「お兄さん達めっちゃ背高いね!」
「どこから来たんですか?」
「モデルやってるの?」
「芸能人?」
「うっそ!やば!見て!」
「お兄さんたち今暇?」
「めっちゃイケメン!」
「どっちがタイプ?」
「うそ、脚長」
「彼女いる?」
京都校を出てバスに乗り、ガイド灰原の案内でちょっとした街中に着いて、ちょっと歩いただけでこのセリフを各三回ずつ聞いた気がする。きゃいきゃい目の前の先輩達に群がる女の人達を見て辟易とした。
夏油先輩はちょっと困ったような表情をしているがそれはそれで女の子達が盛り上がっていて、白い方は満更でもなさそうにサングラスを外してウインクすると、女の人達から黄色い声が上がった。
はーーーーーー、うっっざ。あ、白い方の話です。
「やっぱモテるなーあの二人」
片手にたこたまごを何本か握った灰原が口篭らせながら楽しそうにそう言う。おそらくもうすでに口の中には三匹ぐらいいるはずだ。コイツホントよく食べるな。
「ねぇもうこの際別行動しない?アレ連れてたら動くもん動かないよ。蜂蜜塗りたくった木に集まるカブトムシ状態だよ。甘い匂いに誘われた女の子はカブトムシだよ」
「aiko?まあ、そうは言っても苗字京都初めてだろ?皆で回った方が絶対楽しいって」
灰原の屈託のない笑みを見たら「この状況見て楽しそうに見えるか」なんて言葉は出せなかった。お前は一体どれだけ心優しい両親に育てられたんだと一人項垂れる。
灰原ママンとパパン、息子さんめっちゃ心優しい青年に育ってますよ。こっそり灰原の両親に手紙送ってあげたくなっちゃったよ。
「まぁまぁ、この辺縁結び近いしね。あぁなるのも仕方ないって」
「あ、そうなの?」
「うん、今下鴨神社ってとこ向かってるんだ」
「シモガモ神社」
「そうそう。僕妹いるんだけどさ、京都行く話したら買ってきてほしいって頼まれてんだよね」
「ほらこれ」と灰原のポケットから丸くなった雑誌を受け取って広げると『縁結びのご利益を授かる下鴨神社』の見出しが視界に入った。
「縁結びで有名なんだってさ」
「全ては灰原様の仰せのままに!」
「――ハッ」
イエスマイロード風に灰原に忠誠を示すよう頭を垂れると、自分の頭の位置よりも高いところで鼻で笑う声。見上げると女の子を散らかすのに成功したらしい五条さんが哀れな眼差しで私を見下ろしている。
いや、私だってそりゃ女に生まれたからには人並みに彼氏が欲しい感情持ちますけど。その代わりこの人みたいなのはだけは絶対勘弁。
「お前みたいなの好むゲテモノ食いが現れたら食あたりになる前に他に当たるよう助言してやるよ」
「そのセリフまんまとお返ししてやりますよ!変なツボ買わされたくなかったら逃げたほうがいいってね!」
「誰が怪しい露天商だ」
「違いますよ!怪しい中国人って言いたかったんですよ!」
「はぁ゛あん!?」
「まぁまぁ二人とも。先が進まなくて悪かったね。灰原、行き先はこっちで合ってるかい?」
「はい!行きましょう」
たこたまごを片手に進む灰原と夏油先輩のの後を追うようにして進むと突然目の前に大きな手が私の視界を遮って「うわ」と反射的に下がった。その手は私の眼鏡をむんずと掴むと取り上げてしまって、視界の端で彷徨いていた低級呪霊の姿があっという間に見えなくなる。
