天内理子ちゃんの死を知らされてから、ひと月。
世界は無情だ。人一人死んでも今日は来る。平等にも不平等にも。三年前、高専の安置室に横たわる血の気が引いた自分の母親の顔を見ては人間がいかに世界にとっては取るに足らない存在であるかを思い知らされたことをふと思い出した。
今はそれどころじゃないだろ、と余計なことを考える頭を振り切り目の前の紙にペンを走らせる。
あの空港警備任務以来、五条さんと夏油先輩には会っていない。けど、家入先輩とよくメールをしているから元気そうにしているのは聞いていた。
いつだか前に実習から帰ってきたら二年の教室が半壊していて、中庭でその教室を見上げては頭痛そうにしている夜蛾先生に事情を聞いてみたら「アイツら喧嘩して教室半壊させた」と愚痴られた時は何も言ってあげられなかった。ともかく教室半壊させるくらいには元気であると言うことは分かっただけでも十分だ。
「(多分、大丈夫…何度も見直ししたし大丈夫…)」
呪術高専にもテストという概念は存在する。どこで誰が死のうと今日は来て、学校ではいつもと同じような日常が繰り返されながらも、テストが始まった。実技と筆記も含めたニ日間のテストは……経った今鳴ったチャイムが終わりを告げた。
「よーし、お疲れお前ら」
「「終わっ、たぁー!!」」
「フゥ」
日下部先生が灰原、私、七海の順で回答用紙を回収していくのをぼんやり放心に近い状態で見てたら、ふと七海の回答用紙の最後の欄が私が答えたソレと違くて「「あ」」と声が出た。けど、私が零した声は何故か二重に聞こえて、顔をパッと上げるとどうやら私以外の声の発信源は日下部先生だったらしく「そうそう」と続けてセリフを並べた。
「明後日から姉妹校交流会やるんだわ。今年はあっちでやるからお前らご褒美に見学旅行行ってこいよ」
「えー!旅行!?いいんですか先生!」
「姉妹校交流会?」
「…学生は勉強が本職でしょうに」
先生のセリフのあとに、左から順に灰原、私、七海とそれぞれ思ったことを口にしたら「待て待て俺は聖徳太子じゃねえ」と日下部先生。
「他生徒の呪術を見て学ぶのも勉強の一環だろ?七海」
「…一理ありますね」
「え、すごい、あの日下部先生があの七海を言いくるめた」
「な!」
「はっはっは!苗字に灰原ー、お前ら赤点にしてほしかったら始めからそう言ってくれりゃぁ良かったじゃねーか。ったく、回りくどいんだからよー」
「「調子乗ったりしてすみませんでした!!」」
「職権乱用」と七海が一息つく。
「……交流会今年はやらないかと思ってましたよ」
「やるやる。夜蛾先生がやる気満々だしな」
「てか交流会ってなんですか?」
「毎年七月か八月に姉妹校と交流戦みたいなのがあんだよ。学生同士の呪術試合みてぇなのがな。先月はー…まぁ、ほら、アレ。色々あって忙しかったろ?だから今年は九月にやるっちゅーことになった」
「へぇ…姉妹校ってどこにあるんですか?」
「フッフッフ……京都、どすえぇ」
「「京都!」」
芸妓さんみたいな言い方の日下部先生に私と灰原は目を輝かせて日本で有名な古都の復唱した。
◼︎
三日後の午前八時三十分。京都駅烏丸出口。
「京都!うわっ、あれ京都タワー!?こんなすぐ近くにあるの!?」
有名な建築家が設計したという京都駅の内装をエスカレーターを降りながら眺め、外に出ればテレビや雑誌で見たような赤と白の近未来チックなタワーが出迎えてくれた。
「ははっ、苗字ってさ、あぁいうところ可愛いよな」
「それ以外は可愛くないと言ってるようなもんですよ」
「あっ、ちょ、それ本人に言うなよ七海。向こう一週間は口聞いてくれなくなる」
「ちょっと、そこ、聞こえてるよ」
