「いたのかよ」
名前の部屋から出てきた硝子が部屋の前にいた俺と傑を虫けらのように見てはそう一言言った。
「いちゃわりーかよ」
「ヒマ人かよ最強コンビどもが」
「硝子、名前の様子は?」
「駄目っぽい」
まあ正直期待はしてなかったけど。そう言ったら素直に口に出てたらしくて硝子に蹴られた。無限は纏ってなかったから脛にモロ食らった。
◼︎
「――はっ?」
『苗字が一級、最悪特級クラスとやり合っている可能性がある。悟、お前は先に行ってフォローを頼みたい。硝子には既に連絡を入れて現場に向かわせている』
一級討伐案件を終えて担任に一報入れたところで『呪物の確認に行った苗字が半年前の廃校で対峙した呪霊とやり合ってる可能性がある』なんてなんも面白くない情報が飛び込んできた。
場所的には俺が一番近いらしく、現場急行のご指名。遠くったって急行してたわ。付添いの補助カンに車の手配の連絡して駆け出す。
「…ざけんなよなんでアイツ…!」
流石に今度こそ逃げてるだろうな?一度死にかけたことあっただろ、痴呆症じゃあるまいし忘れたとは言わせねーからな。…あれから何回夢に出たと思ってんだ、腹に穴空いたお前の姿を。
「……」
指示のあった寺院に到着し、戦闘の激しさを物語る現場を周り、ある一角に辿り着いた途端言葉を失った。
地割れした地面に転がる白い球体状の結界。呪力の塊に満ち溢れたそれは呪術の頂点、領域展開に間違いなかった。この俺でさえ未だに到達したことのないソレに嫌な予感しか感じない。
対象の相手を閉じ込めることに徹した領域展開は外からの侵入は容易であることは知っていた。六眼がその結界内に名前と廃校の時にいた呪いがいることを知らせるから迷うことなく入り込む。その先に広がる白亜空間…、不思議と不気味さはなく、何故だか温かい。結界内に侵入して真っ先に視界に入ったのは口から大量の血反吐を吐いて跪く名前の姿に、そいつに飛びかかる呪霊。
「術式順転――蒼」
考えるより先に気付いたら術式を放っていた。
◼︎
「…怪我は問題ないのにねぇ…」
硝子のセリフにぼんやりとしていた意識が目の前に戻ってくる。名前が全身に受けていた傷は昨日のうちに硝子が全て治していた。硝子は相当な呪力を使ったんだろう、本人はなんともないような顔をしているが顔にはやや疲労感が見えた。
プップー!老け顔になってやんのー!いつもならそれくらいの軽口が出るのに今日は口が重てぇ。
怪我については問題はない。ただ問題はここから。昨日名前は硝子を待っているうちに高熱を発した。最初こそは怪我によるものだろうと思っていたそれは、次の日である今日まで長引いていた。硝子の反転術式を以てしても未だに。
「名前の熱は怪我によるものかと思ったのだけど…関係はないみたいだね」
「そ。多分原因は別のところにあるかも。前にもあったんだよねぇ、こういう熱だけが下がらないこと」
硝子の言う「前にも」っていうのは廃校で初めてあの呪霊と対峙した時のことを指しているはずだ。確かにあの時も熱がなかなか下がらなかったと硝子が嘆いてた気がする。何日目かに突然ケロっと下がったらしくて偶然寮でばったり会った灰原が「苗字が腹減った、カレーメシ食べたいって言うから買ってきたんですよ!」とにこやかに笑ってコンビニのビニール袋を持ち上げたのを今でも覚えてる。
…あんときゃ一番に怒鳴り込みに行こうかと思ったくらいイラ立ったな。
「お前ら…こんなところにいたのか」
「先生」
暫く名前の部屋の前で硝子と傑と屯ってればかかった声。夜蛾センだった。
「先生も見舞い?」
「あぁ。様子を見ておこうと思ってな」
