甘味好きヒロインと銀さんとわちゃつく
◼︎
「そこのおねーさん。イチゴパフェひとつね」
「かしこまりました」
バイト終わりの至福のご褒美タイムはほれはそれは突然に音を立てて崩れ落ちる。
「よう、名前。今日は何食ってんの?あんみつ?美味そうだな。銀さんにもよこせや」
「やだ。ぜっったい嫌だ」
「あっ、外にいんのアイドルの山風のミノじゃね?」
「そんなチープな嘘に騙されないからね」
「え、だってお前ホラ、あの隣にいんのこないだ結婚した元アナじゃね?なんか心なしか腹膨れてんな?ありゃデキ婚だな」
「うそ!?」
「嘘。あーうめェなコレ」
窓際の席から通路を挟んで向こうにいたから、立ち上がって窓の外を確認したらミノはおろか、結婚相手の奥さんの姿すら見えやしなかった。
テーブルの向こうにいる銀さんから聞こえてきた甘味を噛み締めてる声に視線をゆっくりとそちらへ移す。
だ、ま、さ、れ、た。
「どチクショウ。クソッタレが」
「お口悪いよ名前チャン。そんなお口、銀さんチューして塞いじゃうぞ」
「やってみやがれ。オメーのタラコ2つ噛みちぎってやる」
「ずいぶん情熱的だな」
「もうやだ日本語通じない。コイツどこの天人」
「お待たせしましたイチゴパフェですー」やや間延びしたウェイトレスのお姉さんの声に抱えていた頭を上げた。私の目の前に押しやられた本来なら私1人のためだけに作られたあんみつは既に3分の1は消えていた。
まじで遠慮ってモンを知らないように出来てるわこの人。
「まァそう気落ちすんなや。混雑しやすいおやつの時間のこの店は待ち時間0だし、パフェの他にあんみつもタダで食える。おまけに店員は可愛いときた。気落ちする理由がねェよ」
「席を見渡せ。店の出入り口を見ろ。そして現実も見ろ。ついでに自分の毛の膨張具合も確認しなさい」
「え?毛ェまたボリューム増えた?マジ?そろそろ切りにいかなきゃヤベーな」
「ねぇどうなってんのその都合のいいところだけ切り取れる頭の中。思考回路もクルパーなの?」
もちろん甘味の人気店はお八つ時は混んでる。その証拠に店の入り口には何人か長椅子に所狭しと腰をかけて順番が来るのを待っている。こいつは大方私が店にいるのに気付いて「中で待ち合わせしてる」とでも言って入ってきたのだろう。
「かてェこと言うなや。俺とお前の仲じゃんね。生まれた時からこうして共に甘味を楽しむ運命にあったに違いねェよ」
「生まれた時から私はアンタにこうして甘味を食わせる都合の良い女になるってことは決まってたのかしら」
「うんめェなコレ。あ、運命とかけてねェからな?」
もうダメだ。さっさと食べて個別会計にして店出よう。諦めて目の前にある随分減ったあんみつにスプーンを伸ばし、あんこをたっぷりのせた白玉を乗せる。
「そいやァお前今度誕生日だったろ」
コロンと白玉が落ちた。
「………え?」
「……え?なにその目。やめてくんない?その未確認飛行物体見るような目」
「いや、だって…」
「失礼なヤツだなお前。人の記憶力疑いやがって」
「銀さんにだけは一番言われたくないよね」
若干顔が引きつった。どんだけこの人にパフェおごったと思ってんだ…?
