人生初の沖縄。空港警備の任務に着いて夜中のニ時が過ぎた。
空港の営業時間はとっくに過ぎ、最低限の灯りしかない空港を近くの立駐から眺めるものの特に異変はない。変化のない景色に欠伸が込み上げてきた。
「ふぁ…」
「暢気なもんですね」
「朝早かったんだから仕方ないでしょ」
「道中爆睡してたのは誰ですか」
「それはそれ、これはこれ」
人生で初めての沖縄に着いてからもう何度目かわからない欠伸に嫌気がさしてきた。
「あれ、そういえば夏油先輩達明日の何時に帰るんだっけ?」
「十時」
「はぁああ…だめだ、起きてられる自信無い」
「だから先に灰原を仮眠させたんですよ。寝ぼけてるんですかあなたは」
あぁそうか。眠くてボケてた。がっくりと項垂れる。こんなに張り込む任務なんて初めてだ。べしべし顔を叩いて眠気を飛ばしていると不意に七海が顔を上げて、私もつられて七海の視線の先を見るとすっきりした表情の灰原が駆けてきた。
「悪い待たせたな苗字!」
「私はいいけど……七海は?」
「問題ありません。早く仮眠取りに行ってください」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと寝てくるね」
空港から一番近いビジネスホテルの方へと足を向ける。夏油先輩達と星漿体の子も泊まってる同じホテルだ。まぁ私達は主に空港警備が仕事であり、先輩達は護衛が仕事であるから沖縄に着いてからは一度も会っていない。そもそも遊びに来たわけじゃ無いしね。
さっさと向かおうとするけど眠すぎてどうにも頭がぐらぐらし、足が覚束ない。こりゃ駄目だ、ホテルに着くまでの時間を全部休息に宛てた方が賢い気がする。そうしよう。
たまたま目についた自販機に足を向けて眠気が覚めるような飲み物を探す。翼が生えそうな青とシルバーのラベルを見つけてそのボタンを押し、下の口から飲み元を取り出すも、しゃがんだまま動けなってそのまま自販機にもたれこむ。あー絶妙な暖かさの自販機が心地よくて身も心もがっちりホールドされてしまった。いや、物理的にはホールドされてないけど。
「…むり…うごけない…」
…だめだ、眠い。ちょっとだけ…三十秒だけ目瞑ろう。 三十秒だけ東京から来た得体の知れない謎の呪術師の彼氏になってくれ自販機君。
夢の世界に旅立たせてもらお―――
「名前!」
「んえっ!?」
急に腕を強く掴まれてハッとして目が覚めた。隣の気配に顔を上げると、仄暗い視界の中でこちらを見下ろしているのはやたら輝く美ら海ブルーの双眼。
「あ?」
その目は僅かに見開かせたまま暫く私の顔を凝視すると呆れたように瞳を伏せられた。それから目の持ち主は掴んでいた私の腕をさっさと離して「…眠いだけかよ」と盛大にため息を吐きながら自販機の前に立った。
私と言えば突然現れたこの人に驚いて心臓がぎゅうっと縮こまって動けず。びびった。まじでびびった。今まで出会ったどんな呪いよりもびびった。なんでこんなところに…って思ったら、よく考えたらホテルまで徒歩三分くらいの場所にいたことに気づいて、「いや居てもおかしくないけど、でも」とぐるぐる思考をループさせながら漸くその人の名前を口にした。
「……ごっ、…じょう、さん」
「なに」
「……ご、ご無事で…」
「ばーか。俺を誰だと思ってんの」
小銭を入れ自販機のボタンを押し、飲み物が落下する音が聞こえた。プシ、と開栓する音は炭酸系を選んだらしい。そういえば私も買ってたっけ。
暴れる心臓を宥めながら、のろのろと近くにあったベンチに座って翼を授けてくれそうなそれを開栓した。一旦これ飲んでちょっと寝よう。
「あと誰が来てる?」
「…えっと、灰原と七海が来てます」
「アイツら炭酸飲めるよな?」
「多分?」
「あ、七海はブラックの方がいっか」
独り言を呟いた五条さんはまた自販機と向き合うと二本分飲み物を買った。その様子にいつかの夏油先輩のことを思い出し、そっか、この二人は似たもの同士なんだと勝手に謎が解けた。夏油先輩が五条さんに付き合ってるんじゃなくて、単純に二人は似ているからつるんでいられるんだ。
頬を掠める心地よい風に自然と目を閉じていたらザリ、とした足音が聞こえて五条さんは七海達の所に行くんだろうかと思ったら足音は段々こちらに向かってきていて目を開く。近づいてきた五条さんはなぜか私と同じようにベンチに腰掛ける。人一人分座れそうなスペースを空けて。
