ハロウィーンの装飾が取り払われると、ホグワーツはすっかりクィディッチ・シーズンを迎えた。おおむね、ハリーの話でもちきりだ――ハリーはいちおう、グリフィンドールの隠し玉というてい・・だったけれど、噂はすっかり学校じゅうに広まってしまっている。

 薬学の合同授業で、カナはガートを探した――やっぱりいた。ひとりで後ろの席で、ぽつんとつまらなそうに教科書をめくっている。
「ガート」カナは小さな声で話しかけ、隣へと座った。
「ハーイ、カナ」ガートは気軽に片手をひらりと広げた。「さっそく会ったね」
「昨日のこと、話してもらうからね」
 ガートは魔法薬学の教科書を指でトントン、とつついた。
「ここじゃない場所でならね」
 実のところ、カナは魔法薬学が好きだった。教授がスネイプ先生でなければ、もっと良かっただろう。初回で痛い目を見てから、二度と失敗しないように慎重に授業にのぞんでいた。だが調合に関しては、カナが思っていたよりも気を揉むことはなかった――むしろよく相方となるネビルの動向に気を配る方がうんと疲れる――それに、杖を振ったりしなくていいのも助かった。ハーマイオニーが杖の一振りでカエルの内臓を取り出すのを、カナは手を血まみれにしなくてはいけなかったけれど。それでも、何の問題もなかった。不思議と、調合の最中は何もかも忘れて、大鍋の中身を観察することに集中することができるのだった。
「なんだか意外だね、あんたって不器用そうなのに」
 ガートが、逃げたカエルを捕まえて、ようやく釘で頭を刺したところだ。
「うん、そうだね。自分でも不思議」
 カナはざくろの汁をきゅうと手でしぼった。生徒を見回るスネイプ先生が、カナの手作業を見て、フンと鼻を鳴らしたが、カナも顎を突き出して澄ました態度をとった。カナは間違えていない自信があった。
「あたしは無理かも。すごく苦手」
 ガートの大鍋の中身は、じょじょになめらかさを失っていって、やがて固まって真っ黒に焦げついてしまった。
「もう!」
「火が強すぎるよ」
 カナは自分の火壺に蓋をして、反対回りにかき混ぜ始めた。
「あたし、料理だってできないんだから。火加減なんてわからないよ」
「うーん・・・・・・」カナは、どう説明したらいいのか悩む。「たしかに、ぼくもよくわかってないや」
「ほらね。必要なのは感性ってこと。向き不向きがあるんだよ。あたし、箒さばきならハリー・ポッターにだって負けないのに」
 カナはガートの箒の話を聞こうとしたが、前の方の席で鍋が爆発したので、そちらに気を取られた。赤紫色の煙があっというまに広がり、スネイプ先生の怒号が飛んだ。
「グリフィンドール、減点だ」またネビルだった。
「ねえ」ガートがこそこそ言った。「スネイプ教授の歩き方、へんじゃない?」たしかに、スネイプ先生は片足を引きずってぎこちなく歩いているように見えた。だが、そこまでおおげさなものではないように思えた。スネイプ先生のことをじっと観察でもしていないと、気づかないほどだ。

 スネイプ先生は完成した「酔い止め薬」を硝子瓶に入れて提出して行くように指示した。それから調合についての宿題も出した。カナはガートの片づけを手伝ったのち、凍るような風が吹く渡り廊下へ連れ出した。カナは真紅のブランケットを首元に厳重に巻きつけた。
「それで――」ガートは腕を組んで石の柱に寄りかかった。「あたしから何を聞き出したいわけ?」
 カナはその挑発的な態度に面食らった。ガートはカナの様子を探っているようだった。そうではない――そうではないけれど。
「きみが『お父様から言いつけられてる』って、何を?」
 カナはずばり聞いた。ガートはピクリとも動かない。
「それを聞いてどうするの? お友達に喋るの?」
 カナは視線を逸らさなかった。若草色の混じったヘーゼルの瞳は、まさしく蛇のようにカナを睨め付けているようだった。
「きみが隠しておきたいことなら、黙っておくよ。でも、ハリーやロンも聞いてるから、きみのことを気にするかもね。それに、きみは三頭犬を見てる」
 無言で、ガートは腕を組み直した。
「スネイプ先生は、トロールの騒動でほかの先生が地下に向かっているあいだ、四階の立ち入り禁止の廊下にいたよ。きっとそこで足を怪我したんだ。三頭犬に会ったんだ。わからないけど・・・・・・スネイプ先生はそこでなにかしようとした? きみは・・・・・・きみのお父様はそれを手伝うって?」
 カナの推理を聞いて、ガートはにやりと笑った。
「何をしようとしているの?」
「さあ、知らないよ」
 ガートは組んでいた腕を崩して、髪を撫でた。チョコレート色の黒髪は、相変わらずつやつやと滑らかに流れている。
「あたしはお父様の言う通りにしてるだけ。あの人たちが何をしようとしてるかは知らない。聞いたら殺されるから」
「殺される?」カナが詰め寄った。ガートは、とうとう目を逸らした。
「・・・・・・口が滑った。いま話したことは忘れてよね。それに、誰にも言わないで」
 ガートはそのまま城内へ入っていった。カナはついて行くことができなかった。ずるずるとその場に座り込んだ。
 殺されるだって? カナは吐き気が込み上げてくるような心地がして、口もとを覆った。ガートの父親は、いったいどんなひどい人なんだ。自分の子が、危険な目に遭っても平気だというの? 彼女の声が頭の中で反響する――聞いたら殺される――お父様から言い聞かされているんです!――スリザリンに入りたい、パパが卒業生なの――自分に従うものを集めて、そうでないものは――魔法界を支配しようとしたの――ばけものと同じようなものだと思う――
 頭が沸騰しそうだ。冷たい風がぴゅうぴゅうと吹いてカナの髪を揺らしたけれど、そんなことではカナの頭は冷えそうになかった。

