「全っ然お守りもらえないんだけど!?」
名前ちゃんとおしゃべりするようになってから数日、とうとう我慢ならなくて放課後に部室に辿り着くなりそう喚く。
「は?何言ってんのお前」
「この及川さんが女の子からお守りもらえないとかあるかね?ないよね!」
「お前いっぺんそのゴミだらけのロッカーん中見てみろ。1年のときからもらい続けてる手作り守りがあんだろうが」
「ゴミだらけじゃないからね!?ファンの子のもらいものだからね!というより、苗字さんからもらわないと意味無いの!」
「はぁ?なんでまた苗字?」
淡々とそう口にしながらスポーツウェアに着替える岩ちゃんに歯をむき出して威嚇していれば、隣でサポーターを履くまっつんが顔を上げた。
「え、いつのまに転校生と仲良くなってんの及川」
「まっつん知らねぇ?コイツ最近昼休みに2組の転校生のところ行きまくってんだぜ」
「あ、そうなん?そういえば、風の噂だけどねウチのクラスのやつあの転校生に告るらしいよ」
「マジか、誰誰?」
「えっうそでしょ?俺のお守り!」
「及川うるせぇはっ倒すぞ!」
「誰だったかなー…忘れた。先行ってんぞー」
「待てって松川!教えろよ!」
未だに制服姿の俺とは相対的にすでにウェアに着替えてそぞろと出ていく3人の背中に「主将置いてくなんてひどい!」なんて叫んでみたものの、部室の扉は無情にも閉ざされた。
——
「…」
あー地味に痛い。昨日の夜やらかした腕が。
自己反転術式に加え、アナログで応急処置を施した腕を、今朝方もらったばかりの新しい制服の上からそっとなぞりながら、目の前を歩く男子生徒の背中を追いかける。
今日は追加の任務を全て片付けたから、ようやくお守りを作るための材料を買いに行こうと思っていたのにツイてないと思った。
私の目の前にいるのは名前も知らないような人だった。先ほど帰りがけに声をかけられ、ちょっと話がしたいと言われたのでその後を追っているところだった。彼は私が以前に五条さんと電話した場所あたりで立ち止まると、落ち着き無さそうに視線を泳がせながら私を向き合った。
「苗字さん」
「…はい?」
「俺、隣のクラスのなんだけど」
「はい」
「……俺で良かったら…その…付き合ってほしい」
「えっ」
思いもよらぬ言葉に心底驚いた声が自分の喉元から出てきた。そ、そう来たかー。
「男バレの連中と話してるところ見たら可愛いなって思って」
「…あー…そう、なんですか」
「そう、ですね」
へへ、と照れ臭そうに笑う彼を見ていたら自分の中の感情がすっと冷めていくのを感じた。
なんて幸せな人なんだろう、冷たくなる感情の片隅で素直にそうとも思った。
命からがら一般人の命を守り続ける呪術師の存在を知らないまま、その呪術師が命を懸けて敷いた安心安全という名の地盤の上で好きなように夢を追いかけ、想うがままに恋をしているのだ。これを幸せな人と呼ばずに誰を幸せな人と呼ぶ?
生まれながらにして呪術師の両親の元で生まれ、物心ついたときから呪術師行きのレールを敷かれた人生を歩む私とは生きている世界が違うことのは分かっていた。けど、改めて思い知らされた気分だった。
行き場のない怒りのような悲しみを握りつぶすように拳をぎゅっと握って、どうにか笑みを取り繕う。
「気持ちは嬉しいです、でも…ごめんなさい」
ぽかんとした表情を浮かべる名も知らない男子生徒に一礼して踵を返す。心臓の当たりがざわざわする。胸中で渦巻くのは妬みか嫉みか僻みか。怪我をしているせいか、余計に感情のコントロールの利きが悪くなってしまっているのが自分でも分かる。
「い゛…ッ!」
突然腕を掴まれて怯む。よりによって怪我している側の腕を掴んでくれた背後の彼は、そんな私の様子に気づくはずもなく、捨てられた子犬のような眼差しで食い下がる。
「つ、付き合ってるヤツいる…とかか?」
「い、いや…、そういうわけじゃ…ッ…、あの、放して…」
「ごめん…!俺、どうしても苗字さんと付き合いたくて…!」
自己防衛という名で相手をはっ倒してしまおうか。いやでも変に蹴散らして噂など騒ぎを立てたくない。でも腕は痛いから放してほしい。
痛みに耐えながら突破口を探していると、後ろから伸びてきた手が私の身体を包み、もう片方の手は私の腕を掴む男子生徒のそれを掴み握った。真後ろからゾクリと呪力の気配がして、心臓に氷水でもぶっかけられたような感覚に体が強張る。
「ちょっとー、暴力はんたーい」
「!」
「…お、いかわ…!」
一瞬強張った体をどうにか働かせ、後ろから聞こえた声の主を確認するように振り返りみると、そこにはウェア姿の及川徹。
いつも微笑んでいる枯茶色の双眼は今は私なんぞには眼中にないらしく、男子生徒を見据える冷めた眼差しに息がほんの少しだけ詰まりかけた。ただの男子高校生なのにどうやら私までその凄みに気圧されたらしい。
「女の子は優しく丁重に扱わなきゃだめだよ。陸上の主将クン」
「…ッ!ごめん、苗字さん…!」
及川徹に静かに諭された彼は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めると、私に軽く頭を下げて走り去る。た、助かった。内心安堵のため息を吐いていると、頭上からも同様に息を吐く音が聞こえた。
「…ふぅ、とんだ目に遭っちゃったね……ってごめんね!どさくさに抱き付いたりして!」
「いえ…ありがとうございます。助かりました」
私を抱き込んでいるような体勢を取っていると気づくなり、一人賑やかに離れた及川徹の目にはもう先の凄みはすっかり熱をひいている。
その様子を見たせいと、パーソナルスペースが取れたことで安心してしまったせいか、肩の力が抜けると無意識に怪我した腕を摩ってしまい、彼の枯茶色の瞳が目ざとくそれを捉えた。
「ひょっとして腕、怪我した?」
「あー、いえ、ちょっとびっくりしただけで」
「そう、なんだ」
「部活行くところでしたよね?お手を煩わせました」
「ごめん、ちょっと見せてもらってもいい?」
「!」
痛くないよう加減した力で手を取られてそのまま裾を引き上げられると、ブラウスの袖ボタンを留めていなかったこともあって適当に包帯を巻いた腕が及川徹の眼前に晒しだされる。
「これ…」
「あー…通学途中で自転車で転んじゃって…。ともかくありがとうございました。部活、遅刻しないでくださいね」
コンマ数秒の間に練り出した言い訳を口早やに告げ、努めてこんな怪我なんてことない風を装い踵を返す。大丈夫だろうか、違和感はないだろうか。
「…自転車通学じゃないと思ったんだけどなぁ」
私が走り去った後に及川徹がそう独り言をつぶやいていたのは若干テンパっていた私には知る由もなかった。
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