どれだけイレギュラーが起これば気が済むのだろうか。本日のイレギュラーは昼休みに起きた。
「や、苗字さん」
「……はい?」
それは五条さんから呪力を込めたお守りを渡せば、とアドバイスをもらった翌日のことだった。
携帯でお守りの作り方を調べながら自席でサンドイッチを頬張っていたら、突然ゾクリとした悪寒。顔を上げるとすぐそこには渦中の及川徹の姿があり、双眼は私のことを真っ直ぐに捉えていた。
他クラスに在籍している華やかな容姿の彼は、クラスの視線を掻き集め、さらには有難迷惑なことに私にまで視線を集めた。
「苗字名前さん、だよね?俺、バレー部の及川徹なんだけど」
「…あ、ハイ、存じております……?」
「話したことなかったから、話してみたいなって思ってね!」
及川徹の発言は私どころかクラス中に動揺を広げた。
…これはどう対応するのが正解?なんの罰ゲーム?内心テンパっていると、気迫が増す呪いにウッと一瞬だけ顔を顰めて口をつぐむ。なんでこうなった?サンドイッチを咀嚼途中のまま固まっていると、及川徹は私の返答を聞かずに目の前の空いている前の席に「よいしょ」と腰を掛けた。あ、居座る感じですか、内心ツッコミを入れた途端に呪いの濃度が一層強くなる。落ち着け、極力顔に出すな私。平常心だ。
目の前のこの男の目的はなんだ?これから繰り広げられるであろう会話の中から真意を察したいところだが、生憎私には友達と呼べる人間がいなかった。心の機微に疎い自分を今更ながら少しだけ悔やむ。
「お昼、サンドイッチなんだね」
「……ハイ」
「苗字さんさ、転校してきて、どう?」
「……?」
どう、とな。とりあえず咀嚼作業を続けて目の前の及川徹を見るものの、彼の背後の呪いが現在進行形で増幅していくえげつない光景についフイと目を逸らす。あぁ、祓いたい。できればこの場でさっさと祓ってしまいたい。でもまた憑かれるのは分かっている。
「ぼちぼち、です」
苦し紛れにそう言って思った、ぼちぼちってなんだ。
誰か助けてくれ。及川徹という人物をあまり近くで見たことがなかったから、このキラキラとした希望や夢に溢れているような眼差しが正直身に堪える。
「そっかそっかー。苗字さんは学校までは歩き?チャリ?それともバスとかー?」
「…歩き、ですね」
「そうなんだ、じゃあ家近いんだね!」
「……まぁ、はい」
なるようになれ。適当に相槌を打ちつつ被呪者に見守られながらサンドイッチを咀嚼していると、教室の背後から引き戸が開く音が聞こえた。ペタペタと歩く上履きの音はだんだんこちらへと向かっているようだ。
「何やってんだクソ川」
「あ、岩ちゃん。あだっ」
「転校生に迷惑かけてんじゃねーぞ」
「やだなぁ、迷惑だなんて」
教室の後ろの方からやってきたのは、先日体育館まで案内してくれたあの人だった。彼は及川徹の相手が私なことに気づくと少しだけギクリとしたような、それでいて申し訳なさそうな表情で頭を下げると及川徹のふわふわとした猫っ毛の頭を再びしばく。
「ども…岩泉さん」
「メシ食ってるとこ悪いな、このバカが」
「え、2人ともそんな仲なの!?」
「そんな仲がどんな仲かは分からないんですけど…」
及川徹にどうして良いか分からずについヘルプを求めるように岩泉さんを見上げると、「岩ちゃんばっかり仲良さそうでずるい!」だなんて喚かれ、ますますクラス中の視線が痛くなった。
私は明日は外で食べようと内心決意をしたのである。
ーー
そう決心してから次の日。
「苗字さんさ、うちのキャプテンが迷惑かけてない?」
「なんでまたこの時期に転校してきたの?」
うん、増えた。何がって、昼休みに私を囲う人間がだ。
昨日決意した"外で食べる作戦"は生憎の雨で潰れ、致し方なく教室でおにぎりを食べていたらお昼休みに入って14分後あたりに教室に現れた及川徹、それを追いかけるようにしてか相次いで「お邪魔しゃーす」なんてそぞろと入ってきたのは長身組。メンツの中に岩泉さんがいるあたり、同じ部活の仲間だろうなと思っていたらやっぱりアタリだった。えっと、確か新しくやってきたのは花巻さんと湯田さん。「ホントだ、及川マジで絡んでやがる」なんてまたもや他人事そうにそう笑う彼らが私の近くにやってきたのだ。物珍しさにやってくるのなら拝観料取りたい。
「ちょっとちょっとー、君達抜け駆けは禁止だからね。苗字さんとしゃべりたかったらこの及川さんを通しなさいよー」
「どんな権限がお前にあるってんだよ」
「そーそー、どっちかっつーと俺らお前がゴミ扱いされてる様子を見にきただけだし」
「残念でしたー今日はされてませんー」
「今日は、て」
「威張り方が小学生」
「うるさい!」
にぎやかだなぁ。目の前で目まぐるしく繰り返される会話に少し居心地を悪くしつつおにぎりをむさぼる。ところでこの人たち、手にお弁当とか持ってないけどもうお昼を食べたのだろうか…?いや、食べてるよね流石に。
「でも確かに今日はゴミを見るような目ェしてねぇな」
「だよね!?」
「…私そんなにひどい顔してます?」
表情が分かりやすいとは生まれてこの方何度も言われてきているから今更だけど、こうも短期間で何人にも同様のことを言われるのはあまり良い気分なものではない。
ちなみに今日の表情が穏やかなのは恐らくこの天気、雨のおかげだ。空気中の湿気に呪力を込めることで、及川徹に呪いがかかるのを防いでいるのだ。巡り巡って被呪者の目の前で食事をする私もゲテモノを見ずに済むので一石二鳥である。
「…まぁその私、少し…目が悪いところがありまして」
「あ、そうなんだ?」
「眼鏡は?あ、コンタクトは良いよー!マジ楽!」
「そういえば、烏野のマネ見たことある?」
「あるある!メガネ美人!」
呪いの視認度の話だよ。視力はいたって普通だと内心突っ込む。
「苗字さん」
「?」
私の目の前で私をそっちのけで突如始まったメガネとコンタクトのメリットデメリット大会。お昼食べ終えたし、トイレにでも逃げ込もうかと考えたところで及川徹に話しかけられて隣を見る。
いつものヘラヘラした様子は鳴りを潜め、どこか緊張感がある顔立ちをしていて私もつられるようにして少しだけ背筋をしゃんと伸ばした。
「今度さ、…試合があるんだよね」
「…はぁ?」
「…」
「…」
微妙な間に首を傾げかけると、上から岩泉さんが一言。
「ンな決勝前みたいなツラしてっけど練習試合だろーが」
「そう、練習試合!練習試合なんだけどね!負けたくないのね!」
「そう…なんですね…?」
「何言ってんの…?及川…?」
なんだこの会話。何かに必死な及川徹とそれを冷めたような目で見る岩泉さんたちの温度差をひしひしと感じる。
「こう、頑張れる何か、貰えたらなーって思うんだけど」
「…」
頑張れる何か?机の上を片付け、少々腕を組んで考えればふと過ぎったのは及川徹の取り巻きの女子たちの姿。あ、応援してほしいと言うことだろうか。何かを欲しそうにニコニコと笑みを浮かべて待つ及川徹を見る。
「頑張ってくださいね、応援してます」
なぜだろうか及川徹の顔が固まった気がした。
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