 カナはぼうっとしたまま夜を迎えた。談話室の暖炉のそばで、ブランケットを巻きつけてぽつんとソファーのクッションに埋もれていた。
 明日はクィディッチ・シーズンの初戦だ。みんなが待ち望んだグリフィンドール対スリザリンで、クィディッチ・チームを中心に、談話室はいつもに増して騒々しかった。でもその喧騒は、カナには遠くに聞こえていた。暖炉の中でパチパチと弾ける火花を眺めながら、カナはずっとガートとスネイプ先生のことを考えていた。これ以上首を突っ込むべきではないのかもしれない、けれど、放っておくこともできない。もしガートが死んでしまったら――
「ブランケットの妖精さん、ひとりぼっちでどうしたの?」
 アリシアだ。カナの様子を見にきてくれたのだろう。
「ねえ、見て」アリシアはポケットからリボンを取り出した。真紅のリボンだ。金色の刺繍糸でメッセージが書かれていた。「素敵でしょ。二年生のケイティが作ってくれたのよ。ほら、明日が本番だから」アリシアは微笑んだ。カナも笑い返したかったが、どうしてもうまく笑える気がしなかった。
「あなたにも何か書いてもらいたいの」
「ぼく、裁縫針を持ったことがないよ。それに、魔法もうまくできないし・・・・・・」
「あら、それならわたしが杖を持つから、あなたは文字を書くだけでいいわ。はい。わたしの杖を一緒に持ってくれる?」
 アリシアはにこにこと微笑んで、カナを待っていた。カナが手を差し出すと、アリシアがその手を包んだ。
 針がシルクに突き刺さる。刺繍は分からなかったけれど、カナが書きたい通りにアリシアが針と糸を操った。
 こういうとき、気の利いた言葉を持っていないことがカナはうらめしかった。
 アリシアが手を離した。金色の糸は、不恰好な「I believe in you. 信じてる 」の文字を刻んでいた。
「カナ、ありがとう!」アリシアはカナをぎゅうと抱き寄せて、頬にキスをした。「絶対にグリフィンドールに勝利をプレゼントするわ。だから明日は必ず観に来て」とウインクを飛ばした。カナはようやく笑顔を浮かべた。
「うん。応援してる」アリシアの手はあたたかくて、心地よくて、不思議な魔法でも使っているのかと思うほどだった。



 翌日は、よく晴れた冷たい朝だった。一年生は、どんよりと暗い顔のハリーを囲んで励ましながら、かいがいしく朝食をよそって食べさせようとしていた――ハリーはあまり食べたくないみたいだったけど。
「『ブランケットの妖精さん』、僕らにもソーセージを取り分けてくれないか?」
 フレッドがふざけた口調で言った。上級生の選手はハリーほど緊張しているわけではないようだ。カナが動き出す前に、目の前にドン、とソーセージがたっぷり乗った大皿が置かれた。アンジーが無言で置いて、無言で座った。
「女王陛下はピリピリしてるんだ」ジョージがカナにこそこそ言った。
「ぼくもソーセージもらっていい?」
「ああ――でもお前さん、ベジタリアンだろ?」
「『ベジタリアン』って何?」
 リーが「マーリンの髭!」とたいそうあきれた。「お前さんみたいに肉を食うと気分が悪くなるやつのことだよ。違うのか?」
「違うよ」カナは気分が悪くなったことはない――まだ肉料理を食べたことはないけれど。「あんまり食べたことがないから、食べてみたくなっただけだよ」
 フォークをソーセージに突き刺した。じゅわじゅわと油が染み出してくる。カナがひと口かじるのを、フレッドたちは見守った。
「思ってたのと違う」カナの呟きに、リーがフォークを突き出して「なんだと思ってたんだ?」とあきれた。見兼ねたアンジーがリーの手を下ろさせた。
「なんか・・・・・・わかんない。ポテトみたいなものだと思ってた。おいしいね」
 フレッドは「気が抜けた」とソーセージにかぶりついた。そんなフレッドに「気合入れてやろうか?」とジョージが尻を叩いたが、アンジーが「あとにして!」と一喝すると、双子はおおげさに手を振り上げ口をパクパクさせて、声を出さずに言い合っているようなそぶりをした。リーはそれを見てけらけらと笑ったけれど、アンジーは双子をにらみ、アリシアは呆れたように笑っていた。