のろのろ着いてきた後ろにいるメンズを睨む。ふと視線を上げるとその頭上にある「京都駅」の文字に気づいていそいそ携帯を取り出して、その文字を撮った。うわ、ちょっと七海と灰原が入ってる。まぁいっか。
「京都駅って書いてあるー。本当に京都来たんだ…」
「眼鏡」
「え?」
「見えてならさっさと着けた方がいいですよ」
「え?」
「わんさかいるからね、呪い!」
「え、うわ」
ウェリントン型の眼鏡を取り出してさっき写真を撮ったばかりの京都駅の文字を見上げると、早速そこに貼りつく呪い見つけて口端が歪んだ。
振り返ると、駅を行きかう人達は皆までも体に呪いを貼り付けたままそれぞれの目的地へ足を進めている。
「……景色えっぐ。観光気分秒で台無し…」
「元々観光ではありません。あくまでも交流会の見学です」
「そんで…姉妹校まではどうやって行ったらいいんだろう?」
「あそこから出てるバスで行けるそうです」
大きくアルファベットが書かれた停留所に並び、目的の方面に向かう幕が書かれたバスに乗り込んだ。
「うわ、あれすご…東本願寺だって。おっきいなぁ…」
「頼みますから大人しくしててください。一緒にいて恥ずかしい」
七海はん京都に来ても辛口どすえー。と灰原と笑う。
バスに揺らされること四十分、景色が街から田舎へと変わって、アナウンスが目的停留所を読み上げたのでそこで降りる。そこから十五分ほど歩けば東京校と同じような風体の建物が見えてきた。
「着いた…京都府立呪術高等専門学校、京都校って書いてある」
「夏油さん達はもう着いてるらしいよ」
「あ、そうなんだ。…なんかこっちも広そうだね、迷子にならないか心配」
「行きましょう」
三人で門を潜った瞬間、爆発音と爆風に髪が服が全て後ろに流れた。
◼︎
「あっはっはっはっ、何ー?アンタ達見学に来てたの?」
「…はい」
「ぶははははははっ」
それからというもの、私達三人は京都校関係者の人に連れられてある部屋に通された。部屋にいた家入先輩は髪がぐっしゃぐしゃになった私達を見るなり大爆笑して泣いて迎え入れてくれた。
「今年はクズどもが参加してるからねー、秒で終わっちゃったよ」
「七海がボサボサなの最高に面白すぎて腹筋割れそー」なんてげらげら笑いながらお腹をさする家入先輩を一目見てから、私は部屋にあったモニターを眺めた。
どうやらこのモニターは交流会会場と中継で繋げているらしい。吹っ飛ばされてむき出しの地面の上で、見たことのない人達が五条さんに突っかかってるのが見えた。形は多少違えども、学生服着ているから多分京都校の生徒かあるいはその関係者の人達だろう。その中で一人、巫女衣装の女の人が五条さんの胸倉を掴んで揺さぶっていた。本人はなんでもないのか、へらへらしてる…。どういう関係なんだろうと思いつつも、夏油先輩の姿が見えないなぁなんて思ってそのままモニターを眺めていたら部屋のドアが開く。
「あぁ、君達も来てたのか」
「夏油先輩!」
「お疲れ様です夏油さん!」
モニタールームに入ってきた夏油先輩が私達の姿に気づくと少し目を見開き、それから微笑みながら手を挙げて挨拶してくれた。…家入先輩の言ってた通り、元気そうで自然と緊張していた体の力が抜けた。
その後は交流会見学に来た旨を伝えると困ったように綺麗な眉を潜ませて苦笑いした。お気持ち分かります。
「すまないね、ちょっと悟が遊んでしまって…」
「えっ、あ、あそ、遊び…?」
あれが遊びの一環なの?モニターを振り返りそこに映る荒れた景色を見ていたらまた部屋の扉が開き、五条さんを先頭にして人がわらわら入ってきた。あ、さっきの巫女衣装の人もいる。皆制服を着ている中、あの人だけ巫女衣装を着ていて覚えやすい。