「名前今ぐっすり寝てるよ。体診てても全然起きない」
「そうか…」
硝子のセリフに担任の足が止まる。暫く四人の間で無言の時間が続いた。硝子がポケットからタブレットを取り出し、何粒か口に放り込む。
珍しく暫く吸ってないらしい。硝子はヤニ切れを起こすと決まってあぁいうスースーしたミント菓子を食う。
「…これは苗字の能力を元にした俺の仮説になる」
最初に口を開いたのは夜蛾センだった。自然と俺達三人の視線が上がる。
「苗字は天与呪縛の持ち主でな」
「天与呪縛…」
「呪力が月の満ち欠けで変化する能力だ。新月期はほぼゼロになる代わりに、満月期の一定時間に入ると底無しの呪力を放出することができる」
先生の視線が俺に向けられ、なんとなく言いたいことはすぐに分かり、お手上げだと言わんばかりに両手を上げた。
「悟」
「アイツと出会ったそん時は呪力はおろか術式もなーんも見えなかったよ。すげーのね、その新月期ってヤツ」
「…恐らく…、お前の眼に呪力も術式も映らなかったのは月の満ち欠けらしくそれらが影って見えなかった…つまり、存在そのものが闇夜に溶け込むように視認できなくなっていたんだろうな。月の満ち欠けはそもそも自然現象、術式で操作されていないと思えば悟が見抜けないのも頷ける」
なんか遠まわしに俺の眼が使えてないみたいな感じにディスられてる気がして唇を尖らせたら隣で傑が「別に悟の眼を責めてるわけじゃないよ」と言われて「ウルセー」と反発した。
お前それ言ったら少なからずそう思ってるってことだよな?ムカツクわー。
「…でも、術式は昨日はっきり見えた。呪力放出量の低下と同時にすぐ見えなくなったけどね。もしかすると一定の呪力量を放出すると術式が見えるようになるって感じかもな。多すぎてもダメ、少なすぎてもダメそうだ」
三人からの「そういうのは早く言えよ」的な空気はガン無視しとく。硝子がタブレットを噛み砕きながら深々とため息を吐いた。
「…とにかく、ここからが俺の仮説だ。恐らく満月期に一定の呪力量を超えると反動が返ってくる可能性がある」
「呪言師のそれってことですね?名前の場合、それが高熱…と?」
「恐らく」
傑の言葉に頷く夜蛾セン。
「悟の報告を聞いたところ…、苗字は領域展開を使っていたらしいな?」
「……あれが完成型なのかは分からんけどね。呪力は間違いなく名前のだった」
「そうか。…未完成であろうとも、それでも生得領域を具現化させる領域展開の呪力消費は凄まじい。その一定の基準を越えたんだろう」
「底無し呪力を使えるくせに一定の量超えたら反動来るとか…大分面倒臭い天与呪縛ねぇ」
「だからこその天与呪縛なんだろう。底無しの呪力を得るにはそれ相応の縛りでないと釣り合わない」
「センセーの仮説が正しかったとしてさ、前と同じ発熱条件だとしたら、何日後にはケロッと熱が引くってことか?」
「とりあえず今はただ見守るしかなさそう…だね」
「あの調子じゃぁ、年内に熱が引くかどうか分からないけどね。大分しんどそうよ」
「名前にとっては嫌なクリスマスになりそうねー」硝子が言った。思えば今日はイヴか。
「ちなみにさぁ五条」
「ん?」
「名前の術式ってなんなの?結構筋骨の消耗酷かったんだけど」
「あー、簡単に言えば肉体の一部を強化・呪術によって変遷する呪術っぽい」
「なるほど……ドーピング術式ってことか」
「うへぇ、なんかその言い方ネチネチ家系の術式みてーだな」
自分でそこまで口にして違和感。
――京都、下鴨神社
――新月期なのに視えると言った名前
――突然の鼻血
――ドーピング
――ネチネチ家系相伝の術式
ひょっとすると、ひょっとしてか?