 十一時ごろになると、生徒は一人として校舎に残っていなかった。みんな、クィディッチ競技場へと集まっているのだ。
 そのころ、カナは大広間の地下の厨房へと、温かいお茶の入ったボトルを取りに行っていた。外の風がうんと冷たかったから、引き返してきたのだ――厨房への入り方は、以前リーが教えてくれた。果物の絵の中の洋梨をくすぐると、取っ手が現れて――そして、中ではたくさんの屋敷しもべ妖精ハウスエルフが働いていた――
 マフラーを三重に巻き、グリフィンドールのブランケットに厳重に包まれたカナは、温かいボトルを抱きしめながら競技場へ向かった。
「わっぷ」
 突風が吹いて、ブランケットが捲れ上がった。カナの視界を覆ったので、カナは立ち止まらざるを得なかった。
「ふむ。今年は風が、うーんと強いようじゃのう・・・・・・」
 しわがれた声がした。カナがブランケットを手繰り寄せると、そこには銀色のひげを蓄えた老人が立っていた。
 ダンブルドア校長だ。
 カナがぽかんとしていると、校長先生はにこりと目尻を垂らした。
「おや。グリフィンドールのミス・エリオット。試合が始まってしまうのではないかね」
「は、はい。校長先生は観戦に行かないんですか?」
「今日は風が冷たくてのう。このような老いぼれには堪える。きみも風邪をひかぬようにな」
 校長先生はカナのことを見透かすような含みのある言い方をして、お茶目にウインクを飛ばした。「はあ・・・・・・」とカナはすっかり気が抜けてしまった。
 その時、試合の開始を告げるホイッスルが鳴り響いた。カナは慌てて競技場へと駆けて向かう。
「グリフィンドールに幸運を」
 ダンブルドア校長は誰に言うでもなく、そう呟いていた。