「今週の金曜日だっけ?おんなじ時間にここの店の前集合な。じゃ、ごっそーさん」
気付いたら目の前にあったパフェは空になっていて、視界の端で白い着流しが揺れた。パフェ代の伝票は置いてったまま銀さんは機嫌良さそうに甘味屋を出た。
ーーーーー
それからは突然だった。
かぶき町の治安が悪くなったのは。職場の知り合いから聞いた話によれば、かぶき町の四天王の1人のお登勢さんが四天王間で定めた規則を破ったために他の勢力の者から斬られ重症を負ったとか。戦争が起こるだとか物騒な話が飛び交っていた。
そんな最中で迎えた金曜日。もしかして、なんて思ったら、足は自然とあの甘味屋さんへ向かっていた。
「…名前ちゃん」
カラリと横にあった引き戸が開いた。その引き戸の近くにしゃがみ込んでいた私はその音に顔を上げた。「危ないから、一度中に入ろう?」その声に私はゆっくりと立ち上がって、その人の言葉に甘えた。
「お店、とりあえず明日からは暫くは締めようと思うの」
注文したあんみつを差し出しながら、申し訳なさそうにして眉を下げながらそう話すのはこの店の店長。いつもなら大繁盛している店内は私1人しかいなかった。
「そう、ですよね。今すごく治安悪いですし…。私も明日からはなるべく家で大人しくしてます」
こないだ満足に食べれなかったあんみつを淡々と口に運ぶだけの作業を繰り返してお店を出た。もちろん、そこには銀さんの姿はおろか、町を行く人の姿もほとんどない。
銀さん…あの人のことだから、何か巻き込まれてないだろうか。
万事屋に行こうと思えば行くことはできた。でもそこに銀さんがいなかったら。そう思うと怖くて、私は万事屋とは反対方向にある自分の家を目指して歩いた。
ーーーーー
そんなかぶき町が再び活気を取り戻した頃。風の噂であの行きつけの甘味屋さんはまた営業を再開したことを聞いて、なんとなくお店の前を通ってみた。
「…よかった」
ガラス越しの店内は活気に溢れていて、店長も忙しそうにして駆け回っていた。
「おじょーさん、1人?」
背後からかけられた声に心臓がどきりとはねた。ガラスに映った白い影に、鼻の奥がツンとした。
「…待ち合わせしてるの」
「へェ?そいつ、随分遅れてんじゃねェの?もしかして忘れられたとか?」
「きっと大事なものを守りに行ってたんじゃないかな。あの人はそういう人だから。それで遅れてるだけだよ」
「…」
「前に記憶力疑って怒ってたし」
「…名前」
「それに、とびっきり高いスイーツ奢ってくれるって約束したんだよね。ここ1皿1万円の金箔ケーキあるって聞いたから、それのことかなぁ?」
「いやそんな約束してねェから。勝手に捏造すんのやめてくれる?」
「ふふっ、そうだっけ?」
振り返るとずっとずっと会いたかった姿の人に、やっぱりまた鼻が痛くなった。頬にはガーゼ、いつも出ている右腕には包帯が巻かれていた。
「おかえり、銀さん」
無事ではないけど、無事帰ってきてくれたその姿に涙がぽろっと溢れた。そんな私をみて少し驚いた銀さんは頭をガシガシかきながらこちらへ歩み寄ると、私の腕を掴んで歩き出した。
「ちょ、ちょっと…!」
路地裏に連れて行かれて焦っていると、急に銀さんが止まった。かと思えば、今度は掴んでいる腕をぐっと持って行かれて、私はそのまま流れるように銀さんの体に包まれた。
消毒液のような匂いの中に、久しぶりに感じる銀さんの匂いに安堵感に包まれる。
「悪ィ、遅れた」
「……いつも具体的に待ち合わせなんてしてないから、約束なんて慣れないことするから遅刻するんだよ」
無性に面白くなって体が笑いで震えてきた。「なんで笑ってんだよ」と頭上から声がかかる。
「あのね、銀さん。こないだ、1人であんみつ食べ行ったんだ。前銀さんに食べられたからそれを挽回しようと思って」
「お前の甘いモンへの執着っぷりヤバすぎだろ」
「仕事終わりの一杯みたいなものなの!…そんで、そのあんみつ美味しかったんだけどさ、やっぱりアレだね、銀さんがいないと美味しくないなぁって思ったよ」
「……」
「…銀さん?」
銀さんの腕の力が増した気がした。肩口に銀さんの頭が乗っかった。
「お前よくそういう恥ずかしいことさらっと言えんなぁ…。ま、そういうとこひっくるめて好きだけど」
「だって、またこないだみたいな急に何かトラブルに巻き込まれて会えなくなるって思ったら………って、…え?」
「ん?」
「ぎ、銀さん…?今なんて…」
「そういうとこひっくるめて好きっつった。もう一度言うか?」
「……ちょ、………え?…」
混乱していると、銀さんが体を離した。近くで見た銀さんの顔は頬のガーゼ以外にも細かいかすり傷が見えて、少しだけ胸が痛んだ。
でも、当の本人はそんなの微塵にも気に留めていないようで、ニカッと笑った。
「名前、これからも銀さんと甘いモン一緒に食いに行く気ない?」
「……えっ、」
「銀さんな、甘いモン食って幸せそうにしてるお前を独り占めしたいと思ってんだわ。……どうよ?」
「……記念日にはあの甘味屋さんの金箔ケーキ一緒に食べてね」
「…しゃーねーな」
「何ヶ月記念とかは無理だからな。年単位でな」と銀さんはまた私をぎゅっと抱きしめた。
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