被呪者の生徒は及川徹と言うらしい。
彼の取り巻きが皆同じようにそう言っていたのを見聞きし、さらにはバレー部主将との情報を手に入れることができた。どうやら私が転入してから数日間、合宿があったらしい。道理でなかなか見つからなかったわけだ。手がかりが無かったここ数日のことを思うと、最近は進捗上々で学校へ向かう足取りが心なしか軽く感じる。
けどここまで来れたものの、授業がある時間だったり休み時間は彼の取り巻きや友達が多いため下手に帳も落とせない。サクッと祓いに行けない点が少々ネックだった。
部活ならワンチャンあるかもしれないと意気込んだ私は、満を持して体育館に向かうことにしたのだが、ここであることに気づいてしまった。この学校、体育館が複数あったのだ。
「…しまった…どこか分からない…」
クラスは分かっていたから終礼後にこっそり後を追いかければ良かったな…。
天然水のペットボトルを片手にとぼとぼ校庭を歩いていると第二体育館と第三体育館、柔道場を示す標識を見つけた。ついでだからどこの体育館でどの部活動が行われているかも書いておいてほしいと内心一人ごちる。
呪術高専もなかなか入り組んではいるが、ここもここで相当だ。とりあえずは一つずつ見ていくしかないかと短いため息を零していると、真後ろで地面を踏む靴音が聞こえた。
「お前、転校生だな」
「えっ」
突然の呼びかけにギクリと強張って振り返る。少し強面で黒髪のスポーツウェア姿の男子生徒が立っていた。これから部活に向かうところなのか、水筒とタオルを手にしている。
「あ、…そうです」
「迷子か?」
「ですね」
「どこ行くつもりだったよ?」
「あー…えーと、バレー部の体育館に…」
「…」
「…あの?」
男子生徒がムスッとした表情で固まり戸惑う。
なんだか夜蛾先生や日下部先生が余計なお節介を焼いたのが分かった気もしなくない。同年代の人との喋り方がよく分からない、それもごく普通の男子高校生との。
「付いてこい」
「あ、ハイ」
謎の膠着状態を経て、男子生徒がくるりと身を翻す。案内してくれるのかと仏頂面な彼の優しさにひとり胸をあたたかくしていると、彼の大きい背中に書かれていたローマ字を読む。セイジョウ、VBC。
……VBCの意味を察して目をひんむきそうになった。なんてこった、バレーボールクラブ。
「バ、バレーの人…、だったんですね?」
「…おぉ。お前、及川のファンか?」
「ファン?及川、さんってファンがいるんですか?」
「…?放課後になると見に来るヤツがいんだよ。…お前は違うのか?」
「……及川さんを見たいのはそうなんですけどファンではないかな…と思います」
「まぁ、一応顔は県内に知れ渡ってる方だしな。奴のプレーを一目見たいとかか」
「そうなんですか?スミマセン、バレー詳しくなくって」
「…」
「…」
「…変なヤツだな、お前」
「…よく言われます」
お互いに頭上にはさぞハテナが飛び交っていたことだろう。
私は単純に及川徹の呪いを祓いたいだけなのだが、ここの学生には彼の名前を出すとどうやらファンと勘違いされるらしい。それくらいの影響力があるのなら呪いが憑いてしまうのも頷ける。
「なぁ」
「ハイ?」
「あの及川をゴミでも見るような目で見たってマジか?」
「えっ!?いや、そんなつもりは…!というよりどうしてそれを…!?」
「本人が言ってた」
「えぇ…」
「――着いた」
「!」
やっぱりあの時、認知されてたのか。それにしてもまたゴミを見るような目って…私そんなにひどい顔をしてるのか…?ぺちぺち自分の頬を叩くと、案内人の足が体育館で止まる。
「男バレは第三体育館、見学は2階な。入口横の階段で上あがれる。…たまにボール飛んでくっから流れ弾には気をつけろよ」
「ありがとうございます。えっと、その、」
「岩泉」