 道中でハグリッドと出会った。「小屋で見ていたんだが、ハリーの初試合だ。せっかくなら近くで観ようと思ってな」と双眼鏡を掲げて見せた。
 ふたりはグリフィンドールの応援席のてっぺんを目指した。グリフィンドールの一年生が合作した光る断幕が見えたからだ。あれはかなり目立つ。
 空中高くに設けられた観客席にたどり着いた時、チェイサーのアンジーがグリフィンドールの先取点を取ったところだった。応援席は大歓声に包まれる。箒に乗ったアンジーが旋回で通りかかった時に、グリフィンドールの応援席にキスを投げているのが見えた。
「ちょいと詰めてくれや」
 ハグリッドが声をかけると、ようやくロンとハーマイオニーがふたりの存在に気がついた。みんな試合に夢中になっていた。
「カナ! もう試合は始まってるわ」
「うん。ハリーはどうなった?」
「まだスニッチは現れてないよ。だから今のところ、ハリーはすることがないね」ロンが答えた。
「トラブルに巻き込まれんようにしておるんだろうが。それだけでもええ」ハグリッドはその大きな双眼鏡でグラウンドを眺めている。
 カナもフィールドに目をやった。ハリーはクァッフルがやりとりされるよりもっと高い上空で、スニッチを探して飛んでいた。ふと、ブラッジャーが空中を飛び、ハリー目掛けて突進するのが見えた! カナは悲鳴を出しかけたけれど、ハリーはそれを難なくかわした。ビーターのフレッドがブラッジャーを追いかけて、跳ね返した。
 よく通る実況の声はリー・ジョーダンのものだ。杖を喉にあて、声を大きく響かせているらしい。
「さて今度はスリザリンの攻撃です。チェイサーのピュシーはブラッジャーを二つかわし、双子のウィーズリーをかわし、チェイサーのベルをかわしてものすごい勢いでゴ――ちょっと待ってください――あれはスニッチか?」
 観客席がざわついた。スリザリンのチェイサーはスニッチに気を取られてしまったのか、後ろを振り返ってクァッフルを落としてしまった。
 ハリーが急降下した。
「スニッチを見つけたんだ!」ロンが言った。スリザリンのシーカーも追いかける。スピードは互角だ――いや、ハリーのほうがわずかに速い。
 会場中が二人のシーカーの戦いを見つめている――ハリーが一段とスパートをかけた。スリザリンよりも飛び出したと思ったとき、ハリーはコースからはじき出された! スリザリンのチェイサー、フリントが、その巨体でわざとハリーにぶつかったのだ。
「反則だ!」
 グリフィンドール寮生が口々に叫んだ。観客席はブーイングの嵐だ。審判のマダム・フーチがフリントに厳重注意し、グリフィンドールはゴールポストに向けてのフリーシュートの権利を得た。
 そんなごたごたのあいだに、スニッチは行方をくらました。
 下の席ではディーンが大声で叫んでいる。
「退場させろ、審判! レッドカードだ!」
「『フットボール』とは違うんだよ、ディーン。クィディッチに退場はないんだ」ロンがなだめた。「ところでレッドカードってなに?」
「ルールを変えるべきだわい」ハグリッドも気が気じゃないようだ「フリントはもうちっとでハリーを地上に突き落とすとこだった」
 リーの実況も中立を保つのが難しくなった。
「えー、誰が見てもはっきりと、胸くその悪くなるようないんちきのあと・・・・・・」
ジョーダン!」マクゴナガル先生がたしなめた。
「えーと、おおっぴらで不快なファールのあと・・・・・・」
「ジョーダン、いいかげんにしないと――」
「はい、はい、了解。フリントはグリフィンドールのシーカーを殺しそうになりました。誰にでもあり得るようなミスですね、きっと。そこでグリフィンドールのペナルティ・シュートです。スピネットが投げました。決まりました。さあ、ゲーム続行。クァッフルはグリフィンドールが持ったままです」
 アリシアのフリーシュートは見事だった。けれど、カナはもうすでに三頭犬に遭遇した時くらい疲れていた。「ぼく、もう見たくなくなってきた・・・・・・」
「大丈夫よ。ハリーが落っこちるわけないわ」顔色を悪くするカナを、ハーマイオニーが励ました。
「ハリーを信じろ」ロンも試合を見守りながら言った。
 再びブラッジャーが襲ってくるけれど、ハリーはこれもかわした。
「ねえ、なんだか様子がおかしいわ」
 ニンバス2000が奇妙にふらついている。ハリーが乗っているというのに、箒が大きく揺れたり、ジグザグに飛んだりする。ハリーが、ニンバス2000があんなおかしな飛び方をするはずがない。
「スリザリンの攻撃です。クァッフルはフリントが持っています――スピネットが抜かれた――ベルが抜かれた――あ、ブラッジャーがフリントの顔にぶつかりました。鼻をへし折るといいんですが――ほんの冗談です、先生――スリザリンの得点です。あーあ・・・・・・」
 ハリーの箒は持ち主を乗せたまま、グイッと揺れたり、ピクピクッと動いたりしながら、上へ、上へ、ゆっくりとハリーを試合から引き離していった。カナはいやな胸騒ぎがして、ドクドク波打つ心臓をローブの上から押さえつけた。
「一体ハリーは何をしとるんだ」双眼鏡でハリーを見ていたハグリッドがぶつぶつ言った。「あれがハリーじゃなけりゃあ、箒のコントロールを失ったんじゃないかと思うわな。しかしハリーにかぎってそんなこたぁ・・・・・・」
 みんながハリーの異変に気づき、指をさして注目した。ついには箒がグルグル回り始めた。ハリーはかろうじてしがみついている――観客席からは悲鳴が上がる――そして、ハリーは箒上からふり落とされてしまった! なんとか片手だけでぶら下がっているけれど、箒は暴れ続けている。いつ落下してもおかしくない。
「ハリーが落っこちたら、どうしよう」カナは震えた声でうめいた。
「やめてよ・・・・・・」ハーマイオニーの声も暗い。ハグリッドの大きな手が、カナの小さな肩をやさしくたたいた。見ると、大きな腕が子どもたちを安心させるようにまとめて抱いていた。
「クィディッチの試合中に死んだ者はおらん。ましてや、ここはホグワーツのなかだ」
 カナはハリーの手が箒から離れないことを祈った。隣のネビルが先にとうとう泣き出して、カナのローブにしがみついて顔をうずめてしまった。
「フリントがぶつかったとき、どうかしちゃったのかな?」シェーマスがつぶやいた。
「そんなこたぁない。強力な闇の魔術以外、箒に悪さはできんようになっとる。チビどもなんぞ、ニンバス2000にはそんな手出しはできん」ハグリッドの声もこわごわと震えていた。
 ハグリッドの言葉を聞くや否や、ハーマイオニーは双眼鏡を引ったくる。向かいの観客席をのほうを狂ったように見回した。
「何してるんだよ」真っ青な顔でロンが言う。
「思ったとおりだわ」ハーマイオニーは息を呑んだ。「スネイプよ・・・・・・見てごらんなさい」
 ロンが双眼鏡をもぎ取った。カナにも双眼鏡が回ってくる。向かい側の観客席の真ん中にスネイプ先生が立っていた。ハリーから目を離すことなく、絶え間なくブツブツつぶやいている。
「何を――」
「箒に呪いをかけてるのよ」
「そんな――」カナはショックで言葉が出なかった。あの高さで箒から落ちたらどうなるかわからない人ではないだろう。なら、スネイプ先生は、ハリーを殺そうとしているとでも?
「僕たち、どうすりゃいいんだ?」
「私に任せて」
 ロンが次を言う前に、ハーマイオニーの姿は消えていた。
 観客は今や総立ちでハリーを見守った。みんな、恐怖で顔が引きつっている。双子がハリーに近づいて、自分たちの箒に乗り移らせようとしたのだけれど、ダメだった。近づくたびにハリーの箒はさらに高く飛び上がってしまう。双子はあきらめてハリーの下で輪を描くように旋回している。落ちてきたらキャッチするつもりなのだろう。
「はやくしてくれ、ハーマイオニー」ロンがつぶやいた。カナもブランケットごと、自分をぎゅうと抱き込んだ。
 双眼鏡で向かいの席を見た。スネイプ先生はさっきと変わらず、ハリーから目をそらさずに、ぶつぶつつぶやいている。まばたき一つない。表情は怖いくらいだ。しばらく見ていると、スネイプ先生の周りがなにやらざわめきだした。すっかり夢中になっていた先生は遅れて、何事かと立ち上がった。ハーマイオニーがなにか仕掛けたに違いない。カナはハリーを見た。しっかりと空中に跨り、今までの揺れが嘘のように滑空していた。
「やった!」ロンとカナは同時に声をあげた。グリフィンドールの観客席は安堵の歓声に包まれた。
「ネビル、ネビル、もう大丈夫!」しがみついたままだったネビルの肩をたたく。カナのローブはもうぐしょぐしょになっていた。
 完全復活したハリーが急降下する。目で追って見えたのは、手で口を押さえたハリーの姿だった。まるで吐こうとしているかのようだ。よろよろと地面に着地し、四つんばいになってえづいて――何か金色のものが、ハリーの手のひらに落ちた。

