呪術師、困惑。

 呪術師が祓う呪いというものは、こういうものだと一概には言えず実に千差万別。毒持ち、幻覚持ち、物理攻撃は効かない、異常気象をもたらす、祓除に条件があるだのなんだのいろいろだ。
 同じ呪いなんてこの世に恐らく二つとないくらい個性があり、そんな呪いたちを祓い続けている私たちにとってイレギュラーは日常茶飯事。まぁ、強いて言うならば、唯一共通するのは呪いを祓えば解決という点のみだろうか。
 こんな特殊な環境に身を置いてることもあって想定外の出来事には耐性が付いてきているはずなのだが、どうやらまだまだ世界には私の考えが及ばない想定外に満ち溢れているらしい。

『ハァ?祓っても祓っても呪いが祓えない?何言ってんの名前』
「そのまんまですが、五条さん」
『呪術高専生とは思えないまるでバカみたいな相談だね』
「後輩が真剣に悩んでいるのをバカで一蹴する五条さんは人生の先輩として風下にも置けない人ですね。やりたがってる教師なんてとても務まらないのでは」
『ホントかわいくないね』

 スライド式携帯の小さな穴から聞こえてくるのは呪術高専の卒業生である五条さんだ。私の4つ上の呪術師で数少ない特級呪術師の一人だ。今は教師見習いをしながら、その傍ら祓除任務で日本全国を駆け回っている。そんな人物だ。
 担任の日下部先生は今は海外に行ってるらしく、その代わりにこの人へ何か祓除のヒントをもらないかと連絡を入れてみたのが事の始まりだった。

「祓っても次の日にはべっとりで…呪い生産人間みたいな人なんですよ」
『ははは、ウケる。私が呪いを育ててますぅー、て?』
「真面目に聞いてもらえます?」

 ズゾゾゾと水と空気が混ざった音が電話の向こうで聞こえるあたり、大方パフェみたいに甘いドリンクでも手にしてるんだろうと想像したところで頭を抱え、それから背筋が冷えるような錯覚。この寒い時期にコールドドリンクをチョイスするなんてどうかしている。この人に電話をするのはミスったかもしれないと今更後悔し始めた。
 放課後の部活動が盛んになりだす時間に校舎の影で1人ため息をついた。

『ならお守りとかでもあげれば?』

 眉間を揉む手が止まる。オマモリ?

「お守り…?ですか?」
『そ、勝利のお守りとかあるじゃん。よくある手作りのヤツ』
「手作りの…勝利のお守り…」
『それにオマエの呪力を閉じ込めて渡しとけば取り憑かれ予防にはなるんじゃなーい?』

 なるほど、憑いてから祓うのではなく憑かないように前もって対策すれば良いのか。
 確かに呪いは自分より強い呪いには近寄らない習性がある。自分の呪力を何かしら媒体に纏わせて、それを持たせれば…!その手があったかと「フム」と黙りこくる私に電話の向こうで五条さんが喉を鳴らす。

『いーねぇ、バレー部主将にお守りかぁ!青春だねぇ!』
「…はぁ、ホンット人ごとみたいに…」

 呆れて小言が出そうになると電話の向こうから突然爆音が響いて、あまりのうるささに携帯を遠ざけた。ドリンク片手にさらには任務中仕事中だったのかこの人。

「でも接点とか無いですし、いきなりお守りってどうなんです?近づきにくいんですし」
『下駄箱にでも入れときゃいーじゃん』
「五条さんあなたそれで受け取るんですか。見知らぬ他人のお守りなんて」
『ほら、僕目良いし』
「…さいですか」

 そうでした。五条さんには六眼なんていうよーくあれそれ見える目があるから自分に害があるものないものの識別なんて朝飯前でした。

「でもまぁ、検討してみますよ、お守り」
『うん、そうして。あとさ、』
「なんです?」
『ありがたーい先輩のアドバイスくれてやったから、見返りの一つや二つ求めたって良いよね?』
「…」

 電話は便利だ。何せどんな表情をしたって相手にバレない。


ーーー


 俺は……とんでもないことを聞いてしまったのかもしれない。

 放課後、部活前の主将会議後に急いで体育館へ向かうべく、近道を使おうとしたところでその道の先に1人の女子生徒が立っていることに気づいた。最近よく見る転校生ちゃんで、名前は確か苗字名前ちゃん。まっつんから教えてもらった。

「お守り…?ですか?」

 肩がピクリと揺れる。なにやら電話中なのか携帯を片手に静かに佇んでいるその姿は、重大な話をしているかのように真剣そのものだった。そういえば名前ちゃんが喋っている姿を見たことがなかったかもしれない。そう思っているうちに小走りしていた足は緩やかは歩行へと切り替わっていった。どれ、少しだけお声を拝聴してみようじゃないかと建物の影に身を潜める。
 いつもよりじっくり眺めることができた横顔はどこか憂いているようで、同級生よりも大人びているように見えた。本当に不思議な子だ。

「手作りの…勝利のお守り…」

 電話向こうの人からのアドバイスか何かだろうか?少し前から呟いているのはお守りだなんてキーワード。「…はぁ、ホンット人ごとみたいに…」げんなりした様子で彼女は言葉を放った。

「でも接点とか無いですし、いきなりお守りってどうなんです?近づきにくいんですし」

 すこーし、いや、かなり状況を整理したい。

 最近よくバレー部の見学に来る彼女、岩ちゃんが俺目当てと言っていたこと、それから彼女の口から出てきたお守りや近づきにくいだなんてキーワード。

 ひょっとしてひょっとすると…ではないだろうか?

 ぱぱっと状況を整理してある結論に辿り着いた俺は静かに立ち上がる。ここは及川さんが一肌脱いであげるところではないだろうか?きっと名前ちゃんは俺とお喋りがしたかったのかもしれない。
 初対面時にゴミを見るような目で見られていたことはすっかり忘れた俺は浮き足立つような気持ちで、一生懸命電話の向こうの相手にアドバイスをもらっている彼女に気づかれないよう踵を返し、近道は諦めて体育館へ向かった。
 安心して名前ちゃん、及川さんはどんなファンの子も平等だよ。

「やっほー、みんなおまたー、ぶふっ」
「だ、大丈夫ですか及川さん!」
「は、ははは…ウン、大丈夫ー大丈夫ー」
「…なんか薄気味悪ぃなキャプテン…」
「…な」

 体育館到着するなり流れ弾を食らったものの、生憎俺は今とても機嫌が良い。
 そうかそうか、ファンの子が話しかけやすいように気を使ってあげるのもバレーボーラーの仕事にもなってくるのか。新たな課題に鼻歌を歌いながら俺はウォームアップへと向かった。



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