え、どっか行かないの?寝たいんですけど私。
「悪かったな」
「え?」
思いもよらぬ言葉につい隣を見上げたら五条さんは自分用に買った開栓済みのコーラをぐっと呷った。
「帰んの延ばしたりして」
「……あぁ…。リコちゃん、の為ですよね?」
「…」
「明日…いや、今日か。今日天元様と同化してしまうから、最後の最後まで楽しい思い出を作ってあげたかったんでしょう?」
「なんで、」
「夏油先輩からメール来たんですよ」
「はぁ?メール?」
「ほら」
昼間夏油先輩から来たメール画面を五条さんの方に突きつけた。暗闇の中で急に明るさを突きつけられた五条さんは綺麗な目を細ませながら画面を見ると「いやそれ盗撮じゃん」と小さく笑うので私もつられて吹きだして笑ってしまった。
「誰かが人を想っての行動なら振り回されたって別に文句言いませんよ」
「…」
「まぁ強いて言うならちょっとオールはキツいですけどね」と少し小言は吐かせてもらうとしよう。缶の中身を飲み切って座面に置くと、コンとした音がやけに響いた。それだけこの辺りは静かなのだ。
「仮眠すれば?」
「…あの、さっきしようとしたら妨げられたんですけど」
「…」
「…」
少し間が空く。さっきの自販機の前でしゃがんでいた私のことを思い出したのか、五条さんの眉間に僅かにシワが寄った。
「…いや、アレがかよ。呪詛師かなんかにやられたかと思ったじゃねーか。……どうせホテル取ってんだろー?帰ればいいじゃん」
「ホテルまでの移動時間を全部睡眠に使いたかったんですよ」
「あそ、じゃあ今すぐ寝れば」
「は、……い゛っ!?」
携帯を持っていた手を引っ張られてそのままバランスを崩すと、視界が九十度傾いて頬骨が思いっきり何かにぶつかった。
「……えっ…?……えぇっ!?」
五条さんに膝枕をしてもらうような姿勢になったことに気づき、あまりの小っ恥ずかしさに慌てて起きようとするが、頭と肩をがっちり押さえ込まれて動けない。いやいやいや。待って待って。なんでなんで。
ぶわりと五条さんの匂いがして…その、やばい。顔が熱い。
「うえっ、ちょ、五条さ、」
「三十分後に叩き起こしてやっから寝ろ」
「いやっ、五条さんは、」
「俺最強だし」
「理由になってませんよ!」
ちょっと待って、なにこれすごい本当に恥ずかしい!往生際悪く足掻いていると、上から大きい手がべしっと私の頭を叩いた。いった!!この人マジか、だいぶ強く叩いたよ!
「お前は人のことより自分のこと考えろよ」
「……え?」
「こんなイケメンに膝枕してもらうの、お前の先短い人生後にも先にもねーよ」
「……」
「……黙るな」
「…はいはい、ありがたく寝させてもらいますよ」
おかげさまで落ち着いた。よくよく考えるとこんなの相手に体力使ってられないわ馬鹿らしい。私の見立てだと、こうなったら五条さんはテコでも動かないだろう。いや、ホントおかげさまでなんか力抜けた。
気恥ずかしさはまだしぶとく抜けきらないが潔く力を抜き、五条さんの脚に頭を委ねる。良い匂いするしあったかいのがなんかムカつくがよく眠れそうだった。
もう少しで落ちそう、なんてときにチリッと流れ込んできた呪力にハッと目が覚めた。頬の下にあるステテコパンツの生地の柄を眺めながら少し考え、名前を口にする。
「五条さん」
「寝ろっつったろ」
「もしかして今術式使ってますか」
「頭落とすぞ」
「……」
「……オヤスミナサイ」
「はいはい」
後輩が言うのは少々野暮だっかもしれないと、一人反省して今度こそ押し黙った。
するっと肌を撫でた南風、頬にある人肌の暖かさ、髪を梳く大きな手が気持ちよくて、意識は軽々と吹っ飛んでしまった。
……ん?髪を梳く大きな…て…?……まぁ、いっか。
◼
「――オイ、起きろ」
「…いだっ」
七海と灰原と名前も知らないようなビーチではしゃいでいたら、突然頭を叩かれて現実に引き戻された。なんだ夢か。
顔の下にある人肌の暖かさに「そうだ仮眠してたんだ」と寝る前のことを思い出す。マジかこの人、マジで叩いて起こしてきた。寝起き早々不満を抱えながらのそりと身体を起こすと、上半身が痛んだ。いや、まじでベンチで寝るもんじゃないね。
「…ありがとうございます」