「スニッチをったぞ!」

 頭上にスニッチを掲げて、ハリーが叫んだ。
 グリフィンドールは爆発のような歓声に包まれた。カナもロンと、戻ってきたハーマイオニーと一緒になって喜んだ。浮かれたリー・ジョーダンが、何度も、何度も、試合の結果を告げた。

一七〇対六〇で、グリフィンドールが勝ちました!



 カナは大好きなファングと触れ合う時間が好きだった。ハグリッドの小屋の中はあたたかいし、広すぎる石の城よりは、狭すぎる木の家の方がなんとなく好みだった。
 ただ、いまの小屋の中はあまり和やかな雰囲気とは呼べなかった。
「スネイプだったんだよ。ハーマイオニーもカナも、僕も見た。君の箒にブツブツ呪いをかけてた。ずっと君から目を離さずにね」
「まさか」
 ハグリッドは観戦席ですぐそばにいたのに、子どもたちのやり取りが聞こえていなかったらしい。カナはあの時ハグリッドの声が震えていたことを覚えている。カナだって、ネビルが泣きついてこなければ、周囲で何が起こっているかなんて気付かなかったかもしれない。
「なんでスネイプ先生がそんなことをする必要がある?」
 ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は顔を見合わせた。確かにカナには、それほどの理由をスネイプ先生が持ち合わせているとは思えなかった。
「ハリーが嫌いだから?」カナに視線が注がれた。もっともらしい理由はそのぐらいだ。
「その程度で殺しなんかするような人じゃあねえ」
「スネイプ先生が何かしようとしてることは知ってるよ。それに、協力者がいることも」
 カナは言いながら、ガートの蛇のような冷たい瞳を思い出した。口の上に苦い味が広がる。これ以上は言えない。
「カナ、そこまで知ってるんだね?」ハリーがエメラルドグリーンをするどく光らせた。
「でも、それだけだよ」カナは付け加えておいた。
「スネイプは三頭犬が守っているものを盗もうとしたんだ。でも失敗して、その時の足の怪我を僕ははっきり見た。口封じに殺す気だったんだ」
 ハリーが良い終わるよりも先に、ガチャン、と音がした。カナはハグリッドが落としたティーポットを拾いあげた。取手が折れている――すかさずハーマイオニーが「レパロ」で直してくれる。
「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」
「『フラッフィー』?」みんなは同時に言った。
「そう、あいつの名前だ――去年パブで会ったギリシャ人のやつから買ったんだ――おれがダンブルドアに貸した。守るため・・・・・・」
「何を?」ハリーが身を乗り出した。ハグリッドは唇を噛み、こわごわとひげを揺らして、頭を振った。
「もう、これ以上聞かんでくれ。重大機密なんだ、これは」
「だけど、スネイプが盗もうとしたんだ!」
「ばかげたことを」すかさずハグリッドが言った。「スネイプ先生はホグワーツの教師だ。そんなことするわけがねえ」
「ならどうしてハリーを殺そうとしたの?」ハーマイオニーが言った。「ハグリッド。私、呪いをかけてるかどうか、一目でわかるわ。たくさん本を読んだんだから! じーっと目をそらさずに見続けるの。スネイプは瞬きひとつしなかったわ。この目で見たんだから!」
「おまえさんは間違っとる! おれが断言する」ハグリッドも譲らなかった。「おれはハリーの箒が何であんな動きをしたんかはわからん。だがスネイプは生徒を殺そうとしたりはしねえ。四人ともよく聞け。お前さんたちは関係のないことに首をつっこんどる。危険だ。あの犬のことも、犬が守ってる物のことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの・・・・・・」
「あっ!」ハリーは聞き逃さなかった。「ニコラス・フラメルっていう人が関係しているんだね?」
 ハグリッドは口が滑った自分自身に猛烈に腹を立て、顔を真っ赤にした。カナは大変なことに巻き込まれているような気がして、黙ってハグリッドお手製ロックケーキを噛みしめた。
「クシュン!」
 それからくしゃみが出た。たぶん観客席で風に吹かれていたのが良くなかったんだろう。ファングがクンクンと擦り寄ってくるのが温かくて、カナは彼に寄り添った。



