「ごめんねー、名前。私今年実家に呼ばれててさぁ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「私達が不在の間、夜蛾先生に頼んで補助監督か誰かに看病を頼もうかい?」
「いえ…!こんだけいろいろ至れり尽せりされれば年末年始どころか向こう二週間は普通にやっていけそうですよ…」
「こんだけ」と言うのは私の部屋に置かれた大量の経口飲料水とかお粥とか胃に優しいレトルト達のことだ。どれも箱入りでドンキホーテのお買い上げシールが貼られている。ある日目が覚めたら部屋がこんなことになってたのだ。思わず避難所かって突っ込んだよね。
「悟は昨日からだけど、今日から私と硝子も帰省するから…何かあったら夜蛾先生か二年の誰かにすぐに連絡すること。いいね」
「はい」
「あとはあったかくすること。部屋を出る時は携帯持ち歩くこと。動けなくなったら困るからね」
「はい」
「それから、」
「あーはいはい夏油もういいって。アンタはかーちゃんかっつーの。駅まで補助カンが連れてってくれるんだから早く行くよ。じゃあね名前。良いお年を」
「…よいお年を名前」
「玄関先までお見送りできなくてすみません…良いお年を」
廊下の角に消えていく夏油先輩と硝子先輩を見送って、避難所みたいなことになっている自分の部屋に戻った。今日は大晦日の前日で小晦日というらしい。昨日今日から寮生もちらほら帰省中で、私の同期達や五条先輩もその内に入る。
私といえば当然帰る家は此処みたいなもんだ。それに加えて治らない呪力酷使の反動による発熱で出かけようもなく、はーあと盛大にため息を吐きながらベッドに倒れた。
一時的に抜けたベッドはひんやりとしていて気持ちよかった。
「ぶっちゃけ寝飽きたんだよなぁ」
何せクリスマスからずーーーーっと寝てるのだ。
お見舞いに来てくれた夜蛾先生や硝子先輩の話によると、どうやらクリスマスからずっと続いている発熱は天与呪縛の反動の可能性が高いとのことだ。今年の六月にも同じようなことして三日間くらい熱で寝込んでたことがあったから妙に納得した。
日によっては三十九度近くなる日もあれば、三十七度台に落ち着く日もあるけど、発熱して何日目かになると正直この状態に体が慣れてきてた。人間の体ってすごいよね。
ぴろりんと鳴った携帯に熱い手を伸ばす。「ぐらんちゅ」からメールが一通。……前にもあったなこれ…誰だっけ。
『死んでる?』
…この失礼な文章を送りつけてくる知り合いを脳内検索掛けたら一件ヒット。
「生憎存命しております」
淡々とそれだけ返信してベッドに突っ伏す。あー今体温いくつだろう、体温計に手を伸ばしかけたらまた携帯が鳴った。振動が止まない様子に違和感を感じでディスプレイを見たら着信で、しばし画面を見た後に渋々通話ボタンを押す。真っ先に耳に聞こえてきた笑い声に思わず携帯を耳元から離した。うるさっ。
『ぶっは、おま、ぶはははははっ!』
「……」
『渋い返しすんな!武士かっつーの、はははは』
「……ふふっ」
通話越しにひーひー笑う五条さんの笑い声を聞いていたらなんだかこっちまで笑えてくる始末だ。一通り大爆笑して気が済んだらしい五条さんが「で」と一言。そんなこと言われても、と思いながら肩と耳に携帯を挟むようにしながら体温計を取る。
『熱は?』
「あぁ、今から測ろうかと…」
『あ、そ』
「……え、要件それだけですか?」
『ヒマ』
「…は」
ヒマって言われても、と電話向こうの人の状況を想像してみた。確か今五条さんは帰省してご実家にいるはずで。呪術師界の御三家のうちの一つと言われている五条家…その嫡男ともなれば、ヒマなんてことある?
「いやいや…かの五条家の年末年始がヒマなわけ…」
『かったるくて抜けた』
「え、えぇー…怒られるんじゃないですか…?」
『夕方には戻るからいーんだよ。俺がいなきゃなんも成り立たねぇ連中だし』
そんなことないだろと言ってやりたい…けど多分実際そうなんだろう。なんか…こう…なんで言い切っちゃうのかなこの人…。この人の性格がこうなってしまったのは五条家全体が九分九厘悪いとしか思えない。
『なんか話せよ』
「…そっちからかけてきておいて…無茶振りすぎません…?私一応まだ熱あるんですけど」
『どうせ寝飽きてんだろ』
…ばれてる。
「……今日から硝子先輩と夏油先輩が帰省だそうです」
『へぇ、灰原と七海は?』
「あの二人は昨日からですよ。五条さんが帰った後に帰りました」
「フーン」
脇に挟んでいた体温計が鳴った。どうやら電話越しにも音は聞こえてたみたいで五条さんに報告を催促されたから「…三十七」と答えると「ぶっ殺すぞ」となんて物騒なセリフを言われて、「三十八度ニ分」と素直に答えた。
弱ってる人に言うセリフじゃなくない?
