警備と訪沖

「もおいーくつ寝るとー満月だー!」

 お墓参りの翌日のこと。外で蝉がわんさか鳴いてる中ようやくその日の授業が終わった。
 呪力が徐々に戻る心地よさが嬉しくて気付いたら机の上で伸びながら歌を歌ってたら「それお正月の歌じゃん」と灰原が突っ込んでくれた。

「今月もそんな時期来たの?」
「具体的に言えば二日後、ですが」
「七海詳しいね」
「四月から共に過ごしてれば大体分かりますよ」
「え、今の胸キュンキタコレ」
「黙っててもらえますか」

 ぎろりと睨まれたけど気にしない気にしない。流石にそろそろ七海の扱い方も分かってきたもんねフフフ。

「なんかさぁー、私最近すごい思うのよ。灰原と七海の同期でマジでよかったって!」
「俺もだよ苗字!」
「灰原!」
「苗字!」
「灰原!」

 友情青春、アオハルばんざーい!と灰原と盛り上がってる傍でスーパークールな七海が「幸せそうでなにより」とノートや教材をまとめながらぼそっと言った。
 二人で冷たい七海にブーイングしていると、「あ」と灰原が小さく声を漏らした。視線の先は外に向けられている。

「どうしたの?」
「夏油さんと五条さんいる」
「どこどこ?あ、ホントだ」

 灰原が中庭を指差すから私も窓から下を覗き見ると…いた。三階から見ても分かるくらい長身の二人が。脚を出すスピードは速くないが、長さがあるからかぐんぐん進んでいるように見える。
 五条さんは身振りをしながら夏油先輩に何かを説明していて、そのたびに夏油先輩は口元を緩めながらうんうんと楽しそうに五条さんの話を聞いていた。窓辺にだらしなくもたれかかりながらそんな二人を見守る。

「夏油先輩ってさー、ホント五条さんと仲良いよね。あんな性悪とつるんでいられるとか心広すぎない?私、あの人の前世大日如来様だったんじゃないかって疑ってるんだけどどう思う?」
「その説有力かもしれないな…。前世で徳めっちゃ積んでそうな顔してるもんな」
「耳たぶに詰まってる気がするよね。あーやっぱ前世大日如来様確定かぁ。流石私、洞察力ある」
「死んでから修行に励んでいる仏がさらに死すわけがないでしょう」
「わー今日も辛口だね七海君」
「うーんスーパードライ」

 窓辺に屯っている私達の後ろで教材を鞄に詰め込む七海をぼけーっと見ていたらまだ下を見ていた灰原が「あ」とまた小さく声を上げた。…よく見てるなコイツ。夏油先輩のこと大好きだもんなぁ。
 私ももう一度中庭を見下ろすと、長身二人にスーツ姿の女性が駆け寄って来ているところだった。

「補助監督さん来た」
「任務かな?」
「二日後の同化に向けて、星漿体護衛任務でしょうね」
「え?」

 リュックを肩にかけた七海の視線がこちらに向けられる。

「今朝小耳に挟んだんですよ」
「セーショータイって?何?」
「天元様と同化できる適合者ですよ」
「テンゲンサマって?誰?」
「…これだけ高専にいてまだ知らないんですかあなた…」
「すみませ…」
「…この学校の結界、セキュリティその他諸々、力量不足が多い補助監督の結界術の底上げ、それらをバックアップしている天元様という存在がいる」
「「ほう」」

 灰原、お前もか。七海の説明をワクワクとした眼差しで聞いている灰原を二人で見る。

「…はぁ…。その天元様は不死の術式を持っているが不老ではない…。単純に老いる分には問題ないが、一定以上の老化を終えると不死の術式が天元様の身体をより崇高な存在に創り変えようとする。その崇高な存在になると意志というものが消え、天元様は天元様で在られなくなる」
「…ほう」
「最悪の場合は人類の敵になってしまう可能性があるという訳です。その状況が今近づいてきている」
「えっ、えっ、それヤバいやつ…」
「えぇ。ですから五百年に一度、天元様は星漿体と呼ばれる人間と人間と同化し、肉体を一新させる。そうすることで身体は若返り、天元様も意志を持続させることができる」
「「へぇーーー」」
「(疲れる)」
「それであの最強はその星漿体を護衛する任務に行くと!うわぁ、かっこいいなぁ!やっぱ夏油さんちすごいや!」
「かっこいいかどうかは一個人の感想なので私からとやかく言えることではありませんが、簡単に言ってしまえばそうですね」

 星漿体…天元様の適合者…か。一体どんな人なんだろう。……ん?人?

「ねぇ七海、星漿体って人間なんだよね?普通の?」
「えぇ」
「そう、だよね…。天元様と同化するとどうなるの?」
「何も変わりませんよ。これまでと同じ…、高専最下層の薨星宮で我々呪術師のバックアップをしてもらうことになるだけです」
「五百年?」
「えぇ」

 普通の人間が、五百年。
 なんだか胸にちくりと違和感が刺さる。天元様と同化する人がどんな人かは想像つかないけど、怖くはないのだろうか。五百という人が何度生きて死んだから足りるのか…、それくらい永い永い時を生きているのか死んでいるのかもよくわからないまま過ごし、また五百年後に器を変えられてしまう。なんだか使い捨てみたいで正直話を聞いていてあまり気分は良くなかった。
 どんな気持ちなんだろうかその人。