 その次の日、日曜日。朝目覚めた時にはすでにルームメイトの姿は無かった。ぼやけた視界の端、カナのベッドの頭もとにメモが置いてあった。
「私たちがもしも談話室に居なかったら、図書館に居ると思うわ。あなたもニコラス・フラメルに興味があったらいらっしゃい。あまり寝過ぎないように!」
 ハーマイオニーの字だった。カナは身を起こした。今、何時か確認しようとした――けれど、それはかなわなかった。ぐらりと世界が揺らいで、カナは再びバタリとベッドに倒れこんでしまった。
 おかしいな――もう一度起き上がろうとするけれど、それは大変な作業だった。頭が鉛のように重く、ふらふらして手も足もおぼつかず、まっすぐ座るのも大変な時間をかけたように感じた。そして、体がだるい。
 カナは悪い確信を得た――これは――まただ――ひどい発熱だ。
 ぐらつく視界で確認するけれど寝室には誰も居ない。カナは枕元に置いてあるおかあさんのハーブの瓶を手に取った。もうからっぽになっていた。ふらふらになりながら、カナは女子寮の塔を降りることに決めた。部屋で眠っていても、誰がいつ帰ってくるかなんてわからない。それに、前回はマダム・ポンフリーの『元気爆発薬』も効かなかった――やっぱり、おかあさんのあのとびきり苦い薬がないと――
 カナは下着みたいなシュミーズ姿のまま、一生懸命、フラフラになりながら壁づたいに歩いた。暖炉に火はついているけれど、談話室にも誰もいない。頭が重い。今にも倒れそうだった。かろうじて階段のそばのソファーに縋り付いたのを最後に、カナは意識を失った。



 次に目が覚めた時、もうろうとした視界に若草色のカーテンが見えたので、カナは医務室にいることに気がついた。
「カナ? 目が覚めたんだね?」
 声のしたほうを見ると、ネビルがひどく不安そうな表情でカナを見ていた。
「きみ、談話室のソファーで眠ってたんだ。顔にハンカチが掛けてあって、花も散らばってたから、居眠りするきみへの誰かのいたずらだと思ったんだけど、ひどい汗だったから・・・・・・」
 ネビルがもそもそと言うことの半分以上、カナの頭には入ってこなかった。ネビルの声が聞こえたのか、医務室の主であるマダム・ポンフリーがカーテンを開けて入ってくる。
「まあ、まあ。目が覚めたのですね。ミス・エリオット。ひどい高熱ですよ。ミスター・ロングボトムが見つけなかったら、どうなっていたことか・・・・・・」
 カナは言葉を紡ごうとしたが、喉がからからで、乾いた小さな咳が出ただけだった。
「水、飲める?」
 ネビルがそっと促した。ゆっくり起き上がらせてもらって、サイドテーブルのゴブレットを手に取った。ちびちびとそれを飲む。ほとんどネビルに手伝ってもらわないといけないほどカナはぐったりしていた。
「あなたの病状には『元気爆発薬』が効きませんでしたわね。あの薬草は?」
 カナは返答することができなかった。なんとか首を横に振ったつもりだったけれど、頭が重くぐらついて、まともに動かすことができなかった。
 マダムは「ミスター・ロングボトム。申し訳ありませんが、しばらくこの子をお願いしておきます」と言ってカーテンを閉めて出て行った。
 カナはまたふらふらして、ネビルに手伝ってもらいながら再びベッドに寝かせてもらった。ネビルは何も言わなかった。カナが本当に辛そうにしていたからだ。ただ側にいて、カナが休めるように努めていた。ネビルの選択は有り難かった。今は何一つまともに考えられそうもない。