「アンタねぇ!呪いを祓えっつってんのに木々取っ払うヤツがどこにいんのよ!」
「俺のおかげで見通しが良くなったんだから感謝の一つくらいあったって良くないー?」
「誰がするか!あと敬語!それから見下すな!」
「いや無理っしょ歌姫ちっさいし」
「平均的だわ!アンタが化け物なのよ!」
巫女衣装ってなんとなくお淑やかなイメージがあったけど、あの五条さんに食って掛かる女の人の勢えで今までの巫女さんイメージの概念が崩壊した気がした。…うん、女の人も意見を言える社会でなくっちゃだよ。なんでか勝手にあの先輩に肩を持つ自分がいた。
隣にいた家入先輩が「歌姫先パーイ、お疲れ様ですー」とひらひら手を振ると、巫女衣装の人はカッと目を見開かせて家入先輩に飛びついた。
「うわぁん硝子ぉ!!」
「今ウチの可愛い一年が来てるんでよかったら挨拶させてくださいよー」
「……一年?東京の?」
家入先輩の親指が私達の方へ向けられると、巫女衣装の人の視線がこっちに向けられて、慌てて背筋を伸ばす。
「あ……こんにちは…!私東京校の…」
「君!いい!?すごく良い子そうだから今から私の言うことよーく聞いてね!」
「ひえっ」
「あのクソ野郎にだけはなるんじゃないわよ!」
家入先輩から私に飛びついてきた巫女衣装の先輩は庵歌姫と名乗った。高専生ではないらしく、京都校の非常勤でもあるそうだ。
歌姫先輩…響きめっちゃかわいい…。「私も歌姫先輩って呼んでもいいですか?」と恐る恐る聞いてみたら大歓迎してもらえた。「えーそしたらじゃぁ私のこと硝子先輩になるっしょ」って言われたので、今から硝子先輩と呼ぶことに。
歌姫先輩と硝子先輩…近しくなれたみたいで嬉しくなり一人顔が綻んだ。
「ーーそういや、名前って五条だけゴジョーサンって呼ぶよね?なんで?」
京都校内の食堂でみんなでお昼のお弁当を食べていると、ふと硝子先輩がそう言った。
「先輩って尊敬できて仲良い人に付ける感じしませんか?私別にあの方敬ってないんで」
「あ゛ぁん!?」
後ろから飛んできたヤジは気にしない。
「良いわ!その調子よ名前!」
「はい!私頑張ります!歌姫先輩!」
「はー、うっざ」
「苗字ー、なぁこの後京都観光どう!?」
斜め後ろから聞こえた灰原の声に振り返りながら「行きますっ」秒で返答したが、そのあとすぐに後悔した。
「今夏油さんと話してたんだ、今月の学年交流も兼ねて皆で行こうって!」
「…へ」
……は、灰原ぁー……それ…それ先に言えよー…。いや物事は結論から言えとも言われてるけどさぁ…それ言ったら、着いてくるじゃん白いの……。
まぁいっか硝子先輩いるなら無理矢理自分を納得させたいると「あ、私と歌姫先輩、このあと反転術式の練習するからパスね」と硝子先輩。へえええええ!?
「…な、七海は?もちろん行くよね?」
「いえ、私は京都校でお会いしたい方がいるので遠慮します」
「はは、相変わらずお堅いねぇ七海」
「え?女?女なの?ねぇ?いいよいいよゲロっちゃいなー」
「先生ですよ」
硝子先輩のイジりにこめかみらへんに青筋を浮かべながら適当に会話を交わす七海を呆然としてみた。
え、話をまとめると、灰原、私、夏油先輩、五条さんになるの?このメンバーで京都の観光スポットを回るのを想像してみる。………、
「――あの!私も反転術式の練習し、」
ここまで言いかけたところで楽しそうに「苗字どこ行きたい!?京都初めてなんだろ!?」とガイドブックを持った灰原に迫られて「…縁結びあるところ」と渋々答えて項垂れた。
犬系男子に弱いのよ私。
21.07.29(一部加筆修正)
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