「……俺で良かったら…その…付き合ってほしい」
「えっ」
えっ。
名前ちゃんにお守りもらえないことを嘆いていたら部員に置いて行かれ、一人寂しく体育館に向かう途中、渦中の人と男の告白っぽいそれの声が聞こえて踏み出した脚が止まった。
「男バレの連中と話してるところ見たら可愛いなって思って」
「…あー…そう、なんですか」
「そう、ですね」
咄嗟に辺りを見渡すと、校舎の影…前に名前ちゃんがどこかへ電話をしていた場所で陸部の主将クンと一緒にいる姿。
条件反射で物陰に隠れるように座り込み、さっき部室でまっつんが言ってた話を思い出しては一人頭を抱えた。あの話本当だったらしい。なんてところを見てしまったのだろうか俺は。
というより、なに?俺たちが話しかけてるの見て可愛いと思ったとかずる過ぎない?
「気持ちは嬉しいです、でも…ごめんなさい」
俺がいるところは彼女からしたら背後になるわけだけど、しっかりを頭を下げてはっきり口にしている様は真摯な姿勢が伝わる。よかった、ごめんなさいだって。ドンマイ主将クン。
「……?」
……ん、よかった?安堵する自分の感情に一瞬疑問を抱いて胸元に手を置いた。んー、多分きっとファンが減らなくなったことにほっとしたのかもしれない。
「い゛…ッ!」
「!」
ところがどっこい、そこで引き下がる陸部の主将クンではなかったらしい。踵を返そうとした彼女の腕を掴む。相当力強く掴んでいるのか、名前ちゃんがびくりと肩を揺らす様を見て出ていこうかと悩んで中腰の姿勢になる。
そのあとに続く攻防を見ていたら居ても立っても居られなくて2人に近づいた。
ここからはほとんど無意識だったのだけど、微かに肩を震わす名前ちゃんを宥めるように軽く抱え、もう一つの手で主将クンの手を掴む。俺よりも随分ひょろっこい指してるくせに…名前ちゃんを困らせないでほしいもんだね。
「ちょっとー、暴力はんたーい」
「!」
「…お、いかわ…!」
「女の子は優しく丁重に扱わなきゃだめだよ。陸部の主将クン」
「…ッ!ごめん、苗字さん…!」
走り去った主将クンの背を見送ると、そのまま片腕の中の名前ちゃんのつむじを見下ろす。いかり肩のままでいるあたり、まだまだ緊張は解けていないように思えた。もう安心していいのに。
「…ふぅ、とんだ目に遭っちゃったね」
相当緊張したのだろうな。それにしてもこうして近くにいるとちっちゃいな。お昼休みいつも座ってるもんね、なんて名前ちゃんに対して妙な関心を抱いていたら、ここでようやく我に返った。
そりゃ緊張が解けないはずだ。
「…ってごめんね!どさくさに抱き付いたりして!」
「いえ…ありがとうございます。助かりました」
一人でドタバタと距離を取る俺に対して名前ちゃんはなんというかまぁ、比較的冷静で。やっぱり大人びてるなぁ、俺も見習わなければと苦笑いしていれば、名前ちゃんがさっき主将クンに掴まれて腕を摩る。腫物に触れるような仕草を見て一言。
「ひょっとして腕、怪我した?」
「あー、いえ、ちょっとびっくりしただけで」
「そう、なんだ」
「部活行くところでしたよね?お手を煩わせました」
なんでもなかったかのようにさっきと同様に頭を下げる名前ちゃんを見て、それならいっかと息を吐きたかったのに、
「ごめん、ちょっと見せてもらってもいい?」
「!」
いつもならこんなに女の子にぐいぐい行くことはないのに、どうしてかその時の俺は違和感が引っかかりまくりで、しまいにはかすかに消毒液のような匂いが鼻を掠めてつい彼女の手を取ってしまった。
障らないような力加減でブレザーの裾を捲し上げると、ブラウスの袖ごと上がったその真下には本来なら肌があるはずなのに包帯で巻かれているが見えた。
「――」
それを視認した途端、得体の知れない恐怖を目の前にしたときの、あの背筋が粟立つ感覚を覚える。グロテスクな傷口を見たわけじゃないのに、ただの真っ白な包帯を見ているだけなのにどうしてか鳥肌が立った。
「これ…」
「あー…通学途中で自転車で転んじゃって…。ともかくありがとうございました。部活、遅刻しないでくださいね」
突然俺に腕を見られて焦った名前ちゃんは言葉を濁すかのように怪我の口実を伝えると、足早にその場を立ち去ってしまった。
「…自転車通学じゃないと思ったんだけどなぁ」
俺がこぼしたこの一言は、きっとあの背中には届くことはないだろう。
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