「このだっせぇ眼鏡でも掛けてりゃ少しは進みやすくなるかもな〜」
「返してくださいよ!」
「お前にはこれ貸してやるよ」
「…はぁ?」
代わりに頭に乗ったそれを手に取るといつも五条さんがかけてるヘンテコサングラス。片眉を吊り上げながら私の眼鏡をかける五条さんを見上げた。
「要りませんよこんなヘンテコサングラス」
「ぶっははははは!お前サングラス負けそうだもんな!」
「悟、あまり名前を揶揄いすぎるなよ」
「ヘイヘイ」
容姿端麗眉目秀麗神様が作りに作り込んで仕上げたハイクオリティの、終いには見た人の心を撃ち抜くある種の顔面凶器をお持ちの人達だ。案の定少し進んだだけで女性観光客にわらわら囲まれて嫌気がさした。もう眼鏡関係ないじゃん。
もう面倒だから先に行ってよ。何気に一緒に巻き込まれてるたこたまごボーイにメールを入れ、下鴨神社と書かれた看板を目印に先を急ぐことにした。あんなの待ってたら夜になってしまう。私は王子様祈願という立派な職務を果たさなければならんのだ。
「――あれ?」
はた、と足を止めて周りを見渡すと住宅街。
うそ、ここどこ?素直に看板の案内に従ったら住宅街に入っていた。まじか。通行人に話しかけようと思ったけどこういうときに限って人が通らない。うそん詰んだ。そう思ってると携帯が震え、サブディスプレイを見ると「ぐらんちゅ」の名前。…誰だっけこれ、名前登録してるくらいだから知り合いなはず…と一応電話に出てみることにした。
『オイ、どこにいんだ毛蟹』
「うわっ、五条さん」
『こっちとっくに着いてんだけど』
「マジですか。え、ここどこだ」
『ぶはっ、迷子!?マジ!?――悟、代わって。もしもし名前?』
「げ、夏油先輩ぃい…!」
『大丈夫?今どこにいる?』
久しぶりに大日如来様が脳裏を過り、夏油先輩の優しい声に涙が出そうになった。
「それが、なんか住宅街で…」
『車が多く走ってるところに向かってごらん。近くに通りの名前があるはずだから、その名前と近くにある建物を教えてくれ』
「あっ、はい」
言われた通り車の交通量が多い場所に向かい付近の看板を探す。あっ……た。
看板を見て固まった。
「夏油先輩……川端通り…って書いてあります…近くにローソンが…」
『あぁ、そっちか。わかった、すぐに私の呪霊を送ろう……夏油さん、苗字今視えてないんですよ!……そうか、そしたら私が…』
「いえ…夏油先輩…」
『名前?』
呆然とする私の耳に、電話越しに灰原が私が今呪いを視認できない時期であること伝えている声が聞こえた。それ聞いた夏油先輩は代案を言いかけるが私はそれを遮った。
「見え、ます。私、呪いが見えてます」
『そうか、じゃあそこに呪霊を飛ばそう。少し待っていてくれ』
「…はい」
通話を切って彷徨く呪い達から目線を逸らし、ネットを開く。おかしいな、下弦を過ぎた気がしたんだけどな。検索入力スペースに月輪カレンダーと入力し、今日の月の満ち欠け具合確認しようとして「えっ」と声が出た。
「し、新月」
「ギィ」
「うわぁっ!?あぁ…君が夏油先輩の…」
月輪カレンダーに唖然としていると足元によってきた呪霊に驚いて飛び跳ねた。芋虫みたいなのが私を見上げる。え、なんで見えるの?京都だからとか?パワースポットのおかげ的な?
