていった。
「カナ――きみ、なんてこと言うんだ――」ハリーが、お腹を抱えたまま、呆れたように言った。「最高だよ――」
「はあ、ハリー、さっさと食べて、寮に戻ろ――」カナが体を起こした。「角ナメクジみたいに真っ赤になったマルフォイが、追いかけてくるかもしれな――」
 そこまで言って、また二人は笑いが抑えられなくなった。ハリーとたった二人で、急いで済ませた夕食だったけれど、ひさしぶりに、おいしいと感じた。



 翌朝、ハーマイオニーが何度も大広間の天井を見上げているので、ロンが「ヘドウィグが手紙を届ける前にパーシーが返事を書けるとは思わないけど」と言った。ハーマイオニーは「違うわよ」と言った。
「日刊予言者新聞を購読することにしたの。スリザリンから新しいニュースを聞くのももううんざりだし」
「いい考えだ」ハリーの言葉に、カナもうなずいた。
 その時、一羽のフクロウがカナとハーマイオニーの目の前にスーッと降り立った。
「でも、新聞じゃないみたい・・・・・・」
 カナが言い終わる前に、またフクロウが降りてきた。二羽、また三羽、と、つぎつぎに目の前のテーブルが埋まっていく。
「いったい何部申し込んだんだ?」
 ハリーがゴブレットや金の皿をどかしながら聞いた。十羽ほどのフクロウたちは自分が運んだ手紙を一番に渡そうと、押し合いうごめきながら、ハーマイオニーに近づこうとした。
「いったいなんなの――」
 ハーマイオニーが最初のフクロウから手紙を外し、すぐに中身を開けた。そして、ひと目見た瞬間に、額を赤くした。
「なんて馬鹿げてるの!」
 カナがハーマイオニーの手元を覗き込むと、どこかで見たような、新聞を切り貼りした文字で、「悪女め。おまえはハリー・ポッターにふさわしくない。マグルは帰れ」と書かれている。
「ひどいよ」カナは次の手紙をフクロウの脚から外しているハーマイオニーに向けて言った。「ハーマイオニー、相手にすることないよ。読まずに全部捨てちゃおう」
 しかし、ハーマイオニーは頭に血がのぼっているのか、次々に手紙を開いていく。
「これも・・・・・・これもだわ・・・・・・みんな同じよ!」





















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