物心がついた頃から容姿に恵まれている自覚はあった。
俺が微笑めば周りも頬を赤くして照れ臭そうに微笑んでくれるし、名前を覚えて呼んであげれば嬉しそうな声が上がる。応援の声かけは部員の誰よりも多いし、差し入れだってほかの部活動の人たちよりもバレー部が…、厳密に言えば俺宛ての物が絶対多かった。つまり、俺の容姿はそれだけ広い範囲で好まれているという意味で受け取っても良いだろう。
だからこそあの目が忘れられなかった。今日の昼休みに見かけた女子生徒のあの…、言うならばまるで俺を生ゴミとかそんな感じの臭いものを見るかのような冷たい眼差しのことを。
「なんだ及川、辛気臭ェ顔なんざしやがって。主将がンなツラ下げて部活出て見ろ、ぶっ飛ばすぞ」
「えっ、俺そんなに臭う!?ぶっ飛ばしたいくらい臭いってこと!?」
「いや、岩泉の言ってることはそういう意味じゃねぇと思うぞ及川」
その日の授業を終えて部室へ向かう道中だった。
たまたま昇降口で幼馴染の岩泉一こと"岩ちゃん"と、もう1人の同じ学年の部員花巻貴大こと"マッキー"に遭遇し、3人で揃って部室へ向かうなりコレだ。
岩ちゃんからの「臭い」ワードについ過剰に反応してしまった俺は制服の裾に鼻を近寄せた。…いや、臭くないはず。毎晩消臭スプレーかけてるし…いや、その消臭スプレーが問題だったり…?
「及川なんかテンション低迷してんな?どうしたよ、彼女にでもフラた?」
「えっ、……なんで一昨日のこと何で知ってんの…マッキー…エスパー…?」
「…マジか」
「花巻、お前今の勘だったのか」
「おぉ…まさか当たるとは」
「墓穴掘った…!……あーそうですー!!フラれましたー!」
ひそひそを何やら耳打ちし合う2人からは「1か月以内破局で賭けに勝った。岩泉ラーメン奢りな」「チッ」なんて会話。聞こえてるからね。てかなんで人様の清らかなお付き合いをいつまでに別れるとか賭けんの?酷くない?
「はぁ…もうホント良いことなさ過ぎだよ最近」
「悪運、試合には持ち込むんじゃねぇぞ及川ー」
「心配すんな花巻。試合に悪運持ち込むような無能は主将であろうが外す。"勝ちに必要なヤツだけコートに残す"」
「飛雄メソッドか!!」
相変わらず俺にはドライな岩ちゃんにツッコミを入れた。それから徐に両手を出して最近の運の悪さをピックアップしてみることに。
付き合ってた子には俺がバレーに熱中しすぎて浮気され、挙句の果てにはなぜか俺が悪いと逆切れされてフラれ、小テストでは回答欄ズレて答えを記入したり、寝坊したり、車に水たまりはねられたり、練習着忘れたり、あれやこれやと最近あった身近な不幸を読み上げてみる。
「しかも聞いてよ2人とも…今日昼休みに3年の先輩たちからプレゼントもらってたらね、他クラスの子にすっごい引いたような目で見られてさぁ…及川さんなんでかすごい傷ついたのよ…。とにかくセンチメンタルなの」
「ンなの今に始まったことじゃねぇだろ」
「違うのー!…なんかその…違うんだよー…」
「ふむ、及川が残念なイケメンって知った時の女子の目じゃないと?」
マッキーの推察が胸にトスリと刺さった。
「ぐぬぅ、なんて嫌な表現…。でもそれ…そんな感じ…」
「残念なイケメンを見る目に慣れてるクソ川がセンチメンタルになってんのか。誰だクソ川をそんな風に仕立て上げたそいつ」
「さっきからディスられてんのかよく分かんない俺のこの感情どこに持ってったら良い?」
ゲラゲラ楽しそうに笑う2人を差し置いてひとまず昼休みの記憶を手繰り寄せることにした。
記憶力や洞察力はいい方だ。彼女の学年を表すリボンのカラーは俺と同じ2年だった。
「…リボンは同学年ぽいけど見たことないかも…」
「もしかして転校生?とか?」
マッキーの答えに手を叩いた。
「言われてみれば転校生ちゃんかもしれない」
「2組のか」
「そそ。同学年の女の子なんて皆覚えてるし、そうとなれば転校生ちゃん説が濃厚かもしれない」
「及川は先週県の強化合宿あったしな。転校生の話題リアルタイムで掴めなかったか」
「ちょうど被っちゃってたんだよねー」
「あれ…言ってる傍から、あれじゃねぇのか?例の転校生」
マッキーの視線の先を追いかけると、グランドの端に佇むのはまさに今俺たちの話題に出ていた転校生ちゃんだった。鞄も持たずに野球部が集まっている方向を見ている。
「野球部でも見てんのかな」
「微動だにしねぇな」
岩ちゃんやマッキーの言う通り、鞄も持たない転校生ちゃんは棒立ちでグランドの方を向き続けていた。片手には天然水のペットボトルを持っていて、昼間見たそのまんまの姿がそこにはあった。その直立不動さにもしかすると野球ファンなのかもしれないと推測がよぎる。
「あれっ、何してんのお前ら。揃いも揃ってー」
ゆるい声に振り返った先にいたのは松川一静こと"まっつん"。これもまた部室へ向かう最中だったらしく、俺たちが部室でも何でもないところで集まっているのを見て目を丸くしていた。
「おー、松川ちょうどいいとこに」
「おん?」
「お前あの転校生の隣のクラスじゃん?なんかどんなヤツとか話聞いたりしない?」
「あー…不思議ちゃんって感じよ。女子は寄り付いてないね。大体いつも宙を見てボーっとしてることが多いらしい」
「へぇー、不思議ちゃんねぇ」
目線は転校生ちゃんの背中のまま耳だけまっつんに傾ける。野球のファンか何かだろうかと思ったけれど、微妙に顔先は野球部に向けられていないような気もしないではなかった。
…それとも何かあの子にしか感じない何かでもあるのだろうか。
「おい、もう少ししたら部活始まるぞ」
「行くよ及川」
「うん」
なんだか妙に後ろ髪を引かれるような思いで、俺たちは部室へと向かった。
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