「ほらほらー声出てないよー!」
「「あーッス!!」」
冷たい空っ風が吹き荒れる外とは裏腹に熱気に溢れた第三体育館。
レシーブ練習に励む部員たちを一人ずつ観察し、必要あれば声かけをする。仲間たちの声量、表情、動きからその日その日の調子を静観、それから適切な立ち回りや対応するのもセッター、それから主将としての仕事だ。まぁ正直なところここ数週間、自分がスランプすぎて後輩にあれこれ言えた立場じゃないんだけどね。
ふと館内を見渡すと視界の端で監督が椅子から立ち上がる姿が見え、監督は俺の目を見るなり小さく頷いた。
「そろそろやろうか」
「はぁーい、紅白練!セッティングしてー!」
「「オォーッス!!」」
号令をかければワックスのかかった床を蹴る音やボールの入ったカートを引く音が一斉に響く。
「及川」
「ん?」
足元に転がってきたボールを手に取ると名前を呼ばれ、俺を呼んだまっつんを見上げると彼はある方向を指さしていた。その先では監督が俺を手招いている姿。
コートの片付けに走る部員たちの邪魔にならないようにそそくさと監督のところへ向かおうとすれば、どこから飛んできたのか分からない強烈なボールが脇腹にのめり込んで少し悶える。最近こんな流れ弾に当たってばっかりだ。内心辟易としながらやっとこさ監督の所に辿り着くと、「便所」と一言付けて水性マーカーを手渡された。メンバーの組み合わせを任せた、と副音声が聞こえた気がする。
出口へ向かう監督の背中を少し見送り、壁に備え付けられたホワイトボードと向き合う。これから行う紅白練メンバーの選出に少しだけ唸っていると近くにあったドアから冷たい外気が入り込む。
「しアース!!」
「あ、岩ちゃん委員会お疲れ」
「おぉ、ちと長引いた」
明らかに一際大きい声。すぐ横にある扉を見ると、そこにはボール飛び出し防止用のグリーンネットが張られており、そのネットを捲し上げるようにして岩ちゃんが館内に足を踏み入れる姿があった。床にシューズを置いて足を突っ込んだ彼は、吊り目を俺に向けると口を開いく。
「来てっぞ、あの女」
白いツヤツヤの面に黒い水性マーカーの先端をあてたところでピタリと止まる。はて「あのオンナ」とは。
その一言で真っ先に脳裏によぎったのは最近別れたばかりのあの子のこと。思い出すなり無意識に警戒態勢に入る。
「エッ、キララちゃん!?」
「あ?誰だそれ」
「及川の元カノよ」
いつの間にか隣で汗を拭っていたマッキーの問いに「知らん。コイツの色恋沙汰に興味はねぇ」だなんて俺の色恋沙汰をどシャットかました岩ちゃんは「転校生だ、例の」と顎で2階を示すような素振りを見せた。
それもそれでまた強張る。な、なぜ彼女がここに。
「よく見てんなぁ岩泉」
「迷子ンなってたから案内した」
「は!?どういうこと!?」
「お前を見に来たんだとよ、クソ及川」
「…マジか」
かの転校生ちゃんとの衝撃の初対面から数日。やはりあの子が俺のことを見る目はなんだか険しい気がしているのは間違いがないと思う。周りに女の子がいてもいなくても、ふと彼女と目が合うといつも同じような目で俺のことを見るのだ。それなのになぜ見学に…?
「おー、ゴミを見るような目で見てくるあの子か。来てんだ?」
「なーんか…試合のときより2階見れないんですけど…」
妙なプレッシャーを感じつつも目の前のボードにメンバーの名前を書き記し、ビブスを着てコートへ駆け入る
練習し慣れた体育館が少しだけ居心地悪い。気持ちの問題だと思うけど。
「及川さーん!!頑張ってー!!」
頭上から降ってくる可愛らしい声が俺の鼓膜を癒した。
いつもなら見上げて軽くファンサしてあげたいところだけど、あの子のあの目と合ったらメンタルやられてサーブミスってしまいそうで。申し訳ないが集中して気づいてない風を装い、ボールを手中で回しながらコートのエンドラインに立つ。
「及川ナイッサー!」
「ふー…」
一本集中。
笛が響いた直後、自分のタイミングで駆け出し、重心の全てをボールに乗せるようにして叩く。サーブトスは良い。ボールもしっかり芯をとらえた。充分な手応えはあったというのに線審からはアウトの声た。岩ちゃんの「クソ川ァ!」なんて叫び声が聞こえたと思う。
「ぐぬぁあああ!!!入らないー!」
「どうしたよキャプテンー」
「超絶スランプじゃねぇか」
悔しさに頭を抱えれば、同チームのまっつんやらマッキーやらに煽られる始末。こうなることを予期して今日は岩ちゃんと別チームにしといてよかった…。最近サーブの調子が頗る悪くて仕方ない。
その後俺のいるチームは負けたまま試合は進み、自分の中であの子の存在が薄れかけていた時だった。
――ゾ ク リ
岩ちゃんのスパイクがまっつんのブロックを抜けて決まった直後、得体の知れない感覚を覚えて鳥肌が立った。その後は自分でもどうしてなのか分からないけど、気づいたら俺は2階を見上げる。
「……あ」
たまたま見上げた先にいたのは、あの転校生ちゃんだ。他の生徒は手すりに身を乗り出すかのようにこちらを見ているというのに、彼女はいつものようにペットボトルを手にして2階で1人静かに佇んでいた。
俺も俺でまさか偶然見上げた先にあの子がいるとは思っていなかったけれど、彼女も彼女で俺が顔を上げるとは思っていなかったのか、その目は驚きに満ち溢れているように見えた。
「あ…」
意外な彼女の表情に呆然と見上げていたら、彼女の近くにいた別の女子生徒がこちらへ手を振るから慌てて微笑みどうにか自分を取り繕い、ポジションへ戻る。危ない危ない、変な奴と思われるところだった。
「どしたキャプテン」
「ん…いや、なんも」
「転校生?…ってもう居ないか」
「え?」
マッキーにつられるようにしてもう一度2階を見るけれど、もうそこにはあの子の姿は無かった。ものの数秒の間に姿を消してしまったらしい。ついさっきまで彼女が佇んでいた辺りを無心で見上げていたら、背後で派手にシューズが擦れる音が館内に響く。
「うぉっ、滑った!…ここ汗やべーぞ!」
「1年、ワイピング頼む!」
「おス!」
部員の焦った声に振り返ると、ワックスがかかった床には小さな水たまりのようなものができており、それを見て小さな違和感。
真夏でもコートの床がこんなに濡れることなんて滅多にないっていうのに、まるで水でも零したかのようなそれがそこにはあったのだ。
後輩が拭き上げる様子を見ていると、監督が戻ってきたらしく皆の声量が一段と増す。とにかく目の前の試合に集中しなければと、自分自身の切り替えるためにも声を張り上げる。
「青城ォー!ファイ!」
不思議とその後回ってきたサーブは上手くいき、俺のいたチームは大逆転を果たすことになったのである。
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