『まだ結構あんな』
「ですねぇ…いつになったら平熱になるのやら…早く普通にご飯食べたい…』
『粥だってご飯だろ。胃にぶち込んどけ』
「うわ、まさか五条さんですか?私の部屋避難所みたいにしたの」
『さてね。ま、早めに帰ってきてやるから一人寂しくてメソメソしてんじゃねーよ、じゃねー』
「ちょっ…!」
反論しようとしたらそんな隙もなく電話を切られた。ちくしょう、誰がメソメソするもんか。こちとらたった一人の肉親を亡くしてからもう三回一人で年越ししてるんだぞ。今更も何もあるか、と内心毒づいた。
◼︎
翌日の大晦日は朝っぱらから三十九度台に上り詰めて寝込んでいた。なんでこんなジェットコースターみたいに上がったり下がったりするような反動なんだよ…下手したら普通の風邪よりも厄介だなこれ。
行き場のない怒りを抱えながら大晦日はとにかく寝て寝て寝続ける。
「…しょ」
「…じゃね」
「…」
不意に目を覚ますと油っぽいジャンクフードの匂いに混じって香のような匂いに気づく。ジャンクフードの匂い…なんで?どこから?布団に潜り込んでいても微妙に聞こえる話し声に気になり、布団の中から顔を上げてみたら眩しさに「う」と声が出た。
「……」
「あ、起きた」
「もう十五時過ぎだけどおはよう名前」
「おーっす名前」
「……うえ?」
寝過ぎて頭でもボケたんだろうか。寝る前は薄暗かった部屋は灯りがついていて、ポカリくらいしか置いてなかったローテーブルには今にもはみ出て落ちそうなお菓子やオードブルやピザが乗ってる。そしてそれを囲うようにして屯ってる三人の先輩達。え、何してんの?まじで何してんのこの人達。
呆気に取られてる私に硝子先輩は手慣れたように体温計を取って渡してきたからついクセで「ありがとうございます」と言ってそれを受け取り、脇に挟む。
いやいやいや、
「……何やってるんですか」
「大晦日パーチー」
「いや聞きたいのはそこではなくて」
即答してきた五条さんに寝起きの頭を抱えた。
ピザを食む五条さんは白シャツに、襟首にいつものサングラスを引っ掛け黒いジャケットと同色のスキニーパンツ、夏油先輩はブラウンのハイネックに黒いストレートパンツ、硝子先輩はオーバーサイズのスウェットに膝丈スカート。
つまるところみなさん完全にオフモードの格好。
「名前、ほらポカリ。声がらがらねー、また熱ぶり返した?」
「……朝方ちょっと…」
「やっぱり戻ってきて正解だったね」
「…あの、皆さん帰省中だったんでは?」
「「「帰ってきた」」」
「…はい?」
珍しくセリフをハモらせた先輩達に目を丸くした。
「たまにはこうして友人と年越しを楽しむのも青春らしくていいと思わないかい?」
「実家で煙草吸えなくてヤニ切れ起こしてトンボ帰り」
「ピザ食いたいつってんのに和食しか出ねーような実家いてどうすんの」
上から順に夏油先輩、硝子先輩、五条さんの言い分だ。聞けば三人とも昼過ぎに帰ってきたらしく、高専から最寄りの駅でばったり集まったんだとか。素晴らしい。拍手したくなるくらい仲良しすぎる。私達の年代だと絶対七海は帰ってこないな。いや、灰原も家族大好きマンだから帰ってこないな。
測定終了を知らせてくれた体温計を見ると、三十七度台に落ち着いていたからとりあえずホッとして体温計を仕舞う。
「いやだからって、ここじゃなくてもいいじゃないですか…」
「その理不尽さもアオハルだろ。先輩から受ける理不尽さはアオハル五割を占めてるモンなんだよ」
「…いびられてる気しかしないんですが」
「皆名前のことが心配だったんだよ」
「その割にはめっちゃ寛がれてて心配されてるように見えないんですけど…」
いつの間にか運び込まれていた談話室のテレビにプレステ。画面はマリカーだ。「スタート!」なんてコテコテな可愛らしいグラフィック文字が浮かぶと三人ともコントローラーを持って画面と向き合った。
「あ、傑、六時になったら笑っちゃダメなやつに変えるから」
「ねーねー、マリカーより麻雀にしよーよ二人ともー」
「麻雀だと硝子の独り勝ちになるからつまらない。却下」
「あ、笑っちゃダメなやつ見始めたらもう風呂行けねーじゃん。風呂行く時間タイマーかけねーとな」