 それからどのくらい時間が経ったのかわからなかったが、気づけば室内は少し薄暗い。カナはまた眠っていたんだろう。ベッドのそばにはネビルはおらず、サイドテーブルには水の入ったゴブレットと、チョコレートの箱が置いてあった。その下にメモが挟まっているのがわかったけれど、今は手を伸ばすのも億劫だった。
 しばらく熱に浮かされてうとうとしていると、カーテンが開いた。
 立っていたのはおかあさんだった。カナは夢か、まぼろしを見ているのかと思った――ひんやりしてかさついた手が、カナの汗で湿った髪をこわごわと撫でたので、カナはあまりのなつかしさ――たぶん、なつかしさ――に、目にじわりと涙が滲んだ。
「おかあさん・・・・・・?」
 返事はない。どうしてここにいるの、とか、フクロウが届いたの、とか聞きたいことは浮かんだけれど、まとまらず、すぐに霧のように消えてしまった。
 その後ろから黒い影がぬっと顔を出した。スネイプ先生だ。手には大きなゴブレットを持っている。薬草の独特のにおいが鼻をついた。ああ、でも、カナには嗅ぎ慣れたにおいだ。味も、喉を通るどろりとした感覚すらも思い出せる。おかあさんの風邪薬だった。
 カナはおかあさんに手伝われながら上半身を起こした。その手で薬を飲まされる――相変わらず、とんでもなく苦い――カナは何回かに分けて、その薬を飲みきった。ゴブレットが空になるのを見ると、おかあさんの節くれた細長い手が汗でしっとりした額を撫でた。冷たい手が気持ちよくて、目を閉じた。そして、何故だか――溶けていくように眠たくなった。
 おかあさんがカナの頬を包む。「大丈夫よ、大丈夫なんだから」その、乾いた指先がなぞる左頬が、ぴりぴりと痺れる。
 やがて、カナが規則正しい寝息を吐く頃――おかあさんは囁くように言った。
「セブルス、ありがとう」
「大したことはしていない」
 この薬はスネイプ先生が作ってくれたのだろうか。魔法薬学の先生なのだから、風邪薬を作るのも容易だろう。でも、意地悪なスネイプ先生のイメージとはかなりかけ離れていた。グリフィンドールの生徒のために風邪薬を調合するスネイプ先生を想像するのは、なんだか気味が悪かった。
「なら、今後のことは任せます」
「今後だと?」
 カナは、おかあさんとスネイプ先生のやりとりをほとんど聞いていなかった。
「ええ。カナは虚弱体質・・・・ですから。さっきの薬を飲ませてあげたら、あとは眠れば症状が治るわ。だから、お願い」
 おかあさんの口調は、感情のない幽霊みたいでもなかったし、悲しすぎて震えた可哀想な涙声でもなかった。まるで、人間みたいな――それがすこし恐ろしい。
「だがこの薬は――風邪薬などでは――」スネイプ先生のうめくような声は、おかあさんの手がカナから離れたことで止まった。
「セブルス、信じていますから」
 カナが眠りに落ちるまで、そのわずかな時間ではあったけれど、おかあさんはそばにいた。







「イタッ!」
 指の腹を見た。果実が膨らむように、血が玉になる。これを口に含んだところを見たら、シオンが怒るだろうな、と思った。
 おかあさんの実験室にはこうもりが住み着いていた。灰色の毛玉みたいなやつで、いたずらで忍び込んだりすると、追い払うみたいにこちらに噛みついてくる。いつかはたき落としてやろうと思っているけれど、いつも見渡すといなくなってしまう。
 工房は暗くて、光の差さない地下室はいちだんとじめじめしていた。家具はひとつだけ、煤けたぼろのカウチが隅に置かれていた。触れるとちぎれそうな古いブランケットは乱雑に掛けられている。使ったような形跡はない。それがまるでおかあさんそっくりで、嫌いだった。
 いちばん奥に異質な鉢植えがある。大鍋や薬液漬けの瓶が並ぶ薄暗い室内に、その花は咲いている。丸い花弁ののばらに似ている。白くて、暗闇の中ではまるで、光っているように見える。
 それに触れると、花弁のひとひらが赤く濡れた。気づいたときには遅かった。指先から血が出ているのをすっかり忘れていた。それがおかあさんに見つかってしまうと思って――ちぎった。
 ――自分でも困惑した。ちぎって、隠して、そしてどうしようと云うのだろう。付着した血液を擦るように触れた。白に赤が広がって、桃色になるかと思った。バスタブのふちの錆みたいな、面白みのない色だった。
「カナ」
 シオンの声だ。あわてて花弁を、その、口の中に隠してしまった。つまりは――食べた。
 振り返ってどんな顔をしているのか見たかった。でも、そうはならなかった。ぐるりと体が反転する――シオンがちぎれる――世界が混ざる――カナは、夢から醒める。