「まぁ、難しいことは僕にはわからないや。でもさ、自分にしかできないことがやれるって結構誇らしいと思わない?」

 灰原のセリフに無意識に下がっていた視線を上げた。

「同化って、あれじゃないかな?体にもう一人入ってくるイメージなんじゃない?適合者ってことは仲良くなれるフラグなんだよきっと!天元様と同化するって言うのは別にそんなに悲しむことでもないかもしんないよ!」

 そ、っか。小さく言葉が出た。

「苗字。私は他人を憐れむことは最も失礼なことと認識しています」
「……!」
「何故なら心というのは厄介なことに目には見えない。その人にしか分からない。そんなものに自分目線の価値観を押し付けて可哀想がる…それはなによりも失礼、そう思います。これもまた私一個人の考えでしかありませんが」
「そう、だね…!そうだよ。ごめん、なんか勘違いしてた」
「いえ、別に謝る必要はありません。他人を想う事は悪いことではないので」
「……え?」
「それはそれであなたの良いところなのではありませんか。ただあなたはそれを時折り呪いに対してもやっているところは、呪術師として如何なものかとは思いますね」
「え?」
「苦しまないようにと思っているのかなるべく一撃で。人間の容姿に近いものには一瞬躊躇う傾向が見られるんですよ、あなた」
「あ…」

 七海のセリフに急に視界が開けるような、そんな感覚を覚えた。「呪術師向いてねーよ」五条さんが言ってた。
 そっか、そういうことだったんだ。

「いやぁ、なんか辛気臭くなっちゃったけどさ、その任務、あの二人なら大丈夫だな!最強だし!」

 最強、か。なんか中ニ臭いセリフだななんて思ったけど気付いたら「確かに」なんて言ってた。


◼︎


「てなわけで、お前らに沖縄に行ってもらうことになったから。明日那覇空港から十時に飛び立つ飛行機を地平線の先まで消えるのを見届けるまで帰れないから」
「「は?」」
「突然現れるや否、やめて頂けませんか」

 翌朝早朝、普通ならまだ寝てる時間に電話で「ニ泊分の荷物持って正門前集合」と日下部先生に叩き起こされた私達はあくびを噛み殺しながら正門前で呼び出した張本人を待っていた。
ようやく来た先生は開口一番に先のセリフを言うと、参考書を開いていた七海から的確なツッコミが入る。辛口、本日も平常運行。

「実は悟達が行っている星漿体護衛任務、状況が変わっちまってな。天内理子の近しい人間が誘拐された。拉致犯が取引の場所に沖縄を指定してきたそうだ」

 アマナイ、リコ。星漿体と呼ばれている人はリコちゃんって言うんだ。いや、年上なのかな?リコさん?

「なんでまた沖縄なんですか?」
「明日は満月、天元様と星漿体の同化が始まる。おそらくそれを阻止するためだろう」
「あぁ、空港封鎖的な」
「しかし理解できませんね。星漿体は高専で保護するんでしょう?誘拐の取引には高専関係者が行けばいいじゃないですか。何故我々が」
「いやーそれがさ、駄々捏ねちゃったらしくって?今悟と傑と一緒に沖縄行きの飛行機の中なんだよねー!」
「は?」
「「…はぁああ!?」」

 タハーと笑う日下部先生に珍しく七海まで驚愕の声を上げてた。


◼︎


「どう考えても一年に務まる任務じゃない」
「僕は燃えてるよ!夏油さんにいいとこ見せたいからね!!」

 三人で那覇空港に降り立った私達は預けた荷物を受け取った後、空港内を探索していたら不意に七海が不満を漏らした。
 空港の中を見渡せば「めんそーれー」なんて歓迎を意味するうちなー言葉が書かれた看板が視界に入る。あ、そうだ、記念にちょっと写真撮ろっと。
 沖縄に着いてから電源をきりっぱなしだった携帯を立ち上げると、ピロリンとメールが一通入った。夏油先輩からだった。

「あっ」
「それにいたいけな少女のために先輩達が身を粉にして頑張っているんだ!僕達が頑張らないわけにはいかないよ!」
「台風が来て空港が閉鎖しれたら頑張り損でしょう」
「ねぇ、二人とも!夏油先輩からメール入ったよ!誘拐された星漿体の近しい人は保護したって!」
「ほんとか!」

 夏油先輩から届いたメールを二人見せようと足を踏み出した時、写真が貼り付けられてることに気付いて足を止める。
 添付の写真を開くと謎のツーショットが画面いっぱいに表示された。右にはビーチでナマコらしきものを持ってげらげら笑う五条さん、左にはそれを見て爆笑している女の子。この子が星漿体、なのか。顔の情報を共有しておいた方がいいか…と一瞬思うも、いやこれはこれでとても二人には見せられないなと判断し、何事もなかったようにすまし顔で「ウン、ヨカッタネー」と他人行儀に言いながら素早く携帯を閉じた。灰原は「??」な顔をしていて七海は怪訝そうな顔してこちらを見てくるが気にしない気にしない。
 リコちゃんも明日には同化してどこにも行けなくなってしまうんだ。少しでも楽しんでくれたら嬉しいな。私なら同化を拒んでしまいそうなのに、運命を受け入れる彼女がかっこいいと思った。
絶対離陸の邪魔はさせない、そう意気込んで呪具の入ったバッグを抱え直したその時、灰原の携帯が鳴った。

「七海!苗字!滞在一日延ばすって!」
「えっ?まじ?」

 「何かあったのかな?」灰原のセリフを片隅に聞きながら携帯見ると夏油先輩から両手を合わせたものと、汗マークの絵文字が入ったメールが届いてた。

21.07.29(一部加筆修正)



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