五条さんから追加で話のあった任務地は青城から少しだけ離れたところにある廃れた介護施設だった。
事前に知らされていた内容によると呪いの発動条件が夜のため、それまで時間を潰そうと思い第三体育館へ向かうことにした。あの及川徹の呪われ具合のチェックも兼ねてのことだ。
「ナイッサー!」
「ナイスキー!」
吹き付ける冷たい風の間を縫うように第三体育館へ足を進め、2階の観覧エリアに上がれば熱の篭った空気に包まれて寒さで冷え切った体の緊張が解ける。
館内は互いの士気を高める掛け声、ボールの打球音、シューズの擦れる音、バレー活動によって生まれた産物たちが飛び交っており、直接五感に叩き込まれらような錯覚を受ける。体育館内を見下ろすと、今はサーブ練習の真っ最中らしく、ボールが大砲よろしくネットの上を飛び交っているのが見える。
きょろりと見渡せば、すぐさま呪われた人間がすぐに見つかって、思わず落胆して肩を落としてしまう。ですよね。
「……その場凌ぎにしかならないけど」
今こうして祓ったところで、とは思いつつ術式を展開。いつものように持ち歩いていた水で及川徹の背後の呪いを弾き飛ばしてやった。
「はっ!?」
霧のように消滅する呪いに、どうせ明日には元通りなんだろうなと辟易しつつも、近くにあった手すりにもたれるようにしたそのまま及川徹の様子を見守る。
「どうしたー?及川ー?」
「なんか…!今なら殺人サーブ放てそう!」
「はぁ?」
「いや部員殺すなて」
呪いを祓ったためか、妙にやる気に満ち溢れる及川徹を見て顎に手を当てる。
最近気づいたことがあるけど、やはり彼は呪いに対して敏感なタイプらしい。校舎の中で呪いが彼の傍を抜けると、弾かれたように顔を上げることがあったのだ。
「…祓えてるっちゃ、祓えてるんだよねぇ」
呪いを解くための手段を唸り考えつつもそろそろ立ち去ろうと手すりから体を起こすと、あろうことかまたもやあの枯茶色の瞳とばっちり目が合う。
途端に目を輝かせ、こちらへブンブン手を振る及川徹に犬かと突っ込まずにはいられない。多分私だけではなくて、近くに居た彼の仲間も同じことを思っているはず。
「苗字さん!」
「…」
「お前…よく見てんなぁ」
とりあえず軽く手は振り返しておくことにしたが、流石に周りの女子の視線が痛いのでお暇させてもらった。
――
「あー…いった…しかも寒い…」
日中は日が出ていたからまだ良かったものの、陽が落ちれば肌を突き刺すような寒さが戻り身震いした。
介護施設の呪いを祓い終えた帰り道、破れた服の上から腕を軽く摩った。先の任務でほんの少しヘマしてしまったのだ。硝子さんほどの完治力はないものの、自分の拙い反転術式で腕を軽く治し、拠点にしているホテルへと向かう。
最悪だ。制服を新しいものに手配してもらわなければ…まだこの時間、近くの補助監督に頼めるだろうか。携帯を取り出してメール画面を開く。
「…ん?」
一瞬幻聴が聞こえたのかと思った。
シンと静まる住宅街にシューズが床を擦ったような弾ける音がした直後、轟音が聞こえた気がしたのだ。
ふと顔を上げると道路を挟んで向かいに見えたのは昼間居た青城で、さらに第三体育館ときた。
道路からも見えるその建物の壁面には、明かりが並ぶように灯されている様子を見て顔を顰める。
「うそでしょ…明かりついてる…」
閑静な住宅街の中に佇む青城。その市街地寄りに建っている第三体育館は夜も相まってか、より一層館内からの打球音が響いて聞こえる。
時刻は21時半、流石に生徒は全員帰っているものだと思っていたから少し予想外だった。誰がいるのだろうか。湧き出た好奇心に勝てずに体育館に静かに近づき、校内と外を隔てるフェンスを見上げ、周りを確認。腕の痛みは少しあったもののこのくらいの侵入は容易く、あっという間に飛び越えて最短距離で目的の建物に近づく。
明かりの零れる腰窓からそっと中を覗いて、それから驚いた。あろうことか及川徹がそこにはいたのだ。
「はぁ…、あぁ…クソッ…!」
「!」
真冬にも関わらず額から汗を滴らせる姿には、どこか静かな怒気のようなそれを感じる。荒い息を繰り返す合間に一人で思いっきり悪態を吐く様が意外で少しだけ目が逸らせなくなった。
普段の学校生活ではヘラヘラしているところしか見ていなかったけれど、今は一人なせいかまるで人が変わったかのように険しさ表情を浮かべている。彼が、主将な理由がほんの少しだけ分かったような気がした。
視線をずらせばネットの向こうに散らばるボール。きっとさっき外から聞こえたのは彼がサーブを打っていたからなんだろうなとすぐに悟った。疲弊した様子顔を流れる汗を拭うと、すぐ近くにあったカゴからボールを手に取る。その背にねっとりと憑りつくのは言わずもがな、呪いの姿があった。
見えもしない呪いに抗うかのようにぐっと背伸びした彼は、エンドラインに立つとボールを手にとり構える。悔しい気持ち、焦る気持ち、いろいろ雑念に苛まれているだろうに、それらの感情を吐き捨てるかのように息を長々と吐ききると、ボールを高く放り上げて駆け出した。直後に轟音。
「…なんで、そこまでして」
素人目には綺麗にコートに入っているように見えたけれど、本人としては狙ったコースに入らなかったのか。納得のいかない様子を見て、ついぽつりと独り言を零さずにはいられない。
「コラァ!及川ー!」
「ぎゃぁ!?」
「!」
突然体育館に響いた罵声に驚いて跳ねると、窓の縁に頭をぶつけた。幸い及川徹が叫んでくれたおかげで、私が出した物音は誰にも響かなかったようで助かった。
「8時半までの約束だっただろうが」
「す、すみませぇん」
「相棒に知られたらオーバーワークだってどやされんぞ」
「ですね…。すぐ片付けます」
「ったく。閉めるからすぐに出ろよ」
「はーい」
教員との短いやりとりをしながらボールを片し、軽くモップがけを済ませた及川。唇を一人噛みしめながら荷物を持って体育館を出ていく及川の背を見て、息を吐きながら壁にもたれた。
「……すいませんね、祓ってやりたい気持ちは山々だけど今は無理だ…」
消費の多い反転術式を使っている状況では祓ってやれそうにはなかった。
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