 翌日カナが目覚めたのは、午前の授業が終わりかける時間だった。
 カーテンで仕切られた病室には、おかあさんもスネイプ先生もいなかった。深い眠りに落ちていたらしく、昨夜の記憶もおぼろげだ。おかあさんが見舞いにきたことはかすかに覚えているけれど、もしかしたら夢だったかもしれない、と思うくらいには、煙のようにあいまいな記憶だった。
 起き上がってサイドテーブルを見ると、昨日もあったチョコレートの箱がまだあった。その下に挟まっている紙切れを手に取った。
「お大事に。元気になったら、これ食べて。ネビル・ロングボトム」
 チョコレートは魔法のお菓子の「フィフィ・フィズビー」の箱だった。カナは金色の包みを開けて、ひとつ、口の中に入れた。
 するとどうしたことか、カナの体はフワリと宙に浮いた。そのまま上へ上へと上昇しようとする。しかしベッドに引っかかったままだった毛布と絡み合って、ドシン!と床に落っこちてしまった。衝撃でガラガラと「フィフィ・フィズビー」の箱とチョコレートの包みが降ってくる。
 騒音を聞きつけたマダム・ポンフリーが駆けつけて、勢いよくカーテンを開けた。まるで小鬼ゴブリンのようなキッと鋭い表情だ。
「何ごとですか!」
 カナは床に転んでいたのをあわててなんとかして起き上がる。「あの、落ちただけです。大丈夫です」と言うと、マダムは「まあ、ミス・エリオット。お元気そうでなによりです」と表情をやわらげた。
「もうじき昼食の時間ですが、どうしますか? あなたさえ良ければ退院してもかまいませんが」
 カナは言われて、風邪がすっかり良くなっているのに気がついた。おかあさんの特効薬が効いたのだ。それから、お腹が切なく鳴って、自分がかなりの空腹であることも思い出した。昨日は丸一日、何も食べていないのだ。すっかり熱が下がっていつも通りなカナはもちろん、大広間で食事することを選んだ。

 昨日からパジャマのままだったカナはシャワーを浴びてからローブに着替えて、それから大広間に降りた。午後からの授業に出るために、薬草学の準備も持って降りた。グリフィンドールのテーブルを見渡すけれど、ロンやハリーやハーマイオニーは見当たらなかった。カナは端っこにシェーマス、ディーン、ネビルが座っているのを見つけて、その中に混ざった。
「カナ、きみ、もういいの?」ネビルが気遣わしげに声をかけてきた。
「うん。昨日はありがとうね」
 かぼちゃジュースを取りながらネビルにお礼を言った。倒れているのをネビルが見つけてくれなかったら、カナはまだベッドの上だっただろう。
「風邪だって? 野菜もいいけど、肉を食べないからだろ。ちゃんと食べろよ」言いながら、ディーンはサラダとソーセージを取り分けてくれた。彼にもお礼を言って受け取った。
「僕も風邪をひけば授業を休めるのになー」シェーマスは悔しそうに言った。授業よりも、よっぽど発熱しているほうが苦しいと思う。カナは微妙な気持ちで、苦い顔をした。
「やめなよ・・・・・・カナは本当につらそうだったんだ」ネビルが弱々しくシェーマスにそう言うけれど、彼は背後からやってきたハッフルパフの友人たちに話しかけられて、そちらに夢中でネビルの言葉は聞こえていなかった。カナとネビルは目を合わせた。
「その、ハーマイオニーたちはまだ来てないの?」
 カナは話題を変えた。食事時間ももうじき終わると言うのに三人は姿を見せない。
「あの三人なら、さっさと食事を済ませてどっか行っちゃったよ。朝から怪しいんだ。こそこそして」
 カナはすぐに昨日のハーマイオニーの置き手紙を思い出した。図書館だ。おとといのハグリッドの口から出た、ニコラス・フラメルについて調べているに違いない。
「イテッ」
 何かがカナの額を小突いた。額をさすりながら目を開けると、目の前のテーブルに、ゴブレットにすっかり収まりそうな小柄なフクロウが転がっていた。彼もカナにぶつかって、ノックアウトされたようだった。豆フクロウが運んできたらしい包みを手に取る。
「可哀想に。脳震盪起こしてるよ。でも、こんな時間に郵便配達なんて、珍しいな」ディーンがカナの手元を覗き込みながら言った。
 包みの中身は小瓶の入った木箱だった。カナには見覚えがある。おかあさんのハーブの砂糖漬けだ。おかあさんが届けたんだ。
 木箱の中には紙切れが入っていた。よどみのないかすれた字だ。「杖の扱いに気をつけて」と――カナはおかあさんの字だとすぐには思えなかった。見たことがないからだ。
「ねえ、きみ、おかあさんに届けられる?」
 豆フクロウはきょとんと首を回した。これはダメそうだ――きっとおかあさんは、ホグワーツの中でフクロウを飛ばしたに違いない。
「よう、おチビさん」
 振り返ると神妙な顔の双子が立っていた。
「ひどい風邪だったんだってな。悪かったよ。僕ら、もうお前さんがだめになっちまったのかと思ってさ」
「あんなに怒ったアリシアは初めて見たね、間違いなく」
「いいや、一回だけあるぜ。あいつのペットのトカゲを魔法薬の材料にした時だ」
「ドラゴンみたいに火を吹いてたぜ」
 反省しているのか面白がっているのか、どちらも混ざったような態度でジョージとフレッドが言う。カナは何か謝られるようなことがあったか――と考えていた。けれど思い当たることはない。カナはすっかり、医務室でネビルが言っていたことを忘れてしまっていた、いや、覚えていなかった。



20171105-20230308


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