「……センセ」
「なんだ」
「ちょっと調べものしたいんだけど、冬休みの自由研究の一環で手伝ってくんない?」
◼︎
目を開けると視界に入ったのは天井。
周りを見ながらやけに熱い体起こすと額から何かが落っこちて、落下物を見てみたら温くなった冷えピタだった。それからゆっくり視線を部屋に移せば、まごう事なき自分の部屋の景色。
なんだ?いつの間に風邪引いてた私?
どうにも直近の状況が思い出せない…とりあえずトイレに行こうと立ち上がると、長いこと寝てたらしくて体が重くてふらふらする。結構熱いな…熱いよね。インフルかな?「はははっ馬鹿は風邪引かねーだろ何言ってんのお前」爆笑する五条さんが脳裏を駆けた。絶対馬鹿にされるなこれ。
あー、なんかべたべたするー…お風呂入りたい。しんどいけど…軽くベタつきだけでも洗い流したい…。
「……ん?」
部屋備え付けのシンクで顔を洗って気分をすっきりさせ、入浴セットを引っ提げてよたよた自室の扉を開けて廊下に踏み出すと、壁際に座り込んでそれぞれ俯く白黒先輩コンビ。
…え、何してんのこの人達…こわっ…。今十二月下旬だよ?なんでそんなところにいんの?まさか二人して私を笑いに来た?色んな疑問を抱えつつ、バレないようにそろっと廊下に出るとギイと足音が響いてしまって、夏油先輩がピクリと動き顔を上げる。
コソ泥ポーズでしまったと固まった。
「……名前…?」
「あ、ども…お久しぶり?です?おやすみなさい?うぎゃっ」
ぱちぱちと瞬きを繰り返した夏油先輩は素早く立ち上がると、長い一歩をこちらに踏み出した。狭い廊下だから一歩で距離が縮まる。
ぐんと近くなった距離に変な声が出た。
「名前!」
「うわっ!?」
「ぐへっ」
がしりと両腕を掴まれて捕まる。
夏油先輩が踏み出した際に五条さんにぶつかったらしく、五条さんは腕組み壁に背を預けて寝てる姿勢からそのまま横に転んで目を覚まし、アイスブルーの双眼がまじまじとこちらを見上げる。その眼は信じられないと言いたそうで、私はもはや何が何だか全然訳が分からず、目の前の夏油さんとこちらに勢いよく近づいてくる五条さんを交互に見ることしかできなかった。
夏油先輩には両腕を掴まれて、五条さんにはぴたぴたおでこを触られて、なにこれ新手のいじめか?とさえ思える始末だ。
「名前!」
「うおっ…!な、なん…ですか…」
「熱は!?いや、熱いなまだあるか…」
「痛いところはないか?」
「腹減ってねぇ?」
「いや、あの…」ものすごい剣幕で迫られて何も言えない…。ど、どど、どうしたんだこの二人…。いつも一緒にいると同時に情緒不安定になっちゃうもんなの?
とりあえず落ち着いてほしいことと、シャワーに行かせてもらえないか訴えたら「いいか絶対中でぶっ倒れんじゃねーぞ」と五条さんに半ば脅され、横抱きして連れて行かれた。
いやだからなんで?
