「はぁあ…」
一人放課後に盛大にため息を吐いた。
月曜日の今日、昼休みに恐る恐る名前ちゃんの教室へ向かってみたものの残念ながら彼女は休みだった。ひょっとして俺が無理に腕を見ちゃったことが原因だとしたらどうしよう。女の子が繊細な生き物だというのは分かりきっていたのに、あの時の俺は本当にどうかしていた。
「あぁああああ…」
「クソウゼェ」
「あだぁ!?」
ひょろひょろ長い息を吐きながら昇降口で靴を交換していると、不意打ちで尻を蹴られる。この及川さんを遠慮なしに蹴り飛ばせるのはひとりだけ。
「ひどいよ岩ちゃん…人が悩んでるって時に」
「どうせてめぇの悩みなんざしょうもねぇ内容だろうよ」
「ちっちっち、岩ちゃん、及川さんがいつもモテすぎて悩んでると思ったら大間違いだからね。このイケメンにはそれ以外にも悩むことあるの」
「牛乳パンA社かB社で一生悩んで拗らせてくたばれ」
「岩ちゃんてば俺のこと牛乳パンが主成分とか勘違いしてない?」
今日は月曜日ということもあって、部活はなかった。授業を終えた今、特にこのまま学校にいる理由もないから偶然居合わせた岩ちゃんと揃って校舎を後にする。その辺にいたりしないかな、なんて無意識に目が彼女の姿を探そうとする。
「メシの話してたら腹減った。責任取れ」
「えー横暴な…。カレーでいい?」
食べ盛りの男子高校生二人揃えば、足並みはなんとなく繁華街へ向かうのはもはや恒例。俺たちの話題は俺の悩みの話からこれから何を食べるかの話題へと自然に移行していく。あ、餃子も悪くないかもしれない。
「男なら黙ってラーメンだろ」
「いやだね、今日はカレー!」
「こないだ食っただろ。ラーメンにスパイスでもぶち込んどけ」
「カレーラーメンなんて馬鹿舌の岩ちゃんくらいしか食べないでしょ」
「よーし、気張っていこー」
「暴力反対!」
拳を磨き始める岩ちゃんから距離を取ろうとすると、不意に近くにあったコーヒーショップの、そのガラスの向こうにいた女性に目が留まった。
「あ?」
「あれ…苗字さん…だよね…?」
「…私服で一瞬分かんなかったな。今日休みって聞いてたが…サボりか?」
「そんなわけ…ないはず、多分」
窓際の二人席に一人で腰掛けている彼女は、縫い針らしきものと布の塊を手にしている。何かを縫い込んでいる動作をしていることに気づくと、俺の勘がフラグを感じ取った。
あれ、手にあるのひょっとして。
もう少し手元の様子が見たくてどうにかして見れないものかとゆっくり店に近づくと、トンと体が何かにぶつかった。
「おっと、失礼」
「あ、」
視界外から聞こえた声に振り返ると、自分よりもうんと高身長の男の人がすぐそばに。歳は大学生かそのくらいだろうか、白髪にサングラス姿で日本人ではなさそうな容姿を纏うその風体に、なぜだか条件反射で背筋が伸びた。「背ぇたっか!」内心率直な感想を述べずにはいれない。
180センチを超えて順調に185センチへと上り詰めている俺よりも高いその人は、思いのほかニッコリと愛想の良さげな笑みを浮かべると、俺の肩をトンと軽く叩いた。
「――!?」
直後にぶわりと全身の毛が総毛立つ感覚。
「ごめんね?怪我はない?」
勝手に大量の冷や汗が流れ、暴れ狂う心臓を押さえつけるように胸元のネクタイを握る。なんだろう、この、感覚。
前にも一度味わったことのあるようなソレを思い出そうとしながら、ただ心臓の暴れる鼓動だけを感じていた。「及川…?」岩ちゃんの心配そうな声が耳に入って我に返る。
「あ…大丈夫、デス…。こちらこそよそ見なんかして…スミマセン」
「じゃ、お互い様だね。それじゃあおれ…ボクはこれで」
サングラスの隙間から見えた瞳は青で、それを縁取る睫毛も白。外国人…?にしてはなんて流暢な日本語を話すのだろうか。
モデルらしき人が偶然名前ちゃんのいるコーヒーショップに入っていくのを見届けると隣から感嘆の声。
「なんだあれ…モデルか…?芸能人オーラすげぇ…」
「…フン、及川さんもスター性負けてないけどね」
「威張んなうんこ野郎。お前じゃ敵わん」
「ハァー!?」
興奮の様子の岩ちゃんに面白くないと自分の腕を摩る。未だに鳥肌がガン立ちの自分の腕を眺めていたら、突然岩ちゃんが何かを催促するように俺の肩を叩き始めた。
「及川、及川!」
「へあっ!?何?」
何事かと見上げれば、何か興奮したかのようにあの店を指さすではないか。見れば、モデル(仮)が生クリームをたっぷり乗せたドリンクを片手に名前ちゃんに話かけている。ヘラヘラしたような動作で話かけるモデル(仮)とそれをいつものような塩対応の名前ちゃんを交互に見守ると、モデル(仮)が名前ちゃんの目の前に腰掛けた。
「えっ、なに、どういうこと!?」
「ナンパか…?」
「相席求められた…とか?」
「ほかにも席空いてんだろ」
「確かに」
「おい…ナンパだとしたら助けた方がいいんでねぇの…?」
「…確かに!!」
いざ尋常に!電柱の影から出ようとしたところで二人に動きが出る。名前ちゃんは自分が取り出した紙をモデル(仮)の目の前に差し出したのだ。モデル(仮)はさも当然そうにその紙を手に取り、その後も名前ちゃんは普通に会話を繰り広げている。
おかしいな、段々ナンパの場面には見えなくなってきた。あれれ…?
「…ひょっとするとひょっとして…名前ちゃんとあのモデル(仮)、知り合い?」
「なんだその(仮)」
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