「岩泉さん、ありがとうございました。部活頑張ってください」
「ん」
岩泉さんにお礼を伝えて別れ、2階に来てみて彼が言っていたことがよくわかった。女子生徒たちが2階の手すりにしがみついては、熱心に体育館の中心にいる部員たちを覗き見ているのだ。
「及川さーん!頑張ってー!」
黄色い声をあげる彼女たちの学年を表すリボンのカラーは3種類、即ちすべての学年の女子がバレー部の見学に来ていることになる。
「セイジョウー!ファイっ!」
「オー!ファイ!」
一言で言うなれば「嗚呼、青春」。
バレーはちっとも詳しくはないけれど、素人目から見ても強豪校と言われているだけのことはある気がした。初めて見るバレーのコートに内心感嘆の声を上げつつ例の及川徹を探すべく目を細めると、呪いがべったり貼りついている渦中の人を簡単に見つけることができた。その近くでは先ほど私を案内してくれた岩泉さんがシューズを履いている。何か会話しているようだ。
部活はこれから練習試合を始めるようで、ショッキングカラーのオレンジ色のビブスを着た彼がボールを手にしてコートの端に立つ。なんだか表情がちょっと硬いな、と思っていたら呪いの気配が強くなった気がした。
「そーおっ、れー!!」
審判の切れの良い笛が響いた直後、動く。周りの女子の声援とともに共に放たれた強烈なサーブはコートの中間のネットを瞬く間に飛び越え、床に描かれた白線の外へ叩きつけられた。アウトを示す声に周りからはブーイングや落胆の声が響く。
「ぐぬぁあああ!!!入らないー!」
「どうしたよキャプテンー」
「超絶スランプじゃねぇか」
体育館に岩泉さんの怒号が響く。まぁ、"あんなの"が付いてればそりゃぁ実力を発揮できないのは無理ないな、正直そこは及川徹に同情。
さて、一仕事しますか。ギャラリーたちの視線がバレー部員に注がれているのを確認してから手元のペットボトルを開ける。中身はどこにでも売ってるような至って普通の天然水だ。水に術式を流し込めば、ペットボトルの飲み口の上でピンポン玉サイズの球体が浮かび上がる。
私の術式は液体を操るそれだ。海やプールなんか大きいものは、自分の能力不足が故に操作はできないが、半径数メートル以内の雨水だったり、水溜り、ペットボトルの水くらいの比較的軽い液体の操作は容易だ。呪力を織り交ぜた水球を呪霊に放てば祓除完了となる。
ぶつけるならプレーが終わった、みんなの気が一瞬抜ける瞬間を狙う。岩泉さんが相手コートにボールを叩きつけたタイミングを狙って及川徹の背後にのしかかる呪霊に水の球体を弾き飛ばせば、彼にのしかかる呪霊が黒いもやのようになって消散。呪いの気配は確かに消えた。
「ーー!!」
ホッとしたのも束の間、ギクリと身を固める。あろうことがあの枯茶色の瞳がギョロリとこちらを見上げるではないか。
バチリと交わる視線に一瞬怯むと、付近にいたギャラリーたちが自分を見たと色めき立つ。及川徹は女子の呼びかけに気づくとひらひらと手を振って応え、私はバクバクと脈打つ心臓を押さえながらゆっくりと後退りし、階段へ向かう。
びっくりした、本当にびっくりした。
第三体育館を離れてから息を吐く。偶然だと思いたいけど、今でも鮮明に思い出すのは祓った瞬間にこちらを見上げてきたあの枯茶色の瞳。
「……たまにいる呪いに敏感なタイプ…?」
あれだけ呪いまみれな生活を送っていたのだ、急に重みが消えて驚いたのかもしれない。
何はともあれ、一先ず任務は達成したのには違いなくてホッと息を吐く。明日以降は学園内の呪いを一掃し、終わり次第夜蛾先生に報告してさっさと東京へ帰ろう。
及川徹をめぐる呪いの不可解はまだ終わっていないことは、この時の私はまだ知らない。
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