「ん」
寝る前にカフェイン摂取してから寝たのが良かったか、頭は随分スッキリしていた。携帯で時間を見ると三時過ぎ。うん、これなら十時発の飛行機を見届けられそうだ。
「あー疲れたケツいてぇ」
「すいませんね(貸し出し始めたのはそっちだろ)」
適当に謝りながら自販機で私が寝る前に買ったエナジードリンクと同じものを二つ買って身体を伸ばす五条さんに渡す。
「五条さん、これ夏油先輩にお願いします。……もう一個はオマケで」
「んじゃ、こっちは七海と灰原にな」
「ぬるくなってますよ」
「お前が寝るからだろ」
ここまで徹底的に人のせいにできるとかもはや天才だと思う。
「……渡しておきます」
キンキンに冷えたエナジードリンクと少しぬるくなったコーラ、コーヒーを交換すると、五条さんは生あくびを噛み締めながらホテルの方へ踵を返した。しばらく無言で見送っていたが、その背中に名前を呼びかけた。
「なに?」
「その…お気をつけて」
「だから誰に言ってんだっつーの」
ハンと鼻で笑った五条さんは背中越しにひらひら手を振りながら立ち去った。
私も少しその背中を見届けたあと元来た道を戻ろうとしたらピロリンと携帯からメール受信音が聞こえて、何か異常があったのか、慌てて携帯を開く。電話帳に登録されていないアドレスからメールが入っていた。本文がないと思いきや、画面外まで改行されていることに気づいてずっと下にスクロールしてみる。
『ブース』
五条さんの膝で爆睡してる私の寝顔が添付されていて思わず「オイ!」と携帯に怒鳴った。
『盗!撮!』
それだけ返信してばちんと携帯を閉じて立駐に向かった。てかなんでこの人私のアドレス知ってるんだ?道中沸き起こった疑問に慌ててアドレス帳を開くと、メールと電話番号だけが入力されている項目を見つけた。名前はない。これ絶対寝てる隙に登録されたわ。ムカついたので「ぐらんちゅ」と登録してやった。
◼︎
「…うん、見えなくなった」
「だね」
アマナイリコちゃんを乗せた飛行機は予定通り十時前に無事出発。日下部先生の言いつけ通り雲に隠れて見えなくなるまで見送った。これからあの飛行機は四時間弱の空の旅の果てに東京へ到着だろう。そうしたらあとは向こうにいる呪術師にお任せだ。まぁ、夏油先輩と五条さんが付いてるから大丈夫だろう。謎の安心感がある。
ともかくこっちでは何もなくて良かったとため息を吐くと、私と七海の間にいた灰原が私達の肩を同時に組んできて、不意打ちのそれにフラリと身体が揺れた。
「ーーお疲れ、二人とも!」
「ほんとお疲れぇえ」
「ははっ、苗字隈すごいな!」
「それを言うなら灰原こそ」
「それだけ言い合ってるならまだ元気ですね。…私はホテルに帰ります」
私達三人の中で誰よりも一番酷い顔をしていたのは七海だ。
「七海結局一睡もしてなかったもんな」
「ありがとう七海。お疲れ様」
「……さっさと帰りますよ」
「はあい」
やっとの思いでホテルに到着した私達はそれぞれ部屋に戻ると泥のように眠った。
◼︎
「――なぁ、ソーキそばと沖縄そばの違いって何?」
夕方、東京行きの飛行機を待ちながら空港内のレストランで沖縄名物のソーキそばを食べていたら、麺から顔を上げた灰原が聞いてきた。そんな灰原の目の前にはソーキそばの器が二つ並んでいる。…アンタほんとよく食べるな…見てて胃がもたれそう。
「…んー、わかんない。七海分かる?」
「…どちらも沖縄そばですよ。沖縄そばの肉をソーキ肉に変えるとをソーキそばになる」
「あっそうなの!?」
「沖縄そばは豚肉の三枚バラ肉がのってることが主流ですね」
「へぇ」
「おすぎとピーコ的な感じ?」
「はははっ、いやそれ例え分かりづら、ぶはっ、例え方…ふ、ははっごほっごほっ!」
「ベースは同じみたいな。灰原そんなにツボったの?…あっ、なんかメール来た。日下部先生から、……だ」
ポケットの中の携帯が震えたので取り出すと、サブディスプレイに日下部先生からメールを知らせる文章が表示されていた。
お箸を片手に行儀悪くメールを開くと、宛先は私達に向けた一斉送信のメールだった。
『星漿体、天内理子の死亡が確認された』
21.07.29(一部加筆修正)
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