でも不思議と呪力は戻っている感じはしない。どういうことだろう。うんうん唸りながら芋虫君に着いて行ってみると、住宅街を抜けて林が目の前に広がった。近くに会った看板には目的の神社の名前が書かれていて安堵の息を吐いた。どうやらここがそうらしい。
「ありがとうね、芋虫君。助かったよ」
芋虫君はお役御免だと言わんばかりに「ギィ」とひと鳴きして姿を消す。その姿を見届けた後に境内に入って鳥居を目指した。
「はぁ…ここまで遠かった」
「オイ迷子」
「うげ」
「どこ行ってたんだよ、さっさと来いよ」
鳥居の向こうにいた五条さんが唇を尖らせてこっちに向かって歩いてくるのが見えた。五条さんは私の姿を見つけるなりもう行かなくても良いと思ったのか踵を返していく。
「はいはい、今行きま―――!」
仕方ない走るかと鳥居をくぐって一歩踏み出すと、カーンと鐘を打ったような甲高い音が響いて全身がビリビリ痺れた。鐘の音が空気を震わすように、波紋のように全身に衝撃が響き渡る。
今までに体験をしたことがない全身が総毛立つ感覚に軽く吐き気すら覚える。
「――うっ」
なんだこれと思っているうちにズキンと頭痛が走って頭を押さえると、鼻からさらりと液体が垂れてきて滴る感覚。「うわ」と思いながら手で鼻元を拭うと指が赤く染まっていた。なにこれ、鼻血…?さらさらな血は地面の玉砂利をほんの少し赤く染めた。その様子を見ているうちに意識がぼんやりと霞み始める。
「…」
途端に強ばり始めた体は無意識に右脚を少し持ち上げる。まるで玉砂利に滴ったその血を踏み込もうとしている状態だ。自分の体なのに自分の体じゃないような、奇妙な違和感に内心慌てているのに体は勝手に動いてどうにもできない。
何も喋るつもりもないはずなのに口元は自然と動いて、
「――りょう、いき、」
「オイ」
不意に投げかけられた五条さんの声で体が突然金縛りが解けたかのように自分の意志で動いた。ローファーがザリ、と音を立てて地面に着地する。血のついた玉砂利はなんとなく嫌な予感がして踏まなかった。
「は、…あっ、……!!」
息を吐くと相当長く止めていたのか、苦しくなってぜーはーと荒い息が何度か出た。俯いて鼻血に触れた手で鼻を摘む。息を整えていたら勢いよくこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえて反射的に後ずさった。
「お前、いまの、…どっから術式が…」
「なんでもないです!大丈夫です!だから、ホントに……!……先行ってください!」
「…落ち着け!なんでもなくはねぇだろ、今、」
「大丈夫ですから、…っ!」
顔を見られたくなくて後ろを振り向くけど大きな手が肩を掴んで無理矢理に振り向かせられた。
私の顔を覗き込んだアイスブルーの双眼は血に気づくと少し目を見開かせて離れる。こんな情けないところ見せたくなかったのに…見ないでって言ってるのに見るなよ…。
ほんと…性格、悪……!内心悪態をついた。
「ふ、…ぅっ……」
やがて私の体は得体の知れない感情のせいで震え始めた。なにこれ、さっきから本当にどうしたんだ私。トチ狂ったように不規則な呼吸をしていると突然視界が暗くなり、驚いてそれを引っ掴む。退かそうとしたけど、手に触れた感触で動きが止まった。
「被っとけ」
「…は、い」
私の視界を暗くしたのは制服だった。なんとか震える手でポケットからハンカチを取って鼻に当て、深い呼吸を繰り返す。
鼻血止まってる?五条さんの制服に血がついたらクリーニングしないと。それからそれからと脳内でパニックになっていると横から「あ、もっしもーし、傑?」と暢気な声が聞こえて、何故かその声に安心して足の力が抜けた。
あ、倒れる、なんて思ったら肩を強く抱かれて頭が五条さんの胸にぶつかる。…イタイ。これはさすがにイタイ。
「うん、そう、合流した。けどカワイイお姉さんちに囲まれて動けねぇし、かったるいから女避けに毛蟹連れて帰るわ。先高専戻ってる。うん、東京。明日の個人戦適当にやっといてよ」
「んじゃねー」と軽いテンションで通話を切った五条さん。私は五条さんから離れようと足に力を入れると「歩けんの?」と聞かれて必死に頷く。
「頭振んな、余計に出る」
