呪術師、決心。

 及川徹と岩泉さんが衝突したらしい。

 そんな噂が聞こえたのは、今日はあの人は昼休みに来ないんだなと思っていた矢先に耳に入ってきた話だった。どうやら今朝の朝練で起きたばっかりの出来事だったとか。
 噂の渦中である彼はまだ今日は見ていない。…何かと呪いのせいでなければいいけど、と案じながら重たい腰を上げる。

「あ、苗字ちゃん」

 教室を出たところで遭遇したのは及川徹よりも高そうな体格の持ち主。私くらいの目線からとなるともはやどちらが背が高いとか正直分からないが、なんとも気の抜けた表情にアヒル口の彼の名を脳内時間で1分ほどかけて探しだす。
 
「えと………ま、つかわさん」
「おー、ギリギリ覚えてくれてありがとね」
「…」

 辛うじてぎりぎり思い出せた彼の名前を苦しそうに言葉に乗せて出す。そのそばにはピンク色の髪の同部員がいて、名前を思い出せずにしばし唸っていると「花巻ね」と助け船を出してもらった。お花のような髪の毛の色で覚えさせていただこう。

「ひょっとして苗字ちゃんもあの2人の話聞いた?」 
「…あー、衝突した、と。本当ですか?」
「そうそう。今朝ドンパチしてさ、しまいには顧問の溝口がブチ切れて今日の部活はあの2人は出禁になったわ」
「…そんなにですか」
「んまー、あいつらがバチバチすんの今に越したことじゃないっしょ」
「いーや俺、あそこまでひどいのは初めて見たわ」

 ぼりぼりと頬を掻きながら苦笑いを浮かべる花巻さん。そこまで言わせるものなのか。
 岩泉さんは確かに無骨で怒りっぽい雰囲気がある。しょっちゅう及川徹をどやしては、それを及川徹がへらへらとやりすごしているイメージがあった。いつか見たあの及川徹の焦燥感ある険しい表情…、あのまま2人がぶつかったとしたら…衝突したという噂はありえなくもない話。
 
 
——ゾク。
 
 
 突如背中に冷たい水をぶっかけられたような寒気がして咄嗟に振り返る。その先にいたのは及川徹だった。全く私たちを見向きもせず、下唇を突き出したようなむっすりとした表情で教室を出て行く背中が遠退いていく。……見える、ほんの少しだけ呪いの姿が。

「あーららしょぼくれてんなぁキャプテン」
「なんか…今岩泉に遭遇したら乱闘始まりそうだな…」
「まぁどの道今回は及川が悪いし、理論的にも物理的にも岩泉には勝てねぇべ」
「何が原因だったんですか?」
「及川のオーバーワークだな」
「オーバーワーク、ですか」

 あの日、体育館の戸締りに来ていた教員の言葉が過った。
 
「そ。岩泉のやつな、昔っから及川のオーバーワークには目を光らせてんだよ」
「あいつら中学一緒でさ、そんときも及川のやつオーバーワークしてたらしくて、そこでもドンパチしてんだと」
「そう…だったんですか」
「んで、今回もそれが判明して、案の定岩泉がブチギレ。まあ確かにやりすぎて体壊しても元も子もないんだけどさ」
「まぁ、正直及川の気持ちもわからんでもないよ。最近スランプ気味で焦ってんだろ」

 ハタリと気付く。そうだ、これは良い機会だ。昔から呪いがへばりついていたわけでもあるまい、呪いに目をつけられるようになった原因が何かあるはずだ。ここぞとばかりに彼等に話を掘り下げて聞いてみる。

「いつ頃からスランプ気味だったんですか?」
「あー…そういやぁ、今年入ってから随分調子悪そうだったな」
「ユース合宿も微妙そうだったよな」
「今年入ってから…ですか」

 少し考え込むようして俯く。年末年始は呪いが酷い。日本中の非呪術師達が神社仏閣に祈り願いをささげるのだ。何か関係があるのかもしれない。
 そこから芋づる式に教室の鞄のなかに潜ませている作りかけのお守りの存在を思い出した。どうやらチンタラしている場合ではないらしい。



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