すこぶる重ためシトラス



昨日クラスで指定された時間に学校につくと、ほとんどのクラスメイトが揃っていて、私は急いでその輪にいる彼女らに駆け寄る。



「やよいちゃんおはよう! 今日も頑張りましょう?」

「うん、おはよう!」



明るい調子の挨拶に返しつつ、私も笑ってみせる。
私にとって今日という日は体育祭がある日という以上に、高杉くんとの約束の日である意味の方がとても強かった。だからかなり緊張してしまって昨日はなかなか寝付けなかった私には、その可愛らしい笑顔は何よりの癒しに思えた……なんてことは申し訳ないため内緒。ごめんね!

そんなふうに少し頬を緩めていると、奥の方からまた私の姿を認めたのか別の女の子がやってくる。Sサイズでも少し大きいのか、体操服の短パンに裾をしまったTシャツは少し緩めにゆらゆら動く。



「やよい! 遅かったアルな、昨日はワクワクして寝れなかったアルか?」

「……そんなことないけど」



神楽ちゃんは既におにぎりをほおばっていた。
彼女がこちらにやってくるのを微笑ましい気持ちで見つめていたが、その途中で投げかけられた質問が妙に意味のあるような問いに聞こえてしまって彼女に向かっての返答は少し遅れる。
まあ彼女はそんな私を気にもしないで、私に豊かな表情を見せつつ話しかけるのだけど。
彼女が今日の朝ごはんでのお兄さんとの攻防をうらめしげに口にした時、教室の後方の扉が開く。



「高杉!」



その少し雑に閉められた扉の音に次いで、桂くんの少し怒ったような声も。
私は自然にそちらへ耳を傾ける。



「おい高杉、俺は今日早く来いと言ったはずだ! まだ貴様とは1度もバトンパスの練習していないんだぞ、そんなことでクラスの足を引っ張ることになっても俺は知らないからな!」



その口を噤む気配を見せない桂くん。しかしその言葉たちを全て耳から耳へ流しているのか、高杉くんは全くの無反応である。

そんな様子を気を取られ、呆けたように眺めていると、先程まで向き合っていた神楽ちゃんに名前を呼ばれながら肩を叩かれる。



「やよい、聞いてるアルか? アネゴたちと一緒に写真撮るヨ!」



私が彼らの方を向いていた時、どうやらそのような話になっていたようだった。お妙ちゃんがニコッと擬音がつきそうなほど絵になる綺麗な微笑みを私に向けスマホをその手に包みながら首をかしげている。あざといなぁ、でも可愛い。断る理由はないし、私は承諾して彼女の隣に向かう。



「……やよいちゃんは着替えないのか?」



画面に意気揚々と映りこんだ瞬間、レンズ越しに九ちゃんが私に話しかける。何のことだ、と一瞬固まるけれどすぐに彼女らの格好を見てすぐにたどり着く。
みんな、お揃いのクラスTシャツ。画面の中では私だけ学校指定のジャージをすっぽり被っている。



「中に着てるアルか?」

「……いや、体操服だけど」



今日は着替える気は無い、そう言いきってしまいたいけれど、彼女らの訝しげな視線が少しだけ痛くて。



「……せっかくならお揃いで撮りましょう?」



お妙ちゃんの困り顔に私もそれと同じような表情になってしまう。
しかし今日の私には高杉くんとの果たさねばならない約束がある。今日こそ、私は彼にTシャツを返さなくてはいけないのだ。写真も撮りたいしみんなとおそろいの格好でいたいけれども、絶対に優先すべきは彼の方であるはずなの。


その時高杉くんが、言いよどむ私の背中にその視線をふっと掠めさせた、気がした。

「事情があって」、「私、高杉くんにTシャツ返さなきゃいけないから」こんなふうに正直に言ってみれば。
私はゆっくりと息を吸う。それだけでは足りない気がしたけれど、確かに少しだけ鼓動が落ち着いた。そして上部だけで笑って私は口を動かした。



「…………うん、ちょっとまってて! 着替えてくるね」



結局口をついて出たのは、そんな言葉だった。
私は言えなかった。こんなクラス大勢の人がいる中で言って、今更私だと知られるのが怖かっただけなんだけど、自分が何よりも可愛い私にはその恐怖は大きすぎたんだ。

スクバを探り、昨日洗濯したTシャツを探り当てると手に持ってトイレへと向かい、一番手前の個室に入る。
袖を通し、頭からかぶった時に私を包んだその香りは、胸で膨らんだ自己嫌悪が私を押しつぶそうとするのを助長する。
それが昨日、洗い上げた時のとは同じものだなんて信じられない。

そして高杉くん宛のメッセージをそのままメモ帳に作成していく。
時間を作ってもらったのにごめんなさい、今日の待ち合わせに行けなくなってしまいました。そんなような内容。

……本当に、自分のことしか考えられないんだな、私。
どこまでもずるくて臆病で、前に進めないような生き物であることを指先を動かすたび自覚して、少し泣きたくなる。
彼の見方を変えようって決意したのに。結局少し雰囲気が怖い高杉くんを見て、桂くん以外からは一線を置かれた彼を見て、私は結局彼を遠ざけた。

そして送信ボタンをそのまま軽くタップ、スマホの画面の明かりを落とす。

ああ、優しいはずの彼が、私には遠い。


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