未だに肩に回された腕が後ろから押してくるからそれにつられて自然に足が出た。
境内を出て道路脇で立ち止まるとやや間があってから目の前にタクシーが停まる。そっか、観光スポットだからタクシー多いんだ。
「どちらまで?」
五条さんにタクシーへと押し込まれると関西独特のイントネーションで話す運転手のおじさんが振り返った。
「あー、先にさ、おじさんティッシュかなんか持ってない?」
「あぁ?あー…あるある。ほら。何、お嬢ちゃんどないしたん大丈夫か」
「ちょっと怪我しちゃってさ」
「せやったら病院行こか?」
「あー」と小さく考えた五条さんの脳裏には京都校にいる硝子先輩が思い浮かんでいるだろう。必死に手を横に振って「その必要はない」と意思表示を示した。
「じゃー京都駅までお願いしまーす」
◼︎
どうしたものか。
駅に着くなり五条さんは自分で私に押しつてけてきたヘンテコサングラスを要求し、私をタクシーに置いてけぼりにしてどこかへ行ってしまった。
少ししてから帰ってきた五条さんの手にはビニール袋があって、それを押し付けられて中身を見たらマスクやウェットティッシュが。「ブスがブス割り増しされると困るから顔面整えてきてくんない」と言われたので、その場で手早く簡単に血だけ拭い、マスクを装着しトイレに駆け込んだ。
言い方は酷いけど言葉の裏にある優しさがやけに胸に沁みて心臓がぎゅっと締め付けられ、ほんの少しだけ目尻が熱くなった。
トイレで顔を確認して出てきたら五条さんがトイレの近くで待っててくれたのは意外で、ちょっとホッとする。また心臓がぎゅうと痛くなる。
正直あのよく分からない現象が起きてから心細かったのでこうして近くで待っていてくれたのは心強くて素直に嬉しかった。
ただ、だ。
「ねぇお兄さん暇ー?」
「ここで何してるの?」
私を待ってくれていた五条さんの周りに女の子がいて、それがなんとも近寄りがたく近くまで行けず今に至る。
メールでも入れようか、どうしようかソワソワしていると周りより頭がひとつふたつ出ている五条さんはすぐに私を見つけ、その長ったらしい脚をこちらへ向けてきた。てっきり「おせーよ」とか文句を言われるかと思ったけれど意外に何も言われなかった。
「あ、あの、制服、ありがとうございました」
「ん」
借りっぱなしの制服は先程血がついていないか確認していて、それを手渡して返すと五条さんは長い腕を制服の袖に通した。ボタンはどうやらつける気はないらしい。
「行くよ」
「あ、ハイ…っ、え」
急に手を取られて半ば引きずられるように足を踏み出す。
「なに」
「や…あの、手…」
「お前すぐ迷子になんじゃん」
「いや、…すぐじゃ無いです…」
「はいはい」
さっきまで五条さんに群がっていた女の子達の視線が痛々しい…。勘弁してくれ、こっちは違う件でメンタルボロボロなんだよ…。無に近い状態で私は五条さんと手を繋ぎながら新幹線の改札へ向かった。
「俺窓側だから」
京都土産を好きなだけ買い込んでは新幹線に乗り込み、さっさと二人席の窓側を陣取った五条さんは私をチラッと見上げると「何不満?」と一言。一方で通路に突っ立ってた私は小さくため息を吐くと車両の後方を見て他にも座席が空いてることを確認した。
「他に席空いてるんでそっち行きますよ。どうぞ気にせず御御足伸ばしてください」
「は?何言ってんの?」
「はい?」
「荷物、誰が見んだよ」
「…」
この人さっきまで一緒にいた人と同じ人か?二重人格かなんか?
散々心の中で葛藤した末、仕方なく五条さんの隣に腰を下ろした。まぁ、借りもあるし。
はぁー…やっと落ち着いて座れるわぁ。小さく安堵の溜息を吐くと手の中でカチャ、と音を立てたのがずっと手に持っていた眼鏡。一度裸眼で車内の電光掲示板を見て、それから眼鏡を掛けてからもう一度電光掲示板を見上げたら蠅頭の姿が見えた。
途端に鼻の奥がツンとして、視界がぐにゃりと歪む。
そこへ被さる闇色。
「暑いから上着持っといて」
見えなくなったり見えたり不安定すぎる自分の呪力。久しぶりに心の底から嫌気がさした。
やっぱり私呪術師向いてないのかな。
21.07.29(一部加筆修正)
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