「――えっ、私三日間も寝込んでたんですか!?いった!」
シャワーから戻ったら戻ったらでまだ女子大浴場の前にいた五条さんに有無を言わさずに抱えられては自分の部屋に連れて行かれ、さらにはベッドに押し込まれぬりかべ二枚に見下ろされて今に至る。ぬりかべってのは夏油先輩と五条さんのことね。ベッドの端っこでは硝子先輩がくつろいでいた。
あのう、ここ一応乙女の部屋なんですけど…なんてことも言えず大人しく布団に潜り込む。そっと布団の端から二人を見上げたら五条さんが冷えピタを叩くよう貼ってきた。痛い。いつもならそんな五条さんに注意してくれそうな夏油さんは何も言わなかった。怖い。
私が目を覚ましたことを夜蛾先生に電話をして報告した五条さんはパタンと携帯を折り畳みながら私を見下ろしてきた。…いや、あのう、すごいねん、圧が。
「名前…寺院の呪物確認の時、現地で一級レベルとやり合っただろう。なぜ逃げなかった?」
「!」
夏油先輩のセリフにぎくっと体が強張った。
そうだ、思い出した。すっごい今更ながら、あの寺院での出来事を今更思い出した。
母を殺した呪いを…確か…。頼りない記憶を手繰り寄せ、ふと記憶が途切れる直前に一緒にいた五条さんを見上げると「名前?」と夏油先輩が話してるのは私だよと言いたげに私の名前を呼ぶ。この声のトーンは十中八九怒ってる。あのいつも微笑みを絶やさない夏油先輩が、怒ってる。それもかなり。
「結果として悟が間に合ったから助かったものの、一歩遅かったから君は死んでいたよ。ほぼ間違いなくね」
「………すみません…」
「私は謝罪の言葉ではなくて、理由を知りたい」
「う、」
めっちゃ怖い。でも、きっとそれだけ心配をかけてしまったんだろう。それくらい分かる。
逃げなかった理由…これを話してしまったらきっと術師は私情を挟むなと怒られるかも、呆れてしまうだろうな。そう思いながら意を決心して、深く息を吐く。
「……その…、あの呪霊、三年前に私の母親を呪い殺した呪いなんです」
少しだけ部屋の空気が変わった気がした。けど話は続けた。理由を聞いてきたからにはちょっとだけ昔話に付き合ってもらいますからね…半ばヤケクソだ。
「あの日は呪いがよく見える日でした。あの呪霊は私の呪力欲しさに襲いかかってきて、一緒にいた呪術師の母はその呪霊を祓いきれずに……殺されたんですよ」
そのあとはよく覚えてない。気付いたら高専関係者の人に保護されていたとそう続けておく。
呪霊とまた対峙したあの時は正直痛かったし怖かったし逃げたかった。死ぬかとも思った。でも、それでも引くに引けなかったと、一通り話した後に私の部屋が静かになる。
「…術師は」
五条さんが静かに言って沈黙を破った。
「任務で私情を挟むなって授業で散々言われてただろ」
「はい……それは、その、本当に、えっと、そうですね………すみません、でした」
「けど術師は人手不足が常だ。時には自分の実力以上の現場に派遣されることもあるし、もちろん時には自分の矜持と戦わなきゃなんねー時もある。今回はたまたま後者だけだった、それだけの話だろ?」
二人に同意を求めるように顔をあげた五条さんがフンと鼻を鳴らす。その後に夏油先輩が長いため息をついた。
「……ふぅー…やられた。やっぱり悟は名前に甘いね」
「ほーんと。これだから甘党はーげろげろー」
「あ?ソレ関係ねーだろ。つーかそれより他に言うことあんだろ?」
「?」
三人顔を見合わせた後に、なぜか私を見た。他に言うこと?まさか、罵倒?思い浮かぶのはそれくらいしかなくてぐっと堪える。
「「「おかえり名前」」」
「…っ」
優しい眼差しの三人と、思いもしなかったセリフに動揺した。それから「おかえり」の言葉を噛み締めた途端、急に鼻の奥がツンとして視界がぐらぐら揺れ始めた。それがこぼれ落ちないうちに布団に潜ると、大きくてあったかい手が頭に置かれた。それは一つ、二つ、三つと増えて髪の毛がぐしゃぐしゃに撫ぜられる。
「ありがどう、ございまず…っ、ただいまです」
「はっ、ひっでー声」
三つのうち、一つの手だけ一番大きい手がいつまでもずっと優しく撫で続けてくれて、私は気づいたら泣きつかれて眠っていた。
21.07.29(一部加筆修正)
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