「…」
自由な先輩達を見ていたら考えるだけ無駄かと思考を放り投げた。もうどうにでもしてくれ。ただ帰るときはファブリーズだけお願いしようとトイレに立った。ジャンクフードの匂いがすごいのだ。
「名前?」
「トイレです。すぐ戻ります」
「気をつけてね」
「はい」
画面に齧り付く先輩方を放ってトイレへと向かった。
「…さむ」
いつもよりしんみりした女子寮の廊下を歩く。暑い布団に包まっていたから行きのトイレは涼しかったが帰り道は寒い。早く戻ろうと思って歩くペースを早くして部屋に向かうと、不意に廊下の窓越しに広がる寂しそうな空に目が留まった。
今日で今年も終わりかぁ。ふと今年一年いろいろあったことをしみじみ思い出す。春は五条さんに喧嘩吹っかけられたり、梅雨の時期は任務で死にかけたなぁ。それから夏は生まれて初めて京都や沖縄に行ったり、秋は災害の影響で全国を駆け回ることになったり、それから…、
「私、やったよ」
お母さん、あなたが仕留め損ねた呪霊を祓いました。まぁ留めは五条さんが刺したようなものだけどね。と苦笑しながら遠いところにいる母親に伝えるよう空を見上げて呟いた。
「――あっ」
窓の外でちらついた白に窓辺に飛びつく。凝視してみたら雪で、東京で見る初めての雪に感動してしまった。都会ってあまり雪が降らないイメージがあったけど降るもんなのねぇ。空から降ってくる小さい小さいそれを見届ける。
「…名前」
「うわっ!?」
「うおっ」
突然名前を呼ばれてびくっとして振り返ったらアイスブルーの瞳の持ち主がすぐそこにいた。何故か向こうはこちらに手を伸ばしかけながらびっくりしている様子で、いやなんでと思った。
ふわっと香ったお香に、部屋でお香の匂いがしたのはこの人からかと納得した。いつもはしない香りだったから実家から纏ってきたようだ。
「び、びっくりしたじゃないですか…!」
「……便所遅くね?何?腹壊してた?」
「…女の子に聞くことじゃないと思うんですけど…いだっ」
中途半端に持ち上がっていた五条さんの手がべしっとおでこに当たった。暫くおでこに触れたまんま「ん」と何かを確認し踵を返してはスタスタ先を歩いて行ってしまう。…なんだあの人…てか、手、おっきかったな。五条さんの手の大きさを確認するように自分でおでこに手を当ててみたが、触れてる範囲が全然違った。
それから迷うことなく私の部屋へ向かった背中を見ていると五条さんは私がついて来ないことに気づいたのか、不意に立ち止まり振り返っては「何ぼーっと突っ立ってんだよ」と早く来い的なことを言われてようやく脚を動かした。
私が近づくと再び進む長い脚。大きな背中。幾度となく助けられたその背中の持ち主の名前を呼びかけると、間が空いてから立ち止まった。
やや振り返るなり綺麗な瞳をこちらに向けた五条さんは「何?便所?やっぱ腹壊してたっしょ」相変わらずデリカシーのない余計な一言を吹っかけてくるから「違います」と即答した。
「………その…今年はたくさん助けてくれてありがとうございました」
「は?本格的に頭イカれた?」
せっかく素直にお礼を伝えたのに最後の最後まで失礼なこの人を殴ったがムゲンとやらで当たらなくて「ぐぬ」と唸った。ニヤケ顔のまぁ腹立つこと。
にまにま笑う五条さんを追い抜いて先を歩く。少し間が空いてから五条さんが歩き出す音が聞こえて、廊下には二人分の足音がパタパタ響く。
「私もピザ食べたいです」
「食えんの?腹壊してもしらねーよ?」
「…」
拝啓天国にいる母上様。天国でいかがお過ごしでしょうか。名前は多分来年もこの先輩と仲良くできそうにありません。
…ただ今年の年越しは騒がしい人達と過ごせそうなので、心配しないでね。それでは良いお年を。
「ただいまー!苗字生きてるかー!?七海と帰ってきたよ!!」
玄関の方から灰原の声が聞こえた気がして、後ろの五条さんを見上げた。
「ピザ足ります?」
「買いに行かせるか」
「この雪の中、ですか」
「言ったろ、先輩から受ける理不尽さはアオハル五割を占めるってよ」
「出た」
どちらからともなく二人で笑った。あ、そうだ、ファブリーズも買わせよう。
21.07.30(一部加筆修正)
まにまにtop
top